第19話 魔女と不快な予感
近くの街では、そんなことになっているとも知らずに、魔女とロップスは平然といつも通りに過ごしている。
ロップスに夕食の準備をさせていた魔女は、ふと家の外へと足を運んでいる。
周りをひと通り見回した魔女は、小さく眉間にしわを寄せている。
(ふむ……。なにやら、魔力が騒めいておるな)
何かを感じ取ったようだ。
「師匠、どうしたんですか?」
そこに夕食の支度を終えたロップスが、魔女を探して外へと顔をのぞかせる。
ロップスに声をかけられた魔女は、ハッとした表情を浮かべて振り返っている。
「なんだ、ロップスよ」
「あ、いえ。夕食の支度ができたので、師匠を探しに来たんですよ。……外に何かありましたか?」
しれっとした表情で振り返ってきた魔女からの質問に、ロップスは正直に答えている。しかし、魔女の行動が理解できないロップスは、どういった状況なのかを問い掛けている。
「なあに、ちょっと夜風に当たりたくなっただけよ。特に意味はない」
「そうですか? まぁ、師匠がそう仰られるのでしたら、そういうことにしておきます。食事の準備は整っていますので、早く戻ってきて下さいね」
「ああ、分かった。すぐに行くよ」
魔女はそう答えて、ロップスが家の中へと入っていく姿を確認する。すると、そこで立ち止まり、街のある方向へと視線を向ける。
「師匠ー?」
「まったく、せっかちだのう」
ロップスがしつこいものだから、魔女はやれやれといった表情で家の中へと入っていく。
その食事の席で、魔女はロップスに声をかける。
「ロップスよ」
「なんですか、師匠」
声をかけられて、きょとんとした表情をするロップス。急に名前を呼ばれたので、驚いているようだ。
「おぬしは、一人でも生きていける自信はあるか?」
魔女からの質問に、ロップスは首を傾げてしまう。唐突にしてきた質問な上に、内容の意図がよく分からないからだ。
だが、質問をされたからには答えようと、ロップスは少し考える。
「魔物の解体も料理もできますからね。生きていこうと思えば可能だと思いますけれど。なんでまた、唐突にそんな質問をなさるんで?」
質問には答えつつ、ロップスは自分の抱いた疑問をぶつけている。
疑問をぶつけられても、魔女はまったく動じる様子はない。
「いや、ちょっと気になっただけだ。お前は私の助手として誕生させたのは間違いないのだが、いつまでも縛り付けておく気はない。好きにしてもらってもいいんだぞ?」
「嫌ですねぇ、師匠。俺はまだまだ師匠から教えてもらいたいことがたくさんあるんです。それこそ、師匠から強い拒絶でもない限り、ここを去るつもりなんてありませんよ」
「そうか。まったく、世話の焼ける弟子だな」
「今日の師匠はなんだか変ですよ。なにかお悩みでもあるんですかね」
ロップスとのやり取りの中で、平然とした表情をしていた魔女だったが、この時のロップスの指摘にはちょっとだけどきりとした。
しかし、野生の勘を持つロップスを目の前にして、下手な態度は取れないと、すぐに気を取り直していた。
「ふふっ、そういう時もあるというものだ。今の私は、お前が将来どのように成長していくのかということが楽しみだからな。そこに向けた悩みというものはあるものだよ」
「嫌だなぁ……。俺が師匠を悩ませるわけがないじゃないですか。こういう立場である以上、俺は師匠をずっと支え続けますよ」
「そうか。それならば私は安心だな」
どこまでも真っすぐなロップスの姿を見て、魔女はほっとした気持ちになっていた。
その後は、お互いにたわいのない会話をしながら夕食を平らげたのだった。
そして、翌日の朝を迎える。
いつも通りに起床した魔女は、ロップスのところへと向かっていった。
「あれっ、どうしたんですか、師匠」
朝食の支度をしているロップスは、唐突な魔女の出現に驚いている。というのも、いつもならまだ魔女は寝ているはずだからだ。
夜遅くまで研究に打ち込んでいるためか、魔女は朝がともかく弱い。なので、朝食の準備が終わったロップスが起こすというのが定番となっていた。
ところが、この日に限っては、魔女が朝から普通に目を覚ましている。だからこそ、ロップスは目を見開いているのだ。
「すまんがロップスよ。今日はここまで研究の材料を取りに行ってくれんかな」
魔女はそういうと、メモ書きをロップスに手渡す。
そこに書かれていたのは、街のある方向とは真逆の方向にある薬草を摘んでくるという指示だった。
「まだ、ずいぶんと遠いところに向かわせますね、師匠」
「まぁな。だが、これは私の研究には必要なものなのでな。悪いとは思うが、採りに行ってきてもらえないだろうかな」
以前の街へのお使いといい、唐突な遠出なのでさすがのロップスも訝しんでいる。だが、師匠と慕う魔女の頼みであるがために、怪しく思いながらも頼みを聞き入れることにした。
魔女がいうには、順調にいけば夕方には帰ってこれるだろうということだ。
「分かりましたよ、師匠。その代わり、お昼はちゃんと食べて下さいよ。食事をちゃんとしないと、体に不調が出てきますからね」
「ああ、分かっているとも。本当に、お小言が多いな」
「大切に思っているからですよ」
ロップスは腰に手を当てて言い切っている。そのロップスの姿に魔女は笑みを浮かべている。
いろいろとやり取りはあったものの、朝食を終えた後に、無事にロップスを家から遠ざけることに成功した。
「さて、では、招かざる客人たちの歓迎の準備をせねばな」
両手を腰に当てた魔女は、大きなため息をついた後、街のある方向の森へと視線を向ける。
普段は晴れているはずの空が、徐々に曇っていく。
ロップスを遠ざけた魔女は、一体何に備えているのだろうか。




