第36話 直感と足止め
翌日、何事もなく出発できた。
貴族が治める領地であることに加え、自分の容姿のことで悶着が起きるかと思ったカオルだったが、意外にもまったくノータッチである。
バリトンがいうには、冒険者カードの実績がものを言ったということらしい。強くて実績のある冒険者は、領主としては歓迎しているのだろう。
宿場町を出発して、再び王都を目指すカオルの前に、びっくりする光景があった。
「はぁ……。でかい川だなぁ」
そう、街から出てすぐに大きな川流れていたのだ。そこには石で造られた橋がかかっている。よく見ると、向こう岸が見えない。一瞬海かと思ったくらいだ。
日本だと、向こう岸が見えない川というのは珍しいので、カオルがそんな勘違いをするのも無理はないというわけだ。
「どうだ。これがサズー川だ。王国内にはこれよりも幅の広い川があるらしい。残念だが、俺は見たことがない」
「そ、そうなんだな」
バリトンが笑いながら話しているものの、カオルは顔が引きつっていた。
それもそうだろう。前世で時々聞いたり発言したりすることもあった三途の川と音が似ているのだから。
同時に、その川幅に驚かされている。
最初は向こう岸が見えなかったので単純に驚いただけだったが、しばらく進んでも向こう岸がまったく見えてこない。本気ででかい川だった。これでも海まではまだまだ遠いということらしいので、三度びっくりである。
「こんなでかい川があるために、あの街にあるオーロイス伯爵の館は、王都側に近い場所にあるんだ。川底が深いから、川の中を進むにしても大変だからな」
「なるほどなぁ。こりゃあ、いい位置をもらえたもんだな」
バリトンの話を聞いて納得しているカオルだったが、何かを感じてバリトンに声をかけている。
「なあ、ここって魔物とかいたりすのか?」
「いや、聞いたことはないな。感じるのか?」
「ああ、ちょっと俺は降りるぜ」
「お、おい」
カオルがいきなり馬車を降りると買い出したので、バリトンは止めようとする。
だが、そんなことにはお構いなしに、カオルは馬車から飛び降りる。
今の体が元々魔物だということもあってか、やたらと勘が働く。そうなると、なんとも気持ち悪いことになるので、カオルは我慢ができなかったのだ。
馬車が通り過ぎていく中、カオルは構える。
「抜兎術……、突!」
腰に下げた刀を振り抜いたかと思えば、正面で刀を止めてそのまま強く押し出す。
突き出された刀の先から突風が巻き起こり、渦巻きながら集束していく。
鋭い槍と化した風が、前方で何かを貫く。
(手応えあり!)
カオルがそう思った瞬間だった。
バシャバシャとものすごい音を立てながら、川から魔物が飛び出してきた。
「けっ、まるでピラニアだな」
飛び出してきたのは、鋭い歯を持つ魚たちである。
「抜兎術、断!」
だが、カオルは落ち着いて刀を戻し、再び鋭く振り抜く。
放たれる一閃。
魚たちは、すべてが一瞬で真っ二つとなり、その場に落ちていく。
橋の上や川の中に真っ二つになった魚たちが落ちていく音が、しばらくの間鳴り響く。
「お、おい。なんだよ今のは……」
馬車を止めさせて、バリトンが戻ってくる。
「見ての通りだ。魚の魔物が大量にいた。俺の一撃にびびって、もう退散しちまったみたいだがな」
「こ、こいつはリバーファングか。なんでこんな魔物がここに……」
「川に住んでいるような名前なのに、ここじゃ珍しいのか?」
バリトンの反応を見て、カオルは疑問に満ちた顔で確認をしている。
バリトンの説明では、王国ではまず見ない魚らしい。そのバリトン自身も、冒険者ギルドにある魔物図鑑で見たことがある程度らしく、実物は今回が初めてなのだという。
図鑑で見たことがあるからこそ、見ただけで何か分かったということだった。
「こりゃあ、乗合馬車を街に戻らせて、一時的に待機させるしかないな。俺たちは冒険者ギルドに報告する義務があるから、その間、馬車に護衛がいなくなっちまう」
「ありゃ、そうなのか。なら、俺だけで行ってこよう。俺の足なら追いつくことは可能だしな」
「バカ言え。どんだけ足止め食らうと思ってるんだよ。カオルは見た目もあるから、絶対すぐには終わらねえ。ちょっと待ってろ、馬車を引き返させるからよ」
「分かったよ……」
カオルは面倒だから自分だけで行こうというものの、バリトンから必死の形相で止められてしまう。
バリトンが馬車を呼びに行っている間、カオルは足元に散らばったリバーファングを回収している。
順調だと思われた王都への移動だったが、中間地点で思わぬトラブルである。
この報告をするにあたって、間違いなくまる一日は足止めだろうということらしい。
一方の乗合馬車も、一時的に護衛がいなくなってしまうため、代わりが見つかるまで待機だ。乗客の一部から不満が出るものの、やむを得ない事情なので我慢してもらうしかなかった。
急に暗雲の立ち込め始めた旅だが、すんなりとトラブルを解消させて旅を再開できるのだろうか。
この時ばかりは、カオルは自分の持っている能力を恨んだのである。




