5話
完全なる忘却こそ、死である。
しばらく僕は自分の部屋で寝っ転がっていた。いやー、自分の部屋っていうのは最高だな。めっちゃ落ち着く。
夜になっているし、寝ようとは思っている。しかし、新居を得たという興奮で眠れないのだ!
「しかも、満月だもんな。夜更かしするぞ!」
夜更かしは大好きだ! 僕は仮設住宅を出て、外に向かった。
しばらくすると、そこに一人の美少女が歩いていた。脳みそという脳みそ全てからドーパミンが噴出し始める。何故ならそこに美少女が居るからだ。さっそくナンパをしよう。
「そこのお嬢さん、こんなにも月が綺麗なので愛を語りませんか。月の光を反射するほどの純粋な瞳、思わず僕の心も浄化されてしまいます」
「………はははっ、口寄せか? 別に構わないよ、鋼を纏う虎から守ってくれるのかい?」
「鋼を纏う虎?」
「知らないのか? 大昔から生きている騎士の格好をした虎の存在を」
「その恐怖が貴方を脅かすならば、愛の語らいついでに貴方をお守りいたしましょう」
「頼もしいんだな」
「ところで…どこまで?」
「婦女の秘密を暴くのは紳士としてどうかと思うが?」
「こんなにも月が綺麗だから、夜は気をつけないといけないよ」
「美しい月光の静寂の破壊者こそ、本当に破壊すべきものなのでは?」
それを聞いた僕は身の危険を感じ始めた、その時にはもう遅かった。彼女は僕の首を掴んで鋭い爪をたてる。女とは思えない、強大な力だ。僕はそのまま持ち上げられる。爪が食い込んで血が垂れ始める。
「抵抗しないと、死ぬぞ」
できないんだよ、くそっ、死亡ルート真っ逆さまだなんて聞いてないぞ。
「数えるか、お前が死ぬまでの時間を」
ナンパされて死ぬとかダサすぎるんだけど。まぁ、どちらにせよ死ぬんだけどさ。
「5」
え、マジでカウントするの?
「4」
あ、これマジっぽい。
「3」
まぁ、こんなにも綺麗な人なら殺されるのも良いかもしれない。
「2」
はい、死んだ。僕死んだ。
「1」
なるべく痛みは少なくしてくれよ、今でも十分痛いけど。
「待って姉さん」
その時、背後から幼い声が聞こえた。途端に彼女は手の力を弱めた。
「音廻」
音廻と呼ばれた少女が僕の前にやってくる。
「この人間、なかなか面白いよ。殺すのには勿体ない。私の姉さんをナンパしたのは許せないけど」
「安心しろ音廻、私はホモじゃない」
「あはは、それもそっか!」
…………ん?
「ちょ、ちょっと待て。じゃあ貴方は……」
「私は男だぞ」
はあああああああああ!!!???
僕男をナンパしてたってこと!? うっっわもうやだ死にたいんだけど。ていうかどう見ても女じゃん!! どれだけ女々しいんだよ!!?
「蒼冬姉さん、そろそろ離してあげなよ」
「わかった」
蒼冬と呼ばれた者は僕を下ろした。同時に僕を縛っていた何かも体から抜け、脳の信号を素直に受けとるようになっていた。
「それじゃあ、この人連れていっちゃおう」
「ああ」
その声が聞こえた直後、僕は建物の前に居た。周りを見渡してみると、一筋の焼けた跡が見える。どういうこと?
「それでは面接を始めます、自己PRをどうぞ」
「いや、あの、ちょっとお嬢ちゃん、こっちが事情を聞きたいんだけど」
「早く自己紹介しろ(ゴゴゴゴゴゴゴ)」
「じゃあひとつだけ、これは就職活動?」
「お試しだけどね」
「実質派遣切りじゃないか!」
「終わったらちゃんと家に返すからさ、さっさと自己紹介したまえ」
なんて理不尽なんだ、親の顔が見てみたい。
「僕は日輪 昇。一般人だ」
「意外と流暢だね、最近の人は面接だと固くなるのに。よし、採用」
蒼冬が僕の肩を掴んでどこかへ連れて行く。
「ちょっと状況がよくわからないんだけどー」
で、気がつくと台所に居た。
「ちょっと、さっきから瞬間移動してない?」
「瞬間移動しているからね。いや、どちらかといえば超高速移動の方が正しいか。まずは、妹の非を詫びよう」
「謝るなら、許すが」
心の許容は厄介ごとを回避するのに大事だ。
「私の名前は群青 蒼冬。貴殿は昇、だったかな」
「あってる。で、状況を説明してほしい」
「単刀直入に言うが、貴殿に似た何者かが妹の命を狙っているんだ」
「へぇ、ドッペルゲンガー?」
「そのようなものだろう」
「で、それがどうしたの?」
「殺して欲しいんだ」
「わかった」
僕はあっさり了承した。
「あまりにも潔いな。自分によく似た誰かを殺すのに」
「そいつとは知り合いだからな。殺しておかないといけないんだ」
「因縁?」
「もう一人の僕ってところだ。あまり聞かないでほしい」
「わかった」
「それから………血止まってない」
僕は首を指差した。
「ああ、そういえばそうだったな」
蒼冬は僕の傷口へと手を伸ばした。
ジュッ
「……ジュ?」
次の瞬間、凄まじい熱さが僕の首を襲った。まるでフライパン越しの炎の上で踊るソーセージのように!
「あづあづあづううううううう!!!?」
「古来から伝わる止血方だぞ。すぐ終わる」
「ああああああああああああああああ」
「終わったぞ」
「………何時間経った?」
「5秒」
うっそだろ、めっちゃ長く感じたんだけど。死にかける時周りがスローモーションに見えるってよく言うけどそれさえも超えてるじゃないか。
「ほら、王の紅茶淹れるぞ」
蒼冬は鍋を用意して、茶葉を入れて煮込み始めた。2分あたりで牛乳を入れ、さらに数分かけて、沸騰直前で火からおろす。茶葉をこしながらカップに注ぎ分けて、砂糖をいれた。
「行くぞ」
「ああ……」
またあれがくるのか、と思っていたが、蒼冬は普通に歩き始めた。
「超高速移動は使わないのか?」
「使えると思ってるのか?」
「確かに」
紅茶溢れるだろうな。
「音廻、お前の好物だ」
「わーい」
音廻はごくごくと紅茶を飲んだ。
「そういえば聞いてなかったんだけど、給料ってどこからくるの?」
音廻から出るとは思えないんだけど。
「その気になれば私から出すよ、これでも仕事始めたからね」
「え? バイトで稼いだ金を給料にするつもり?」
「別に、私は使い道なかったし。欲しかったらあげるよ」
見た目から推測して欲しいものがどんどこありそうな女の子だけどな。物欲がないタイプ?
と、そこで
「……今の揺れは」
「……………」
「おい、蒼冬!」
蒼冬がドタドタと庭園へ走っていった。僕も追いかけてさっきの揺れの真意を確かめることにした。
「救援に来たぞ、姉上」
「…蒼冬、奴は木々の隙間に身を隠している。どこからくるかわからないから気をつけろ」
「了解」
蒼冬はどこからか用意した蛇腹剣をこちらによこした。丸腰よりは幾分マシだろう。僕としても武器が手に入ったのはうれしい、戦いやすくなった。
「蒼冬、とそこの人の子よ。今からちょっとした魔法を使うから援護しろ」
「呪文でも唱えるのか?」
「それに近しいものだ。5秒あれば良い」
5秒、普段の生活ならばすぐに去ってしまう時間。しかし、今は侵入者を相手にしている。しかも加えてこの緊迫とした空気、間違いなく争いが始まる。5秒もあれば人殺しには十分だ。あと、鉄板だが詠唱している間は無防備らしいな。理屈は知らないが。
僕は構えて蒼冬の姉?の左前方を守った。蒼冬は右前方を守る。背後は壁なので守る必要はない、こちらの人数を意識した陣取りなのだろう。
「はっ、素人レベルとはいえ悪くない構えだ。戦闘慣れもしている、どこかで鍛錬でも積んでたのか?」
蒼冬がそう言ってきたので
「ちょっと前に居た研究所で色々とな。詳しくは聞かないでほしい」
と返した。
そこで蒼冬の姉が天に向かって吼えた。低い唸り声が空気を震わせる、その直後地面が血のように赤く凍った。
「この冷たさでは地面に長時間居ることはできまい、蒼冬」
「ああ。貴殿は引き続き姉上の護衛を」
「わかった」
蒼冬が地面を蹴って木々の上へと登った。僕は呼吸を整えて神経を集中させる。意識を辺り一面へと広げる。
でも、それは無意味だったのかもしれない。
突然、目の前に蒼い虎が現れた。その虎の動きはあまりにも速く、鋭い爪が僕の鎖骨に食い込む。そのまま強い力で捩じ切ろうとしてくる。血が溢れ出す、しかし意識は消えていない、死んでいない。僕は吹っ切れた。
「なら……」
僕は虎の前脚をがっちりと掴み、これでしばらく拘束できるはずだ。猫は手を開くとき肘が伸びると聞いた、肘を特に拘束すれば腕をうまく動かせなくなるはずだ。
虎が僕の頭に咬みつく、大惨事だというのに僕は
「さっきみたいな魔法を使え。時間はかけるなよ」
背後で虎の咆哮が響いた。頭上に紅色の巨大な氷塊が出現した。
「インペリアル・グレイシャー」
その声のあと、氷塊は僕ごと相手を押し潰していく。僕の意識はここで途絶えた。
「…………………」
身体の痛みは既になくなっていた。目の前に、紅い虎が居た。
「目が覚めたか、悪運だな」
「僕は生きてるのか?」
「ああ、あんなものを喰らっているのに。不思議な奴だ」
「ずっと診てくれたのか」
「交代はしたけどな。身体の感覚はどうだ」
視覚、目の前の虎が見える。良好。
聴覚、心臓の音が聞こえる。良好。
触覚、自分の手を開いて閉じた。良好。
嗅覚、自分の汗の匂いを感じる。良好。
味覚……はわからないな。後で何か食べるか。
「問題なさそうだな」
「だが、もう少し感触を確かめたい。何か適度に柔らかいものはあるだろうか」
「我の腹でも揉むか?」
ごろん、と虎は仰向けになった。そこには見事に揉み応えのありそうなぼてっとしたお腹がある。
失礼して、僕はそのお腹に触れた。指先、そして手のひらが沈んでいく。柔らかい、とても柔らかい。
「柔らかい、けどなんか冷たい」
「体質だからな。冷気が身体の内側にあるから外側に必然的に脂肪ができる」
「なるほど」
僕は揉むのをやめた。
「そうだな、そういえば名前を言っていなかった。我はシルヴァリオンだ」
「シルヴァリオンは、蒼冬の姉…なのか?」
「ああ」
「だが」
「それ以上は聞くな。我もそれ以上は我の口から言えない。知りたいのならあいつ自身から聞くことだ」
「蒼冬はどこに?」
「音廻のところだ。我も汝が起きたことを報告しにいくが、汝は寝ておけ」
「わかった」
今回ばかりは従っておいた方が良いだろう。シルヴァリオンはそのまま扉を開けて部屋の外に出た。器用だな。
「……暇になったな」
僕は傷痕に触れた、痛みはあるが許容範囲だ。シルヴァリオンはこのことに慣れているのだろうか。だが……
「あの蒼い虎は……」
一体、あれはなんだったのだろう。強いて言うならシルヴァリオンに似ていたが。ひとつだけ、思うことがあるが、蒼冬と合流して話をすれば良いか。
しばらくして、音廻とシルヴァリオンが部屋に入ってきた。




