3話
天国へ行った人は戻って来ない、きっとそれほど楽しい世界なんだろう
廊下に出た。僕は倒れた身だから、ここの住人に見つからないようにあの部屋に戻ることが絶対条件だ。面倒なことになるからね。
さて、しっかりと覚えて……
「行くか」
中世の面影を感じるが、騎士の鎧だったりバカでかいよくわからない絵だというものは見当たらなかった。ただまっすぐに赤い廊下が伸びているだけだった。
突き当たりを曲がると、網目状のレーザーで封鎖されていた。おそらく赤外線で、見えるということはただの警告か。その先に見えるのは、人形?
「レーザーに当たると、痛いよ」
不意に後ろから声がした。女の子だった。僕と同じ人間なのか、人間の見た目をした別のものなのかはわからない。
「あの人形とりにいくの?」
「そうしようかと半分考えていた、面白そうだし」
「ああ、それじゃあお願いするよ。複雑にしすぎて自分でもとりにいけなくなったから」
「まだ成功者の居ないアスレチックか」
「成功者どころか挑戦者すら居なかったけどね」
「アスレチックをクリアしたら何かもらえる?」
「ないよ。欲しいの?」
「これをクリアしたという名誉だけで充分かな」
そうして僕は前に出た、こういうのは製作者の意図した通り道があるはず。鬼畜なだけで、クリア不可ではないのだ。レーザーの角度と流れを計算する。パターンを覚える。そして、自分の足をレーザーの領域へと踏み込ませた。
ひとつ、足元をかすめるが届かず。
ふたつ、目の前を通り過ぎる。僕は遠のいたことを確認して通過する。
みっつ、多角形を描く光を潜り抜ける。
よっつ、壁を蹴って光を乗り越え着地する。
いつつ、大きく体を捻らせ回避する。
むっつ、そもそも当たらないので無視する。
ななつ、大胆さと慎重さを織り交ぜた進軍をし
ふっくらとしたちいさな器の前までやってきた。
「はい」
「わー、すごいね」
「もしかして、これ君の?」
「うん」
「かわいそうじゃないか、あんなところに放置されて」
「それもそっか、ごめんねヴォルフ」
女の子はヴォルフという名のくまのぬいぐるみを撫でた。
「君の名前は?」
「黄泉 夢幻」
「僕は日輪 昇だ」
「よろしく」
「こちらこそ、それで……そろそろ飯の時間だと思うのだけれど」
「そうだね、ご飯の匂いがするよ」
そろそろ僕の中の食欲が雄叫びをあげそうだ。胃の中が蠢くのがわかる。
「とりあえず、食卓に向かおうじゃないか」
「そうだね。どっちが速く行けるか競走しよう」
「いいだろう、僕に勝てると思ったら大間違いだ」
僕は疾り始めた。
「今の僕を止められるのは誰も居ないぞ! ふはははは!」
「反対だけど」
「なにぃぃぃぃぃぃ!?」
僕は夢幻の方へ振り向く、しかしそれがまずかったのか目の前にあった壁に大激突し、身体中から音という音が鳴った。
「痛そうだね」
夢幻がひっくり返った僕を見下ろす。
「……夢幻、ちゃんと飯は食べてる? 身体が細いよ」
「体格はお母さん譲りなんだ」
さぞかし綺麗なんだろうな、夢幻のお母さん。
「ところで、夢幻は僕の回復を待っているのかい?」
「置いていってほしいの?」
「先に行っててくれると助かるんだけどな」
「嘘だよ。ヴォルフを連れてきてくれた人を見捨てるわけにはいかない」
「いや、僕は冗談じゃないんだけど。この姿中々恥ずかしいし」
「じゃあ眺めようかな」
「そんな目で僕を見るなぁー」
恥ずかしかった。
「話変わるけど、明日の天気は?」
「どうして?」
「明日ここを出ようと思ってね」
「雨の日はお腹壊しやすいタイプ?」
「そんなことはないけどさ。天気がわからないと逢引きの予定が立てられない」
「傘をさせば解決するよ」
「はは、それは名案だ」
しばらく夢幻と話して、痛みも引いて、僕はようやく立ち上がり一緒に食卓へと向かうのであった。
ちなみに、僕がぶつかった箇所はちっともひび割れてなんかいなかった。頑丈だなー。
飯を食べた後、床へ向かった。6時間は経っただろうか、悪夢を見たわけではないのに何故か目が覚めた。よくあるよね、こういうこと。
こっそり外に出てみた。深夜特有の冷たい風が肌を撫でるのがわかる。そういえば、遠くから水の音がする。泉でも有るのだろうか。
「飲み水は外から確保しているのか?」
それならば、一杯もらおう。喉も少し渇いているし。あの時ほど至福なことってないと思うんだ。
水の音が大きくなる、近い、近いぞ。
「………………」
訂正しよう、泉は泉でも温泉だった。ついでに先客が居た。
「………今夜は、満月だ」
「そうだね」
「………悲鳴あげないの?」
「あげてもいいけど、短い寿命がなくなるよ?」
「どのような過程で?」
「お父さんが飛んできて貴方をミンチにするんだ」
「龍は友好的って聞いたけど?」
「仏じゃないし、お父さんは。それとも、私が殺そうか?」
「そっちの方が断然良いな、ぜひそうしてほしい」
「わかった」
夢幻は近くにあったタオルに身を包む。
「貴方の能力は?」
「能力?」
「何かしらあるでしょ」
「……ないな、僕は一般人の領域から出れていないよ」
「じゃあ、避けるしかないね」
「それってずるくないか?」
「……それじゃあこうしよう、貴方が一発でも私に攻撃できたら貴方の勝ちにする」
「ああ、そうしてくれ」
「じゃあ、いくよ」
夢幻が空に向かって腕をあげた、するとどこからやってきたのか、そこそこ大きめの木が落ちてきた。
「うおっ!?」
僕はギリギリのところで回避する。夢幻が腕を振るった、それに伴って木が僕の方へと迫ってくる。もしかして、夢幻の動きに呼応しているのか?
「手を振れずに動かせるだなんて、なかなかチート能力みたいだな」
「そうだね、働きアリみたいに自分より何倍の重さのものも持ち上げられるから。お母さんはもっとすごかったけど」
困ったな、迂闊に近寄れない。
「気をつけろ、当たると一瞬で浄化されてしまうぞ」
「浄化で済んだら嬉しいものだよ」
暴れ狂う木を前に、僕は一旦岩陰に隠れることにした。どうやって近づくか、落ち着いて考えよう。焦る必要はないさ、時間はいくらでもあるんだ。……いや、僕に時間は残されていないか。
「隠れても無駄なんだよなぁ!」
その声の後、ぶちぶちと何かが抜けるような音がする。その数秒後、僕の右後ろから葉っぱが飛んできた!
「そんなのアリかよ!?」
「ロフテッド軌道を覚えておいて良かったよ、隠れてるやつも簡単に狙撃できるからね」
僕はそこからの移動を余儀なくされる。くそ、温泉だからこそできる策はないのか!?
「………!」
放たれた葉は弾丸の如く、地面に痕を残していた。これほどの威力ならばいけるか?
「おっ?」
僕は温泉の中へと突き進んだ。それを夢幻が許すはずがなく、緑葉のバレットを僕に撃つ。
僕は寸前で回避した、ずばばばばと温泉の中に葉が入り、激しい水飛沫が舞う。
「……………ッ!」
夢幻は気づいたようだ。温泉の水飛沫と湯気で僕は姿をくらましたのだ。
「くっ、どこにいった!?」
「ここだ!」
デュクシ!
「いっった……いやそんな痛くないかも」
「よし、僕の勝ちだな」
「あーあ、負けちゃった」
「……早く服を着たらどうだ?」
「それもそうだね。聞きたいこともあるし待っててよ」
「寝たいんだけど」
「だめ」
「どうしても?」
「うん」
僕は夢幻が着替え終わるのを待っていた。
「待たせたな!」
「何故匍匐前進でやってくる」
「ダンボールあれば完璧だったんだけどね」
僕は夢幻を見た。儚さと小さな威厳が感じられた。両親の影響だろうか。
「最初から服着てやればよかったのでは?」
「確かに、なんで思いつかなかったんだろう」
軽く笑う夢幻、そんな彼女に僕は聞く。
「不死って、あると思う?」
「探せばわりと居るよ。貴方の居た世界とは違って、この世界では不死なんて珍しくもなんともない。お父さんもそれに近いようなもんだし」
「…………」
かつて、探していた、探させられていたもの。そのせいで、この身は朽ちかけている。
「何か話したいなら聞いてあげるよ」
「ああ、助かる。僕は、昔不死を研究するところで実験体をしていた。不死になる方法は見つかったらしいが、僕は不死にはなれなかった。私は自分の死を受け入れようとした、でも身体はそうもいかなかったらしい。結果、もう一人の自分のようなものが生まれた、そいつは暴れた、全てを殺したんだ」
「殺してでも止めようとした、でもできなかった」
「情けない話だろ?」
「…そのもう一人も、きっとこの世界のどこかに居るよ」
その言葉で、この世界に留まる理由ができた。
「なら、ほっつき歩いて見つけて殺さないとな。刺し違えてでも」
「………正直、死んでほしくないけどね」
「嫌だね、僕はどっちにしろ死んでしまう。ここにいたらあいつも殺せなくなってしまう」
「殺しても、死ぬよ」
「わかってる。死にたくないから殺すんじゃない」
恋人を殺されたからだ。
こんなことを言えば、弱い奴だと言われるだろうか。
「ちょろっと聞いたんだけど、貴方はもうすぐ死ぬんだ?」
「ああ、この世界じゃ逆に珍しいかもしれないがな」
「そうだね、人間が一番短命だ」
「それが人間の運命だ」
「悟ってるね」
「いずれ、気がつくことさ。気がつかないやつもいるけど」
夢幻はちょっと冷めた顔をした。
「ごめん、言いすぎた」
「……月が昇ってる。月といえば、竹取物語だ、不死にまつわる物語」
「ああ。結局かぐや姫は何がしたかったんだろうな」
「地上に憧れてたんじゃない」
「こんな土まみれたところにか」
「そこに憧れたんじゃない、唯一変わるのは人間だけだもの。そういえば、かぐや姫が出した薬は飲んだんだっけ?」
「姫の居ない世界に未練はないから、飲まなかった」
「未練がないと生きられないとか残念すぎるよ」
僕も未練がなかったら死んでるのでは、と思った。もしかしたら、もう一人の自分を殺したら自分も死ぬのでは?
「……………」
「……ああ」
考えていたら、夢幻が眠ってしまった。
「死ねる分、まだマシなんだろうな」
後ろにいつのまにかエルドラドさんが居た。
「不死に何か関わりが?」
「………人の子兄弟、実験を経て、不死身の龍と成った」
「………ああ、なるほど」
「不死身なんて良いことないんだよな、死ぬような攻撃でも死なない、耐えきれてしまう」
「それ以上話すな」
「はは、優しいんだな」
「世界は違えど、同じ境遇の者だ。痛いほどそれはわかる。娘さんを部屋にまで連れてやってくれ、僕は寝る」
「ああ、グッナイ」
「………ていうか、どうしてこんなところに露天風呂が? 夢幻が入ってたけど」
僕はすぐさまその言葉を発したことを後悔した。どうか聞こえていませんように。
「………貴様、見たのか?」
「……ああ、ばっちりと。いやまてあれは不可抗力なんだ」
「永眠れ」




