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剣聖ロップスの伝説  作者: 未羊


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第0話 殺陣役者と唐突な事故

「カーット!」


 男性の大きな声が響き渡る。

 目の前には、たくさんの着物を着た役者たちが立っている。

 声とともに、地面に横たわっていた役者も立ち上がっている。


 ここは時代劇の撮影現場。盛り上がりのシーンである殺陣(たて)の撮影が終わったところだった。

 撮影が終われば、現場の空気は和やかになる。

 出番も終わったやられ役の素浪人を演じていた兎沢薫(とさわかおる)も、楽屋へと引き揚げていた。

 かつらを外し、化粧も落としていくと、そこには短髪のイケメンが現れる。

 そのイケメンに、同僚と思しき男が近付いてくる。


「いやぁ、兎沢さん。今日もお疲れ様です」


「おう、ありがとな。んじゃ、飯でも食いに行くか」


「はいっ、行きましょう!」


 薫は着物からラフな格好に着替えると、同僚の男と一緒に撮影所を後にして、仕事上がりの一杯を楽しむことにした。


 街中の居酒屋にて、薫と同僚の男性は一緒に酒を飲んでいる。

 時代劇に撮影現場では、同僚の男性は名ありのチョイ役をしたこともある。ところが、薫の方は一貫して、最後の殺陣のシーンで主役に斬りかかって返り討ちに遭う悪役を演じている。名前のある役は一度もやったことがない。

 薫は悪役冥利に尽きるといって、主役側の役を一度も受けることはなかったのだ。


「それじゃまた、次の現場でな」


「ああ、また今度な」


 薫と同僚は、店の前で別れる。

 あとは家に帰って休むだけなのだが、普段はタクシーで帰るはずの薫は、この時ばかりはなぜか違うことを思った。


「ちょっと飲みすぎたし、夜風に当たりながら帰るか」


 そう、なぜか徒歩の帰宅を選んだのである。

 そんなに遠いわけではないので、十分選択肢にはなり得るが、なぜこの時の薫はこの判断をしたのだろうか。

 かなり飲んだということもあり、足元がふらついている。はっきりって泥酔といってもいいくらい。だが、それでもしっかり歩けているのは、普段から心身ともに鍛えている賜物かもしれない。

 気持ちよく夜の繁華街を歩いて帰る薫だったが、その耳に、二つの音が届き始める。


(おや、これはパトカーのサイレンか。まったく、ご苦労なこったな)


 ひとつは薫が聞き取った通りのパトカーのサイレンだった。

 だが、もうひとつの音とともに、段々と近付いてくる。


「なんだ、この音は。これはエンジン音か?」


 なんともやかましいくらいの車が走ってくる音が聞こえてきたのである。

 せっかくの酒も一気に抜けてしまいそうなくらいの耳障りな音だ。

 だが、放っておけばとっとと通り過ぎてしまうだろうと、薫は高を括る。

 ところがだ。薫の予測とは裏腹に、どんどんとサイレンと車の音が近付いてくる。

 うるさいなと思った次の瞬間だった。


 ブロォォォンッ!


 目の前から暴走する車が現れたのだ。

 狭い繁華街の通りは、突然の暴走車に阿鼻叫喚である。


「止まりなさい!」


 すぐ後ろを走るパトカーからは制止を呼び掛ける声が聞こえてくる。どうやら、よくある違反者の逃走劇のようだった。


(ちっ、めんどくせぇな)


 薫はそう思いながら、帰ろうとして歩き始める。

 だが、その時だった。


「がはっ!」


 体に強い衝撃が走り、吹き飛ばされてしまう。

 なんと、暴走車がよりにもよって薫の方へと突っ込んできたのだ。

 薫をはね飛ばした次の瞬間、暴走車は壁にぶつかって止まる。

 それでも、運転手は往生際悪く、逃げようとして車から降りてくる。


「ざっけんな!」


 どうにか受け身を取ってダメージを減らした薫は、逃げようとする運転手の腕を鷲づかみにすると、そのままぶん投げて地面に倒していた。


「人をはね飛ばしておいて、それでも逃げようたぁ……、悪者の風上にも置けねえやつだな。ああっ?!」


「いででででっ!」


 薫は、投げ飛ばした相手の腕を軽くひねって動けなくする。

 やがて追いついた警察官の手によって、逃走犯は無事に捕まえられた。


「ご協力、ありがとうございます」


「いや、このくらいなんてことはない。まったく、しっかり罪を償わせてやってくれ」


 薫はそういうと、ゆっくりと歩き出した。

 だが、次の瞬間だった。


 ふらり……。


 暴走車にはね飛ばされたのだ。当然、まったくダメージがないわけがない。急激に目の前がぐにゃりと歪み始めた。


「だ、大丈夫ですか?!」


「おいっ、救急車だっ! すぐに呼べ!」


 周りが大騒ぎになっていく。

 それとは対照的に、薫の意識はどんどんと遠のいていってしまう。


(やべぇ……。さすがに、これは……死んだかもしれねえな。ははっ、悪役三昧だったからといって、この最期は、さすがにねえ、よ、なぁ……)


 悲鳴とサイレンと野次馬の声が入り混じり、平穏だった繁華街はすっかり失われてしまっていた。

 そんな周囲の慌ただしさとは裏腹に、兎沢薫の意識はここで完全に途絶えてしまった。


 ―――


(うん……?)


 確かに消えたはずの意識が、再び蘇る。


(なんだ、俺は、生きているのか?)


 もやもやとする意識の中、かろうじてうっすらと目を開く。


「おお、目覚めたか」


(誰の声だ? 一体何が起きてやがる……)


 一瞬だけ戻ったはずだったその意識は、再び深いよどみの中へと消えていったのだった。

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