心の準備
こんなにも一日が長いと思ったのは、初めてだった。
宿舎に戻り、庭に全員集まって夕食をいただく。今日もジルコットさんのご飯は美味しくて、精神的疲労にもバッチリ効きそうだ。
頑張って待っていた従魔達と警備をしてくれていたルルガドルル達にはご馳走が振る舞われ、皆嬉しそうに食べている。
そんな光景を見れば頬が緩むのも当然なのだが…今夜の私は、違った。
原因は聞き慣れない声にある。
(はい、トトちゃん。あーん)
「キキッ!」
「ふふ、良かったねトト。美味しいかい?」
アヒルと契約、した。
仮と言っていたがそんなものはなく、普通に契約するしかなかったのだ。それは良い。いつでも解除出来るから。
問題は、アヒルの声が聞こえる事。
雛達を助けなきゃいけないと気を取られ、すっかり忘れていたのだが…気付いた時には手遅れで。ずっとイチャイチャ会話が耳に届くのだ。
これはこれで辛いのだが、更に…
(はらへった!はらへった!)
(ごはん!ごはんちょーだい!)
(ねぇはやく!)
「っ……たんと、お食べ…!」
雛達の声まで聞こえてくるのだ。
大人になるまで母親と繋がっているとは聞いていたが、まさか声までとは思わなかった。子ども特有の高い声で、後を着いて来て呼ばれれば…構わないわけにはいかず。
ご飯ご飯と何故か私にねだってくるのは可愛いのだが、まぁ、よく食べるしよく喋る。
たまに羨ましがった誰かが補助しに来てくれるのだが、結局は私のところに戻ってくるので振り切るのは諦めた。何故母親のところに行かない…!
(人気者だな、楓。二つの餌係か)
「なんで嬉しそうなの、モモは。君達もさぁ…お母さんはあっちだからね?」
(かあちゃんのじゃまは、しないんだ!)
(かあちゃんいましあわせ!)
(おねーちゃん、あったかいから、さみしくない!)
本日何度目の悶絶だろうか。
きゅんきゅんしすぎると本当に胸が痛くなるんだと学習した。可愛いの塊…つらいっ…!
よし、そんなに私がいいならちょっとなら面倒見てあげようじゃないか。いずれはオッドの子達だし、本当に…ちょっとだけなら、ね。
(チョロ…)
可愛くない事を言うモモは、撫でくり回しておいた。こうすれば大人しくなるのはわかってるのだよ。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
二日目の今日は、団長とベルさんが戦う日である。
元々人数の少なかった個人戦。二人とも順調に勝ち上がり、準決勝までくるのは早かった。
昨夜普段通りに会話していたはずなのに、今はピリピリとした雰囲気で向かい合っている。…なんだか、怖いなぁ。
「ベルの売りは速さだ」
「双剣ですもんね。けど、団長相手じゃ厳しいんじゃないですか?」
「そんな事はないさ。あいつら、普段からやり合ってんだぞ?ベルも慣れてるだろ」
ガイリスもだけどな、と言うジルコットさんになるほどと頷いた。お互いやり慣れているという事は、この勝負…簡単には決まらなさそうだ。
狼煙が上がった瞬間、二人がいた場所で土煙が起こり何も見えなくなる。けれど金属音は聞こえるので、戦ってはいるらしい。どうなってるの…!
少しして晴れた視界だが、ベルさんはボロボロ。団長は…腕に傷を負っているけれど、浅い。何がどうなってそうなったんだ。
意外にも女性人気はあったのか、ベルさんに黄色い声援がとぶ。
「あ、団長泣きそうになりましたよ」
「悔しがってるんじゃない?」
「えー…でも、仕方ないですよね。ベルさんと団長だし…」
「お前ら…真面目に応援してやれよ…」
してますよ、と返し再び二人に注目する。うわぁ、ベルさん物凄くニヤニヤしてる…あれじゃあ団長を煽っているのと同じじゃないか。
「あ、」
ミアさんの声と同時だった。
ちょっとイラついたっぽい団長がベルさんに斬りかかり、ボロボロの彼は体勢を崩してしまった。その隙を団長は、見逃さない。
団体戦でボスが見せたような膝蹴りがベルさんの腹に入り、防壁まで吹っ飛んでしまった。………え?
「し…死んだ…?ベルさん、生きてる…?!」
「ば、馬鹿ねぇ!いくらなんでも、団長はそこまで本気でやらないわよ。……………でしょう?」
「ひ、ひぃっ…!」
ピクリとも動かないベルさんに、まさか殺人かと怯える私達。観客もどよめいているし、これは本当に…?!
「勝者、ガイリス!」
団長の勝利が告げられるもベルさんは起き上がらない。かと思えば、スタスタと近づいていく団長に余計周囲はざわついた。追撃でもする気なのだろうか。
しかし団長はベルさんを軽々と担ぎ上げ、笑顔で観客に手を振りながら戻っていくだけだった。あ…よく見たらベルさんも、手ヒラヒラしてた。なんだ生きてたのか。
全員が心から安堵したのは言うまでもない。
「良かった、団長…殺してなかった…」
「あれはやったと思ったわ。やってなくても、骨はいってるでしょうね」
「ジルコットさん、治してきてあげたらどうですか?ベルさんすごい傷だらけでしたし」
緊張しながら観戦していたからか、私達の口は止まらずつい盛り上がる。するとボスに小突かれた。
(レディ、そんなに悠長にしていて良いのかい?次の戦いが終われば君達の出番だよ?)
「……あ」
そうか、だからジルコットさんは不機嫌そうにしているのか。ごめんなさい。忘れていたわけでは、……いや、正直に言うと忘れてました。本当にすみません。
ミアさんと共に謝り、気を引き締め直す。
次…カイルの準決勝が終われば、すぐに私達の試合が始まるのだ。急ぎ控え室へ向かわねば。
(おねーちゃん、がんばれ!)
(けがしたらかあちゃんこわいからな!)
(おなかすいた!)
雛達はやかましいが、見た目の可愛さが上回る。指でそれぞれ撫でてから、モモの耳をモフモフした。
(許可なく何してる)
「触らせてくださいお願いします。…頑張ってくるね。大怪我だけはしないように」
(大丈夫、レディならそのワガママボディで一撃さ!)
相変わらずボス語はよくわからないので、ハイタッチだけ受け取っておいた。よっし…
とりあえず、足だけは引っ張らないように出来る事をやろう!




