第37話 伯爵と提案
結果として、領主への報告のためにカオルは残ることになってしまった。バリトンはカオルのために残ろうとしたのだが、依頼の契約があるために乗合馬車について行くことになってしまった。
名残惜しいのか、別の冒険者を護衛として雇い入れた馬車から、また会おうとやたらと叫んでいた。
一人で残ることになったカオルだが、今は一般に秘匿にされているはずの領主邸の中にいた。
リバーファングという魔物を見つけたことで、事情を聞かれることになっている。応接間の中で、お茶を飲みながら待たされている。
(マンガやアニメなんかでは見たことがあるが、お貴族様の屋敷の中は、ものすごく派手だよなぁ……)
カオルは部屋の中を見渡しながら、そんなことを思っている。
役者人生が長いとはいっても、カオルはそこまで派手な生活をしたことがないのだ。質素で慎ましやかな人生だったので、屋敷の内装にはちょっとうんざりしているようだ。
かなり待たされたのだが、ようやく応接室の扉が叩かれる。
扉が開いたかと思うと、これまた立派な服装の男性が入ってきた。かなり険しい顔をしているので、いかにも厳格そうな人物だった。
(おそらく、こいつがオーロイス伯爵だろうな。周囲と比べて服装が違いすぎる)
襟元などの飾りを見て、カオルはそう判断した。
「待たせてすまなかったな。片付けないといけない案件が立て込んでいたのでな」
男はそう言いながら、カオルの前に座る。
「私がこの街の管理者で、周囲一帯を治めるオーロイスだ。オーラム・オーロイス、それが私の名前だ」
「俺はカオル・ロップス。メイド服を着ちゃいるが、これでも冒険者です。初めまして、オーロイス伯爵」
オーロイス伯爵の挨拶を受けて、カオルは一度椅子から立ち上がり、跪いて頭を下げて挨拶をする。椅子に座ったままの挨拶というのは、なかなかしっくりこないためだ。これも時代劇役者として悪役ばかりをしてきた弊害なのだろう。
だが、その挨拶は、意外とオーロイスには効果的だったようだ。
「ふははっ。まるで忠誠を誓うような態度とはな。その奇怪な姿の割には、心得ているではないか」
オーロイス伯爵は大声で笑っている。
しばらくそのまま笑っていたのだが、オーロイス伯爵はすぐに真面目な表情に戻る。
「それで、これの話を聞かせてもらえるかな?」
オーロイス伯爵は、侍従にトレイに乗せた真っ二つになったリバーファングを見せてくる。
「これは、隣国の帝国の中でしか生息していない魔物だ。それが、なぜうちの領内で見つかったのかな」
「それは俺の方が聞きたいですね。川を渡り始めてすぐにぴくりと感じたんですよ、魔物の気配を。それで、ちょこっと突いたら大量に襲い掛かってきましてね。ここには初めて来たので、俺もまったく事情は分かりません」
カオルは説明をしながら、自分は知らないということを二度も強調するように証言する。
カオルの証言を聞いたオーロイス伯爵は、考え込み始めてしまう。おそらくは、そのくらい由々しき事態ということなのだろう。
そうかと思えば、急に顔を上げてカオルへと視線を向けている。
「カオルといったな。そういえば、なぜあの乗合馬車に乗っていたんだ?」
突然の質問である。
少し驚きはしたものの、カオルは冷静に王都行の乗合馬車に乗っていた理由を話す。
「ふむ……。見た目が魔族のような感じのくせに、王国騎士団に入りたいとはな。理由を聞いてもいいかな?」
「すみません。理由はちょっと言えないですね。ただ、俺はこの通り剣士ですので、この剣で少しでも人の役に立ちたいと考えているんです」
カオルはそういうと、自分の持っている刀をオーロイス伯爵の前に差し出した。
「確認してみてもいいかな?」
「どうぞ、お改めください」
許可を求めてきたので、カオルはすんなりと許可を出す。
傍若無人な貴族であれば、すぐに手に取るなどの行動に出るはずだ。ところが、オーロイス伯爵は一度カオルに確認を入れてきた。これだけで、このオーロイス伯爵は少し信用できると感じたカオルである。
「これは変わった剣だな。サーベルというには反りがあるし、かといってシミターというには細すぎる。だが、見事な剣だな。これは、なんていうものなのかな?」
「刀というものでございます」
「カタナか。……ふむ」
何かを思いついたのか、オーロイス伯爵は侍従に何かを伝えている。
先に侍従が出ていったかと思えば、今度はオーロイス伯爵が立ち上がり、カオルへと声をかける。
「すまないが、そのカタナという武器と、君の力を見せてもらいたい。リヴァーファングという魔物のことも気になる。そうだな、実力次第では、君のことを私が雇おうではないか」
オーロイス伯爵からの提案に、カオルは黙り込んでいる。
一刻も早く王都へ行って、そこで活躍をしたいと考えているからこそ、この提案にすぐに答えられないというわけだ。
「そんなに警戒しなくてもいい。伯爵という爵位ではあるものの、私は王国ではそれなりに影響力のある人間だ。私のところで活躍すれば、王国騎士団への推薦だってしてやれる。君にとっては、悪い条件ではないだろう?」
オーロイス伯爵の言葉に、カオルは少し心が揺らぐ。王国騎士団への道が、ここにもあるのかと。
ならばと考えたカオルは、オーロイス伯爵の要求通り、その力を見せることに決めたのだった。




