二頭のゴリラ
ボスの愛は、重たかった。
ユナイシアムルとこちらのテントは別なので、団長と二人のはずだった。お互いそんな感情は全くないが、一応男と女だし隣同士はまずいとせめて真ん中に荷物を置く取り決めをし、なんの問題もなかったのに…何故か寝る時。
荷物の代わりに、ボスがいた。しかもこっちを見ていた。
見ないでと言っても、やめてくれなかった。
そして朝起きたら水魔法で濡らした布で顔を拭かれる。あまりにも手付きが優しいので、一瞬お母さんがいるのかと錯覚しちょっとうるっときたのは誰にも言えない。
私が着替える時は団長を担いで出て行く紳士さを見せてくれるものの、合図もしていないのに着替え終わると同時に戻ってくるので怖かったりする。何故わかる。
食事の時も食べさせようとしてくるのを全力で遠慮すれば、着いて来た群れのメス達からの突き刺さるような視線に毎度冷や汗が流れ出る始末。
ならばここから離れようとパトロールに行けば、当然着いて来るしすぐに捕まり肩に乗せられる。勿論この時もメス達はガン見だし、なんなら歯軋りまでしてくる。
じゃあ無駄に動かずジッとしていればいいじゃないと野営地にいれば、問答無用で腕立てをする背中に乗せられた。ボスの隣で同じく腕立てをしていた団長の羨ましそうな顔は、気のせいだと思いたかった。
そんな一日に疲れ果てやっと寝ようとテントへ戻れば、二頭のゴリ…おっといけない。既にイビキをかき熟睡の団長に、当然真ん中にはボス。
ー…これが、三日続いた。
説得はしたが耳を塞ぐので早々に諦めた。メス達のせいで何度か命の危機を感じたが、ボスの近くにいた方がむしろ安全だったかもしれないから結果オーライとする。うん、深く考えちゃいけない。
愛が重たいとか、気にしない方がいいに決まってる。
そんなこんなで殺気立ったメス達のおかげもあって、魔獣に出会う事もなく、再び敵兵に襲われる事もなく。
私達は他の部隊よりもだいぶ早くブロッグモーリアに着いたのだった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「見事に砂漠ですね…岩があるのは助かりますけど」
現在数人ずつに分かれ大きな岩に身を隠している。ボスの群れもやや離れた場所に分散しているが、岩に張り付きジッとするその姿は隠密かと言いたいくらい完璧だった。人間のように統率が取れ過ぎててビビる。
しゃがみ、地図を広げるアイーダさん。私と団長、ボスでそれを覗き込む。…なんでいるのかは今更だよね、ボス。
今回私達がしなければいけないのは、鉱石と檻の破壊。残っている重鎮の確保。そして、
捕らえられた、従魔達の解放。
他の部隊が到着次第すぐに突撃が決まっている。残っている国民は少ないのと、どのみち現国王派らしいので遠慮は無用との事だ。
「奴等の戦力は今、リングラングリンへ向いている。大した抵抗も出来ないだろう…が、決して油断はするな。何が起こるかわからないのが戦争だ」
主に私に向けられた言葉に黙って頷く。勿論油断なんてするつもりはないし、遠慮だってしない。特にモモを吹っ飛ばした奴。
辺りを見渡しても見張りがいない事から、本当に人は少ないのだろう。…それにしたって極端過ぎるけど。従魔を奪ったからといって安心しすぎじゃないだろうか。
「事前に密偵を送り込んでいてな、情報は完璧だ。まず…お前達の従魔は、このあたりだ。大量の檻に、様々な魔獣が捕らえられている。搬送の用意がされている事から、戦いの終盤に解き放つつもりだろう」
「さすがはユナイシアムル、密偵まで使ってくれたのか!全力だな!」
「当然だ。此度の奴等の行いは、我々を貶したのと変わらん。全力で潰して来いと王からも念を押されている。…そして、蓄えている鉱石は…城内の、ここだな」
もう一枚出てきた紙は城内の見取り図で、かなり詳しく書き込まれていた。危険だっただろうに…優秀な密偵なのだろう、もし会えたならお礼を言いたい。
そしてここまで事前情報があるなんて、頼もしい限りである。
国の守りは騎士団が。攻撃には魔法師団がいるし、ユナイシアムルの兵もいる。そちらの心配はしなくて良い分、私も変に気負わずモモに集中出来る。
勿論緊張はしているが、モモが待っているのかと思うと…早く行かなきゃいけないという焦りもあり、可能ならば叫びたかった。すごくもどかしい。
「極力無用な戦闘を避けたいのが本音だが…そうもいかんだろう。見つかった直後迎撃してくるだろうし、城の奴等は逃げるかもしれん」
「大丈夫だ、絶対逃がさん。なんせ俺がいるんだからな!」
「…そうだな。私も城へ向かうし、逃げ場などないと思い知らせてやろう」
アイーダさんの気迫にビビりついボスの腕を掴めば、そっと手を握り返された。あ、やっちまった…!でも仕方ないじゃないか、何故かアイーダさん怖いんだよ…!美人だから迫力あるだけかもしれないけど!
それでもやっぱり手を繋いでいるのはおかしいので離そうとするのだが、より体を密着させてきたので諦めた。うん…ありがとう、ボス…心強いよ…。
抵抗すると余計にくっついてくるのは、この数日で学習済みであった。
「実はな、サシャ。お前に頼みがー…、……相変わらず仲が良いな」
「違うんです。誤解なんです」
「そんなにくっついて何を今更。いや、そうじゃない…やめろ話が逸れるだろうが!」
何故か私が怒られ眉が下がる。悪いのは私じゃないのに…指摘しちゃいけないとこを指摘したアイーダさんなのに。貴女の仲間はボスが仲間に加わった日から誰一人として目すら合わせてくれないんですよ。
「頼みが、あるんだ。…ルルガドルル達と一緒に…囮になってくれないか?」
へ、と間抜けな声が出た。
囮?私が?…ゴリラの群れと?
何を言ってるんだと団長を見るも、あまりにも真剣な表情に何も言えなかった。…冗談じゃ、ないのか。
そうかぁ…私が囮、かぁ…
「…その方が、モモが助かる確率が上がるなら」
「勿論だ。檻を守っているのは、魔法を使える者達でな」
アイーダさん曰く、檻を盾にすれば魔法を防げるし、陰に隠れ遠方から攻撃も出来る。近付かれても檻から魔獣を出せばいいだけなので、普通の騎士ではなく魔法兵が配置されているそうだ。
そして魔法を扱う者ならルルガドルルを見たら、まず逃げるだろうと。
「魔法でも肉弾戦でも、そこらの奴じゃ相手にならんからな。絶対に…逃げる。我々でもこの数の群れに襲われたら確実に距離は取る」
この群れ、と視線を投げる先には二十四頭のゴリラが。…多分誰でも逃げると思うけど。
「ボスと群れで見張りを追い回せば、残っている戦力はお前達を鎮圧しようと向かうだろう。その隙に我々は魔獣達を保護し、城の連中を捕縛する」
ゴリラ部隊が正面から、他三部隊は三方向から。文字通り四方から攻めるという。
納得出来るし最も効率の良い作戦だとは思う。ただ、一つだけ言いたい。
「…それ…私がいる意味、あります?」
「何を言う、ボスはお前に着いて来るだろう?そして群れはボスに、」
「ごめんなさい、わかりました。囮、やります」
私に続くボスとゴリラの群れを想像し、諦めた。めっちゃ私いなきゃダメじゃん。意味あったわ。
どうしてこうなったのだろうと隣のボスを見上げれば、何も心配するなと言わんばかりに器用にもウインクしてみせた。…守ってはくれるだろうな、今日までの様子だったら。
私達が囮になれば、モモ達の檻が盾にされる事はない。敵も檻から離れるし、怪我をするリスクが減る。
ならば、やるしかない。
本当は私が直接モモを助けたいが、特殊な技術がいるという檻の破壊は出来なさそうだし…一刻も早く出してあげたいから。我が儘は言えない。
改めて了承し、空いている片手で背中の弓を確認する。ほとんど練習していない短剣も一応腰にあるし、魔力も…うん、大丈夫だ。ちゃんと使える。
いくらボスや群れがいようと、私も戦わなきゃいけない。やらなきゃ殺られる、殺られたくなかったら先にやれー…そう団長にも教わってきた。ちなみにやる方法はなんでも良いとも。
気合いを入れる為立ち上がり、砂の向こうにある城壁を睨む。それと同時にアイーダさんが足に魔力を込めた。
「ニ部隊が到着した。我々も移動するぞ、ガイリス」
「おう!…サシャ、ボス!なるべく早くぶっ飛ばしてくる!無理はするなよ!」
「…はい!団長も、お気をつけて!」
移動しはじめた旅の仲間達の背を見送っていれば、すぐにボスの肩に乗せられた。あぁ、うん…最早定位置。何も言うまい。
「…みんな怪我しないように!安全第一!でもっ!敵は逃がさないように!」
周りに触発されていたのか、興奮しながらも私の掛け声に返事をしてくれたゴリラ達に微妙な表情になる。嬉しいけど、なんか…私がトップみたいで、人としてちょっとなぁ…。
「行こう…ボス。けちょんけちょんに追い回すよ!」
「ウホホッ!」
いよいよ開戦である。モモ、あと少しで会えるよ!待たせてごめんねっ…!




