第38話 カオルと伯爵
オーロイス伯爵邸の訓練場へと連れてこられたカオルだったが、目の前の光景に驚かされてしまった。
「で、でけぇ……」
魔女の家の近くにある街の冒険者ギルドにある訓練場と比べても、倍以上の大きさがある。これが貴族の力なのかと、カオルはまざまざとその力を見せつけられていた。
「君の持つそのカタナとやらで行う技術を見せてもらいたい。できるだろうか」
「ああ、見せてやりますよ」
カオルはメイド服に刀を下げた状態で訓練場の中へと歩み出ていく。
地面の状態も冒険者ギルドの状態とは段違いで、なんとも踏ん張りの利きそうないい状態の地面だった。
これなら結構な威力が出せそうだと思ったカオルは、オーロイス伯爵に断りを入れる。
「伯爵様、多少壊れてしまっても問題ありませんかね」
「ああ、訓練で壊れるなんてことはよくあるから気にしなくていい。腕のいい土魔法の使い手がいるから、すぐに直せるしね」
「それを聞いて安心しましたよ」
カオルは、ゆっくりと訓練場に設置されている的の前へと歩み出ていく。
ギンと鋭い視線でしっかりと的を見据えると、刀に手をかけて腰を深く落とす。
すぅー……、はぁー……。
大きく深呼吸をして、しっかりと呼吸を整えると、カオルは素早く動く。
「抜兎術、閃!」
刀を振り抜き、横薙ぎの一撃を放つ。
次の瞬間、冒険者ギルドの訓練場で見せたのと同じように、レンガの壁に大きなへこみが発生する。
カオルは静かに振り抜いた刀を鞘に納めていく。
鍔と鞘が当たり、カチンという音がすると同時に、目の前にあった的のいくつかが真っ二つになってしまっていた。
「こいつは、すごいな……」
威力を目の当たりにしたオーロイス伯爵は興奮している。
「ざっとこんなもんですね。さすがに伯爵邸を完全に壊しちゃいけないんで、少し手加減をさせてもらいました。本気で行くと、屋敷の外側の壁にまで大穴を開けちまいそうでしたからね」
「ふむ……。抑えてこれならば、即戦力だな。メイドというのも実力を隠すにはもってこいだろう」
伯爵はカオルの話を聞いて冷静に分析しているようだが、声が少々上ずっている。どうやら興奮しているようだ。
「リバーファングのこともあるし、どうだろうか、三十日ほどお試しで雇われてみる気はないか?」
「お試しですか……。確かに、見た目もこんなんですし、素性も知れない人物を簡単には受け入れられませんよね。伯爵様の様子から察するに、本格的に雇いたいが、周りの目があるから様子を見ようってところですかね」
「ははっ、そこまで見抜かれているとはね。その通りだ。君は見た目が魔物すぎるんだ。街の中には魔物というだけで毛嫌いしている人間は多くいる。私の一存で押し通すことも可能だが、住民感情を逆なでするのもよくない。領主というのは大変な仕事だよ」
「心中、お察しします」
オーロイス伯爵は、心の内を完全に把握されていたことに驚いているようだ。
だが、これもカオルが前世で身につけてきた技術の一つだ。心技体を突き詰めてきたからこそ、相手の心の揺らぎのようなものも把握できるというわけである。
「当面はメイドとして働いてもらおう。リバーファングのことは私の私兵と冒険者ギルドで調査してみるよ」
「承知致しました。……ここは”旦那様”と申すべきでしょうかね」
「ああ、それでいい。しばらく頼むよ、カオル」
「はっ、お任せ下さい」
実力を見せつけてオーロイス伯爵に認められたカオルは、しばらくはオーロイス伯爵付きのメイドとして働くことになった。
本来、大人の主人の周りには女性はつかないものだが、カオルは特例として置かれることになった。それだけ人柄と腕前を買われたということだろう。
だが、当然ながら、他のメイドたちは気に食わないというものである。
入りたての新人が伯爵のそばにいるだなんて、普通は許せたものじゃない。その上、見た目がどうあがいても魔物である。
当然、最初のうちはいろいろと嫌がらせが飛んでくるものだ。
ところが、そんな嫌がらせを受けようとも、カオルはまったく動じることはなかった。
前世で悪役の端役を中心に数多くこなしてきたカオルは、それなりの処世術だって身につけている。
ちょちょっと前世の知識を披露したり、おいしい料理を作って釣ったりしてやれば、メイドたちは次々とカオルの手に落ちていっていた。
(まったく、ちょろいもんだぜ)
すぐに甘えてくるようになった先輩メイドたちの姿を見ながら、カオルは呆れつつもそんなことを思った。
順調に屋敷内での立ち位置を獲得していたカオルだったが、屋敷にやってきて十日とちょっとが過ぎた日のことだった。
「失礼します!」
伯爵の元に、一人の兵士がやってきた。
「どうした」
「はっ、リバーファングのことで新しい情報が入りましたので、伯爵様にご確認をお願いしたいのです」
「ふむ……。現地での報告かな?」
「その通りでございます」
「分かった。すぐに支度をして向かう。お前は下がっていいぞ」
「はっ!」
どうやら、以前に見つかったリバーファングのことで新しい発見があったらしい。
だが、さすがに伯爵直々に出て来いというのは怪しいものだ。
「旦那様、さすがに怪しいでございます」
「ああ、カオルも一緒に来てくれるか?」
「御意に」
これオーロイス伯爵も感じていたようで、護衛にカオルを連れて向かうことにしたようだ。
現状被害はないとはいえ、いないはずの魔物リバーファング。分かった新情報とは一体何か。緊張した面持ちで、オーロイス伯爵とともに現地に向かうカオルなのであった。




