六話
大人にも容易いことではないと知り、子供には容易いことだと知った。
「っはぁ、シャバの空気は最高だぜ」
地上に出るや否や僕はこの言葉を放った。使わずにはいられないんでね。そんなことより、僕はあの二人の凶行を阻止しなければならない。しかし困ったことに、僕には場所がわからない。ライトちゃんはあの世とか言っていたが、あの世なんてどうやって行けば良いんだ。僕に死ねっていうのか。
「もっと聞いてから外に出るべきだったな」
そこで、僕はこの屋敷の周囲で誰かがうろついているのを目にした。それが誰なのか、僕は既に知っていた。相手も僕に気がつく、敵意の色が浮かび上がる。
「あ、お前は」
まずいな、ソルとは良い思い出がない。
「てめぇ、この前はよくも逃げやがったな。今度こそ痛ぶってやる」
酷いことをしたのは確かだし、心済むまでそうしてくれと言いたいところだが、生憎今はそんな時間がない。なんとか話を逸らそう。
「別にそれは構わないけれど、ソルはどうしてここに?」
「エニグマから頼まれた、ライトが誘拐されたって。だから助けに来た、外からどんな感じか見てたんだ」
「ライトちゃん? あの子なら大丈夫だよ、聞いた感じ酷いことはされてなかった」
「なんだ、ライトに会ったのか。それくらいはわかってる、あいつらは無駄に誰かを痛めつけたりしないからな。でも安否の確認ひとつはこの目で確かめたい」
僕は屋敷を見る、先ほどの赤い猫が窓から顔を覗かせた。
「……なるほど、ライトは無事なのは本当みたいだ」
「猫の言葉がわかるの?」
「仕草でだいたいわかるだろ」
「へぇ〜………あ」
僕はそこで思い出した、フリントロックが没収されたままだ。武器が相手の手に渡っているのはキツイな。
「そういえば、外にこんなのが落ちてたんだ」
「僕のフリントロックじゃないか!」
ソルが何故か持っていた、叡智が窓から投げ捨てたのか? 火薬の残り滓で暴発するかもしれないのに、だとしたら危ないやつだ。
「なんだ、お前のだったのか」
「そうだ、この前のことならいくらでも謝るから返してくれないか」
「良いぜ、俺には無用の代物だからな」
思っていたのと違った、ソルはあっさりと僕にフリントロックを返してくれた。
「どうもありがとうございまシネ」
「どういたしまシネ」
「ところで、あの世に行く方法は知ってるか? 実はそこに行きたいんだ」
「冥界のことか? 俺は行ったことないけど、行き方は知ってる。死ぬ気か?」
「え、ソルは既に死んでるのか?」
「いや、生きてても入れるぜ。厳密に言えば冥界はあの世ギリギリのこの世って立ち位置みたいだからな」
「どうやって行けば良い?」
「なんだ、それなら乗せてやろうか」
「ああ、頼む」
「わかった、乗れ」
僕はソルの背中に乗った。
「落ちても知らないからな」
「わかってる」
ソルの翼が大きく開く、力強く跳ぶと同時に空気を地面に向かって送り込んだ。ぶわ、と浮く感触が身体に走る。
「空を飛ぶのは初めてか」
「ああ、そうだな。気持ちいいよ」
「そうか」
ソルは何かを思い出す素振りを見せた。
「俺にはさ、ファントムっていう番が居るんだけどさ。あいつ、高いところは嫌いなくせして俺に乗って空を飛びたがるんだよ。落ちるかもしれないのにな」
「それは、きっとソルが落とさないって信じてるからだよ」
「そうか」
今のソルからは穏やかな気質を感じる、初対面はあんなに荒れてたのに。ちょっと意外ダワッ。
「そのファントムって、どんな子?」
「世界の最果てまでずっと一緒に居たい人」
「そういえば、出会い頭に不死になる方法を聞いてきたっけ」
「知ってるんだろ、教えてくれよ」
「捨虫の術と捨食の術を両方使えば不老長寿になれるよ」
「それは………成長が止まったり飯を食う必要がなくなるやつじゃないか。それはちょっと虚しい」
「不老不死とかのレベルは成長することを捨ててるからずっと生きられるんだよ」
「ああそうかい。今の、植物の名前だぜ。亜阿相界」
「へぇ、教えてくれてありがとうございまシネ」
「どういたしまシネ。成長を捨てるくらいなら、不死身になんてならない方が良いんだろうな」
「そう思うのなら、それで良いんじゃない」
「ああ、そうするよ」
「ところでさ、僕は昔不死身の研究をしてたんだ。失敗して寿命がかなり短くなったけど」
「どれくらいだ?」
「20も生きられないってさ」
「はっ、それはご愁傷様。やっぱり悲しいのか?」
「最初はね。でも、そこから救ってくれた人が居る」
「誰?」
「霊と龍のハーフだよ」
「ああ、それだけでわかるわ」
「あの子、本当に可愛い。もっと一緒にいる時間があったらって思うと死にきれないよ」
「なんか、重いな」
「夢幻は可愛いよ、裸も拝んじゃったしね。大好きなんだ、愛してると言ってもいい」
「お前、夢幻の裸を見たのか? よくあいつに殺されずに済んだな」
「生きたまま殺された、何を言っているかわからないと思うが僕にもわからなかった」
「まぁ、それだけで済んだと言うべきか。夢幻はあいつの宝物だからな、傷をつけられたらそれこそ地獄以上の苦痛が待ってるぞ」
「くっ、真のラスボスはエルドラドさんってことなのか!」
「ま、頑張れや」
ソルと会話を交えてしばらくして、見える景色が一気に変わった。空気でわかる、ここはあの世なのだと。周囲が満開の木々で彩られている。
「なんだ、案外悪くないな」
「あの世でも花って咲くんだ……」
「そうみたいだな、不思議なものだ」
と、呑気に言っている場合ではない。急いであの二人を捜さなければ。と、そこに現れたのは……
「止まれ、止まらなければ斬る」
刀を持った虎だった。
「まぁ待て、何も悪いことをしに来たわけじゃない。むしろそれを止める側だ」
「それを易々と信じるとでも思ってるのか。まだここへの招待状は渡していないはずだ」
「君、ここの主?」
「私は朝霧 神居。暁 白狐様を主とする虎である」
「白狐さんの従者か。なら言うけどアンタの主、大変な目に遭ってるぜ」
「暁様が!?」
「ポルターガイスト達が白狐さんを使って悪さをしようとしている、僕はそれを止めにやってきた」
「ポルターガイスト……まさか、彼女達のことなのか……?」
「もしかして、知り合い?」
「…ああ、暁様が度々冥界にお呼びする方達だ。でも、どうして彼女達が」
「なんでも、お父さんを蘇らせるためだってさ」
「なんだって!?」
「そういうことだ。通してくれないか」
「分かった、私も協力しよう」
思わぬ助っ人だ。これは心強いな、そう思いながら僕は神居に案内された。
それにしても、生きたままあの世に来ただなんて。あまり良い気分はしないな、でも白狐さんを助けることに専念しないといけない。僕は無駄な思念を振り払って、冥界を進んだ。
この空気、さっきまでとは違う神聖な空気。本当に僕はあの世に居るというのか。
「あいつらはどこに居るんだ」
「私達以外の気配は感じない、どうやらまだ侵入はしていないようだ」
「なら、待ち伏せた方がいいか。罠でも張ってさ」
「お、良いねえ。罠は大好きだ」
罠、という言葉を聞いた瞬間神居は眉を顰めた。
「そこらに居る動物を罠に引っ掛けた時は心が躍るものだ」
「しりとりで『こ』攻めしてきたやつに『子猫』って返した時の反応ほど飯うまなものはない」
「良いよな、罠って」
「なんて性悪なんだ。くそったれ」
「地雷みたいなものがあれば良かったが、仕方があるまい実力でやるしかない」
「そうだな、致し方あるまい」
卑怯、だとかなんだとか言われそうだが、そもそもフリントロックであの二人を倒せるほど僕は超人じゃない。そんな奴が罠なり策なり使うのは当たり前じゃないか。
「二人はどうする」
「私は待ち伏せを」
「じゃあ俺は空から監視でもしてるわ」
「そうか、じゃあ僕は歩き回ってることにしよう」
それから、数十分。僕は毎回の構造を確認していた、隠れるのに最適な場所、待ち伏せに最適な場所、罠を張るのに最適な場所、と。歩きながら、あの二人を倒す方法を。
「…………」
いや、倒すというのは違うか。『助ける』というのが正しいよな。あの二人がいつやってくるかはわからない、でもソルが上空で警戒をしているから敵がやってきたらすぐにわかるはず。今はまだ来てないみたいだ。僕はじっくり考えた、でも使える道具があまりにも少なすぎる。
「………綺麗に咲いてるな」
僕は散りゆく花びらを見てそう呟いた。
「だよなぁ、綺麗だよなぁ」
「貴方でしたか」
「依頼は順調か?」
「困ったことに、良い作戦が思いつかないんですよ」
「はっ」
エルドラドさんは妖しく笑った。
「どうかしました?」
「誰かさんのせいでどうかしてしまったんだろうな」
「はい?」
「さっき、妖怪から領収書が届いてさ。あいにく俺は金なんて持ってないから鱗を何枚か千切る羽目になったよ」
「あ」
完全に思い出した。
「別に良いんだぜ? 鱗なんてまた生えてくるからさ。でもそういう問題じゃないんだよなぁ?」
「大変申し訳ございませんでした」
「良いぜ、許す。それと、そうだな……お前にはこれをやるよ」
エルドラドさんの背後にあったのは、アームストロング砲とフランキ砲だった。
「悪いな、アームストロングは12ポンドが限界だった」
「それはネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーか、完成度高ーなー、おい」
「何でおめーも知ってンだよ、てゆーかさっきと話違うんですけど……」
「それで、もう少しお手頃な武器は?」
「ない、俺そこまで武器に詳しくないし。あとはロープしかないな。適当に調べて持ってきただけ。じゃ、頑張ってくれ」
そうしてエルドラドさんはどこかへ消え去った。まぁ所持武器がフリントロックたった一つというよりは断然マシだろう。使い方はゆっくり考えるとしよう。
――
神居は冥界の入り口で防備にあたっていた。四方八方に意識を飛ばし、獲物が来るのを待つ。しばらくすると、数人の人間が現れた。
一人、二人、三人、四人、五人
十人、二十人、三十人、四十人、五十人
五十をこえたところで神居は数えるのをやめた。
「そんなに死に急ぎたいか、死にたい奴から前に出ろ。暁様を置いて帰るのならば、命は斬らないでおいてやろう」
「帰れと言われて帰る奴が居ると思うか」
「ふっ……その言葉を待っていた」
「この数に勝てるとでも思ってるのか」
「羊がいくらたかろうと、獣には勝てない」
「たった一匹の獣が、万の羊に勝てるわけがない」
「そこで退いたら獣ではない」
「どうしても下がらないのか」
「ああ、その通りだ」
「おっと、相手は獣だけじゃあないぜ」
龍が舞い降りた。
「炎で焼き尽くしてやろうかと思っていたが、あんなにもかっこいいセリフを遮るのは無粋だよな」
「二人になったところで、この軍勢に勝てるものか!」
「こちとら勝てない勝負はしたくない主義なんでね」
そこで神居は言った。
「……どうして攻撃してこない、そちらが有利だと謳うのならばとっととかかってくればいいものを。まぁ、時間稼ぎと言ったところか」
「なっ」
「図星みたいだな、所詮人間如きが龍や獣に勝てるわけがないんだ」
「ちっ」
霹靂は舌打ちをする。
「そちらから来ないのならば、こちらから行かせてもらう!」
「焼肉になる覚悟はできたか?」
霹靂の大群は身構える。しかし、そこに容赦なく紅蓮の炎が撒き散らされる。龍は雄叫びをあげ、霹靂達を次々と薙ぎ払っていく。
「黒い魔法でも撃てたら楽に終わらせられたんだろうな」
「ふんっ、全体の1%がやられた程度で痛くも痒くもあるものか」
そこで、光る刃が高速で駆け抜けた。正体は神居であった、目にも止まらぬ早業で次々と霹靂達を斬り捨てていく。あまりの速さに押さえつけようにも押さえつけられない。
「その程度か! それじゃあ私の首なんて獲れるわけがないな!」
「だめだ、この数でも返り討ちにされる!」
「忘れたのか、あくまで私達の役目は時間稼ぎだ! 怯まず進めぇ!!」
羊と獣の争いに乗じて、何者かが冥界に侵入した。




