第26話 カオルと疑念
すっかり、街の冒険者ギルドになじんでいたカオルは、ある日ゴードンに質問を投げかける。
「ギルドマスター、ちょっとお伺いしてもよろしいですかね」
口調はきついものの、目上の人物に対しては丁寧な言葉を使う。剣術などの習い事をしてきて身につけた習慣は簡単には抜けない。
真面目な表情で声をかけてきたので、ゴードンは書類を相手にし続けてきた疲れからか、手を止めてカオルの呼び掛けに反応する。
「なんだ、カオル」
「いえ、師匠はなぜ、あんなことになってしまったのかと思いましてね」
カオルの言葉に、ゴードンは言葉をつぐんでしまう。
この時の反応を見て、カオルは瞬時に何かを感じ取る。さすがは獣人となっただけあってか、勘は鋭い。
カオルは席を立ち、ゴードンへと近付いていく。
「やはり、何かご存じなんですね。ギルドマスター」
「あ、ああ……。うーむ」
睨みつけるような表情で迫られると、ゴードンもさすがに困った表情を浮かべるしかない。
とはいえ、魔女が死んでしまった今、隠しておく義理もない。なにより、カオルは魔女のところで暮らしていた身だ。知る権利は、一応ある。
悩んだゴードンは、大きくため息を吐くと、カオルの顔をじっと見つめている。
「俺だって、詳しくは知らない。だが、あいつの身に何かあっただろうということは察せられる。……こんなものが配られていたのだからな」
観念したゴードンは、机の引き出しから何かを取り出していた。
取り出されたのはA4くらいの大きさの紙。裏面なのか、カオルからは何も見えない。ただ、ゴードンの表情はあんまり優れた様子ではない。
「ショックを受けないでおくれよ」
「ああ、俺は何でも受け止めるだけの覚悟はある」
きりっとした表情を見せているので、ゴードンは裏返った紙をひっくり返す。そこに描かれていたのは、間違いなく魔女の顔だった。
「師匠の絵?」
カオルはぎょっとしている。
ゴードンが取り出した紙に描かれていたのは、確かに魔女の姿である。カオルが驚いたのは、そこに書かれていた文字だ。
「WANTED?」
そう、指名手配を示す言葉だ。
だが、そこに書かれていたのは地球ではまったく見たことのない文字。つまりは、この世界の文字だ。それをあっさりとカオルは読んだのである。
そもそも、ゴードンの手伝いをしていた時点で読めているのだから、そこで驚くのは今さらというものである。びっくりする気持ちをぐっと飲み込んで、カオルは指名手配についての詳細を聞くことにした。
「どういうことなんですか。なぜ、師匠が指名手配になんてならなきゃいけないんですか」
カオルはさらにゴードンへと詰め寄っていく。
「国家、反逆の罪だ」
「はぁ?」
ゴードンがやむなく答えた言葉に、カオルは表情を歪ませている。
確かに、魔女はいろいろと研究をしていたのだが、カオルが知る範囲では、とてもそういう雰囲気というものはなかった。だからこそ、なおさら信じられないというものだ。
「まあ、抑えろ。俺だって信じられないくらいだからな」
「そっか。ギルドマスターは師匠の昔の仲間でしたもんね」
ゴードンがカオルに離れるように仕向けながら話していると、カオルは納得した表情をして少し距離を取っている。その瞬間、ゴードンはちょっとほっとした表情をしていた。
いろいろと事情があるとはいえ、一応は女性と二人っきりなのだ。必要以上に近付くわけにはいかないので、やむを得ないというものである。
「とりあえず、それを出したのは国であることは間違いない。国王陛下の持つ、王印が押されているのだからな」
ゴードンが指差す、指名手配書の下の方を見てみる。確かに、そこにはなにやら紋章のようなものが押されている。これが、王国の象徴である国王印なのである。
「お前の証言から、魔女は焼け死んだということで報告を出してある。もう必要がないからはがして保管してあるんだ」
「そうなんですか。普通は破り捨てそうなものですけれど」
「……まぁ、俺の未練のようなものだろうな。あいつを忘れたくないんだよ」
「惚れた弱みってやつですか」
ゴードンとのやり取りの末、カオルがそう指摘すると、ゴードンは顔を赤くして黙り込んでしまった。つまり、そういうわけなのだ。
やれやれということで、カオルは空気を読んでそれ以上の追及をすることはなかった。それよりも話をしたいことがあるからだ。
「時に、ギルドマスターには犯人の目星はあるんですかね」
「……ある。だが、確証は持てないがな」
「へえ、それを聞かせていただいても?」
戸惑ったように答えたゴードンに、カオルは興味深そうな感じで頼みを口にしている。ただ、その時の雰囲気に、ゴードンは少しばかりの恐怖を感じた。
カオルの見せた、口角が上がり、少しも笑っていない目。
冒険者としての経験があるために、ゴードンはこの目に覚えがあったのだ。
「悪いが、確証がないのに話すわけにはいかない。治安を守るべき冒険者ギルドのマスターが、治安を乱すようなことに加担するわけにはいかないからな」
ゴードンは腕を組みながら、カオルへと教えられないと答えている。ギルドマスターという立場があるからこその判断なのである。
「だが、今は教えられないというだけだ。敵討ちに加担はできないが、調査だけならば可能だ。昔の伝手を使って調べるだけ調べてみよう。俺の勘が正しいのなら、一筋縄ではいかないだろうがな」
「……分かりましたよ。下手な行動を起こして、俺まで賞金首になるわけにはいきませんからね」
「ああ、そうしてくれ。前も言ったが、冒険者ギルドにはいろいろと情報が集まる。もしかしたら、つながる情報が手に入るかもしれない。気長に待ってくれ」
「ええ、そうします」
納得はいかないようだが、カオルは一応ゴードンの言葉に頷いていた。
魔女を襲った悲劇の犯人。必ず見つけ出して痛い目に遭わせてやる。カオルは心の奥底で改めて誓うのだった。




