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6-8 黒の女神

 菖蒲、天鈿女、天目一箇神あめのまひとつのかみ、そして天照の一行は、施設の正面入り口にいた。潜入できるか確認してみたが、「閉鎖中」と書かれた看板が立っていて、ガラス扉は開く気配がなかった。


「閉鎖中? 今は…夜の二十時ってとこよ。締め出すには早いわね?」

「興味深い記事があるわよ」


 天鈿女がつぶやくと同時に、菖蒲が暗がりの中でスマホをかざした。


「ここ、三か月前に閉鎖されてるわ」

「じゃあもう稼働してないってこと? でも……確かにトラックはここにきたわ」

「『経営難に加え、社員の時間外労働による酷使、加えて管理過失による傷害事故』……業務停止命令が勧告されているみたい。その施設長の名前が……『灰原和馬』って書いてあるわ」

「ますます、この先にいるという確信に至りました」


 天照がそう告げ、別の入り口はないかと再び歩き始めた。回り込むと非常用らしき小さなドアがあり、試しにそのノブをひねると、すんなり開いた。


「開きました」

「閉鎖以来、放置されているのかしら」


 あたりを警戒しながら、正面エントランスをゆっくりと潜り抜ける。一同は再び中を進んでいく。どこもかしこも薄暗く、非常灯用の灯りでかろうじて通路の構造が確認できる。

 灯りに導かれるように通路を進んでいくと、少し広めの空間に出た。天井が高く、ワイヤーフックが垂れ下がり、ところどころ、金属製のラックが点在している。

 一同はゆっくりと奥へと進んだ。相変わらず薄暗く、壁までの距離もつかみづらい。


「廃材を仕分けする部屋のようにみえるわ」

「不気味ね……」


 一歩踏み出すたびに、コツリ、と足音が反響する。

 ふと、天目一箇神あめのまひとつのかみが立ち止まり、そのすぐ後ろを歩いていた菖蒲が背中にぶつかった。


「ちょっと、何してんのよ!?」

「……気配ヲ感ジル」

「え?」


 次の瞬間、天照のつま先わずか数センチ先の床に、長い針のようなものがささった。


「これは」


 一同はどこから攻撃を受けたかわからず、慌ててきょろきょろと見回す。すると、部屋全体に女性の声が響き渡った。


「まさか……ここを突き止めるとはね」


 暗闇の中で、わずかに異なる黒い影が、うごめいているようにもみえる。


「どこみてるの? ふふ」

「!?」


 一同が上を見上げると、いつのまにか金属のラックの一番上の段に、その声の主は立っていた。

 黒い装束を羽織った女性。そこに白い顔だけが浮かび上がっている。


「あなたはまさか……素戔嗚の言っていた女神」

「私の名は金山姫神かなやまひめのかみ。まさかとは思っていたけれど、尾行されていたのかしら……? 私たちを見つけたことは、素直にほめてあげる」

「あんたが玲仁を誘拐した一味ね。どこにいるか白状しなさいよ」

「愚かね。私が素直に喋るとでも?」

「玲仁様を返してください」


 天照が金山姫神をにらみつける。


「ふうん、彼を追ってこれだけの女共がやってくるなんて、みかけによらず案外いい男なのかしら? こんなことならもって弄んでやればよかったわ、うふふ」


 金山姫神かなやまひめのかみは、多勢を前にしても身じろぎせず、不適な笑みを浮かべている。よっぽど自分の力に自信があるのだろう。


「あなた達の亡骸を差し出したら、彼、泣いて喜んでくれるかしら?」


 その言葉に、一同に緊張が走る。

 次の瞬間、金山姫神かなやまひめのかみは、天目一箇神あまめのひとつのかみの正面に立っていた。


「ウォ?」


 驚いた天目一箇神あまめのひとつのかみが慌てて腕で振り払う。が、その拳は空を切っただけで、金山姫神の姿はもうそこにはなかった。


「ふふ、こっちよ。()()()()()


 背後から声がして、天目一箇神あまめのひとつのかみが振り向きざまに拳を突き出したが、当てずっぽうの攻撃は当たる気配すらなかった。次々としかける攻撃を彼女は軽やかにかわし、やがて飽きたかのように、ひらりと後ろに宙返りすると、ため息をつく。


「はあ……どうしてこう男は脳みそが筋肉でできた単細胞ばかりなのかしら。兄もそう、加具土命かぐつちもそう……本当うんざりするわ」


 菖蒲がヤオヨロズを通じて天目一箇神あまめのひとつのかみに語りかける。


「司ちゃん、冷静になりなさい。あいつは接近戦しか仕掛けてこないと思ってるわ。あれを――仕掛けるのよ」

「……ワカッタ」


 天目一箇神あまめのひとつのかみは菖蒲の言わんとするところはちゃんと心得ているようだった。一瞬のチャンスも逃すまいと、金山姫神かなやまひめのかみを凝視する。


「何? ジロジロみないでくれる?」


 そういって、天目一箇神あまめのひとつのかみと目が合ったその瞬間、彼は目を見開く。


発動技能アクティブスキル憑眼ひょうがん


 天目一箇神あまめのひとつのかみの片目がきらりと光った――次の瞬間。なんと長細い針が、天目一箇神の瞳に突き立っていた。


「――司!?」」

「グォオオオッ」


 目を凝らしていた天目一箇神あまめのひとつのかみにすら見えていなかった。早業だった。

 いずれにしろ、致命傷を受け、気を失いながら倒れる天目一箇神にはそれを思い返す余地すらなかった。


「あまりにキモすぎたからつい投げちゃったわ。美しいのはわかえるけど、これ以上はタダでは見させられないわ、ごめんなさい」


 天照には彼女がその針の軌道は愚か、投げた動きすらみえなかった。


「安心して。全員、すぐに同じ目に合わせてあげる」


 その一連の所作は、天鈿女からみて、相手を強敵と理解するには十分だった。彼女は力強さこそないが、それを上回る動きの早さと正確さを持っている。そしておそらく――この中で彼女の動きについていけるのは、私だけだ。そう彼女は既に確信した。


 天鈿女が天照に近づき、ささやく。


「天照、あなたは先に玲仁を探しにいって」

「なぜですか? 私も戦います」

「あの身のこなし見たでしょう? 多勢に無勢でどうにかなる相手じゃないわ。でも私ならまだあの動きについていける。本音を言うなら――守る者が少ない方が、私は心置きなく戦えるわ」


 天鈿女が菖蒲にちらりと目をやる。なるほど、と天照は思った。確かに天照と菖蒲の二人をかばいながら戦うとなると、あまり良い状況ではない。勝てるものも勝てなくなってくるだろう。

 菖蒲もヤオヨロズを通して天鈿女の意向をきいたようで、天照にむかってうなずく。


「天鈿女、菖蒲さん――ありがとうございます。必ず助けだします」


 すぐさま、天照は駆け出した。金山姫神かなやまひめのかみが攻撃しようと構えたが、その前に天鈿女がひらりと舞い、蹴りを浴びせようとする。金山姫神は避けながら、苛立ちながらにらみつける。


「あなたの相手は私よ」


 金山姫神はすぐにまた不敵な笑みを浮かべ、吐き捨てるように言う。


「なるほど。召使いはご主人様の下へ……ってことね。いいわ。それなら私も、受けて立ってあげる。女同士の一騎打ちと行こうかしら」


 すると、金山姫神はひらりと後ろに宙返りし、一度天鈿女と距離をとった。そのまま倒れた天目一箇神あめのまひとつのかみの上に飛び乗った彼女は、両腕を左右に開き、覆っていたマントを広げた。

 露になった全身は黒いボンテージ風のボディスーツに身を包んでいた。タイトな衣装におさまりきらない豊満なバストとヒップが満ち溢れる彼女の自信を表しているかのようだ。

 さらにその黒いマントの裏側は、なんと無数の赤黒く輝き、長針が、垂れ下がっていた。おそらく先ほど天目一箇神あめのまひとつのかみを仕留めた凶器に違いない。


「どう、見惚れでしょう?」

「……下品ね。本当の女の色気とは何かをはき違えてるんじゃないかしら?」


 天鈿女が金山姫神かなやまひめのかみを一瞥し、言い放つ。


「貴様……死ねッ!」


 金山姫神かなやまひめのかみが鬼のような形相へと豹変し、飛び上がる。上空で素早い動作で針を投げつけた。だが天鈿女は横に飛び、攻撃をかわす。

 なおも軽やかに壁や天井へと飛び移りながら、次々と金山姫神は針を投げつけたが、天鈿女は薄暗いにも関わらず、それを華麗にかわし続ける。


「この速さについてこれるなんてやるじゃない」


 実際、彼女の針を見てかわすことは不可能に近い。天鈿女は金山姫神の動作そのものを目で見て、その軌道を予測しながらかわしていた。でなければ、見てから動き出すでは到底間に合わない。


 菖蒲はたまらず物陰に隠れ、戦況を見守っていた。


「お姉ちゃん、やるう!」


 菖蒲はヤオヨロズを通して天鈿女に語り掛ける。


「ええ。でもこれ以上距離をとられると動きが見えなくなる。その前に――仕掛ける」


 それまで避けに徹していた天鈿女が咄嗟に方向を変え、金山姫神に向かっていく。それを見て金山姫神は高らかと叫んだ。


「ふ、じれたか。思うツボよ」


 そう言いながら金山姫神が長針を投げつけた。長針が天鈿女の脳天めがけ一直線に飛んでいくが、当たる寸前のところで無残にも弾かれ、宙を舞う。


「何ッ!?」


 天鈿女の手には、十センチほどの長さの扇が握られていた。


「何も手を仕込んでいるのはあなただけじゃないわ」


 勢いのままに距離をつめ、金山姫神かなやまひめのかみを射程にとらえ、扇を振り払う。寸分のところで避けられたものの、金山姫神の頬をかすめた。たらりと傷から血がたれる。


「お姉ちゃん、いつの間に武器なんて仕込むようになったの?」

「ふふ。私もいつまでも今のままじゃいられないわ」


 天鈿女は扇を構え、広げた。わずかな光を受け鈍く光る。それは扇でありながらも頑丈さと切れ味を備えた、戦闘用に特別にしつらえたものだと見てとれる。


「私の顔に傷をつけるなんて……マジで許さないわこのアマァ!」

「ふふ、その方が似合ってるわよ?」


 再び、金山姫神が後ろに飛びながら長針を投げる。だが、さらに天鈿女かそれらを弾きながら、近づく。その動きは当てどころを見切ることが難しいのか、金山姫神は大きく距離を取り、何とか対応しようとした。が、天鈿女は淡々と攻撃を見切ってはたき落とし、再び距離を詰める。


 気が付くと、金山姫神は部屋の隅に追い込まれていた。


「これで終わりよ」


 天鈿女が体を空中で捻りながら、金山姫神の真上に飛びかかり、扇を振り下ろした。

 だが追い詰められたはずの金山姫神は、天鈿女の予想に反し、不敵な笑みを浮かべていた。


「!?」


 天鈿女の姿勢が、空中で不意に崩れる。制御を失った飛行機のように、床へと叩きつけられた。


「な、何が起きたの」


 天鈿女はなんとか姿勢を正し、なんとか致命傷は免れた。


「お姉ちゃん、後ろ!」


 天鈿女が振り向くと同時に、背後から金山姫神がしがみついていた。もがいて離れようとするが、なぜか体がはがれるどころか、増々密着していく。


「逃げてると思った? 残念……逆よ」


 次の瞬間、金山姫神かなやまひめのかみが、天鈿女の首筋へと噛みついた。


 ズビズボッ、ギヒッ、ギャヒッ――


 何かをすするような音と笑い声が入り混じったような不穏な音があたりに響き渡る。


「あ……あああ……」

「お姉ちゃんっ!」


 噛みつかれた天鈿女の首筋から血が滲み出る。それだけではない。噛みついた首筋から、黒い塊のようなものが、傷口から引きずり出されている。その黒い塊は、金山姫神で口元で少しずつ寄り集まり、やがて一本の細い針状の物体へと形作られていく。

 一方で、まるで生気を失った天鈿女は――無残に床へと突っ伏した。

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