涙にざわつく
全然威力はなかったけれど、一発入れることには成功した。
しかしさすがは騎士というべきか、私の手首は掴んだままだ。それでも片手で鼻を押さえているから、痛みはあるのだろう。私も殴った手が痛い。
「よ、よくもやったな…!」
「それ私のセリフなんですけど!」
「知るか!くそっ…手加減なんてするんじゃなかった…しかもお前、女が普通鼻狙うか…?!」
「狙いますよ、弱点なら」
憎たらしい、と言われるもなんとも思わない。全部本心だもんね。
ついでに足の甲も踏みつけようとしたのだが、簡単にかわされた。
短剣があれば牽制もできたのに、こうもガッチリ掴まれていては…できることが限られてしまう。
私の魔法の発動は、ハッキリ言って遅い。
唯一素早く出せるのは圧縮球くらいなのだが、アレを直接人体にとなるとさすがに躊躇う。同じ騎士だしね…。
きっと魔法は、発動前に止められる。そうなると左手以外で戦うしかないわけで。
「離し、てっ!」
もう一度顔面を狙ったのだがひょいっと避けられ、頭を叩かれる。くっ、こんな簡単に…!
しかも叩き方がなんかムカついたので、思い切り足を蹴ってやればうまい具合に脛にヒット。悶絶しぴょんぴょん飛び跳ねる男を見て、ざまぁとか思っていたからだろうか。
また頬を殴られた。
負けるもんかと、力いっぱい殴り返す。あまりダメージがないようなので脛も狙う。そうしたらまた叩かれたので、再び鼻を殴る。
拘束を解く気はないらしく、対峙する距離が変わらないままお互いチマチマと小さい攻撃が続く。
そうして時間がたってくると、見た目に変化が現れてきた。
痛みはあるが竜人族のスキルのおかげで無傷な私。対する相手は、何度も鼻を殴ったせいで鼻血が出ており、脛も痛そうに庇っていた。そして、
何度殴っても平気そうにしている私に、ドン引きしている………とっても。
「な、なんなんだお前は…!本当に女かぁ?!」
「失礼な…!女以外の何に見えるってんですか!」
「人間の皮を被ったルルガドルルだろ?!」
残念、それは初戦だけである。
だが今の私がそう思われるのはやっぱり心外で、会話の隙をつき鼻にもう一撃入れてやった。血がついて不快だが仕方がない、戦いだもの。
しかし騎士というのも頑丈だなと感心する。いくらパワーがないといっても、こう何度も顔面を殴られれば怯んでも良さそうなのに。
今後の課題は筋力アップだなと考えていれば、ついに私も鼻を狙われた。い、痛い…!それに涙が出るっ!
「鼻曲がったら…どーすんですかぁっ…!」
「お前がそれを言うかっ!しつこく狙いやがって!」
確かにそうだが、まさか自分もやられるとは思ってなかった。ゴリラ達ですら顔はやってこないっていうのに。
終わりの見えない戦いだが、やられたままでは癪に触るので踏ん張って攻撃を続ける。涙が止まらないけど。ツーンとした痛みがしつこく残っているのだ。
私達の攻防に観客がざわついているのがわかり、なんだか申し訳なくなる。こんな戦いつまらないだろうな。
せめて掴まれている手が外れればと思っていたら、突如あがる歓声。直後、吹っ飛ぶ目の前の騎士。
「お待たせ、サシャ」
「み、ミアさんっ…!」
棍棒を肩に担ぎ、イケメンな登場の仕方をしたミアさんは私の頭を優しく撫でてくれた。うぅっ、かっこいい…!
「怪我は…ないのはさすがね。なんで泣いてるの?」
「あ、これは……鼻殴られてから涙が止まらなくて、」
「………は?」
女神の微笑みが、鬼の形相に変わった瞬間だった。
「鼻?…なぁに、こいつ…女の顔殴ったってことぉ?」
「ちょ、…ミアさん…?!」
「信じらんない。よりによって、顔だなんて……てめぇサシャの未来に責任持てんのか?あぁ?」
棍棒片手にズンズン進んでいくミアさんを、止めることはできなかった。口調も誰これ状態である。だ、誰か!騎士の命が危ない気がする!
「ジルコットさん…!へ、ヘルプ!」
「無理だ」
即答されてしまい、詰んだのだと悟った。
その後ミアさんはひどく怯えた騎士をすんなりと降参させ、ジルコットさんの方へ加勢。その勢いに怯んだ隙に、私も慌てて駆け寄り三対一となった相手は、潔く負けを認めた。
一応きちんと戦い、勝てた。嬉しいはずなのに…複雑な心境なのは、見ちゃいけないものを見てしまったからだろうか。訓練を積んだ騎士が降参する程の形相っていったい…。
「根性見せたな、サシャ。あんな戦い方すると思わなかった」
「私もですよ。何かを失った気がしますもん」
「あら奇遇ね。私もつい怒りに我を忘れちゃったわ……はぁ、これでまた結婚から一歩遠のいたのね…」
一歩どころじゃ済まないだろ、と余計なことを言ったジルコットさんは棍棒の先でグリグリ押されている。一見微笑ましい光景なのだが、棍棒は、血塗れだ。
…殺ってない、よね?ミアさん…?
いつも通りの美顔に戻った彼女にホッとしつつ、観客に手を振りながら控え室へ戻る。
しかし陛下とフラン団長が待ち構えていたため、まだ休むことはできなさそうだ。私も赤くなった右手洗いたいんだけどな…。
「やぁやぁ、おかえり!良い試合を見せてもらったよ」
「えぇ、本当に。まさか、泣きながら戦うとは…」
「ちょっと待ってください。あれは生理現象なんです。勝手に涙が出て、」
「いいんですよ、わかってますから」
全然話を聞いてくれないのは何故なんだろうか。
私が一人あたふたしている間に、さっきまで騎士達が使っていた剣が届けられる。こうして間近で見ても普通の剣との違いはわからないな。
「今日はもう試合はないからね。僕も行って、じっくりと尋問するよ」
「わかり次第宿舎に連絡しますから。…素直に吐けば、すぐ終わるんですけどねぇ」
「………あれ?」
ジーっと剣を見ていたら、ふと、文字っぽいものが刻まれているのを見つけた。顔を近付けてもっとよく観察すればそれが見慣れたものであるとわかり、青ざめる。
ちょっとこれは……やばいものを見つけてしまったのかも、しれない。




