拾話
幸運を、死にゆく貴方に敬礼を。
「あ、昇さんだ。助けに来てくれたの?」
僕が地下室に現れた時の夢幻の第一声はそれだった。もう少しいい反応してくれても良いじゃないか。奴に乱暴されたような感じはない、良かった。僕は安堵した。
「さぁ、私を連れ出してよ」
「わかったよ」
僕は夢幻の手を繋いで地下室を出る。
「どこに行こうか」
「彼岸花でも見に行こうか?」
「三途の川じゃない。お母さんとよく川で遊んでたけど、あそこはパス」
「あはは」
地上に出るとアルカディアさんが居た。よくよく考えたらここはアルカディアさんの元縄張り?なわけだけど、大丈夫かなぁ。奴の姿は見当たらない、始末したのだろう。
「お姫様は救えたかい?」
「ああ、この通り。ていうか、原因がそんなこと言うのかよ」
「ははは、何のことだい?」
ぶん殴りたい、この笑顔。
「アルカディアさん、夢幻をお願いしたいんです」
「君はどうするの?」
「やることがあるんですよ」
「……なるほどね」
アルカディアさんはわかってくれたようだ。夢幻を抱っこして翼を広げる。
「空間に裂け目入れた方が早くない?」
「あれ案外疲れるから何回もできないの」
力強く背筋を働かせ、家へと羽ばたいていった。
「…………」
遺言くらい、残しておくべきだったか。でも、夢幻ならきっとわかってくれるんじゃないか。それに、後味が悪そう。
僕には行くべき場所がある。行かなくてはいけない場所がある。
「………わかってはいたけど、やっぱり辛いな」
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「お父さん、一応昇さんと出かける約束をしたんだよね」
「そんなのお父さんが許しません」
「エルドラドは過保護だなー」
夢幻の毎日は変わらなかった。相変わらず平穏だった。エルドラドは相変わらず夢幻の傍に居るし、幻は忙しそうに五線譜を書いているし、叡智は寂滅に(自主規制)してるし。
そういえば、ひとつ変化があった。
「おーい、夢幻は居ますかー」
「現れやがったな。夢幻に会いたければ俺の屍を越えていけ」
「僕が一体何をしたっていうんだ」
スパークが頻繁に館に訪れるようになった。夢幻と仲良くなるために。
「遊びにきたの?」
「頼まれてさ」
それが誰なのかはわからないけど、夢幻にとっては些細なことだった。というか、わかりきったことだった。
――――――――――――――――――――
三途の川、死者があの世に向かうために渡る川。川の流れは穏やかだ、波が少しも立ってない。たくさんの彼岸花が死者を出迎えている。
死神、セメタリーはそこで誰かを待っているようだった。毎日数人はやってくるはずなのに、今日は誰も来ない。今日の予定では死者が一人やってくるはず。この自分が宣告したのだ、間違いがあるはずがない。しかし、上からの不備で間違った命日を伝えてしまったのかもしれない。
(……おや)
一人の死者が歩いてきた。私たちはこの死者のことを知っていた。その死者は他ならぬ、日輪 昇なのだから。
「では、こちらに」
セメタリーは船に乗るように促す。それを見て昇は言った。
「沈んだりしないよな」
「まさか、泥舟じゃあるまいし。ちょっとボロいだけですよ」
そうして昇は船に乗る。セメタリーは鎌を使って船を漕ぐ。
「どういう人生でした?」
「自慢、はできないものだったな。でも、納得はできた」
「それはなにより」
「極楽浄土に行けるかな」
「それは閻羅様次第でしょうね」
「浄瑠璃の鏡……みたいな感じのやつ使って過去の行いを見るんだろ? プライバシーもへったくれもない」
「それが閻魔ってものですよ」
「まあ、いっか」
船は川の真ん中辺りに差し掛かる。
「死因は?」
「不老不死を求めて、研究して、結果短命になった。バカらしいだろ?」
「それはなかなかの嗤い話なことで」
「そうだな、ぜひとも嗤ってくれ」
「最近は何をしてました?」
「自分と闘ってた。死にたくない気持ちと、死を受け入れる気持ちがせめぎあってた」
「葛藤ですか」
「ああ、でも、楽しかった」
「それはなにより」
「死ぬこと以外意味はないって思ってた。でも、わりと楽しいことはあるんだって実感できた。本当に良い人生だった」
「悔いがないのが一番ですよ」
「やり残したことはあるけどね」
「それは?」
「好きな人と一緒にいてやれなかった」
「女の子を泣かせると地獄行きですよ?」
「いや、他の人に任せているから大丈夫だと思う」
「そうか、なら安心だ」
船が対岸に到達する。
「いってらっしゃい」
「ああ、ありがとう」
昇は振り返らずに前へ進む。振り返ったらカッコ悪いじゃないか。しかし、結局振り向いてしまう。
「何か?」
「少し、思ったことがある」
「それは?」
昇は人生を振り返る。楽しかったこと、辛かったこと、それら全てを纏めて
「なんていうか……生きててよかったなって」




