玖話
この世界は残酷だ、そしてとても美しい。
白龍は焦っていた、日輪 昇が容易く核を破壊し、今こちらに向かってきているからだ。
「彼女の心を惹きつけるだけはあるな。彼もあっけなくやられたし、意外にこれって不味い? 兄さんも逃げちゃったし。日輪 昇をどうやって妨害するかが課題だね」
洞穴の中だというのに、生活感があった。まるで別の空間に移動したような気分だった。だって、目の前に家があったらそう思わない? 罠があるような気配はしないが、上辺だけで腐るほど仕掛けられているのだろう。
僕は一歩近づいた、罠の気配がする。入り口は二つ。正面扉か、ふすまでできた裏口か。扉には罠が仕掛けやすい、つまりほぼ確実に罠が仕掛けられているだろう。逆に言えば、ここを通過できれば罠は予測しやすい。僕は扉へ向かった。
扉に手をかける、しかし中には入らない。上から岩が落ちてきた。このまま進んでいたら確実に下敷きになっていたねぇ。
僕は廊下に差し掛かっていた。このパターンで一番罠が仕掛けられているのは床だろう。わざと床の立て付けを悪くして、侵入者に迅速に対応したりしてさ。廊下の長さは10m、ジャンプして飛び越えるのはまず無理。しかし、対応はできる。
僕は一歩前に進む。
何も起こらない。
もう一歩進む。
何も起こらない。
そうして真ん中までやってきた時だった。
レーザー光線が僕の眼前を掠めた。それを合図にありとあらゆる場所からレーザーが展開される。こちらに迫ってくる。このままではサイコロステーキになってしまう。
僕はレーザーの間を掻い潜った。肌が触れるか触れないかのスリルを味わう。
「……ふぅ」
無事に通り抜けた、かと思えば目の前にレーザーの壁が展開されようとしていた。僕は全力で走った。こんなものにいつまでも付き合ってられるか。
「……ははは、しんどいな」
すっかり息があがってしまった。まずはひと段落、休む暇なんてないんだ。呼吸を整えて先に進む。
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「どうしたものかなぁ」
白龍は罠を突破されたことに勘づいていた。しかしその表情にはどことなく余裕があった。
白龍は地下へ降りて行った。あまりにもそこは殺風景だった。特に気を引くようなものはない、たったひとつを除いては。
「どうしたのアルカディアさん」
「ちょっと困ったことになってさ」
「どうしたの?」
「不死身にしようとした人間が帰って、さらに降が倒された」
「じゃあ私にもう用はないよね?」
「それはそうなんだよね、彼が居ない今僕の野望は叶わなくなってしまったから」
「じゃあ、どうしてこのままに?」
「解放してあげてもいいんだけどさ」
「……うーん、やっぱいいや」
「何故?」
「せっかくなら昇さんの手で助けられたいからさ」
「なら、彼の相手をしろって?」
「うん」
「そんな願い、聞くと思う?」
「全然、でも私を助けるためにあの人は全力で貴方をボコボコにするよ」
「それはそうだ。じゃあ相手をしなくちゃあね」
白龍は思った。日輪 昇さえ倒してしまえばもう一度ランベルトを連れてくることができると。それに、彼にはもう時間がないこともわかっていた。だから、あの空間でその身を終わらせてしまおうと思っていたわけだが……
(正直これは誤算だった。降を生むのも頷ける。核は壊されてしまったし、残るは僕の純粋な力だけか。夢幻を人質にとったのは不味かったか? 幼気な女の子を痛ぶる趣味は僕にはないからな……なんとかして、あいつを殺さなくては)
白龍は一角にあった黒い武器を口に装着した。
「へぇ、そんなのに頼るんだ」
「仕方がないだろ」
「彼に通用するといいね」
「そうだね、通用してくれると嬉しいな」
「あらゆる方法を使って彼は避けると思うよ、そもそも撃たせてくれるのかな」
「はったりのつもり?」
「ううん、違うよ。それに、おじいちゃんはそれよりもっとすごいのを作ってたみたいだし」
「人を一人殺すのにわざわざ一万円もする包丁を使うの君は?」
「それもそうだね」
「………君は」
「?」
「どうして彼のことが好きなのさ」
「簡単に死ねることが、羨ましいんだ」
「何故?」
「花は散る瞬間が最も美しいんだよ。叡智お姉ちゃんが言ってた。それに、彼はただ散るんじゃない。それを肯定してるんだ。だから、惹かれたんだよ」
「……そうか、僕はもう行くよ」
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僕は、おそらく家の最奥までやって来た。罠は全て攻略した。ここには、何も無い。夢幻を連れて別の場所に逃げた? そんなことが今のあいつに出来るのか?
「やぁ」
声が聞こえた。そこに居たのは白龍、僕の知っている白龍ではない。
「そんなに警戒されるだなんて心外だなぁ」
「よく言うな」
「どうやら、本物のフリはできないみたいだ」
「夢幻を返せ。今なら致命傷で済ましてやる」
「おや、僕を倒すことが目的じゃないのか。流石だね」
「降はもう倒したからな」
「じゃあ、僕のことは見逃してくれるんだ?」
「ははは、ボーナスが目の前にあるのに動かない社員が居るとでも?」
「ふーん、それは感心感心。そんな君に質問」
「いいぜ、なんだよ」
「君は何故生きる?」
「愛のために」
「即答か」
「時間稼ぎか?」
「そうじゃないけどさ、悩んでほしかったんだよ」
「それじゃあ僕も質問、その口に嵌めてる黒いのはなんだ?」
「……拳銃、かな?」
空気が、冷たい。
「さぁ、君はどうする?」
僕は策を考えた、その状況を打開するための。しかし、思いつかない。どれが有効なのか、どれが成功しやすいかを考える。
「get lost, motherfucker!!!」
その言葉でわかる、彼は怒っているのだと。本気で野望を叶えたいのだと。
「そうか、そんなに下がって欲しいんだ」
「そうだ」
「はぁ……ははは」
「何がおかしい青二才」
僕は、笑ってた。そして、いつものセリフを言う。
「ははっ、そんなものに従うわけがないじゃないか」
奴は驚いた。
「貴様、今の立場をわかってるのか!!」
「攻撃するのには種類問わずタイムラグがあるんだぜ、知らないの? 拳銃なら、狙いを定めるのに、そして弾を放つのに、そして標的に弾が当たるのに。合計したらかなりの時間があるんだよなぁ。そんな隙まみれの攻撃を攻撃って呼べるのか?」
「はっ、避けられるって言いたいのか」
「その通り」
「果たして貴様にそこまでの神経があるのか?」
「なかったらこんなこと言わない。ところで、口が疲れてるんじゃない?」
「!?」
奴は動揺した。策にはまったと理解したのだ。あんな見るからに重そうなものをずっと装着していれば、支える口は疲弊する。そうすれば狙いを定めるのにも時間がかかる。奴はこれ以上は不味いと考えたのか、その口から炎を吐いた。そんなもの、僕に当たるわけがない。
僕は強烈な蹴りを奴に見舞う。
「ぐぁっ……」
奴はそのまま倒れた。
「damn it……まんまとやられたよ」
「夢幻はどこだ」
「わかってるくせに」
「それもそうだな」
「……何故君は死を受け入れる」
僕はその言葉に立ち止まった。情に流されたのかはわからない。
「もう少し生きられたら、答えが見つかったかもしれない。今の僕にできることは、夢幻を救うこと。それさえできれば、あとはどうでもいいや。あばよ」
僕は地下室へ向かった。
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昇が地下室へ向かって少しが経つ。白龍はただ何もせず地面にひれ伏していた。そこへアルカディアがやってきた。地面に突っ伏す自分を見て言う。
「悪者になってしまったね」
白龍は自分を見下ろす自分を見て言う。
「僕の後始末か」
「その通り。冥土の土産に聞いていきなよ」
「なにさ」
「僕は君のおかげで大切なものを学べた。ありがとう」
白龍は言う。
「僕は僕のやりたいことをしただけ、礼を言われるようなことはしていないな」
「だけど、君という存在のおかげで気づいたことがあるんだ。だから、あえて言うよ。生まれてきてくれてありがとう」
「………どういたしまして」
そうしてアルカディアは吠えた。それを聞いたのか、周囲から軍隊アリがわらわらと現れ、白龍の身体を蝕む。その光景は並の人間なら反吐が出るほどのもの。しかし、不思議なことに白龍の顔に苦悶の表情は浮かばなかった。
「せめて痛みを知らず安らかに死ぬがいい」
腹を満たした軍隊アリは去っていく。その場にはあの白龍が口に嵌めていた武器だけだった。




