もう一人の自分
真下には、騎士団員二人と魔法師一人。
対するはジルコットさんとミアさん……そして、もう一人の私…で、ある。
一体どういう事だと三人を見れば、揃って苦笑された。
「サシャが全然戻って来ないからな…これは棄権するしかないと話してたんだ。もう一度オッドに戻そうにも時間がなくてな」
「そうしたら偶然フラン団長が通りかかったんだよ」
三つのワードに嫌な予感がした。
偶然、フラン団長、通りかかる。
以前もカイルに絡まれた際、フラン団長はそう言っていた気がする。これは最早偶然ではないんじゃ…?!
「今回フラン団長は審判っスからね。激励に来たって言ってたっスよ」
「そ、それで…?フラン団長が、何か…関係が?」
「うむ…俺もよくわからないんだがな…」
なんでも、フラン団長はいきなり私達を助けてくれると言ったらしい。何故かと問えば、私にお願いがあるからー…と。
更に嫌な予感がした。
「サシャに恩を売りたかったんじゃないかな?」
「怖すぎるんだけど…!」
「まぁ、俺達にデメリットはなかったからその申し出を受けたわけだ。すまんな」
「そんで結果が、アレっス」
アレ、と指差すのは、もう一人の私である。だからどういう事…?!
ジルコットさんとミアさんの数歩後ろで佇むもう一人の私は、腕を組み随分と余裕そうな表情だ。…あんな顔出来たのか、私。
「竜人族が使える魔法の中に、変体というのがあるんだ。馬鹿みたいに魔力使うから、誰でも出来るわけじゃないんだが…フランだしな。あいつの魔力量はずば抜けてる」
「ヘンタイ…」
「そう、変体だ」
脳内変換はどえらい事になっているが、黙っておこう。
「体を変える…つまり、自分でも他者でも他のものに姿を変えられるんだ。以前ブロッグモーリアに攻め入ったのを覚えてるか?アイーダの部下が、潜入調査をして情報を集めてくれただろう」
「…あ!もしかして、その…ヘンタイ、を、使った…?」
「その通りだ。…ただな。一見万能に思えるが、そうでもない。声は変えられないし、相手を知らなきゃすぐにバレる。それに、」
魔力が切れれば変体も切れる。
「魔法の使用で大幅になくなり、更に変体している間もじわじわと魔力は減っていくんだ。な?誰でも使えないだろう?」
「えーと…アレが、誰かが私にヘンタイさせられてるのはわかりました」
もしかしてフラン団長ですか?と聞くも、全員が揃って首を振る。じゃあ誰だ。
「サシャ……その、ほら……ここにいないの、気付かないかな…?」
すごく言いにくそうにチラチラと従魔達を見るオッドに、ハッとした。いないのって…そういや、戻ってきてから一度も…!
バッと下を見る。
「あ、こっち見たっスよ」
もう一人の私と目が合った瞬間、そいつはグッと親指をたててきた。間違いない。
「なんで…ボス、なの……!」
「なんでって…一番やりたそうにしてたから…?」
「それでも普通、人間選びません?!」
ボスは人間くさいし賢いが、本質はゴリラなのだ。一言ウホと鳴いただけで終わりだし、絶対すぐにバレるに決まっている。
「大体、これって反則なんじゃないですか?」
「事前に陛下には確認してるぞ。見た目がサシャなら問題ないそうだ」
「ジルコットさんとミアさんも乗り気で…止められなくてごめんね、サシャ…」
オッドが謝る事はないのだが、詰んでいるこの状況にそれ以上何も言えなかった。そもそも遅れた私が悪いんだし。
そういえばアヒルと雛はどうなったかと振り返って、荒んだ心が少しだけ癒されるのを感じた。
丸まって寝ているモモの尻尾にくるまり、トトと共にスヤスヤとお昼寝していた。うぅっ、混ざりたいなぁ…!
目を逸らしたい光景だが、逸らしちゃいけないのはわかっている。こうなった以上ボスが私の姿で変な事をしないよう…祈るしか、ない。
「おっ、動いたぞ」
団長の言う通り相手の騎士二人が突っ込んでいく。ミアさんとジルコットさんがそれぞれの得意武器で受け止める中、ボスは、動かない。
魔法師がボスに向け何やら喋っているが、観客席が上過ぎるのと周りの歓声で何も聞こえないのが残念だ。アレは私でもあるし、内容が気になるのに。
ボスはお利口にも口を開かず、ただニコニコと笑っていた。この状況でそれは…イカれた奴に見えないだろうか…。
返答がないので相手をしない事にしたのか、魔法師の矛先はジルコットさんへ向く。放たれた炎を斬り払ったが、その隙を突き騎士の猛攻が始まってしまった。これはしばらく続きそうだ。
その後魔法師はミアさんへ照準を合わせ、再び炎魔法を……とは、いかなかった。
「わぁ!やっぱりかっこいいねぇ!」
「う、うん…」
突如動いたボスは、真っ直ぐに魔法師へと向かっていく。それに慌て炎魔法が放たれるも、いとも簡単に短剣で掻き消し…魔法師を蹴り飛ばした。
……クルクルと、回転、しながら。
余計な事をしないでほしい本当に。
しかもその勢いのままミアさんの相手の騎士に斬りかかるものだから、観客は盛り上がる。いやいや普通に考えて体格的に厳しいだろう…なかなかのマッチョだぞ。
「すごいなぁ、あいつ。しかも楽しそうだ」
「ソウデスネ」
もう、何も言えなかった。
ミアさんを背に庇いしばらく短剣で攻防していたボスは、ジルコットさんに何か言われ突如騎士の腹に膝蹴りをめり込ませる。人の体がくの字に曲がったのなんて、初めて見た。
地に伏した騎士には目もくれず、復活し再び魔法を放とうとしていた魔法師の背後に回る。
そして、あり得ない事に…
魔法師のローブを、素手で引き裂いた。この時点で観客の女性達からなんともいえない悲鳴が上がる。
だがボスは止まらず、引き裂いたローブで魔法師の両腕を縛り上げ…更に目隠しまでし、最後にはそのへんに蹴り飛ばした。
あまりの所業に涙が出る。
同タイミングでジルコットさんが自力で騎士を組み伏せ、従魔騎士団の勝利が告げられたのだが…
「オッド… 私は今後、どうしたら良いのかな…」
「う、うーん…」
「随分強くなったなぁ、うちのサシャは」
「そっスね。いつの間にあんな戦い慣れしたんスかね」
面白がる二人を睨むも、視線は合わない。ちょっと。
大歓声は嬉しいのだが、明らかにやり過ぎたボス。アレは一応、私だから……え、次からあの動き要求されるの?
無理だと団長に詰め寄るも、だったら俺が変体しようかと返され何も言えなくなる。確実にもっとやばい事になってしまうだろう。
めちゃくちゃ良い笑顔でこちらに手を振る中央の三人を見て、今すぐ宿舎に帰りたくなった。本当にどうしよう…!




