三話
なんでも、死んだ夫のために禁忌を犯した狐の亡霊が居るんだってさ。
今日は人里でお祭りがある日だ。誰もかれもテンションが高い。ある程度の人達が同じ方向へ歩いている、おそらく幻が開くと言っていた演奏会の場所へだろう。
僕の隣には夢幻とエルドラドさんが居た。
「お母さんが開く演奏会、楽しみだね!」
「ああ、そうだな」
エルドラドさんが居る今、変なことをしたら夜を迎えることができなくなる。昇よ、慎重に進みなさい。
「焼き鳥食べたい!」
「気が早いな、目的地についてから考えよう」
「昇さんは何が食べたい?」
「たこ焼きとかかな」
「お父さんは?」
「どら焼きかな」
「む、お祭りといったら焼きそばやわたあめなのに」
「じゃあデカい金魚でも掬うか」
それ鯉の間違いじゃないの?
「兄さん、歩くのが速い」
後ろからアルカディアさんが大きな荷車を運んでやってきた。荷物の上にユートピアが座っている。
「おっと、悪かったな。後ろから押すから許してくれよ」
「もしかして、二人も何か出し物をするの?」
「ああ、炎のついたナイフでジャグリングしたりな」
大道芸じゃん。
「お父さん、射的もやりたい!」
「射的はあんまりおすすめしないな、景品によっちゃ当たっても落ちない(経験者は語る)」
「じゃあお父さんがやってよ、射的得意なんでしょ?」
「お父さんがやったらもれなく射的の景品全部とれてしまうからな、この前それで出禁くらった」
「難しいね」
とか会話しているうちに目的地についた。
「それじゃあ、俺達は出し物の準備をしているからさ。夢幻とユートピアのことを頼んだぞ」
「兄さんトーチ用の燃料ちゃんと用意したよね?」
「ああ、ちゃんとガソリン用意したぞ」
「ばっかじゃないの!!?」
「じゃあトルエン? ベンジン?」
「あああああもう僕が用意してくるから!! 絶対火をつけないこと!!!」
途中でアルカディアさんがドタドタと走っていった。さて、夢幻とユートピアとで3人になったわけだが。
「昇さん、焼き鳥食べたい」
「ああ、構わないよ」
「100本食べる!」
「お腹壊すぞ」
「夢幻ってわりといっぱい食べるから大丈夫なんじゃない」
「とはいってもまだお祭り始まってないけどね」
「え、そうなの?」
「お父さん達はお祭りの準備をするためにさっき歩いていったんだ、お祭りが始まってる時に準備なんてしたら間に合わないよ」
「うーん、それもそうか」
「やーい、ひっかかった」
夢幻が笑った。悔しいので後で仕返しをすることにする。
「ところで、夢幻達はどうしてこんな早くに?」
「僕達もやることがあるんだ、絵本の読み聞かせをするんだよ」
「そうだったんだ」
「聞きにきてくれる?」
「もちろん」
僕は快く了承した。
「それじゃあ準備してくるよ。夢幻、行こう」
「うん。昇さん、またね」
僕は一人でここに残ることになった。しばらくして、ある男性が視界に入った。
「あの人は、確か……」
ソルとの喧嘩を仲裁した人だ。その男性は僕に近づいて
「すまない、私の娘を見なかっただろうか」
「いや、分からない。迷子?」
「ああ、どうやら娘とはぐれてしまったようで」
「そっか。悪いけど手伝うことはできない、ここで待っていなければならないんだ」
「なら私もここに居よう、もしかしたら娘が迎えに来るかも」
あ、貴方が迷子なんですね。
そうして男性は僕の隣に立った。
「ところで、名前は?」
「霹靂だ。娘に叡智と寂滅と幻が居る」
なんと、あの幻のお父さんだったのか。
「もしかして、娘さんは楽器を弾く?」
「ああ、そうだよ」
「だったらこのあたりで待っていれば来るよ。お祭りにきてるはずだから」
「はは、そうなのか」
霹靂さんは僕の隣で待ち続けた。
「そういえば、君は?」
「あれ? あの時会ったはずだけど。ほら、龍との取っ組み合いの時」
「いや、知らないな」
「ああ、そっか……僕は日輪 昇」
覚えていなかったのか、少し悲しい。しかし会話のペースは相手に合わせるのが基本だ。何も言及はしなかった。
「……おや、娘さんがやってきたみたいだ」
「あ、いたいた。お父さん、探したよ」
「いやー、すまない。人混みに流されたみたいで」
「あれ、もしかして昇さんと一緒に居たの?」
「隣に立ってただけだけどね」
「いやー、助かったよ!」
「どういたしまして、霹靂さん」
「昇さん、そういえば宣伝はしてくれた?」
「ああ、しておいたよ。でも誰も彼も知っていたみたいだ」
「やっぱりそうか」
「宣伝、意味なかった?」
「正直に言えばそうかもね」
「幻、そろそろ行く時間だ」
「そうだね。それじゃあ昇さん、またね」
幻と霹靂さんは手を繋いで歩いていった。これが親子か。
「昇じゃないか」
そこでスパークと出会った。
「スパーク? ここで何を?」
「渚が焼き鳥やってみたいっていうから一緒に屋台の準備をしてたんだ」
「焼き鳥か。夢幻がたべたがってたぞ」
「ははっ、毒を仕込んでやらないとな」
「大丈夫なのか?」
「何、毒ぐらいで死ぬ奴じゃねぇよ。それに本当の毒じゃない、ちょっとソースを強烈にしておくだけさ」
イタズラで済むのだろうか。しかし、僕は止めなかった。さきほどの報復かできると思ったからだ。
「どうしてこの子は笑っているんだ?」
「それは楽しいことを考えているからだよ」
「なるほど」
「ところで霹靂さん、また迷子に?」
「ん、なぜ私の名前を?」
「?」
「娘から聞いたのか?」
「自己紹介されたから?」
「?」
「いや、そんなことより。娘さんはどこに?」
「ちゃんと楽屋に居るよ」
「ならいいや」
しかし、どうして会話がかみ合ってないんだ?
「それじゃあ、僕は仕込みに行くよ」
「ああ、それじゃあ」
スパークは邪悪な鳴き声を出しながら消えていった。
「………?」
そこで、僕は女の人に見られていることに気づく。人っていうか、狐だけど。その人もそのことに気づいたようで、手を振ってきた。僕も振り返す。やがて女の人が近づいてくる。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「霹靂も久しぶりね」
「ああ、白狐。久しぶり」
「お知り合いで?」
「ええ、そんなところ。霹靂も娘達のところに行った方が良いんじゃない?」
「それもそうだな」
「ふふ。それじゃあね」
白狐、と呼ばれた人は去っていった。一体なんのこっちゃ。
「それじゃあ私は娘のところに行くよ」
「わかった」
霹靂さんはそのまま走り去った。
僕は一人で夢幻達を待ち続けた。
「……嫌な予感がする」
僕は読み聞かせの準備をしていた夢幻とユートピアと合流した。
「昇さんはこのお祭りはどうやって過ごすつもり?」
「特に考えてはいないな。二人と一緒に居るよ」
「じゃあ焼き鳥食べに行こう」
「ああ、それならスパークと渚が準備をしているって」
「スパークが?」
「それがどうしたの?」
「夢幻とスパークはちょっと複雑な関係なんだ」
「というと?」
「夢幻のお母さんとスパークのおばあちゃんがちょっとね」
「ふーん」
「でも、気にしてるのはきっとスパークだけ。二人は仲良しだよ」
「そうなんだ」
「そういえば、昇はもうすぐ死ぬんでしょ? お父さんが言っていたのを聞いたよ」
「ああ、残念ながらそうらしい」
「意識すると怖いよね、隣に居る人がいつか居なくなるだなんてさ」
「むしろ、傍に死なない人が多すぎるんだよ」
「あは、それもそっか」
「…………」
ああ、意識すると怖いな。自分が死ぬって。
「それじゃ、悲しいお話は終わりにして遊びに行こう」
「そうだね」
僕はなんとか心の蟠りを振り払って、二人の後を追った。
「お、夢幻とユートピアじゃん!」
渚とスパークが経営している屋台についた。焼き鳥のソースの匂いが漂う。ユートピアは何故かちょっと不快そうな顔をして鼻をぴくぴく動かしている。
「安くしておくからたくさん食うと良い」
「ありがとうスパーク」
夢幻はスパークから焼き鳥を受け取った。その時、スパークが薄ら笑みを浮かべたように見えた。
「昇さんにも一本あげる」
あれ、これを食べるって? スパークが言う強烈ってレベルは結構やばいんじゃないの? 僕死ぬんじゃないの?
「はい、あーん」
夢幻が僕の口に焼き鳥を運ぼうとした、その時
気がついたら、焼き鳥が炎を纏いながら真っ黒に焦げていた。
「な、何が起きた!?」
「ありゃ、おじさんの狙撃だ」
「え、もしかしてエルドラドさん?」
「お父さんも過保護だよねー」
もう一度夢幻が僕の口に焼き鳥を運ぼうとする。そのたびにどこからか飛んできた炎の玉が阻止してくる。そして、5回目にて悲劇は起きた。なんと炎に狙撃された焼き鳥が衝撃によって串から抜け、スパークの口の中に落下したのだ。
「あああああああああああああ」
スパークが火を噴き始めた。
「あれっ、スパークって火属性持ってたっけ?」
渚が呑気にそんなことを言う。スパークはもがき苦しんでいる。
「大変だ、スパークが苦しんでる」
夢幻が困惑し始めた、面白くなってきたので僕は嘘をついた。
「この焼き鳥はペアで食べないと苦しむように作られているんだ。だからペアで食べなかったスパークはこんなにも苦しんでいる」
そこでユートピア達ものっかって
「大変だ! このままじゃスパークが苦しみのあまり死んでしまうかもしれない!」
「今からでも間に合う! さぁ夢幻、その焼き鳥を食べるんだ!」
「わ、わかった!」
そうして夢幻も一口焼き鳥を食べた、そして
「があああああああああ」
同じように苦しみ始めた。僕にはどうしようもない、それはユートピアと渚も同じだった。
「……どうする?」
「……みんなでもがけば怖くないんじゃない?」
「そうだね」
僕、ユートピア、渚も揃って焼き鳥を口に運んだ。
「うおあああああああああああ」
「うぎゃああああああああああ」
「うわあああああああああああ」
「こ、これが人外クオリティ……人間にはあまりにも刺激が強すぎる!! げほっ、がはっ!!」
僕の口から何かが飛び出た。血だ!
だんだんと喉の痛みが強くなる、その痛みがあまりにも耐えきれなくて、僕は意識を失った。
「ここ、は?」
僕はとある部屋で目を覚ました。
「バカじゃねぇの」
「エルドラドさんでしたか。原因は焼き鳥です」
それにしても、スパークは一体何を混ぜたんだ。
「焼き鳥?」
「スパークの焼き鳥が辛すぎたんですよ」
「喉が爛れかけただけで良かったな。それにしても……お前の彼岸はもう近いみたいだな」
「違いますよ、あれは夢幻が自ら進んでやってきたことです。僕は悪くない」
「そうか、夢幻がやったのか」
「ええ」
ふう、一瞬あの世が見えた。
「……夢幻をどこかへ連れて行こうとする輩には、黄金郷の鉄槌を下さなければならない」
「たとえば?」
「クナイに火をつけてぶっ刺す」
いや怖すぎる!!
「……それで、お前は夢幻のことが好きなのか?」
「ええ、好きですよ。夢幻の年齢はわかりませんが、見た目は僕と同い年ですし」
「なるほどな。なら、夢幻のことは傷つけるな。夢幻はお前と違って心の傷を死で癒せない」
「夢幻と離れろってことですか」
「距離を置いてくれってことだ。俺は誰かを置いていく悲しみも、誰かに死なれる悲しみも知っている。実体験こそ無いにしろ、夢幻だってそのことくらい知っている」
僕は何も反論できなかった、エルドラドさんの言う通りだったから。
「俺からは以上だ、あとは好きにしてろ」
「ええ、そうさせてもらいます」
エルドラドさんは部屋から出た。くそ、死ぬ覚悟はできたはずなのにどんどん未練が溢れてくる。
「まだ、死にたくないな」
そこで、窓の外で誰かが横切った気配がした。覗くと、そこには霹靂さんが居た。
「どこへ?」
僕は霹靂さんの後を追うことにした。どこかひっかかるところがあるからだ。
「どうしてついてくる?」
追いかける途中で霹靂さんがそう言った、尾行がバレていたらしい。
「いや、また霹靂さんが娘さんとはぐれたのかと思って」
「どうして私の名前を知っている?」
「私が教えたからだよ」
振り返ると、そこには霹靂さんが居た。
?????
「大丈夫だ、娘とはぐれたわけではない。唄だ、唄が私達を呼んでいるだけだ」
「唄?」
僕は耳を澄ます、確かに誰かが歌っているような声が微かに聞こえた。いや、そんなことよりもこの霹靂さんもしかしてアナザー? あいにく僕には呼吸法以外取り柄がないので判別方法がわからない。
「ああ、私達を呼ぶ声がする」
「行こう」
僕は霹靂さんの後を追った。どうやら嫌な予感が的中してしまったようだ。
別の道から霹靂さんがやってくる、一体全体どうなってやがる。
やがて、3人の霹靂さんは開けた場所に出た。そこには先客として、あの時の狐さんが立っていた。
「…白狐さん?」
白狐さんが懐から扇取り出し、舞を踊る。すると3人の霹靂さんは突然パタリ、と倒れてしまった。ぴくりとも動かない、もしかして死んだのか……?




