第1話 魔女と毛むくじゃらの目覚め
「……きろ」
誰かが呼ぶ声がする。
(うう。誰だ、俺を呼ぶのは……)
目をつぶったまま、不快な気分になりながら顔を横に倒している。
「ふむ。動きがあるということは、意識があるということだな。先程も一度目を覚ましておったものな」
耳に聞こえてくる声に、眉をぴくぴくと動かしている。
「ええい、さっさと起きぬか。主が呼んでおるというのに無視をするとは、下僕の自覚が足りんな!」
この声が聞こえてきた次の瞬間、なにやらずしっとした重みが体にのしかかってきた。
あまりの重さに、おそるおそる目を開けてみると、不思議な髪色の女性が自分の上に乗っかっている。
(下僕? 下僕ってどういうことだ。ここは、病院じゃねえのか?)
暴走する車にはねられて、気を失ってしまったのだ。となれば、病院にいるのが普通の状況だ。だというのに、目の前にいるのは明らかに白衣とは違う服装をまとった、おかしな髪色をした女性だ。
目をぱちぱちとさせながら、必死に状況を把握しようとしている。
(ううっ、頭がいてぇ……)
やはり、体を強く打った影響は避けらないようだ。
「うーむ。魔物を人化させて助手を作ろうと思ったが、初めてだったがために、どこかおかしなことが起きているのかな。これは、ちとやり直す必要でもあるかな」
目の前の女性が、なにやらぶつぶつといっている。
(おい、なんだ。やり直すってなんだ。あと、助手だと? 詳しく説明しやがれ!)
言葉を発しようとするも、うまく声が出ない。いや、うまくというよりはまったくだった。
おかげで、理解しようとしている状況が、ますます分からなくなっていってしまう。
「うぬぬぬ……。これは失敗作だったかもしれぬな。やれやれ、これは処分するしかないな」
「誰が失敗作かぁっ!」
「ぬわぁ!?」
さすがに聞き捨てならない言葉が聞こえてきたので、体を起こして思いっきり怒鳴っている。
「おや、声が出る。だが、なんだ、この声は……」
怒鳴ったはいいが、聞こえてきた声に思わず違和感を覚えてしまう。
自分は三十代後半の男性だ。渋い声に定評のあったのだ。
ところが、今聞こえてきたのは、女子高生くらいの高い声。一体どうなっているのか戸惑ってしまう。
「おおっ! 魔物からの変異でこれほど流暢な言葉が出てくるとはな。どれ、ちょっと鏡を持ってきてやろう。待ってておくれ」
変な髪色の女性は、部屋を出て行ってしまった。どうやら鏡はこの部屋にはなかったらしい。
しばらくすると、大きな鏡を一生懸命引きずりながら戻ってきた。
さすがに見ていられない。立ち上がって手伝いに行く。
手伝う際、鏡の中に自分の姿が一瞬映り込む。
「な、なんだこりゃあっ!?」
映った姿に、思わず叫んでしまう。
目の前にある鏡に映り込んだ自分の姿は、とても信じられないものだったのだ。
全身は毛むくじゃら。頭の上にはだらんと垂れた長い耳。手足などの骨格自体は人間と変わりがないようだが、その容姿はまるでウサギである。
さらに驚かされたのは、その服装だった。どう見たってメイド服なのだ。つまり、このウサギはメスということになるわけだ。
「ちょっと待ていっ! なんだってこんな衣装を着てるんだよ、俺は!」
思わず魔法使いのような格好に身を包んだ女性に突っかかってしまう。
「おやおや、どこかで何か紛れ込んだかな。こんな乱暴な言葉遣いをするとは思ってみなかったな。やはり、魔物を使った実験ではよくなかったか」
ところが、このような状況でも女性はとても落ち着いている。それどころか、今しがたの言動を分析しようとまでしていた。まったくなんだっていうのだろうか。
全身をくまなく見て回った女性は、どういうわけかとても満足そうに笑っている。
「うむ。言葉遣いはちょっと気にかかるが、とりあえず実験は成功だな。これで、私の研究も捗ることだろう」
目の前の女性はとても満足そうだ。
だが、どうしても疑問が浮かんでしまう。
「研究ってどういうことなんだよ」
「うむ、よくぞ聞いてくれた。私は世間から魔女と呼ばれる存在でな、世間の理解が得られんわけで、こうやって引っ込んで研究をしておるのだ」
突然、語り出している。これには困った表情をするしかないというものだ。
だが、魔女と名乗った女性は、おかまいなしに話を続けていく。
どうやら、もろもろの事情が重なった結果、人知れず森の中で過ごすことになってしまったらしい。ところが、研究が進むにつれて、一人で行うのには限界があったとのことだ。
そこで、他人から信用もなく、また他人に対しても信用を持てなかった魔女は、魔物を人化して自分の研究を手伝ってもらうことにしたのだという。
その結果、今に至るというわけだった。
「というわけだ。君には拒否権はない。ここで私を手伝ってくれるのであるのならば、その身の安全は保障する」
魔女は手を差し伸べてくる。
どうやら選択の余地はなさそうだ。
「分かった。どういうことかはわからんが、とりあえず世話になるよ」
「ふふっ。魔物のくせに生意気な口を利くものだな」
魔女とがっちりと握手をする。
こうして、どこともわからぬ場所で、魔女と過ごす新たな生活が始まりを告げたのであった。




