捌話
僕は極悪人だから、償いをしなくちゃならないんだ。でも皆は僕を忘れちゃっただろうから、代わりに君に償うことにする。
何故だろう、今、とてつもなく眠いんだ。曖昧に視界がボケる。降を倒して……それで……何かに飲み込まれて……
「こんなところで何をしてるんだ?」
目の前に現れた一人の男。
「何をしていたのか思い出せない」
「そうか、今日は何をしようか」
「?」
「エイリアン・ビッグ・キャットでも探すか? それともブラックドッグ?」
どういうわけか、僕はその言葉の意味を理解していた。知らないはずなのに、知っていた。
気がつくと、僕は真っ赤な部屋に居た。説明を怠ったわけではない、本当に、いつのまにか居たんだ。
「王位の復権:でぃーでぃーでぃー」
「うるさいぞ兄さん、いいかげん僕の名前で遊ぶのはやめてくれないか」
「そんなカッカするなって、お前の名前呼びづらいんだし」
「母さんに謝れ。昇さんも何か言ってやってよ」
「え、僕?」
そもそもこの二人は誰なんだ? しかし、そんなことは時間が経つにつれてどうでもよくなってくる。二人とは昔からの知り合いだった、そんな感覚が刷り込まれていく。
意識が、覚醒してきた。
ナイディンクのレポートが終わると、ランベルトがひとつのノートを手にとった。
「それじゃあ今度は何を探す?」
「ジェヴォーダンの獣を探すためにフランスまで行くのはもう嫌ですよ」
「あれはあれで楽しかったじゃないか、フランスパンうまかったし」
「エッフェル塔すごかったね」
「次は………ツチノコを探しに日本まで行くか!」
「まぁ、それなら危険は無さそう? 日本は治安が良いし」
「そうだね、日本人は優しいから」
「それじゃあ、次は日本に行くぞ! 寿司食べたいしな!」
「……あれ」
僕はいつのまにか神社に居た。僕は理解する、ここは日本だと。
こんなことはありえない、どういうことだ?
「程よく寂れていて趣があるな! ツチノコが居るに違いない!」
「どちらかといえば座敷童が居そうだけど」
僕は二人についていく。これが当たり前だと思っていた。
「……る、昇……」
声がした、けれど誰もいない。辺りを見回す、誰も居ない。
「……れ、戻れ……行くな……そっちは危険だ……」
この声、聞いたことがある。誰だっけ……思い出せない。そもそも人なのか? 頭が掻き回されている気分だ。
「幻聴が……聞こえる……?」
「まさか、神様からの伝言!?」
「日本は色んなところに神様が居るみたいだからね。どんな声?」
「僕を、呼んでる」
聞こえる、声が聞こえる、僕を呼んでいる。
そっちへ行くなと、戻って来いと。
はっきりと、明確に。
その度に、眠気がやってくる。その声に意識を向けることができない。
まるで、洗脳だ。
「どうした?」
「……なんでもない」
「さっきから様子が変だよ」
「ははは、神様からの圧力かもな」
「俺にはよくわかんねぇや」
二人は神社の奥へと進む。僕はそれについていく。
「聞こえる?」
「……ああ、少しね」
「アルカディアだ。良かった、無事みたいだね」
「この怪しい空間は?」
「それは、僕が描いた夢をベースにした世界」
「夢?」
「そう、まぁこれはあんまり気にしないで」
「これはアルカディアさんのアナザーが?」
「そうだね。魂ごと相手を捕らえる牢獄だ、そこは。捕えられた本人さえも、気づかないほど強力な」
「なるほど、さっきからの違和感はこれか」
「責任を持って君をそこから救い出すよ」
「へぇ、いつのまにそんな考えになったんだ?」
「兄さんのせいさ。あの人はああ見えてお人よしだから。君をそこから救い、彼を元の世界に帰す。両方やらなくちゃいけないのが僕の辛いところだな」
「じゃ、味方だね」
僕は一呼吸して
「どうやったらここから出られる?」
「その前にやってほしいことがある。奴の能力を弱めるために核を破壊して欲しいんだ」
「どこにある?」
「そこまではわからない、でも近くにあるはず」
「見つかるの?」
「見つけるんだよ」
「ヒントは?」
「きっと、僕の大事なものじゃないかな」
「曖昧だな」
「仕方がないだろ」
そうだな、こればかりは仕方がない。
「で、アルカディアさんの大事なものって?」
「……ごめん、思い出せない。あまりにも、昔のものすぎて」
「そっか」
「……相手はアナザーだ、何か仕掛けがあるはず」
「はは、なら守りが堅いところをつけばビンゴってわけか」
「……なるほど、そういう考えか」
「そこで何をしてるのさ」
「ああ、ちょっとね」
騙されるな、ナイディンクはこの罠の一部に過ぎないんだ。僕はその人物についていく、その先に待っていたのはランベルト。
「さっきからおかしいぞ、疲れたのか?」
「ああ、少し眠くて」
「徹夜したのか?」
「今日が楽しみでね」
悟られるな、この世界が夢だってことに。相手はきっと、僕のことを監視している。さっきのアルカディアさんも、僕のことが危なかったから話しかけてきたのかもしれない。
「はっ、案外面白いやつだな」
「どんな状況でも眠れる兄さんがおかしい」
「そうですよ、僕はデリケートなので。環境の変化には敏感で」
「なら、神の力が集まってるような場所で体調に変化とかは?」
「血液のビートが速い気がする」
「運動したからじゃなくて?」
「あと落ち着かない」
僕は悟られないように冗談を言う。この辺りにはこれといったものは見当たらない、核は別のところにあるのだろう。
ところで思ったが、先ほどの部屋からここまで来るのに数秒もかからなかった。夢のように、場面が転々としているのか。ならば、考えろ。変わっていないものを。変化していないものが核の可能性が高い。それは、この二人? ランベルトとナイディンク? あれ、そもそもナイディンクって誰?
気がついたら隣に居て、あたかも友達のように感じていた。僕は疑う、彼が核なのではないかと。
「ディー、お前きのことたけのこどっち派?」
「なまこ」
「なまこ!?」
「ふん、きのこもたけのこも時代遅れなんだよ!」
あれから少しして、舞台は紅の館へと戻っていた。僕は二人に会話を合わせていた。
「昇はどっち派?」
「えのき」
「えのきぃ!? あんなのポッキーの劣化版じゃないか!! えりんぎならまだわかるけどよ」
「本人が好きならそれでいいじゃないか。だから戦争が終わらないんだ」
「その点トッポってすげぇよな、最後までチョコたっぷりだもん」
「で、どっち派?」
「えのき」
ははっ、そんなものに従うわけがないじゃないか。
「えのきって派閥あったっけ?」
「多くの者がえのきと共に散ったり、きのこたけのこに攫われてしまったな」
「やはりきのことたけのこか」
忘れるな、この世界は夢であることを。僕は残りの命が少ない。奴はそれを知っていて放置しているのかもしれない。ある意味、これはチャンスだ。しかし、核は見つからない。どうしたものか。
「何か考え事か?」
ランベルトが聞いてくる。このことを悟られるわけにはいかない。
「何もないところから生まれた卵のことを考えていた」
「そんなものあるのか?」
「どうしたんだよ、本当に」
「その卵から生まれた者こそこの僕だということさ」
「そのロマンさだけは褒めてやる」
そうして雑談を交える。このまま時間が経てばこの世界の住人として馴染んでしまうのだろうか。さっきから二人の呼吸を確認しているが、乱れを感じない。呼吸は精神の状態を表すというのに、その乱れが見えない。
「ごめん、トイレ行ってくる」
そうしてナイディンクは席を外した。しばらくしてランベルトはその顔を崩した、泣いたんだ。
「……ここは、一体どこなんだ」
「ランベルト?」
「どうして、あいつがここに居るんだ。おかしい、おかしい……あいつは数年前に行方不明になったのに、いきなり現れて……なんだ、ここは……」
ランベルトさんもこの異変に気が付いていた?
「ランベルトさんはどうやってここに?」
「イージスと名乗った巫女から」
奴の思惑でここに入れられたのか。
「ここは、どこなんだ?」
「僕にもわからない」
「俺が住んでいた家に似ているな」
「どうでもいい、ここから抜け出さないと」
ランベルトさんは一般人、核の破壊について行かせるわけにはいかない。
「とにかく、ランベルトさんは彼と何食わぬ顔で会話してほしい」
「お前は?」
「僕は核を破壊するよ」
「核?」
「この世界を作り出しているもの、それを破壊すればここから出られるはずなんだ」
「それは、多分ナイディンクじゃないか?」
「やっぱり?」
「あいつはツッコミだからな、空間を制御してるんだろう」
「じゃあ彼を倒さないとな」
「…………」
「でも、どうしてナイディンクが核なんだろう?」
「さぁ、わからない。でもつい最近に会った気がするんだ」
「そう空間が思わせているんじゃないかな」
「……そうか、そうだよな……」
「ただいま」
「下痢だったか? それとも便秘だったのか?」
「きったねぇな」
僕は扉の死角に隠れていた。ランベルトさんは何食わぬ顔で会話を試みる。
「あれ、昇さんは?」
「入れ違いでうんこしに行った」
「あれ、すれ違った気配はしなかったんだけど」
「暗歩でも使ったんじゃね?」
「ふーん」
ナイディンクが扉を閉める、僕は飛びかかった。
「うわ!?」
僕は手早く近くにあった灰皿を手に取り
「……ごめん!」
ナイディンクを殴った。伝わってきた反動は、この世のものとは思えなかった。
ナイディンクの身体が崩れていく。やはりそうだったか、僕は納得した。
僕は気がつけば洞穴の前に居た。
「ここが例の……」
「ここは?」
「無事だったんだ」
「さっきまで一緒だったろう」
「こういうのって離れ離れになるのが定番じゃん?」
僕は洞穴に向かって歩む。
「ここは本当に夢の世界なのか?」
まだ夢だと思っているのか。そういえば、そんな説明をしたような気がする。けれど、夢じゃない。むしろ、その方がマシだった。
「夢じゃない、痛みもあるし」
「ならば、現実と?」
僕はその問いに答えた。
「夢だよ、ここは」
「だよな、夢に決まってる」
僕は嘘を吐いた、彼は元の世界に帰るべき人間だから。僕はもうすぐ死ぬからそんなことはどうでもいいけどさ。彼は、違うから。まだまだ生きる人間だから。僕とは、違うから。だから、帰らないといけないんだ。
「ごめん、この前あげたストラップ返してほしい」
「あ? あぁ……」
素直に彼はそれに応じる。こんなもの持ってない方がいい。これが現実だという証拠になってしまうから。そうして僕は洞穴の中へと向かう、彼はついてくることはなかった。
「僕は行くから」
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ランベルトはただその場に立ち尽くしていた。自分はこの後どうするべきか、そんなことを考えていた。そこへアルカディアがやってきた。雰囲気からして本物だ。
「ああ、あの時の」
「うん、あの時の」
「今度はどうした?」
「ナイディンクに会った?」
「ああ、なんら変わってなかったよ。数年前に行方不明になったっていうのにさ。……あれが偽物じゃなければ、素直に喜べたのに。頼むから……帰ってきてくれよ……」
「……ごめんね」
「?」
「いや、なんでもない。さぁ、夢から覚める時間だよ」
「どういう意味だ?」
「夢から現実へと戻る時間さ」
「まぁ、夢は覚めるものだよな」
アルカディアは空間に向かって爪を立てると、引き裂いた。
「さぁ、ここを潜るといい」
「なんだかんだ楽しかったよ」
「……最後に一つ」
「うん?」
「もしも、ナイディンクが帰ってきたら、たとえそれがどんな姿であっても、いっぱい愛してあげてね」
「……ああ、もちろん。どんな姿になろうとも、あいつは俺の頼もしき弟さ」
そうしてランベルトはその空間の狭間へと姿を消した。アルカディアは一人取り残された。
「……僕は、もうこっちの住人なんだ。もう、そっちには帰れない。だから、さようなら、兄さん」




