浮かぶアヒル
きっかけは、モモの一言だった。
(………匂うな)
「えっ………?!」
すぐにモモから離れるも、彼の微妙な表情は変わることがなく。サーッと血の気が引いた。
そりゃ、数日体を洗えてはいないけど…毎晩テント内で念入りに拭いているのに。髪だって水を汲んできて、簡単にだが洗っていた。
物足りなさは感じていたが、最低限の清潔さは保っていたつもりだったんだけれど……そうか、私は匂うのか…
「というわけでミアさん、どうすればいいと思いますか」
「きっと私もよね。…うーん、遠征中はどうしても難しいのよねぇ…」
スッキリはしたいけれど、そのへんの川で裸になるわけにもいかない。かといってモモ達に見張りを頼むのも気が引けるというか…
(あら、女二人でどうしたのよ。女子会?)
「女子会ではないよ。ちょっと悩んでてねー」
同じ女という括りならば、ララも気持ちはわかってくれるかもしれない。
一度体をスッキリ洗いたいのだと言えば、簡単なことじゃないと返された。いやいや、そうじゃないから悩んでたんだよ。
(私が見張ってあげるわよ。なんならカトリーヌとリンリンにも協力してもらうし。女同士なら気にならないでしょ?)
「…って、言ってますが…?」
「その手があったか…!ララ、ありがとう!私ちょっと団長に言ってくるわ!」
文字通り目の前から消えたミアさんにビビり、ララを抱き上げる。相変わらずふわっふわだ。なんか、いい匂いもするんだけど…
(私はオッドが洗ってくれるからね。ただ、やっぱり男だし…いろいろと気になるのよ)
「あぁ……そうだよね…」
(だから、見張りをする代わりにあんたが洗ってくれないかしら?汚水も水魔法でなんとかするわ)
「えっ、そんなことできるの?」
さすがに石鹸を使うのは、自然の川だし環境破壊になると諦めていたのだが。ララ曰く空き瓶があれば圧縮して詰め込めるらしいので、慌てて誰か持っていないか聞きに走る。
冷たい水でも、しっかり洗えたらすごく嬉しいなぁ…!
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「ねぇ……なに、作ってるの…?」
「お風呂……の、つもりなんですけど…」
ミアさんが団長から許可を貰ってきてくれたので、堂々と裸になって洗えると喜んだのだが…瓶を貰いに行った時のジルコットさんの一言が、気になってしまったのだ。
ここらの川は、よく冷えてるよな……と。
多少冷たいのは我慢できる。しかし、よく冷えてるのは……我慢できない自信しか、なかった。夜だし余計冷たいだろう。
なので、即席だが魔法で土をいじり四角い箱を作ってみたのだ。火を使えば熱くはならなくとも、ぬるくなるまでは……
「と、思ったんですけど。無理ですかねー…」
「どうかしらね……」
(あんたら何やってんのよ。さっさと入りなさい、私だって忙しいのよ)
いつまでたっても水音が聞こえず、様子を見にきたララに呆れられてしまった。待たせているのに悠長にしすぎたか。こうなったら、入れるだけマシだと思おう。
(……あら?何よこれ。水なんか入れちゃって)
「あ…あー………いやぁ、ちょっとでもあったかくできたらなぁって思ったんだけどね、」
土が崩れないよう頑丈にしたら、思ってた以上にゴツくなってしまったのだ。これでは時間がかかりすぎてしまうだろう。
(ふぅん…人間はすぐ体壊すものね。いいわよ、私があたためてあげましょうか?)
「…えっ?」
(私が入って、火魔法でも使えば……ほら)
ぴょんっと身軽な動作で箱に入り、ちゃぷちゃぷと水に浮かぶララ。可愛いのだが……小さい頃お風呂に浮かべて遊んだオモチャを思い出したのは、内緒にしておこう。
ララの真っ白い体が、徐々に赤みを帯びていく。
(手を入れてみなさいよ)
「…!あったかい……!」
(でしょう?私も長くは入れないから、さっさと済ませてちょうだい。あの子達も寝ちゃうわよ)
川に入ろうと服を脱ぎはじめていたミアさんを慌てて呼び、かなり狭いが二人でなんちゃってお風呂に体を沈める。ふわぁ……!幸せ……!
「入浴なんて久々にしたわー……貴族の家にしかないものだしねー…」
「そうですよねぇ…浴槽、高いですもんねぇ…」
「……毎日、入りたいわね」
「…帰ったら、団長に相談してみましょうか」
すっかりお風呂の虜になった私達は、その後しっかりと全身を洗った。約束通りララとカトリーヌ、リンリンもフワモコに仕上げ、川辺を後にし……ようと、したのだが。
「……ねぇ?あのへんの草、あきらかに人為的に動いたわよね?」
「ちょっとミアさん……怖いこと言わないでくださいよ…!」
無風の夜に、ガサガサと物音をたてた茂み。思わず二人で抱き合うも、従魔達は冷静だった。
(人間ではないわ。全員同じ意見だけれど……魔獣ね)
「まっ、魔獣?!」
「なに?!魔獣がいるの?!種族は?!」
種族まではわからないと言うララに、絶望する。普段ならば何が出てこようと全く問題はないのだが…
私達二人は揃いも揃って、夜目がきかなかった。
(下がってなさい。私達で対処してみる)
「フシャーッ!」
「グルルルル…!」
初めて聞く二匹の威嚇を頼もしく思いながら、数歩下がる。念の為と持ってきていた短剣も構えておこう。
(…………くるわっ!)
茂みから何かが飛び出してきたが、暗すぎて黒い塊にしか見えず。
つい、目をぎゅっと閉じてしまった。




