漆話
今日死んだっていいって、いつだってそう思ってた。きみに触れて、心が芽生えて、生きていたいと願ってしまったんだ。
競馬場に二つの馬の足音が響く。片方に乗るは僕、もう片方に乗るは降。僕は馬の性能を確かめつつ、降との距離を測っていた。性能…問題なし。変な仕掛けもないな。降も正々堂々と戦って勝ちたいというわけか。
問題なのは競馬場だった。道がボロボロだったんだ。しかし、この馬の何かの装置が働いているのか、溝に足を取られることなく走ることができている。
「なかなかいけてる馬だろう?」
「そうだな、壊すのが惜しい」
降は少し笑った。
「変な武器とか持ってないだろうな」
「持ってない、持ってたとしても使わない」
「俺もだ、これ以外は使わない」
性能を確かめるための第一週がもうすぐ終わる。スタートラインが目の前にやってきた。
「あれを越えたら試合開始としよう」
「そうだな、そうしよう」
始まるまであと5秒。心を落ち着かせろ、闘いに備えるんだ。
4…3…2…1…
全力で闘うだけだ。
スタートラインを越えた。
「さぁ、勝負といこうか!」
そう叫ぶと、降は馬に指示を出す。降を乗せた馬は高く跳び、僕の真上へやってくる。
だが、そんなことで動揺する僕ではない。冷静に対処しろ。馬に指示を出し、右へ回避。
「そんなのが当たると思ってるのか?」
「思ってない、だが攻撃しないことには試合は始まらないからな」
続いて、降は体当たりを仕掛けてくる。不味いな、コースの外側に外れることは避けたい。カーブで曲がれない可能性がある。体当たりを受けるしかないのだが……
「オラッ!!」
だが、僕は動じない。衝撃をうまく吸収する。
「大したことないな、衝撃を吸収してしまえばこんなものか」
安心はするな、カーブに入る。曲がる時、受ける力が変わる。そこに体当たりをされたら流石に不味い。しかし、攻撃する側にもリスクはある。けれども、相手は降。躊躇いなく攻撃を仕掛けてくるだろう。僕は降より前に出ようとした。
「させるわけないだろ!」
降もスピードを上げる。その時、僕は一気に減速をした。降が一瞬で前方に離れていく。そしてカーブに入る。降の身体が傾き、カーブを通過しようとする。僕はその後ろに続く。側面よりも、前からの攻撃の方が力は出しやすい。つまり、この盤面は僕に分があるってことだ。
僕は一気にスピードを上げる。降に突っ込む。
「何!?」
降は馬の手綱を大きく引っ張って、道を反転。逆走した。互いに向き合う形になった。そして大きな音を立て衝突。衝撃が全身に響いた。くそ、思っていたより大きなダメージだ。だがまだ走れる。
僕はレース場を逆走する降を確認した。あちらもまだ走れるらしい。それどころか速度を落とさず方向転換。こちらに向かってくる。背後は不味い、こちらも方向転換する。そして再び衝突に向かう、しかしこれはお互いに覚悟をしている衝突だ。こんなバカなこと、策がない限り誰がするっていうんだ。
衝突寸前の時、降が大きく身体を傾けた。何をするつもりだ? わからないまま僕は手綱を操作する。降は絶妙なタイミングで馬の後ろ足を振り上げた、その先にあったのは僕の馬の腹。ダメだ、避けられない。そのまま僕は馬ごと蹴り飛ばされる。だが、これで黙っている僕ではない。その反動を利用して、こちらも後ろ蹴りをする。だが降は馬から飛び降りそれを回避する。
僕は走るのをやめ、降に向き直った。
「ははっ、そう簡単には沈まないか」
馬を回収しながら降はそう言った。
「当たり前だ」
「まぁ、これほどとはな」
「わざわざそっちの土俵に立ってやったんだ。もう少し余裕でもいいんじゃないか?」
「それもそうだな」
その時僕は気がついた。奴の呼吸が一切乱れてなかった。呼吸法による闘いが始まる、そう直感した。僕も呼吸を整える。熱が冷めていくのがわかる。全身に力があふれる。
「第三ラウンドといこうか!」
そうして降が馬に跨る。そして猛スピードでこちらに向かってくる。ぶつかる直前、ぐるりと馬の体勢を変えその遠心力を利用し僕の顔に殴りにかかる。僕は馬の上体をあげガード、そのまま乗り上げる。このまま押し潰したいところだが、そう簡単にはいかない。降は手綱を引っ張り僕から逃れる。もはやレースなんて関係ない、これは格闘戦だ。
一発一発は素手よりも遅く、スローモーションに等しい。しかし、読みを間違えればそれ即ち致命傷を意味する。大きく出たいところだが、これは柔で剛を制する闘い。焦るな、それは敗北を意味する。
「はは、どうした? 迷ってるのか?」
挑発にのるな、冷静さを保て。降が攻撃に出る、僕はそれを受け流す。
「お前は『挑発は無意味か……』と言う」
「挑発は無意味か……ハッ!」
降は明らかに動揺した。その隙を逃すものか。強烈な馬の後ろ蹴りを降の顔面に見舞った。即座に距離をとる降。それどころか逃げるように競馬場を走り始めた。僕はそれを追いかける。相手は降、何か策があるに違いない。普通の馬なら死んでいるほどの速さで降はレース場を走る。僕もスピードを上げる。100は軽く超えているんじゃないか。これでクラッシュしたら死ぬかもな。しかし、恐れず突き進む。
カーブに入った途端、降は急にスピードを落とした。並んだ、降が体当たりを仕掛ける。こいつ、コースの外に押し出すつもりだな。僕は手綱を引っ張り、その攻撃から逃れる。互いのバランスが崩れた、しかし僕はすぐに立て直す。しかし降が滑り込むように攻撃を仕掛けた。避けられない、攻撃をまともに受ける。
「くっ!」
一気にバランスを失う。降が突っ込んでくる。
「オラァッ!!」
このままではクラッシュするのは確定事項。僕は馬を踏み台にし、高く空へ跳んだ。降は馬に体当たりをする。やられていたな、喰らっていたら。馬は悲鳴を上げながら突き飛ばされ、コース外まで吹き飛ぶ。僕は着地と同時に回収に向かう。降がこちらに突っ込んでくる。どちらに避けるべきか……いや、どちらにしてと同じだな。相手はあの降だから。ならば……
僕は足元を見る。あちこちに穴が空いていた。僕はその穴に手を突っ込み
「うおあああああああああッ!!!」
地面を引き剥がし、一枚の壁にする。降はそのまま突っ込んでくるが、僕の姿を視認することはできない。攻撃を当てることはできない。僕は馬を起こして跨る。すぐに手綱を握り、加速した。降は旋回し、こちらを追いかけてくる。かと思えばそのまま走り抜けていった。
よく見ると、ここは長いストレートだった。なるほどな、ここで決着をつけようっていうのか。いいぜ、乗ってやるよその勝負!
速度を調整、カーブを曲がり、ストレートに入る。この馬の力を限界まで引き出し、速度を上げる。
馬と馬が激しく衝突する。
その刹那、時間がゆっくり流れた。僕の馬は大破してしまったが、降の馬はまだ走れるようだ。僕は五転接地着地で衝撃をある程度吸収、しかし痛いものは痛い。降がこれを逃すはずもなく、そのまま突っ込んでくる。壁になりそうなものはここにはない、どうする、もう馬は失ってしまった。
僕は大破した馬の断片を手に持ち、構える。呼吸を整え、狙いを定める。
「……はッ!!」
僕は断片を馬のエンジンに向かって突き刺した。深く、深く! 轢かれはしたが、相手にもダメージを与えた。降の馬は時間差で爆発する。
「……はっ、ははは」
僕は勝利を確信した。あんなのを喰らってまともでいられるはずがないからだ。
「君の次のセリフは『勝った、第3部完ッ!』だ」
「勝った、第3部完ッ!………ハッ!」
炎の中に揺らめく影が見えた。瞬きをした時には既にズタズタになった馬が僕の眼前にまで迫っていた。避けられるはずもなく、そのまま僕の身体に直撃する。
何かに飲み込まれたような感触を覚えたが、僕の意識はそこで途切れた。




