第32話 旅立ちとトラブル
翌日、王都方面へと向かう乗合馬車の乗り場に、カオルはやってきていた。
ゴードンやリッツをはじめとした冒険者ギルドの職員など、思ったよりも多くの人物が見送りにやってきていた。
「こんなにいるとは思わなかったなぁ」
たった六十日間程度だったので、こんなに人がいるとは思っていなかったカオルは、その人数に驚かされていた。それだけ、短期間でカオルは街になじんでいたということだろう。まあ、姿が目立つというのもあるだろうが。
そんなわけで、乗合馬車の乗り場には所狭しという感じになっていた。
「一応紹介状は渡しておいたし、ひとまず、冒険者からやっていけばいいさ。姿は気にするだろうが、能力は別問題だからな」
「はい、頑張ってきますよ」
ゴードンの言葉を受けて、カオルはしっかりと返事をしている。
「間もなく、王都行の馬車が出発します。ご利用の方は代金をお支払いの上、ご乗車ください」
そのタイミングで、馬車の出発の予告がされる。
カオルは荷物を抱えると、馬車の方へと視線を向ける。
そして、再びゴードンたちの方へと体を向けると、きゅっと表情を引き締める。
「それでは、いってきます」
「ああ、頑張ってこい。応援しているぞ」
みんなに見送られながら、カオルは馬車へと乗り込む。
少しの間だったものの、住み慣れた街を離れていく。
(泣くもんかよ)
みんなの姿が段々と見えなくなっていくにつれて、カオルは少し涙がこらえきれなくなってきていた。
メスのウサギになったせいか、少し涙もろくなっていたようだった。
やがて、すっかり街も見えなくなると、カオルはようやく馬車の中に腰を落ち着けたのだった。
街を出発した馬車は、順調に王都へと向けて進んでいっている。
一日か二日ごとに途中の街に立ち寄りながら、二週間という期間をかけて王都を目指す。なんとも長い旅路である。
車や列車という便利な移動手段のあふれた世界で生きてきたカオルにとってしてみれば、二週間もかけて移動するというのはなんとも退屈なものである。
だが、たまにはこんなのんびりとした旅もいいかと、カオルは乗合馬車の座席にしっかりと座ってじっとしていた。
「ずっと気になってたんだが、一体こいつは何だ?」
同じ馬車に乗っていた男が、カオルを見ながら騒ぎ出した。
さすがに移動中に騒ぎだすのは非常識だろと、カオルは相手にせずにじっと押し黙っている。
「おいこら、無視すんな。そこの白い塊だ。なんなんだよ、てめぇは」
男は状況もわきまえずにひたすらカオルを見ながら騒いでいる。まったく困ったものだ。
このまま黙っていては、周りも巻き込まれてしまう。なので、カオルは仕方なく相手をすることにした。
「さっきからうるさいな。頼むから黙っていてくれ。周りも困っているだろうが」
「んだとぉ?!」
たしなめようとするも、男はバカにされたと思ったのか、さらに怒りだしている。本当に困ったものである。
「相手をして欲しいんなら、馬車が休憩に入るタイミングでしてやるよ。こんな狭い場所で暴れたら危険なのくらい、お前も分かるだろうが」
「くそっ……。しょうがねえな」
カオルの指摘で周りを見た男は、その表情から状況を察したようである。急に騒ぎ出して非常識だと思われた男だが、一応はわきまえているようだった。
そうしてしばらくすると、馬車は水場のある場所で休憩を入れることになる。
カオルは男と馬車を降りて、近くで向かい合っている。
「で、俺に何の用なんだよ」
「けっ、化け物みてぇなつらで偉そうにしやがって。しかもメイド服だろ」
「メイド服を着てて悪いか。それとこの姿は生まれつきなんでな。俺にはどうしようもねえんだよ」
「ってことは、てめぇは魔族か」
「魔族かぁ……。そっか、この世界、そういうのはいるんだな」
男との話を聞いて、カオルはこの世界のことを少し知ってなんだか嬉しそうな顔をしてしまう。なにせ今までいた場所では、そこまで突っ込んだ話は出てこなかったのだから、新鮮なのである。
「とりあえず気に食わねぇ。化け物なてめぇは、ここで俺が叩き潰してやる」
「まったく……。そんな風に言うってことは、お前も冒険者か。奇遇だな、俺も冒険者なんだよ」
「メイド服を着た冒険者など、いるものかぁっ!」
男は問答無用で襲い掛かってくる。まったく困ったものだと、カオルはため息をつく。
とはいえ、襲われたので正当防衛だ。
カオルは刀に手をかけると、男の動きを見て素早く刀を抜いた。
「ぐっ……」
男が手に持った剣を振り下ろすよりも早く、カオルの刀は相手の首筋に届いていた。
「勝負ありだな。力自慢のようだが、動きが大きすぎる。力は乗せやすいが、隙が大きすぎるから、一対一には向いてない」
「ま、参った」
カオルに完全敗北した男は、両手を上げて降参をしていた。
出発初日からとんでもないことになったものだが、持ち前の実力であっさりトラブルを回避してしまうカオルなのであった。
先が思いやられるというものである。




