6話
生きていても見えないし、死んでも見えない。そこは一体なんなんだろうね。
「ああ、そのままで大丈夫だよ。派手にやられたんだって?」
「試合に負けた後選手を宥めるコーチかよ」
「そういうのは良いからさ、今は休みなって」
「それなら問題ない、もう万全に動ける状態だ」
「そうなんだ、なら今すぐにでも状況の説明を求めようじゃないか」
説明? 説明してほしいのはむしろこっちなんだけど。別に回答を急いでいるわけではないが、あの蒼色の虎のことを教えてもらいたい。何か、知っているんじゃないのか。
「さて、昇さんはもうすぐ死ぬんだったね?」
「……よくわかったな」
「見ただけである程度わかるようになっちゃったから」
「そうか……僕はもうすぐ死ぬ。確実に、死ぬ」
「それで、不死の薬の存在を知ったと」
「ああ、最近だが不死の薬の存在を知ったね」
「研究所で、不死の研究をされたと」
「ああ……どうしてそこまで?」
「いや、ぶっちゃけもうすぐ死ぬ人って大抵何かしらの研究を受けて短命っていうのがテンプレじゃん? 友達がやってたゲームもそういうキャラ居たし」
「は?」
「ああでも、貴方がもうすぐ死ぬっていうのは本当にわかってたよ」
「はぁ……」
「音廻、とっとと本題に入らせてくれないか」
「ごめんごめん」
代わって、シルヴァリオンが僕に言った。
「汝、無理やり自分の死を受け入れようとしたな? それによって引き起こされるのが、アナザーの乖離と暴走だ」
「アナザー?」
「人間だけではない、生物には意識無意識とて生き残ろうとする。人間には死という現象を知識として持っている、だからそれを極端に恐れる。その時、アナザーは現れる。生存本能の一人歩きだ。生きたいと願う力が不死の方法を知ったらどうなる? そりゃ暴走してまででもその方法を施行しようとする」
「解離性同一性障害で出てくるもう一人の人格が具現化したようなものだね」
「それで、汝はその本能と会ったことはあるか?」
「ああ、会ってる」
「そいつは何を訴えた?」
「死にたくないと」
「はは、当たり前だよね。生きたいんだもの。むしろ、それ以外を望んだら怖いよ」
「その本能は何をした?」
「不死の薬を完成させようとした、だから僕は研究所ごと潰した。だが、まだあいつは生きているみたいだ。そして、そいつら音廻を狙っている。だから僕を拉致した」
「そう、何も悪くないんだよ、貴方は」
「いや、あいつに恨みをぶつける良い機会だ。ありがたいものだよ」
「ここまでで何か質問は?」
「……あの蒼い虎は何者だ?」
「……あれは」
シルヴァリオンが困った顔をする。しかし音廻は僕の質問に答える。
「姉さんの生存本能。そうだな、『セレスト』とでも呼んでおく?」
「偽物の、蒼冬ってこと?」
「そうとも言える。でも生存本能だから違うとも言える」
「……蒼冬は人間じゃないか」
蒼冬は音廻の姉? で、シルヴァリオンはその蒼冬の姉? で、シルヴァリオンは虎で、蒼冬は人間の姿で……???
「……そうだね、蒼冬姉さんは人間だ。 まぁ、そこは後回しで良いんじゃない」
「……蒼冬はどんな感じに分裂した? アナザーの暴走は僕も経験しているからわかれば判断の材料になる」
「本人はそのことを隠していたみたいだ。本人から聞かないとどうにもならない」
「困ったことに、姉さんは話したがらないんだよね。私に対しても」
「話してくれるのが一番なんだけどな、無理に話させるのはダメか」
「セレストを殺せば大丈夫だろう」
「違いないな、アナザーは殺せば消える。僕はしくじったが」
「なら、ここで倒していきなよ。利害は一致するし」
「そうだな、協力しよう」
そこで音廻が確認の一言をとる。
「この状況、どうする?」
「そうだな、アナザーを殺せば万事解決ってわけなんだが、問題はそこじゃない。問題なのは……敵が何人居るのかってことだ。僕のアナザーとセレストだけって決まったわけじゃない」
「そこは問題ない。ここ最近襲撃をしてきたのはその二人だけだ。子供からの情報だから信ずるに値する」
「子供居たのか……他には?」
「汝のアナザーはかなりの実力者だな、セレストと同じくらい強い」
「そのセレストにやられた僕じゃ歯が立たないかもな」
「だったら強くなれば良いじゃない。RPGでも同じだよ」
「修行ってことか? アナザーを倒せるのならどんな訓練でもやるぞ」
「あの戦いを見ていたが、あれじゃ話にならない。後で庭に来い、鍛錬を積むぞ」
「あのどデカい氷の召喚魔法か?」
「あれは我にしかできないやつだ、汝にはもっと手っ取り早い他の方法がある」
「この前読んだ漫画のアレで良いんじゃない?」
「ああ、あれがあったか。汝、今ここで深呼吸をしろ」
僕は言われた通り、一つ深呼吸をした。
「悪くないな」
「どういうことだ?」
「何、小さな技ならすぐに使えるようになるから安心しろ。こっちだ」
僕はシルヴァリオンについていく。
「外で走り込みでもするのか?」
「いや、呼吸を鍛えれば自然と筋肉はつく。だから呼吸だけに専念せよ」
「どんなふうにすればいいんだ?」
「腹式呼吸でまず一分間に2回、それができたなら一秒間に10回の呼吸をする」
僕は早速実践した。腹に呼吸を流し込む。
「それじゃあ早すぎる、一分で2回は無理だ」
その通り、速すぎて6回は呼吸してしまった。
「呼吸は激動の技じゃない、身体の力を抜いて相手と対峙するんだ」
身体の力を抜く、か。
「人間は怒ると呼吸が浅くなるだろう? それの逆というわけだ」
僕はリラックスして、特訓を始めた。
三日目。
「長時間呼吸無しで動く訓練だ。湖の底に触れて戻ってこい」
「……深さ何メートルあるの?」
「メガロドンが二、三匹入るくらいじゃないか」
ダイビングの練習にうってつけだな。
七日目。
「呼吸を乱さずに20km走れ」
そこに蒼冬が合流して
「ああ、じゃあついでに買い物をしてきてくれないか」
「……卵100個とニトログリセリン?」
どう足掻いても帰りに割れるし爆発すると思うんだけど。
十日目。
「渚の相手をすれば一気にムキムキになれるんじゃない?」
そこに小さな子供がやってくる。
「お母さん! これボロボロにしても良いの?」
あの目、何人をも葬ってきた目をしている。
「……聞きたいんだけど、今まで殺してきた命の数は?」
「お兄さんはわざわざ昨日のご飯の内容を覚えるの?」
「覚えないな」
そうして僕は渚からボコボコにされるのであった。
「それじゃあ特訓の成果を見せてもらおうか」
「よし、かかってきやがれ」
「相手はラピスラズリだ」
そこに、小さな蒼色の虎がやってきた。
「伯母さん、こいつをボコればいいの?」
「ああ、でも殺すんじゃないぞ」
特訓の相手を魅せられる相手って必ず負けるもんじゃないの?
「子供をボコボコにするのはちょっと良心が痛むな」
「渚にボコボコにされてたやつが何を言うんだ」
「うむ、子供だからといって油断するなってわけか」
「そういうことだ。なにしろ、渚とラピスラズリは蒼冬の子供だからな」
「……ん、ちょっと待て。じゃあつまり」
「………そういうことだ、何も言うな。勝つ必要はない、あくまで実力が知りたいんだ」
「それじゃた、とっととやろうよ」
ラピスラズリは構えた。どんな攻撃を仕掛けてくるのか楽しみだ。僕は呼吸を整えた。力が湧いてくる、鼓動がはっきりと聞こえる、ラピスラズリの姿がはっきり見える。
なるほど、呼吸法っていうのは力を最大限に引き出すことなのか。
「はじめっ!」
シルヴァリオンの声が聞こえた。お互いの距離は数歩程度、これだけあれば踏み込みの速さと力を拳に加えることができる。渚でさえあれほどの力なら、ラピスラズリはどれほどの力なのだろうか。僕は仕掛ける。拳を大きく振るう。
「遅いな」
ラピスラズリは攻撃を簡単に翻す、それだけならまだ良かった。ラピスラズリはそのまま僕の鳩尾に頭突きをしたのだ。
「うっ」
たまらずその場に僕は崩れる。
「内臓は破壊してないつもりだけど」
「……何勘違いしているんだ?」
「?」
「僕のバトルフェイズは終了していないぜ!」
僕は懐から一冊の新聞を取り出した。
「新聞か。折り畳めば簡単な鎧になる。銃弾以外はほとんど防げる代物。人間らしく姑息だな」
「ふん、どうとでも言えばいい」
新聞紙を用意しておいて正解だったな。鎧越しでも感じたあの力、もろに喰らえば骨さえも簡単に砕けるだろう。蒼冬の子供というのは伊達じゃないみたいだ。新聞を盾にしつつ、一撃を見舞うしかないか。僕は再び新聞を懐にしまった。
「ラピスラズリ、徹底的に痛めつけろ」
「そのつもりだよ、そこに鎧があるのならそれ以外を狙うだけだ」
音速にも近い速さで突進をしかけてくる。何も考えていない愚直な突進、カウンターをするには最高の餌だ。右の拳でパンチを放つ、狙うはラピスラズリの顔面。しかし、ラピスラズリは直前で留まり旋回して攻撃を回避、そのまま僕の腕に喰らいついた。このまま関節を外すつもりか! 僕はもがいてラピスラズリからなんとか腕を抜いて、距離をとった。
「悪いな、呼吸法を練習すると関節を自由に操れるんだ」
「どこの吸血鬼なんだ一体」
「痛みはあるが、それは呼吸で和らげるまでさ」
そして僕はありえない角度から拳を振るう。しかし、ラピスラズリはいとも簡単に受け止める!
「視力は良い方だと自負しているんでね!」
それを聞いた僕はバク転をして距離をとった。ついでにその際に蹴りの一撃をお見舞いした。
「トリッキーだな」
「ここからはこのトリッキーさで勝負させてもらう」
「良いぜ」
互いに距離をあける。僕は考えるよりも前に身体を動かした、普通なら拳なんて届くはずのない距離だが、僕は関節を外すことによって距離を稼いでいた。
「人間のくせに気持ち悪ッ!?」
そういえば、猫は柔らかいから身体を何倍も伸ばすことができるらしいな。
しかし、こんな攻撃を続けていればいずれ息切れを起こす。それはすなわち負けを意味する。だから僕は第二の作戦を使う!
周囲の視界が塞がれた、ひらひらと桜のように舞う紙吹雪がお互いの視界を塞いだのだ。
「なっ、小癪な!!」
ラピスラズリは困惑する。紙吹雪と同タイミングで僕が攻撃をやめたからだろう。
「くそ、抜けようにも迂闊に動けない!」
僕はその隙を見計らってラピスラズリに手刀を入れた、ラピスラズリはそのまま軽く吹き飛んでいった。
「……まさか、盾にするだけではなく目眩しにも使うとは」
「人間の発想力は世界一ィィィィ!」
「…我は実力が見たかったのだが」
「運も策も実力のうちさ……」
途端に身体の力が抜けた。僕の意識はそこで途切れた。
「………起きたか」
「…ああ、ひとまずは」
目の前に蒼冬が居る。どうやら看ていてくれていたらしい。
「ただの過労だ、無理せず休んでおけ………と言いたいところなんだが」
「どうした?」
「侵入者だ。身体は大丈夫か?」
「はは、大丈夫もなにも、敵が迫ってるのならやらないとな。血が疼くぜ」
「次は助けないからな」
「わかってるさ、シルヴァリオンのところに行こう」




