第16話 ロップスとゴードン
夜が明けて、朝食を食べ終わる。
ロップスが片付けのために立ち上がると、ゴードンはロップスに対して声をかけている。
「すまない。あとでちょっと時間はいいだろうか」
「はい、なんですかね」
真面目なトーンのゴードンに対し、今の体に宿る野性的な勘で、嫌な予感を受け取るロップスである。声色が明らかに低い。
この声を聞いて、ゴードンはぐっと一瞬踏みとどまるような仕草を見せる。さすがは元冒険者だ。何かを感じ取ったのだろう。
だが、すれ違った時に感じた気配と、今のロップスから感じ取っている気配が似通っているために、ゴードンとしては気になって仕方がないというものだ。なので、ここは冒険者ギルドのマスターという立場もありからか、食い下がっている。
「正直、メイド服を着ている相手にこういうことを頼むものじゃないが、俺と手合わせをしてもらえないだろうかな」
「俺、メイドなんですけれど?」
ゴードンの言葉に、ロップスはしれっと答えている。
それでもゴードンは引き下がらない。
「ならば、その腰につけているものはなんだ。うちのギルド職員から得た証言の業物と一致しているように思うのだが?」
「……ちっ」
ゴードンに追及されると、非常に分かりやすい舌打ちという反応をしてしまうロップスである。
このゴードンの指摘に何も言い返せないのは、この腰に下げた刀が、魔女のお手製の一点ものだからだ。一点ものである以上、これ以上の言い訳はきかないというわけである。
ロップスは大きなため息をついてしまう。
「まったく、ロップスよ。その態度はないと思うぞ」
「ですけどね、師匠」
魔女に咎められてしまったロップスは、つい口答えをしてしまう。
「ゴードンは元々私と一緒に冒険をしておった仲間なのだ。お前はその姿になってから日が浅い。せっかくの機会だ、胸を貸してもらえ」
「師匠がそこまで仰られるのでしたら、分かりましたよ……」
魔女に説得させられてしまっては、ロップスとしては断り切れないというものである。
やむなく、ロップスはゴードンと手合わせをすることにしたのだった。
魔女に見守られる中、家の中になぜか転がっていた手ごろな長さの木の棒を渡されたロップスとゴードンは、互いに距離を取って向かい合っている。
「プレセア。お前、俺が来ることを察していたな?」
「悪いな。あの街にゴードンがいることは、本当は知っておったのだ。だから、こいつに人のふりをさせて送り込み、お前さんを釣り出したというわけだ」
「はははっ、お前は相変わらずのようだな。一筋縄でいかんところが、昔から気に入っておった」
目の前では、ロップスを無視して魔女とゴードンの会話が続いている。この光景を見たロップスは、一体何を見せられているのだろうかと呆れた表情を浮かべている。
その退屈そうなロップスの姿に気が付いた魔女は、ゴードンに声をかけている。
「ほれほれ、やるならさっさとしてくれんかな」
「むぅ……。仕方あるまい。これはもうひと晩泊まって、さらに話を聞くしかないな。まったく、昨夜のだけで十分と思った俺が甘かった」
ゴードンは魔女にしてやられたと、首を横に振っている。
だが、今はそのような状況ではないなと、気持ちを切り替える。なにせ自分から声をかけたのだ。これ以上待たせるのは無礼であるだろう。
木の棒を構えて、ロップスとまみえる。
その構えを見ただけで、ゴードンはロップスがただものではないと悟っている。
(なんだ、あの構えは……。だが、あの雰囲気はただものではない。ただの魔物が人化しただけかと思いきや、これは……)
ゴードンはロップスの雰囲気にのまれかけてしまう。だが、そこは元冒険者の意地だ。すぐさま、気を引き締め直す。
「来ぬか?」
「ああ、俺の剣の型は、どちらかといえば受けなんでな」
「そうか……」
ロップスの答えを聞いて、ゴードンは木の棒を握る手に力を込める。
「ならば、こちらからいかせてもらおう!」
棒切れを握りしめたまま、ゴードンはロップスに向かって走り出す。距離が近くなると、しっかりと振りかぶる。
振り下ろし一閃!
鋭い攻撃が、ロップスへと迫ってくる。
ところが、ロップスは動かない。
その時だった。
「ここだ!」
ロップスは叫び声とともに、思い切り木の棒を振り抜く。
振り下ろされたゴードンの木の棒めがけて、ロップスの握った木の棒が振り抜かれる。
普通ならば、木の棒同士なので当たって止まるか弾かれるかするところだ。
ところが、よりにもよって、ゴードンの持った木の棒が、当たった位置で鋭く真っ二つになってしまった。
「なんだと?!」
予想もしていなかったできごとに、ゴードンは大きな声を上げてしまう。
「よし、成功!」
ロップスはものすごく喜んでいる。
「バカもんが。打ち合いの稽古じゃなかったのか」
ところが、魔女からはお叱りの声が飛んできてしまう。これには思わずロップスは垂れている耳がピンと立ち上がってしまうほどに驚いていた。
「えっ、でも、実戦で試してみたくて……」
ロップスはかなりあたふたしてしまっている。まさか怒られるとは思ってもみなかったのだろう。
ロップスの思わぬ姿を見たゴードンは、やがて大声で笑いだしてしまう。
「はははっ、こいつは面白いやつだ。そうだ。あるかどうかはわからんが、もしプレセアの元を離れることがあったら、俺のところに来るがいい。面倒を見てやるぞ」
「は、はぁ……。その時は、よろしくお願いします」
ゴードンは先程の一撃で、ロップスのことを相当に気に入ったようである。
魔女がむすっとした表情を見せる中、ロップスは魔女の視線に耐えながら、ゴードンに言葉を返すのだった。




