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五話

生きていく理由もないなら、多分死んでいく理由もないんだ。



屋敷の中に入る。寒気がするほど静かで、不気味なほどに音が聞こえない。たくさんの霹靂さんがいるはずだが、息を殺して潜んでいるのだろうか。気配すらも感じない。


屋敷は外見とは裏腹に綺麗にされていた、いつでも使えるように手入れされている。僕は屋敷に入る直前に見た、看板の内容を思い出す。



"ようこそ、ここは黙る子も泣く騒霊屋敷。入ったが最後、貴方は黄泉に辿り着くことさえ許されない"



「…ったく、歓迎しているんだかそうじゃないんだか」


僕は辺りを見回した、騒霊…すなわちポルターガイストが発生しそうな状態ではない。ポルターガイストっていうのは幽霊が物に憑いて勝手に物が動くことらしい。ということは、ポルターガイストが居る屋敷っていうのは幽霊屋敷ってわけだ。まぁ、幽霊と騒霊は厳密に言えば誕生の経緯が違うらしいが。


僕は違和感を覚える、幽霊屋敷を謳っているのに、まるで人が住めるように綺麗に施されていることを。まるで、誰かを迎えるために。


そこで、僕は背後に気配を感じた。即座に振り向くと、窓越しにエルドラドさんが居た。


「よぉ、便利屋。この前は助かったわ」


この前とは、ソルに食べ物を届けた時のことだろう。


「エルドラドさんでしたか、こんなところで何を?」


「一つ、頼み事があってだな」


「なんですか?」


「白狐さんのことを助けろ、まぁこれは言われずともやるんだろうが」


その通り、白狐さんはアナザーについて何か知っているようだった、それなら僕にも何かしらの利点がある。助け出したらゆっくりと話を聞くつもりだ。


「それともう一つ………『彼女達』を救ってくれ、家族の愛という名の呪縛から」


「彼女達?」


「……いや、最も救いを求めているのは『彼女』かもしれない。ここらを探索していればじきに会えるよ、『彼女』に」


「なるほど、わかりました。あ、そうそう」


「なんだ?」


「後で変な請求書が来ても怒らないでください。それが今回の仕事の料金ってことで」


「は?」


「後々わかりますよ、それじゃ」


「ああ」


エルドラドさんは姿を消した。僕は部屋の匂いを嗅いだ、先ほどのロケットランチャーの爆発の際、多少の火薬がついたはず。音も気配もしないなら、その臭いを追えばいいだけのこと。僕は臭いを追って建物を移動する。




「……ここは、書斎か」


本がたくさん並んでいる書斎なら、何かヒントが残されているかもしれない。エルドラドさんの言う『彼女達』とか……


「……これは?」


本を漁っている途中、明らかに他の本と年代が違う本を見つけた。どうやら日記のようだ。汚れが過ぎていて読むのに一苦労を要する。最初の日付は…………100年以上前!?


僕は日記を読んだ。


"妻が死んだ、死んだというよりは生贄になった。何より地獄や天国は死者が多すぎてパンク状態になり、幽霊達が行き場を無くし、ストレスを発散するために人を呪い殺すようになったのだ、それをやめさせるため、妻は生贄になり、幽霊達を鎮めた"


「どういうことだ……?」


いや、理解できないことではないのだが、あまりにも最初からクライマックスすぎて脳の処理が遅れている。


僕はページを捲った。


"私の仕事場は幽霊に荒らされ、とてもじゃないが仕事ができなくなった。そのお陰で仕事をするのが生き甲斐だった私の仲間は人生の底に落ちたかのようにどんよりと、ただその場で座ったり、転がっているだけになった"


"私も妻と仕事を失い、人生を生きる気力がなくなってしまった。しかし、自殺だなんてことはするわけにはいかない。どうにかして、生きる気力を湧かさなければ。そこで、私はある文献を見つけた、それは「騒霊」を作り出すというものだった"


「…………」


その後もページを捲り続けるが、ある時を境にぱたりと日記は止まってしまった。最後に書かれていたのは



"私は、家族を愛していた"



「家族、か」


この日記の持ち主にとって、その『騒霊』というものが自分の家族だったのだろう。日記を元の場所に戻す、次に何かのメモを見つけた。


様々な化学式の後に数字と単位が書かれていたのだ。H2O 35L C 20kg………というふうに


「……待て、これどこかで聞いたことがあるような」


僕は頑張ってありとあらゆる可能性を考えた。そして、ひとつの可能性を思いつく。


はっ、もしこれが正しいのならこれから行われることはかなり不味いことってわけだ。



バタン



僕の背後から大きな音がした。


「どうして、ここに」


「正直言ってそれは僕が言いたいセリフだな。君は今頃人里で演奏会を開いているはずだろう?」


「ああ、あれね。放り出してこっちに来ちゃった、何か嫌な予感がしてね」


「そうか、それは夢幻が残念がるな。にしても、やっちまったな」


幻は僕が手にしていたメモ用紙に視線を移す。


「………見たの」


「ああ、見たよ。ばっちりな。まさかこんなことをしようとする奴が本当に居たなんて」


「………ってよ」


「?」



「ここから出ていけぇぇぇぇッ!!!」



幻の表情が赤色に染まる、幼い怒号が響く。あまりの迫力に部屋が揺れた。僕は身構えた、フリントロックを使うのも考えられる。


幻が僕に殴りかかってきた。素人の動きだろうと一瞬油断したが、幻のその動きは悪くはなく、少なくとも並程度の戦闘経験を積んでいると理解した。僕はすかさずフリントロックを幻の脚元に向けて引き金を引いた。


カチ、カチ


「!?」


バカな、火花が散って火薬に点火して弾丸が放たれるはずだ! まさか、ここで不発に遭ったか!?


いや、違う。そもそも弾丸を交換していない! くそ、なんでこんな時に致命的なミスをしてしまうんだ!!


僕はのたうち回る幻の腕を押さえることに成功した。しかし、幻はそれだけでは止まらない、止まってくれない。まだ拘束されていない足を使って僕を蹴ってくる、痛い、かなり痛い。


「出て行けッ、出て行け!! 出て行け出て行け出て行け出て行けッ!! 私達の楽園から出て行けッッッ!!!」


「ぐっ!!」


ずっと同じところを蹴られ続けた、ついに耐え切れず僕は幻の腕を離して膝をついてしまった。幻がそれを見逃すはずもなく、僕のことを殴り飛ばした。


「ぐはっ!!」


僕はすぐに立ち上がることを試みる、幻は追撃をしようとしている。


その時だった。



「幻、落ち着きなさい。やりすぎだよ」



新たな人物がやってきたと理解した。くそ、これはかなり不味い状況だ。


「ごめん叡智姉、興奮しちゃった」


叡智、と呼ばれた少女は幻の頭を撫でると、僕の顔を覗き込む。


「まず、妹の非については謝罪をしよう。でも、お前は知らなくていいことさえも知ってしまった」


僕は必死に意識を繋ぐ、フラフラと立ち上がる。


「どこまで知った?」


「メモに書かれたあの材料、人体を構成する物質。アレがあれば理論上人体を造ることができるんだってな。でも、それは禁忌だ。許されることではない」


「そうか、そこまで知ったのか」


「あれじゃ、長持ちな人間は造れないぞ。どう頑張ってもせいぜい一年しかもたない」


「その口ぶり、お前は何を知っている?」


僕は掘り起こさずに、放置するつもりだった記憶を呼び起こす。


「誰かを蘇らせたって、それは所詮そっくりな人形に過ぎないんだよ。虚しくないの? そんなことしてさ」


「さぁな。一つ、聞きたいことがある」


「なんだ?」


「お前は、完全に人を蘇らせる方法を知ってるか」


「無理だな、それこそ神様じゃないと無理なことだろうよ」


「そうか。なら、大人しく眠っててもらおうか」


次の瞬間、叡智の姿が消えた……と思えば僕の真後ろにまでやってきていた。


「速い!?」


僕はそのまま当て身を受け、そのまま気絶してしまった。






痛みに苛まれながら目を覚ます、ここは地下室か?


「くそ、SMプレイか」


僕はそんなことを吐き捨てる。すると、目の前の檻の向こうから声が聞こえた。


「起きたのか、思ったより遅かったな」


「で、これはなんのSMプレイ?」


「ほう、どうやら尋問より拷問の方が好きみたいだな」


どうやら、立場上大人しくしていた方が良さそうだ。相手に従っておくか。


「目的は?」


「アナザーについて調べるつもりだった。霹靂さんがアナザーっぽいから少し手を出させてもらったのさ」


「そうか。父さんも無限じゃないんだ、殺されると困る」


あれでも無限じゃないのか。良いことを聞いた。


「さっきは妹が殴って悪かったな」


「そう思うのならここから出すっていうのが普通だと思うけど?」


「それは無理な相談だ。お前はどうせ私達の計画の邪魔をするんだろう?」


「その通り、よくわかったね」


「全てが終わったら解放してやる、その時までお前はここで大人しくしていろ。これでも、無闇な犠牲は出したくないタチなんでね」


「わかったよ、大人しくしてる」


そう僕が答えると、叡智がここから離れているであろう足音が聞こえた。


ははっ、そんなものに従うわけがないじゃないか。あのメモを見る限り、叡智達がやろうとしているのは大勢の命を犠牲にして一人の人間を蘇らせる手法、そんなもの見過ごせるわけがない。大人しくできるわけがない。


「………くそ、でもどうやって脱出すればいい」


僕は確認できること全てを確認する、僕が監禁されているこの部屋はあの檻以外に何もない。檻の鍵は……かんぬきか。レバーは降りているが、鍵はかかっていないみたいだ。どうにかすれば外に出られるはず。


「そのどうにかすればが思いつかない……ここには空気とどっかに繋がってる穴の空いたパイプしかない……」


そうやって僕がぶつぶつ喋っていると


「誰かそこに居るんだ?」


パイプの中から声がした。正確にはパイプを伝って声がした、誰かがパイプ越しに僕の存在に気がついたのか。


「そっちにも誰か居るのか?」


「うん。閉じ込められててさ」


「そっか。悪いけどこっちも同じなんだよね、お互い知恵を出し合って脱け出そうよ」


「どうすれば貴方はそこから脱け出せる?」


「そうだな、ロープのようなものがあれば……」


「生憎だけどこっちにも何もないんだ」


「そっか………」


「………ねぇ、パイプの大きさってどのくらいかわかる?」


「え? うーんと……目視で外径17cm前後はあるよ」


「出入り口に隙間はある?」


「ああ、檻だからあるよ」


「わかった、そっちに増援を送るよ」


「増援?」


しばらくして、パイプが小刻みに揺れ始めた。何かがパイプを伝ってやってきたようだ。


「………赤い、猫?」


赤い猫がパイプの穴から顔を覗かせた。地面に降りると猫の全貌がわかった。一番驚いたのは体色ではなく、尻尾が三本あるということだ。猫又でも二本だというのに。


赤い猫は檻の隙間を通って、レバーをあげた。


「助かった」


赤い猫はそれに答えるようにんにゃ、と鳴いた。さて、ここから出られるようになったわけだが


「君の名前は?」


僕はパイプ越しに尋ねる。


「ライト」


「そうなんだ、ありがとう。君の猫のおかげで出られるようになった」


「よかった。そうだ、お願いがあるんだけどさ」


「なに?」


「私の友達を、助けてほしいんだ」


「友達?」


「いや、正確には……そこに閉じ込められたってことは誰かに会ったってことだよね?」


「そうだよ」


「助けて欲しいのは、正確には友達のお姉さんなんだ。あの人は、自分のお父さんを人体錬成しようとしてる。話をしているのを聞いたんだ、『また失敗した』だの『成功したけど長くはもたなかった』だの。扉越しに友達は話してくれる、『姉さんは何度でもお父さんを蘇らせるつもりだ』ってね。きっと、お父さんもずっと一緒に居たいんだよ。でも、無理に決まってる。その人は人間で、友達は幽霊だもの」


なるほど、その気持ちがアナザーになったってわけか。


「困ったものだよ。錬成された肉体は死んでも、心は消えずに一人歩きする。だから、あんな数まで」


叡智は無駄な犠牲は出さないといった、しかしあの方法では大勢の犠牲者が出てしまう。しかし、その犠牲者がアナザーだったなら? 一見矛盾に見えることでも合理的ってわけだ。でも、それも結局失敗に終わる。死者蘇生なんて上手くいくわけがないんだから。


「放置していてもいずれ失敗すると思うよ」


「違う」


「?」


「失敗する成功する以前に、あの人はかなり不味い手段をとろうとしている。あの世で冥界の主を使って、あの世とこの世を繋げようとしている。そんなことをしたらどっちも大混乱になる……って友達が言ってた」


「白狐さんは、どうなるの?」


「わからない、少なくとも無事では済まないんじゃないかな」


「わかった。君のお願い、依頼として受け取るよ」


「うん、お願い」


そうして、僕は約束を交わしてこの部屋から出る。


「……と、その前に。君のご主人のところに案内してくれる?」


「にゃ」


僕は赤い猫に案内を頼んだ。




「ライトちゃん、居る?」


「ああ、さっきの人?」


「日輪 昇だ」


「昇さんか。どうか、友達を助けてほしい。私はここから出られないからさ」


「それは約束する。でも一つ聞きたい。君の友達に人を蘇らせる方法を教えたのは誰? あれは、本当に限られた人でしか知らないやり方なんだ」


「ごめん、そこまではわからない。教えてくれなかった」


「そっか。じゃあ行ってくる」


「待って。これが最後」


「うん?」


その声に僕は足を止めた。


「貴方、もうすぐ死ぬんだね」


「よくわかったね」


「複雑で、とても悲しそうな顔をしているから。友達からの受け売りだけどね」


「そうだよ、僕は近いうちに死んでしまう」


「そんな貴方にこの頼み事をできてよかったよ」


「どうして?」


「だって、私には……誰かが死ぬ悲しみがわからないから」


「笑えないな」


「それじゃあ、行ってらっしゃい」


「ああ、行ってくる」


そうして僕は歩き出す、野望を止めるために、約束を果たすために。




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