7話
女神も悪魔もいつかは死ぬんだろうな。
「姉上、救援に来た」
「……くそ、一発もらってしまった」
そこにはかなり手酷い火傷を負ったシルヴァリオンが居た。直後、獣の咆哮が轟く。
「奴の火力は凄まじい、かすっただけで大火傷だ」
「わかった、どこかで休んでいてくれ。セレストの相手は僕達がやる」
「姉上、相手はどこだ」
「漏れ出た熱を伝っていけ。高い火力のあまり制御ができていないみたいだ」
「了解。昇殿、貴殿は右から頼む」
「わかった…………」
ん? 何かひっかかるな。もし、相手が蒼冬のアナザーなら……あの技を使うはず?
僕は深呼吸をした、身体中に活力が漲っていくのがわかる。蒼冬はそのまま木々の奥へと姿を消していった。
僕は、手負いのシルヴァリオンを背負ってここから離れた。
「おい、敵は向こうだぞ」
「まずはお前を助けるべきだろ」
庭園から出る。そこでラピスラズリと合流した。
「ラピスラズリ、シルヴァリオンを頼む。僕はやることができた」
「どこへ行くつもりだ?」
「それは言えないな、もし敵に聞かれたらどうする。ありったけの戦力を音廻のところに向かわせろ。奴らの目的はきっとそれだ」
「わ、わかった」
実は、もう一箇所狙われる場所がある。僕はそこに行く。
「……死ぬんじゃねぇぞ」
背後からラピスラズリのありがたい言葉が聞こえた。
「心配するな」
――
その唄を歌うものと、蒼冬は対峙した。
「一応聞いておくか。お前の目的はなんだ?」
「無論、不死」
「どうやって?」
「音廻を殺して、その体液から不死の薬を作る」
「ははっ、そうか」
「悪魔に咬まれただけでは、せいぜいクォーターにしかなれない。もっと、体液を浴びるほど得なければ、不死にはなれない」
「そうか、お前が求めるものは完全なる不死か。できると思っているのか、この私を前にして」
「言うまでもないな、千の年を生きた虎に不可能なんてない」
「………仕方があるまい、あの姿に戻るか」
蒼冬が目を閉じる。身体が眩く光った。しばらくして、セレストと同じ蒼色の虎になる。
「…ようこそ、私の縄張りへ。死を持って歓迎しよう」
「殺せるものなら」
蒼冬はその口内から火炎球を放つ。その球は突然分裂、五つの炎の球になった。ひとつのこらずセレストへ向かっていく。セレストは地面を踏み込んで高く高く跳んだ。頂点ギリギリまで昇った時、地面に向かって数多の火炎球を吐く。それら全ては蒼冬に向かっているわけではない、しかし蒼冬は身構えた。
セレストの放った炎玉はなんと地面や木に反射していった。どう反射するかは検討もつかない、盾を探したほうが無難だろう。しかし、蒼冬はその獣耳を動かして、その場から全く動かなかった。そして、飛んでくる炎玉を全て掻き消した。蒼冬は再び火炎球を吐く。セレストも同様に応戦する。
炎がぶつかるたびに、爆発音が轟く。爆風が靡く。
全ての炎が沈静化した時、二匹は一気に詰め寄った。1メートルもない。
「喉が痛いな」
「同意だ」
そうして二匹は肉弾戦を開始した。鋭い爪で視界を奪おうと試みる。その牙で喉笛を咬みちぎろうと試みる。その腕力で肋骨を折ろうと試みる。
「いつぶりだったか、こんなにも暴れたのは」
「それは、まだ産まれたばかりの時だった」
セレストが180°旋回し、後ろ蹴りを見舞う。蒼冬はそれを間一髪で受け流す。蒼冬はセレストの懐から潜り込むように攻撃をしかける、セレストは放りなげられそうになるが体勢を崩し抜け出す。
互いが同時に腕を振るった、自分の右腕と相手の左腕、自分の左腕と相手の右腕が互いを押さえている。セレストが頭突きを繰り出した、それに応えるように蒼冬も頭突きを繰り出す。鈍い音が空気を震わす。
「ガッ」
「くっ」
あまりの威力に脳が揺れた、お互いの手が離れる。これをセレストは見逃さず、爪を立てて蒼冬に襲いかかった。蒼冬はそれを薙ぎ払い、セレストの顎に向かって強烈な蹴り上げを見舞った。
「忌々しい」
「お前にだけは言われたくないな」
――
廊下に人の足音が響いた。
「昇、どうしたの?」
「やあ、渚。ちょっと俺とお医者さんごっこしよう」
「いいよ、病名は?」
「そうだなー、ガンってことにしよう」
「でも、私は簡単な怪我や病気はすぐに治っちゃうんだよね」
「大変だ、すぐに手術をしないと。メスでお腹を切開しよう」
「わかった!」
渚は服を脱ぎ始める。そこで、渚の部屋の扉が開いた。
「おい、そこのロリコン。僕も混ぜろや」
「あれ、昇が二人居る」
「僕が本物、そっちは偽物」
「やれやれ、バレちまったなら仕方がないな」
「潔く認めるんだな。普通は俺が本物だって言うものだぞ」
「はっ、そのうちバレていたものさ」
「昇、この人だあれ?」
「僕の偽物。本物かもしれないけど、とにかく偽物。名前はまだない」
「じゃあ私が名付けてあげる」
「そいつはうれしいな、こいつと同じ名前なんて反吐が出るからな」
「そうだなぁ……月輪 降(げつりん くだる)はどう?」
「はっ、悪くないな」
「それで………お前はどういう理由で渚を狙った?」
「決まってるだろ、血を少しいただいて実験材料にするのさ。この子も悪魔の血を引いているからな」
「やれやれ、そんなことをするなんてどんな性癖してるんだ。将来が心配だな。渚、ここから離れろ。関係ないやつは巻き込みたくない」
「わかった、じゃあお母さんのところで遊んでる」
「お前、案外頭が良いんだな」
降の声が邪なものになった。
「セレストの相手をせずに真っ先にここに来るとは。あの獣は陽動のつもりだったんだがな、よく吼えるし」
「弱いやつほどよく吼えるってか。それに、あの超高速移動を使ってこない時点で違和感があった」
「なるほどな、まぁ本当はあの悪魔を狙うつもりだったんだ。でもあっちはセレストが狙うそうだから俺はその子供を狙った。なんでも、あの悪魔は自分が喰い殺すってな。自分の妹なんだから、殺すっていうのはどうかと思うが」
「セレストは蒼冬のアナザーだ、自分のためだけに動く。元の感情なんて持ってるわけがない。現に、お前だって同じだろう」
「そうだったな。自分の不死のために研究所を荒らして、殺した。薬は奪えなかったがな」
「ご愁傷様、とっととやろうぜ」
「そうだな、お前を殺さないと渚に手が出せないみたいだし。ところで、俺と協力をするつもりはないか? お前の力があれば不死をもう一つ用意できるかもしれない」
「はっ、丁重にお断りする」
「人は生きてこそだろう。その限られた時間の中で不死を見つけることが人生の意味ではないか?」
「お前の不死は他人の犠牲の上で成り立っている。そんな不死、僕は要らねぇな」
「ならば、お前は何のために生きる。いつか死ぬその生に、一体何の意味がある」
僕は地面を力強く蹴った。
「オラァッ!!」
呼吸法。先ほどの会話でずっと貯めていたエネルギーを一気に解放する。
「やるじゃないか、流石は俺だ。ずっと隙をうかがってたわけか」
拳は空を切る。立て続けに拳を振るう。
「そんなものが当たると思ってるのか」
「なら、こいつはどうだ!!」
僕は大きく深呼吸をする、そして僕の拳は一閃を描いて降の顔へ当たった。
「……ははっ、今のは割と効いたな。だがダメージはないな。やる気あるのか?」
「当然、殺す気満々さ」
「だったらガッツ入れろよ、こんな風に!!」
直後、右から拳が飛んできた。腕で受け止める。
重い、そして硬い。人のものとは思えない。
まさか
「……空気を、鎧にしているのか?」
「お前、呼吸法を操るんだってな。奇遇だな、俺もそうなんだよ」
「まさか、そんな芸当もあったなんてな」
「見ての通り、素晴らしい装備だろう? 空気だから重いという弱点もない」
くそ、ここは一時撤退だ。
「敗走か、つまらないな」
何か、何か武器があるはずだ。鎧といえども空気、そこまで硬くなるとは思えない。
「……これは」
小さな甲冑だった。形からして人間ではなく動物がつけるもののようだ。手に取ってみる、かなりの重さだ。
「これなら…!」
僕は呼吸法で筋肉を強化して重い甲冑を持ち上げる。
「おいおい、どこまで逃げた? このまま悪魔のところまで行っちゃうぞー」
廊下の角で待ち構える。足音に耳を澄ます。
あと5メートル。
「まさか、あの悪魔のところまで撤退したか? 数があればどうとでもなるもんな」
あと4メートル。
「どうしてお前は俺を止めようとするんだ? 不死になる絶好のチャンスだっていうのに」
あと3メートル。
「お前はもうすぐ死ぬ、悪い取引じゃないんじゃないか?」
あと2メートル。
「近くにいないのか? 逃げ終わったのか?」
あと1メートル。
「俺から逃げても死からは逃げられない、せいぜい足掻け」
今だ!!
轟音を立てて甲冑が降の身体にめり込んだ。甲冑はひん曲がり衝撃の強さを物語る。
「………無駄無駄無駄無駄ァ!!」
降は僕の鳩尾を蹴り上げた。
「ぐっ!!」
あまりの衝撃に僕はその場に崩れる。
「残念だったなぁ、鎧の防御力を上回る攻撃力で叩いて倒すという作戦が失敗に終わって」
「どういうことだっ」
「空気は柔らかい、すなわち衝撃を吸収することができる。ダイヤモンドより壊れないんだよ!!」
くそ、あまりにもチートすぎる。僕は力を振り絞って立ち上がり、調理場へ逃げる。
「はっ、ナイフで刺そうって? 果たしてうまくいくかな」
僕は音を立てずに調理場にあったある液体を撒いた。だが、準備が終わる前に降が調理場に入ってくる。
くそ、まだ液体は床に広がりきっていない、退路も確保できていない。
「もう一度だけ聞くぜ、お前は不死が欲しくないのか? もうすぐ死ぬからこそ不死身が欲しくないのか?」
「要らないって言ってるだろ、限りある命の方が断然楽しいからな」
「そうか、つまらない人生だったな」
降がこちらに向かってくる。賭けるしかないな。
「どうして僕がここの住人に協力しているかわかるか?」
「そうだな……最後はかっこよく散りたいとか思ってるんじゃないのか?」
「違うな、もうすぐ死ぬから、死んでしまうから生きている間に誰かに感謝されたいんだ」
「ふん、それと不死身のどっちが大事だ」
僕はそれに答える代わりに、自分の踏んでいる床を踏み鳴らした。
「ぐ、なんだ!?」
「空気の鎧でも、流石に熱は防げないよな?」
ニトログリセリン。人里への買い物ついでに持ってきた代物だ。これで、あいつを丸焼きにしてしまおうという魂胆だ。まぁ、退路を確保できなかったから僕も燃えてしまうけどさ。どうせ死んでしまうし関係ないよな。
「はははっ!! お互い仲良く豚の丸焼きか!! だがそうはいかない!!」
逃げようとする降を僕は羽交い締めした。
「逃すわけがないだろ、このまま地獄に堕ちようぜ?」
――
一匹の虎が廊下を歩いていた。虎は毛皮がボロボロになり、血肉が溢れた同族をズルズルと引きずっている。同族は、されるがままだった。噴き出た血肉は赤く太い線を描いて廊下をどす黒く汚す。酸素を送る機能を失った証拠だ。四肢は変な方向へ曲がり、骨が剥き出ている。なにより、その虎には睾丸がない。
咥えられている虎が小さく吼えた。激痛に苦しんでいた。
「黙れ」
咥えている虎、蒼冬は引きずっていた虎を強く咬んだ。さらに血が溢れた。
「喉を掻っ切って鳴けなくしてやろうか。ただでさえ未発達の声帯を抉ってやろうか」
途中で、変形した小さな甲冑があった。
「……くそ、昔のものだからって雑に扱いやがって」
悪態をつくと、そのまま蒼冬は音廻の部屋へと入った。
「姉さんか。どうしたのそのネズミ」
「仕留めてきた」
「怪我はない?」
「全く」
「よかった」
「……私がセレストであると疑わないのか」
「私の姉さんが負けるわけがないじゃない」
「はは、言ってくれるな」
「そこのぐちゃぐちゃの虎さん。喋って良いよ、それとも喋れないの?」
セレストは小さな叫びをあげた。
「貴方の目的は何? やっぱり不死?」
セレストは小さく頷いた。
「私の命を狙ってまで欲しいんだ。わかった、あげるよ」
音廻がそう言うと、蒼冬は音廻の前にセレストを放り投げた。
「さて、心の準備はいいかな? 不死は良いよ、死ぬことの心配をする必要なし、老いることもなし、病も怪我もすぐに治る、苦しむ必要なし」
音廻はセレストに向かって人間とは思えない牙を剥く。
「それじゃあ……せいぜい私の血肉となって永遠を生きるが良い」




