九話
あの世なんて信じていなかった。でも、あの人が消えてしまった今、あの世で楽しくやっていると信じるしかない。
僕は叡智のところへ向かっていた。
あの子のおかげでかなり体力の消耗が抑えられた。
白狐さんはアナザーについて何か知っている、だから助けて話を聞く。
でも、1番の理由は
死者を蘇らせるってことが僕には許せないんだ。
「………」
ああ、そうか。
だから僕は三人の邪魔をしているんだ。
死者を蘇らせるのが許せない、ただそれだけの理由で。
途中で神居と合流した。
「神居、ソルは?」
「残った敵を葬っている。体力の方はどうだ?」
「いきなりの助っ人のおかげでかなり回復したよ。叡智の場所、わかるか?」
「………向こうだ」
神居は出会った時からその真摯な態度を変えていなかった。主人を救うという、従者の責務を背負っているのがわかる。
やがて、大きな桜の木にたどり着いた。その目の前には一人の少女が立っている。
「………妹達は、やられたのか」
「ああ、幻の方はまだわからないけど」
「……………」
叡智は僕の腕にできた傷を見る。
「……まさか、あの状態の寂滅と対峙してその程度で済むなんてな。実力か、はたまた運が良かったのか………」
「運も策も実力のうちさ」
「………エニグマ、追い払ってくれないか?」
僕はそこで気づいた、少し離れたところで傍観している少女の存在を。エニグマというらしい。
「おいおい、私はちゃんと言ったはずだぜ」
「……そうだな、『私はお前が今からやることをただ傍観する。お前には敵対も協力もしない』……だったな」
「その通り」
「どうして、止めないんだ」
僕はエニグマに聞いた。すると、エニグマは答えた。
「まぁ、普通に興味があるからさ。此岸と彼岸に橋がかかったらどうなるんだって。叡智、とっとと開いたらどうだ?」
「それもそうだな」
叡智が腕を高々に上げ、指を鳴らした。すると、叡智の背後に巨大な歪が発生する。
「なっ、まさか暁様は……!!」
「もうこの歪の向こう側なんじゃないか? 無事かどうかはわからないが」
「ッッッ!」
「……勘違いするな、そこの虎。あの亡霊は歪の向こうに残されているだけだ。まだ可能性はある、行ってみたらどうだ?」
エニグマのその言葉を聞いた神居は、歪に臆せず入っていく。その表情は、まさしく主を護る従者の顔。
「エニグマ」
「なんだ、別にあの亡霊は『鍵』であるだけで『歪の向こうに居ないといけない』とは言ってなかっただろ」
「………お前は、どっちの味方なんだ?」
僕は思わず質問した。
「私はどちらの味方でもない、私はただの通りすがりの一般人さ」
「……………」
僕は次に叡智に質問する。
「お前はこれからどうするんだ?」
「もちろん、父さんの魂をこちらに連れてくる」
「そんなことして何になる? どうせまた数十年で死んじまうのに」
「そうだな、成仏って概念が無くなれば良いのに」
「はは、無駄なんだよ。お前達三人が霹靂さんにしてあげられるのは、後悔のない人生を送らせること。成仏したってことは、その人生に満足したってことだ」
「……そりゃあ、そうなんだろうな」
「こんなことやめて、白狐さんを助けにいかないか? まだ間に合うんだろ?」
「……断る。私は父さんを連れて帰る」
「そっか……」
そうして叡智も歪の中に走っていった。僕とエニグマだけが残された。
「……どうした、お前は行かないのか?」
エニグマが僕に言う。僕の身体が、あの歪の向こう側に行くことを拒否しているように感じた。事実、向こう側は死の世界、行きたくないっちゃ行きたくない。
だけど……
「やるべきことはやらないとな」
僕は覚悟を決め、歪の向こう側へと入っていった。
「……なんだ、ライトも来てたのか」
「だいぶ遅れたけどね」
「それは、寂滅か?」
「うん、ぐったりしてたから運んできた」
「ファントム達は」
「ソルが見ててくれてる」
「そうか」
「……姉さん、あの人は」
「行ってしまったよ。全く、あいつは一体何に誑かされたんだ。こんなの宗教となんら変わらない、暗示や洗脳と変わりない。ムカつくな、いつもよりぶん殴ってやりたいよ。まぁ、でも…………死んだ家族に会えるんなら、会ってみたいよな」
「叡智さんも、寂滅も、幻も、みんな、被害者だよね」
「ああ、そうだな。姉を誰かに変えられて、おかしな事に手伝わされる。幻も大変だったろう、姉のプライドを守るためにあんな演技を貫いたんだから。一番会いたいと思っていたのはあいつで、それ自体は純粋なものだった。それを、何者かが弄った。気の毒だよな、本当に」
「叡智さん、大丈夫かな」
「なぁに、妹を残して死んでいくようなバカじゃねぇよあいつは」
――
「ここは………」
暁 白狐は目を覚ます。辺りを見回すが、そこがどこなのか見当もつかない。ただ、ひとつだけわかるのが
「とても、優しい場所ね」
光に包まれた空間、そんな言葉がふさわしいと思った。その空間の奥に、鮮やかな花園が見える。白狐は何故かこう考えた、あの場所へ行けば、彼に会えるのではないか。本当の彼に会えるんじゃないか、と。
しかし、それを妨げる一つの声。
「暁様!!!」
「あら、神居じゃない」
「よかった……無事だったんですね……」
「神居、向こうは………」
「いけません!! 早く戻りましょう!!」
その言葉でここがどういう場所なのか理解した。
神居が白狐の腕を掴み、強引に元の場所へと連れていく。その途中である少女の姿が見えた、叡智だった。それを見た白狐は
「そっちに行っちゃダメよ!!」
そう言うも、叡智には届かない。そのまま白狐は冥界へと戻ることになったのだった。
――
今、僕はあの世に向かっている。
わかる、わかってしまう。自分は死の世界へ足を踏み入れようとしてるんだと。
「………ここは」
肌を撫でる空気の流れが一気に変わった。そうか、ここがあの世なのか。思ってたより楽園じゃないか。
僕は叡智の姿を見た。その奥には……霹靂さんが居た。叡智は霹靂さんに近づく。霹靂さんは叡智に気がつくとかなり驚いた。
「父さん………」
「な、何故お前がここに!?」
「会いたかった……会いたかった……帰ろう、父さん。あの家に帰ろう」
「早くここから出ていきなさい!!」
霹靂さんが鬼の形相でそう言った。でも、声色に怒りは混じっていなかった。子供を叱る時のような、子供を心配して思わず声を荒げてしまうような、そんな声。
「……え?」
叡智は呆然とした。霹靂さんは続ける。
「早く!! まだバレていない!! バレる前に戻りなさい!!!」
「な、何を言って……」
混乱する叡智の下から、無数のどす黒い手が伸びてきた。
「なっ!?」
「叡智!!」
霹靂さんが叫ぶ。あっというまに叡智は拘束される。僕はそれを見てすぐに思った、助けなければ、彼女を救わなければ。
僕は走り出す。彼女を救うために。
「叡智ッッ、今助けるぞ!!!」
僕は黒い手に引き摺り込まれていく叡智の腕を掴む。霹靂さんも自分の娘を助けたい気持ちでいっぱいのようだが、どうやらそれは許されないことらしい。霹靂さんは手も足も出せなかった。
「叡智! あがけ! もがけ! 早くここから脱出するぞ!!」
「……やめろ、こうなることは薄々わかっていた。手を離せ」
「ははっ、そんなものに従うわけがないじゃないか。それに、お前はあの二人を残して死ぬつもりなのか?」
それを聞いた叡智ははっ、とした顔つきになる。自分の大事なものをようやく思い出せたようだ。叡智は黒い手を振り払おうと抵抗した、僕は呼吸法で筋力を強化し、叡智の身体を引っ張る。
「霹靂さん、この腕一体なんなんだよ!?」
「まだ呼ばれていない者がここに来た時に現れる、罰を与える腕だ。生ある者は、ここに来てはいけない。そういう決まりなんだ。だから、こうして命を奪おうとする!」
「まだ誰も死んでない、取り返しならいくらでもつく! だからやめてくれないか!」
僕は腕に向かってそう訴えた。腕が言葉を理解するわけがないじゃないか。引っ張る力は弱まらない。むしろ強くなっていく一方だ。
不味い、叡智の下半身はもう埋まっている。叡智が完全に取り込まれるのも時間の問題だ。
「そうだ、あのM629で………ってあれ?」
おかしい、あの時もらったはずのM629がない! まさか、途中で落としたのか? しっかりと持っていたはずなのに……
「くそ、これしかないか」
僕はフリントロックを取り出した。どうやらソルが前もって弾を交換してくれていたようで、いつでも使える状態だった。
僕はフリントロックを黒い腕に向かって発砲する………
「……なっ、ここで不発かよ!!?」
ふざけるな!! どうしてこんな時に不発するんだ!! 使えない海賊銃が!!
ポンコツフリントロックは使えない、考えろ、どうすれば叡智を助けることができる!!
「ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲、発射!!」
「どおわっ!!?」
どこからか飛んできた弾が黒い腕に直撃、悲鳴のような声を出して散っていく。
「今だ、逃げるぞ!」
僕は叡智の体を支えて冥界へ戻ろうとする。だが、許されないようだ。再び無数の黒い腕が出現、僕達のところに伸びてくる。
「もう、やめてくれ!!!」
霹靂さんが叫んだ。それを聞いた、のかはわからないが叡智に触れる直前で止まり、するすると引っ込んでいく。
霹靂さんが叡智に近づいて、頬を強くつねった。
「痛い痛い痛い痛い!!」
「………よかった……生きてる……」
霹靂さんは緊張がほぐれたのか、涙腺を緩ませた。
「父さん……」
「……もう二度とこんなことはするんじゃない。父さんのことは心配するな、ここで楽しくやってるから」
「うん、ごめん」
叡智と霹靂さんは少しの間、ハグをした。そして
「じゃあね、父さん」
「気をつけて。娘を頼んだぞ、お友達」
「ああ。…戻ろうか」
「そうだな」
そうして僕と叡智はあの光の空間を歩く。途中で気になって振り返ってみる、そこには手を振って僕らを見送る霹靂さんの姿があった。
「良かったじゃないか、元気そうで」
「ああ………」
僕は生きている者か居るべき世界に戻ってきた。とはいえ冥界だからそんな気は全然感じなかったが。
「なんだ、戻ってきたのか。あのままくたばればよかったものを」
「最初の言葉がそれか、色々と泣けるな」
「俺はお前が大嫌いだからな、これからも言ってやるぜ」
「はいはい。ところで、アームストロング砲を使ったの誰?」
「ああ、エニグマだ。ネオアームどうたらこうたらがある! って言ってぶっぱしてったからな」
なんだよ、あいつなんだかんだで優しいじゃん。ていうか、アームストロング砲の存在すっかり忘れてた。
「……………」
叡智は身体の節々を押さえていた、あの腕に掴まれたのだ、多少の痛みはあるのだろう。
「姉さん!」
「叡智姉!」
「二人とも………」
寂滅と幻が合流した。そのまま叡智に抱きつく。
「良かった……無事で良かった………」
「おかえり……おかえりなさい……」
「うん、ただいま。……ごめん、二人共。大事なのは、貴方達も同じなのに……」
そこに白狐さんも合流。叡智は白狐さんを見ると、目の前で片膝をついた。
「………この度は、大変申し訳ありませんでした。全て私の責任です。どんな罰でも受けます。だから、妹達は……」
白狐さんは、そのまま叡智に抱きついた。
「……良かった。貴方まで失ったと思うと………」
「…………心配かけて、ごめんなさい」
「良いよなぁ、家族ってもんは」
エルドラドさんがいつのまにかそこに居た。
「いやはや、あの世に行って帰ってくるだなんて貴重な体験でした。………なんで身体ボロボロなんですか?」
「ああ、アームストロング砲とフランキ砲勝手に持って行ったから怒られた」
「あれ無断で持ってきたやつだったのか」
「ま、あいつらを救えたなら安いもんさ。それで幻、例の演奏会はいつ再開するんだ?」
「そういえばそうだったな、すっぽかしたんだっけ?」
「え、今からでも大丈夫かな……」
「大丈夫だって、お前の演奏を聴くためならファンはいつまでも待つさ。早く行ってやれよ」
「わ、わかった…………あ、良い事考えた!」
――
人里。誰も居ないステージの周りで観客達がまだかまだかと首を伸ばしている。
その舞台裏で
「お母さん!」
「夢幻、久しぶり。大きくなったね゛ッッちょっとまって今はスキンシップは無理な゛の゛ッッ傷口開いぢゃゔッッ」
「夢幻、今はやめてやれ。後でいっぱい構ってもらえ」
エルドラドが夢幻を抱える。幻は腹を押さえて地面に蹲り悶える。
「おおおおおおおおおおおお」
「そんなんで大丈夫なのか?」
「大丈夫だ……問題ない……」
「そうには見えないけどな」
「それじゃあ……行ってくる」
「無理するなよ」
幻がステージに立つ。途端に観客達の歓声が湧き上がる。
「みんなー! 待たせてごめんね! その分いっぱい今日は暴れよう!!」
再び歓声が轟く。
「あはは! まだ始まってもいないのに、熱気は十分だね! 今日はソロのつもりだったけど、やっぱり姉さん達も呼んじゃった!! それだけじゃないよ!! ファントムちゃん、ライトさん、エニグマさん………そして、今回のゲリラゲスト!! 日輪 昇さん!!!」
幻の紹介の直後、ファントム、ライト、エニグマはステージの下から。昇は観客席から飛び出した。
「今日は盛り上がっていくぞ! 準備は良いなー!!?」
「うおおおおおおおおおおおおおお」
そうして演奏会は翌朝まで続いた。
……最後の演目で負傷者が一人出たらしい。




