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弐話

最後の会話の君の声を思い出せないほど突然に、君はここじゃない場所へ向かった。最後君はどんな顔をしてた…?



その夜は静かだった。荒廃した館に棲む龍とその子供は黒色を見ながら語り合っていた。


「お父さん、どうして人間は簡単に死んじゃうの?」


「それはなかなか難しい質問だな。大抵の人間はその答えに辿り着けないまま死んでいくものだから」


「生きるって、こんなにも楽しいことなのにね。どうして死んじゃうんだろうね」


「あいつのことか?」


「うん、きっとあの人はもうすぐ死ぬと思うんだよ」


「…………」


「お父さんがそんな表情をするだなんて珍しいね」


エルドラドは今の表情を夢幻に見られないように無表情を装ったつもりだった。だが、実の子供にはそんな猿芝居は通用しないようで、すぐに見破られてしまったのだ。


「お父さんは、これ以上お前に傷ついてほしくない」


「……お父さん、知ってる? 人間っていうのは自分の命よりその信念を優先するんだよ」


「というと?」


「何のために生きるのか、その答えを見つけた人間は死を恐れなくなる」


「そうか、そうだな……」


「昇さんは自分の命を生きることを自分自身の意味にしてるんじゃないかな。それを失うのは死ぬより辛いことなんだろうね」


「そういうものなのか」


「そういうものなんだよ」


「………」


「お父さん。お父さんは何のために生きてるの?」


「大切な者を護るために」


「そっかぁ。あ、それってお母さんのこと?」


「お前も含まれてるぞ。あとアルカディア達もな」


「あは、ずっと護ってね。お父さん」


「ああ、もちろん」



―――――――――――――――――――――



「あっという間に一日経っちまったよ。もう24日ってマジ?」


僕は布団の中で天井を見つめながらそう呟いた。疲れてしまったんだ。早く眠ったせいか起きた今は太陽が見当たらない。今外を出歩いたら確実に厄介な奴らに会うんだろうな。


残りの命が短い以上、やるべきことを増やしたくはない。だから極力外に出るのを控えていた。この世界は面倒ごとで溢れかえっている、巻き込まれるのは確実だ。



「おい」



こんな時間に誰だろう。僕は起き上がる、窓からエルドラドさんが顔を覗かせていた。


「悪いな、人間用のドアは小さすぎて関節を外さないと入れん」


「それで、何か僕に用ですか?」


ただならぬ表情で僕を見るエルドラドさん。


「まぁ、とにかく俺の前に来い」


人様の家で図々しい態度だなぁ、と思いながら僕はエルドラドさんの前に立つ。エルドラドさんは牙を輝かせると……


「………え?」


エルドラドさん自身の腕に思いっきり咬みついた。鮮血がこぼれ溢れる。僕の部屋が赤色でよごされていく。


「飲め」



ドガッ



僕はエルドラドさんの鼻に向かって拳を入れていた。


「ッ……てぇな」


「…………」


僕は何も言わない。


「ちょっと舐めるだけで良いんだ」


「嫌です」


「なぜだ、俺の血を飲めば少なからずお前はあと百数年は生きられるというのに」


その言葉から感じられる、澄み切った気持ち。よこしまなものなんて一切なかった。心の底から、思っているのか。僕のことを。


「飲みません」


「何故」


「死を否定することは、生きることを否定することです。死ねないやつに生きる権利はありません」


「……そうか、それがお前の答えか」


僕は、彼に聞きたかった。


「貴方にとって、生きることとはなんですか」


「……俺の家族を護ること。それ以外に理由なんてない」


「でしょうね。家族を護るために生きるだなんて、なんて素敵なことだろう」


「お前が死んだら夢幻は確実に悲しむだろう、ならば俺はそれを全力で避けなくてはならない」


「それでも僕は飲みません。彼女はいずれ死ぬ僕が好きだと言いました、だから僕は彼女が好きな僕で居ます。僕は、一生死ぬ人間です」


それを聞いたエルドラドさんは、小さく頷いて


「そうか、覚悟しているんだな。……はは、ははははは!!」


「?」


「いや、もう色々どうでもよくなったんだ。そうか、生きる意味か……じゃあ、俺は帰る―――」


「待ってくださいよ、勝手に人の家来て勝手に汚した挙句掃除は人任せですか」


「………雑巾ある?」


それを聞いて困ったような、申し訳なさそうな表情をするエルドラドさん。血は早く落とさないと後が不味い。


「今頃、夢幻は寝ているだろうか。可愛い寝顔を早く拝まねば」


「まぁその寝顔を拝むのは僕に任せてくれよ」


「拝んでどうするつもりだ?」


「襲います」






……あれ、僕は何をやっていたんだっけ。確かエルドラドさんがやってきて血の掃除をやっていたところだったはず。…ダメだ、思い出そうとすると頭痛がする。思い出さないでおこう。


「……そろそろ仕事に行かないとな」


太陽が昇る、僕は支度をしてイール店長の店へ向かった。




「その箱を向こうに運んでくれないかな」


「わかりました」


僕は店長の指示で酒瓶が入った箱を指示された場所にまで運ぶ。すると、そこでスパークと出会った。


「今から仕事か」


「ああ、スパークも仕事だろう?」


「まあな」


「…………」


「……どうした?」


「……そう、だな。夢幻のこと、頼んだ」


「……なんだ、突然。お前らしくもない」


「………僕がもうすぐ死ぬって言ったら、信じる?」


「……あ?」


「いやあのさ、ついこの前死神がやってきて、余命宣告されちゃってさ」


「そうか」


「お前が適任と思ってさ、頼むよ」


「…………」


これほど沈黙の場が辛いと思ったことはなかった。


「死ぬのは、怖いか?」


スパークが僕に聞く。


「いいや別に。ただこの世からお別れをするのが死ぬほど怖い」


「なんだよそれ」


「そういうものさ」


「そうか、死ぬのか、お前」


「そんなこと言って、実は悲しくないんじゃないか?」


「……獲物を喰うために殺したことは何度もあった。朽ちた人間なんていくらでも見た」


「そっか……」


「まぁ、向こうでも元気にしてれば良いんじゃないか」


「おいおい、今すぐに死ぬってわけじゃないよ」


「はっ………ははは………はぁ……」


スパークが、項垂れる。その尻尾をゆっくり揺らしながら。


「……ふざけんな……たかだか人間が死ぬくらいでどうしてこんな気持ちにならなきゃいけないんだ」


何を言えばいいかわからない、わからない。それは、これからも増えていくのだろうか。死ぬまで、増え続けるのだろうか。


「……くそ、折角馬が合ったと思ったのに」


「え?」


「…何も言ってねぇよ、とっととくたばっとけ」


そうしてスパークは店の中へ戻っていく。僕はしばらく立ち尽くした後、仕事を思い出して店へ入っていった。




「おかえりなさい昇さん、仕込みは終わっているのであとはお客さんを待つだけですよ」


「それじゃあ待つとしますか」


僕は店の隅で軽く伏せているスパークを見つけた。一瞬だが目が合う。


「見るんじゃねぇよ」


「そんなに怒らなくても」


「うるせぇよ」


「……………」


もうすぐ死ぬ人間でごめん、そう言いかけたがギリギリ堪えた。代わりに僕は


「ははっ、未練を残せば一緒に居られるかもな」


と、スパークに言った。


「………人間は、卑怯だな」


「……これが精一杯なんだ、ごめん」


「まぁ、仕方ないよな」


そこで店の入り口から誰かが入店する音がした、スパークは立って軽く伸びをする。


「おや、白狐さん達じゃないですか」


「……ファッ、エニグマさん!?」


「違う、人違い」


叡智が首を振って否定する。僕はそれを不審に思った。


「どうしたんですか?」


「いやこの子エニグマのことが大好きでね! 昔のこの子のヤンデレっぷりには参ったものだよ、まぁそれも今となっては笑える話だけど」


「私は笑えなかったけどね……誘拐されたし……」


幻が苦笑いをして言う。今不穏な言葉が聞こえたんだけど気のせい?


「傷はもう大丈夫?」


「うん、なんとか塞がった。そんなことよりごはんー!」


「そうね、注文いいかしら?」


「どうぞ」


「炒飯、きつねうどん、玉子、鰻……」


「白狐さん?」


「おでん、たけのこ、お刺身……」


「白狐さーん?」


メニューをつらつらと頼む白狐さんを見て寂滅がなんともいえない表情になる。


「白狐さんが寂滅顔負けの食欲なのすっかり忘れてた」


「私でも多くてお肉20kgだよー!」


あれっ、野生のオオカミって採食量6kg程度だよね? シンリンオオカミやアラスカオオカミでも17kg前後だよね? 寂滅も凄くない? 人狼だから代謝が大きいのかな?


「どうしよう、今の在庫で足りるかしら」


「出さないわけにはいかないでしょう」


「まあそうだけど、時間がかかるから会話でもしてて」


「ああ、それもいいな」


僕は適当に椅子を持ってきて四人が座るテーブルのところに引っ張って座った。


「さて、私がここに来た理由をあなたはなんとなくわかっているんじゃないかしら?」


白狐さんは幻をその太ももに座らせて撫でながらそう言った。


「僕のアナザーのことでしょう」


「そう、貴方はそれを倒すために生きている。だから、その話をしに」


「ははは、僕はあいつを倒さない限り死ねないのでね」


すると、水をひとくち飲んだ叡智が言った。


「貴方の片割れは、アルカディアと一緒だよ」


「……叡智、今なんて?」


「貴方の片割れは、アルカディアと一緒だよ」


「……何故?」


「さぁ? なんか不老不死の方法を掴んだとか言ってた。なんでも、ある人間を不老不死にしたいんだとか」


「そいつは止めないとな」


「そうだねー、不老不死ばかりになったらつまらないもの」


「冥界が寂しくなるから?」


「うん」


僕はケリをつけるために降を倒そうとしているんだけどな。それにしても、どうしてアルカディアさんが降とつるんでいるんだ? 不老不死にしたい人間って誰だ? なんにしろ、今回の敵はアルカディアさんの可能性が高いな。


「……疑ってるわけじゃないんですけど、どうして白狐さんはそんなに僕に情報をくれるんですか?」


すると、白狐さんは笑って


「人が死ななくなったら寂しいじゃない」


「それもそうか」


そうだった、この人は黄泉を統べる死を手繰る者だったな。僕の敵が味方だなんて、笑おうにも笑えない。


「話変わりますけど、今日は家族でご飯ですか」


「ええ、たまには家族団欒も良いと思って。あ、そうそう。この前叡智ちゃんがお酒に酔って寂滅ちゃんを―――」


「「やめてください死んでしまいます」」


「あら、死んだら向こうで良い子良い子してあげるわよ」


「違うんですよ、あれは。違うんですよ」


「二人が本当に仲良しでお母さん嬉しいわ〜」


「ッッッ」


寂滅が赤面して顔を押さえて項垂れる。僕は何を見せられているんだろう。




「ごちそうさま、またくるわね」


「昇さん、ばいばーい」


いっぱい食べてくれた四人を見送る。それに対してイール店長の表情はかなり不味いことになっているけど。


「あの白狐(しろぎつね)、たくさん食べたな」


「そうだね、いっぱい食べるのは良いことだ」


「……昇さん、明日の食材を獲ってきて欲しいんですけど」


「構いませんけど」


イール店長は印がついた地図を僕に渡す。



僕は目的地に向かって歩いていた、途中で見慣れない人物を見かける。誰だろう?


「excuse me?」


「………えっ?」


僕は驚いた、まさか外国人だなんて! 僕は英語は得意じゃないんだけど……


「あー、めいあいへるぷゆー?」


「oh」


僕の下手くそ発音英語を聞いた相手はしばらく喉を鳴らして


「アー、アー、大丈夫だ日本語もいける。仕事の都合で勉強したから」


「そうなんだ。どこまで?」


「ケンブリッジ」


「え?」


「ケンブリッジ」


ケンブリッジって、イギリスにあるあの……?


「気がついたらこんな所にいてさ、雰囲気的に日本だと思うんだが」


「えっと、とりあえず……僕は日輪 昇」


「俺はランベルト=フロム=クラウディウスだ。よろしく」




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