切望
「…缶が、ほしい、です」
「…ん?ごめんね、周りがうるさくてよく聞こえなかったよ。悪いんだけどもう一度、」
「缶だとよ、陛下」
「…聞き間違いじゃない?」
頷けば、信じられない…と大袈裟によろめく陛下。しかしすぐに立ち直り、詳しく聞かせてと真剣な表情になった。
「サシャ、君は年頃だろう。ミアのようにドレスや宝石ではなく、何故…何故、缶なのか…聞いてもいいかな?いいよね?というか、僕には聞く権利があると思うんだ」
食い気味なのがちょっと怖く一歩下がればモモにぶつかり、のそりと顔をあげる。ごめん起こしちゃった…!
(…ビーフ缶、食いたい)
缶缶言っていたからだろうか。そう呟き再び横になったモモに、これはなんとしてもゲットしなければと気合いが入る。
缶が欲しい理由なんて、一つしかない。
「モモの為なんです」
「…うん?」
もしかしたら、この国で一番偉い人なら手に入れられるかもしれない。そう思うと私の口は止まらなかった。
「モモは、ビーフ缶が大好きなんです。なのにどこにも売ってないし、だったら作ってあげようと思ったのに…ヤグネスさんは必要性を感じないからって作ってくれなくて」
「ヤグネスというと…ドワーフの、」
「そうですそのヤグネスさんです。確かに私とモモしか必要としてないかもしれないですけど、ちょっと作ってくれたっていいと思いませんか?缶詰ってすごいんですよ、保存食になるんですよ?ビーフ味だけじゃなくてチキン味も野菜味も作れるし、柔らかめにしたりスープっぽくすれば弱った子や年取った子、赤ちゃんにもあげれるのに。そんな万能な缶詰がどこにもなくて、缶すら作ってもらえないなんて…ひどいと思いませんか?このままじゃ一生モモはビーフ缶を味わえないまま…あぁ、可哀想に。私に缶を作れる技術があれば!まずは缶がないと何も始まらないのに、缶が手に入らない!……というわけで、私はどうしても缶が欲しいんです」
手に入りませんか?と聞き、気付く。二人揃ってなんでそんなに離れているのだろう。理由を聞きたいと言われたから言っただけなのに。
「わ、わかった…理由はわかったよ、うん。缶…だね?」
かなり引き気味な陛下に首を傾げながらも、はい、と強く頷く。
「でも、僕の知っているものとは別な気がするんだけど…」
「あ、それはですね…」
こちらの世界で缶と言えば、油を保存している大きな容器の事を言う。家庭用に小さくしたものもあるがとても大雑把な作りで、ただの四角い容器に穴を開け蓋をつけただけ。
スチール缶は存在しているのに、缶詰やジュースの缶のようなものはないのだ。まぁ…プルタブとか、思いつかないのもあるが、わざわざ缶ジュースにする必要性もないからなぁ。
実はこの世界、素材としてはいろいろ揃っては…いる。ただ、娯楽的な使い方をしていないというか…加工する気が起きないのか、わからないけれど。
とても勿体ない事にはなっているが、指摘はしない。したところでどう作るか説明出来ないから。
馴染み深いものだったので缶の形、大きさは説明できた。すると陛下は頷き、
「それなら、城の鍛治師に頼んでみよう。武器ならヤグネスの方が腕は上かもしれないけれど、細かい物を作るのが得意な男だから。きっと作ってくれる…いや、絶対に作らせよう」
「え……あ、ありがとうございますっ…!」
なんと…言ってみるものである、本当に作ってもらえるなんて…!
モモは今は寝ているから、後で起きたら真っ先に教えてあげようと小さくガッツポーズする。と、黙っていたジルコットさんがボソリと呟いた。
「…保存食になるって、本当か?」
コックとして気になったのだろうか。事実なので首を縦に振れば、詳しく作り方を教えろと近付いてくる。
「私も適当というか…聞いた話というか…」
社会人になりたての頃、お世話になった上司が結婚を気に退職する事になり、何か人と被らないプレゼントはないか探した事があった。
その時に手軽に缶詰を作れる機械が売っているのを見つけ、これなら好きなもの保存出来るじゃん!とちょっと調べたのだ。
写真やイラストをラベルに出来るもので、プレゼントにも最適だと思ったんだけど…結局買わなかった。自分で作らなくてもいろんな缶詰が売っているのを見つけてしまったし、作成手順が面倒だったのだ。
確か缶に食品を詰めた後、空気を抜き完璧に密封…真空状態にしなければならない。そして百度以上の温度で、ゆっくりと加熱殺菌。
ちなみにしっかり真空しないと空気が膨らんで、缶が膨張して破裂したりするそうだ。怖いと思った記憶がある。
面倒くさいなと思いつつも、なんとか作れないかギリギリまで悩んで調べていたので意外と覚えていた。まぁ缶を真空状態にするのが特殊なので、そこまでは説明出来ないんだけど。売っていた機械もそれだったしね。こういう雑学はいくつか知っていたりする。
こんな大雑把な説明にも関わらず、ジルコットさんは成る程な…と何やら理解したようだった。え、今のでわかったの…?!
「陛下、これは使えるぞ。非常食になる」
「え、そんな壮大な話だったかい…?」
「あぁ。原理はわかった。サシャ、そうやって作れば長期保存出来るんだな?」
「えーと…上手く出来れば、ですけど。どれくらいもつかは中身による…のかな?」
缶詰職人じゃないからそこまではわからない。実際、まず缶を手に入れてからいろいろ作ってみようと思っていたから。
ジルコットさんはやる気に満ちており、面白ぇ、と不敵に笑った。クールな彼が珍しい。
「何がなんでも作ってやろうじゃねぇか、缶詰」
「…ビーフ缶が優先ですよ」
「上等だ。なんなら中身は俺に任せろ、モモの好みは把握済みだ」
「人参は嫌いだから入れないでくださいね?」
わかってるよ、なんて私並に本気度合いが高いジルコットさんは、食に関して貪欲過ぎると思う。手伝ってくれるのは助かるけれど。
何を詰めてやろうか、なんてそわそわし始めるジルコットさんを見て、陛下も何やら地面に文字を書きだす。…んん?計算式…?
「そういう事なら…国の備蓄食料として研究すればいい。僕から提案すれば、君達が個人で作るより早く出来るはずだよ。まぁ…かなり特殊な作り方だし、上手くいく保証はないけど」
「そんな…そこまではさすがに、」
「僕もよく考えたら、完成して欲しいと思ったからね。どうにも携帯食は同じものばかりで味気がないし…それに、他国にも売れるだろう?」
穏やかな顔をしていても、やはり国王は国王だった。さっきの計算式はそういう事か…でも、缶詰の話を聞いて売れるなんて普通思うだろうか?
感心していれば、そういうわけだから、と再び切り出される。
「缶の話は別として、他に望みはあるかな?」
他と言われても、そうすぐにはー………あ。
「だったら、ボールが欲しいです!」
陛下が頬を引き攣らせながら、ボール…と呟く。
「はい!ボールです!これくらいの大きさの!」
これくらい、と腕で大きく輪を描けば更に引き攣った。大きすぎただろうか…でもこれくらいないと、今のモモじゃ遊べない。
「あとは頑丈で、太めなロープか…モモサイズのクッションか…」
「…ジルコット。随分と、変わった新人だね…?」
「従魔馬鹿なんだ」
それは、私だけじゃないはずだけど。
ツテのない私が手に入れられないものばかりなので、陛下に期待しよう。貰えたらモモ、喜ぶだろうなぁ…!




