誕生
殻からポロリとこぼれ落ちそうだったところを、咄嗟にタオルでキャッチする。
「う、動いてる…!生きてる!生きてるよーっ!」
(当たり前だろ。お前が拭かないなら俺が舐める、貸せ)
舌をべろんっと出したモモを慌てて制し、タオルで優しく包み込んだ。
水と一緒に出てきたので濡れている。だからか、黒っぽくてどんな子が生まれてきたのかわからない。
(レディ、ぬるま湯を用意したよ。タオルを濡らして、優しく拭いてあげるといい)
「ありがとう!優しく、ね……」
正直力加減がわからないのだが、モタモタしている間にモモに舐められては二度手間になってしまう。私がやるしかない。
慎重に、できる限り優しく。
濡らしたタオルで拭いていけば、だんだんと色味が出てきた。
紺色っぽい…?というか、毛が、ない。なんだかツルンとしている。小さな突起がある気もするが…この形は……
(おや、これは珍しい……フルムージェネルじゃないか)
「フルムージェネル…?」
(海辺にしか生息しない妖精さ)
妖精は、人間の前には滅多に姿を現さないと聞く。私は運良く一度だけ、羽の生えた小さな兎を見ているけれど。
(魔獣に子孫を託したのだろうね。それ自体は珍しい話ではないよ)
「そうなんだ…………えっ、それならこの子がここにいるのはまずくない…?!」
(その心配はいらないんじゃないかな?サイミュリアは、子育てはしないのだし)
(おい楓……お前、無責任なことはするなよ…?)
唸るモモに、そんなことはしないと慌てて返すも……まさかの妖精である。これは…いったい、どうしたら良いのだろうか。
「ボス……私、」
(言いたいことはわかるよ。大丈夫さ、ある程度大きくなれば、自分でどうしたいか決めるだろう。妖精は気まぐれだからね)
だからそれまでは愛でてあげるといい。
そう言われ納得するも、少し寂しくなる。せっかく一緒にいても、離れてしまうかもしれないのか。
しかし先のことを今不安がっても仕方がない。この子は生まれたばかりなのだ。私達が家族にならなければ。
タオルに擦り寄り、キュッと鳴くのが大変可愛らしい。
そういえばきちんと姿を見ていないな。ボスはフルムージェネルと言っていたが、私は知らない。
そっとタオルを開けば……こちらを見上げる、つぶらな瞳とバッチリ目が合った。
「って、いやいやいや…………鯨じゃん!!」
(くじら?レディの故郷ではそう呼ぶのかい?)
「見た目だけはね……!」
どうりでツルンとしてると!
手のひらより一回り小さな鯨が、そこにはいた。
一瞬キーホルダーかと錯覚したが、確かに生きている。鯨が……妖精。それも、卵から生まれるとは。予想外すぎて凝視することしかできない。
(おい、こいつは水がないとダメなのか?)
(欲すれば、そうなんだろう)
「会話ってできるのかな…?!」
(そのベイビーちゃんが望めば)
なるほど、妖精次第ということか。
相変わらず私を見上げているミニ鯨を見れば、なにやらモゾモゾと動き出し。
ニョキッと、小さな羽が、生えた。
「……羽、生えたよ…?」
(妖精だからね、羽は生えるだろう?)
なにもわからなさすぎて全てボス頼みなのだが、彼が博識で本当に助かる。けれど、当たり前じゃないかという顔でこちらを見ないでほしい。地味に傷つく。
「えーっと……言葉、わかるかな…?」
ちょっとだけウキウキしながら、話しかけてみる。羽の生えたミニ鯨。とっても可愛くて、思わずニヤついてしまう。
この子次第で会話はできると言っていたが、生まれたばかりだし期待はしていなかった。しかし。
(わかるに決まっておろう)
「………幻聴かな?」
モモより低い声が聞こえた気がしたんだけど。しかも、古風な口調で。
(なにっ、幻聴だと?我の言葉が聞こえんのか?)
「………」
(その反応は聞こえておるな。おい母上、無視をするでない)
どうしたら良いのか。
ミニ鯨はパタパタと、飛べてはいないものの羽を動かし大変可愛らしい。なのにしきりにおい、と声をかけてくる。ギャップどころではない。
モモに小突かれ、雛達からも可哀想だよと言われ…私は、夢を見るのを諦めた。もっと赤ちゃんっぽいのを想像していたんだけどなぁ。
「えーっと……私は、母上では、ないよ?」
(いいや、母上に違いない。我に魔力を与えてくれていたのだから)
「そう言われても……」
どうしたら良いのかとボスを見れば、なぜだかウンウンと頷いていた。
(ならば、私は父親だね。レディ、子育ては大変だと聞くが……大丈夫さ。協力しあって、)
(おい、それ以上ふざけんなら俺にも考えがあるぞ?)
「ちょっと今それどころじゃない」
妖精に母上と呼ばれた私の気持ちを考えてほしい。
(無論、本当の母上ではないことは理解しておるぞ。だが我はお主の魔力が気に入ったのでな)
「…妖精って、生まれたてでこんなにしっかりしてるものなの?」
(人間や魔獣と一緒にされてもなぁ)
「深く考えないほうがいいってこと?」
そうだな、となにやら楽しそうなミニ鯨を見て、私は頭を抱えた。どうしてこうもクセの強い子ばかり集まるのだろうか。




