二度羞恥
リングラングリン王国を離れ、数十キロ。
ユナイシアムルまでは従魔に乗っても六日かかるというのに、私達は早くも木陰で休憩していた。
ムムスケが、不満を訴えたためである。
(ダメだな。これ以上は時間の無駄だ)
「そっかー……やっぱり無理みたいです。どうします?」
「困ったな…」
ジルコットさんが説得を試みるもムムスケはイヤイヤと首を振り、最終的には丸くなってしまった。灰色だけれど巨大なおはぎのようでちょっと笑える。
ムムスケは、これ以上ジルコットさんを乗せたくないそうだ。一人で走る分には良いが、人を乗せると他の従魔より遅くなる。どうにもそれが彼のプライドを刺激したようだ。
「カトリーヌは私しか乗れないのよねぇ」
「こっちはオッドがいるしなー」
「リンリンも俺だけしか無理っス」
「と、なると……ボスかモモですね」
経験上、ボスに乗せてもらうことは可能である。本人が許可してくれればなんだが…
(レディ以外を乗せる気はないよ)
「じゃあ私がボスに乗って、」
(楓と相乗りならともかく、野郎だけは乗せん)
「…選択肢一つしかないじゃん」
ジルコットさんに私と相乗りになると伝えれば、構わないと返される。
モモは二人乗っても問題なく走れるというから、これで問題は解決しただろう。ムムスケも速度を落とすことなく進めるはずだ。
顔の近くは私がいいと言うので、ジルコットさんに後ろに乗ってもらう。
「……これ、めちゃくちゃ恥ずかしいですね」
「奇遇だな。俺もだ」
ジルコットさんが真後ろにいて、彼に背を預けている感じになりとても恥ずかしい。カップルじゃないんだから…この乗り方は、失敗したかもしれない。
けれど他に良い方法もないし、仕方がないのでこのまま走るしかない。魔法は使っていないので、空気抵抗も少なく喋れるのがありがたかった。
「団長、どこで野営するんですか?」
「そうだなぁ…これだけ従魔がいれば、ぶっちゃけどこでもいいんだよな」
「そうっスよね。なら、休憩取りながらできるだけ進んだ方がいいっスね」
今はひたすら草原を駆けているのだが、少し外れればちゃんと道がある。しかしそちらは商人や旅人が歩いているので、驚かせてはいけないと私達は近付かないようにしている。
遠目では見えてしまうかもしれないが、それくらいは勘弁してもらいたい。
草の香りと全身に浴びる風が気持ちよくて、モモの頭に顔を埋めれば急に大声があがる。
(楓!止まるぞ!)
「えっ?!ご、ごめん!なんか痛かった?!」
モモ止まります!と叫べば、慌ててみんなが急ブレーキをかける。オッドが転がり落ちたが、大丈夫だろうか。
「どうしたんだ?」
「わかりません……モモ、急にどうし、」
(すまん。どうしても我慢できなかった)
そう言って茂みの方へ歩き出すモモを、みんなで見守る。背に乗ったまま観察していると、どうやら切り株が気になるようだった。
何度かクンクンと匂いを嗅ぎ、切り株の周りを回りだす。それを見てすごく嫌な予感がした。
「ちょっと待って…モモ、もしかして…?!」
(…まだ三歳のオスか。青いな)
ボソリと呟き、切り株に向かって片足をあげる。
私は両手で顔を覆った。
恥ずかしい…恥ずかしすぎて、顔をあげられない…!
犬の習性だと理解してはいるが、今までやらなかったことを…なにも今、みんなの前でやらなくたって…!青いな、じゃないよ!
出るものはないのだがモモは満足したようで、気は済んだとみんなのもとへ戻っていく。
後ろから、優しく肩を叩かれた。
「……行くぞ」
「はい……本当に、すみません…」
モモの行為が恥ずかしいわけではないのだ。モモの、モモが…ちょうどみんなに見えてしまったことが、とっても恥ずかしいだけで。
丸見えだったと思うんだよなぁ…
チラリとミアさんを見れば、若干頬が赤い気がした。これはあとで全力で謝らなければ。
(レディ、こんなこともあるさ。男には…やらなきゃいけない時が、)
「それちょっと意味違わない…?」
変なフォローをしてきたボスは、なにが楽しいのか笑い出す。それにつられて雛達もピヨピヨしだし、ベルさんの頬が緩んだ。相変わらず雛好きである。
再び走り出したチャトラに続いたのだが、その後何度も立ち止まるモモに申し訳なさが募る。本当…普段全くしないのに、どうしたのだろう。
「サシャ…すまんが、モモに言ってくれるか…?」
「はい勿論です!本当にすみませんっ!」
みんな苦笑してはいるが、きっと言いたいことを我慢してくれているはずだ。私が止めなければ。
「モモ…あのね、」
(…いろんな匂いがする)
そりゃ外だしと言おうとしたが、他の従魔達も鼻をスンスン動かしはじめたので口を閉じた。なにか気になる匂いでもするのだろうか。
(これは……レディ、この先は少し危険かもしれないよ)
「危険?」
(複数の魔獣の匂いがするのさ)
また同じことを思う。外だし、いろんな魔獣がいるだろうと。
しかしあのボスが危険と言うので、一応団長に報告する。
「団長、複数の魔獣の匂いがするって言ってます」
「なに?…種類はわかるか?」
「…そこまではわからないそうです」
そうか、と頷く団長は険しい表情だ。
「魔獣ってのは、大体縄張りがあるからな。こうも同じ場所から複数の魔獣の痕跡が出ることはないんだ」
「なにかを追っているか、追われているか……ただの移動ってのは考えられないよな」
「そうだな。なんにせよ、さっき以上に警戒して行くぞ」
モモはお手柄だったなと撫でてくれたのだが、その瞬間誰かの腹の音が響く。
私だった。
「また恥ずかしい…!なんなんですか、もう!」
「あはは!ねぇ、ここらでお昼にしましょうよ。私もお腹空いちゃった」
「確かに、俺も腹が減った……魔獣の気配はないんだよな?」
ボスが頷き、休憩が告げられた。ミアさんのおかげで多少は誤魔化せた気がする。いい大人が、なかなかに盛大な音を出してしまった…。
「簡単なスープでも作ってやるよ。腹持ちが良くなるやつ」
「ありがとうございます…」
善意なのか、からかっているのか。
羞恥心が勝り、みんなの顔をまともに見れなかった。




