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4-6 望まぬ客

 次の日。

 時刻が十八時をまわると、『フィッテ・デ・ラ・フォーレ』の店内は早くも活気づき始めていた。初老の夫婦や、若いカップルまで。誰もがどことなく品のある雰囲気の客ばかりだ。ただでさえ席も多くないホール内は、あっという間に客で埋め尽くされた。

 そしてそんな素敵な空間に似つかわしくない、とある二人組がふらりとやってきた。悪目立ちする銀のスーツの男と、背の低い黒革で全身を包んだ少年だ。


「今日もいいにおいだぜ、兄貴」


 そう言い放ったのは、背の低い少年の方だった。百四十センチ台と推定できるほど小柄で、金、緑、赤とカラフルに染まった髪が突き立っている。耳と鼻には複数個のピアスが入っており、タイトな黒のジャケットとパンツを身に纏う姿は、まるでパンクなミュージシャンのようだ。


「うーむ。何度来てもそそられる匂いだな」


 そう言い放ったもう一人の背の高い銀スーツの男は、サングラスをとると大きく深呼吸し、満足げな笑みを浮かべた。こちらは風貌からして年齢は四十後半と思われる。切れ長の目にオールバックの髪、高い鼻に長い手足。連れの少年とは対称的に狡猾な雰囲気だ。

 その一連の様子を、ホールの奥の扉の隙間からオーナーの俵、玲仁、天照がのぞきこみ、様子をうかがっていた。素戔嗚は偵察に興味はないらしく、厨房の奥で退屈そうに壁によりかかっている。目の前のシェフたちは狭苦しそうに、日常の業務をひたすらこなし、せえわしなく行き来していた。


「……今さらですけど、あの二人ってまさかコッチ系の人たちじゃないですよね?」


 玲仁は小声で俵に尋ねる。


「どこかの組に所属しているとか、そういう話は直接聞いたことはないですが……」


 正直、怖さしか感じない。

 だが、今さら後悔してももう後戻りはできない。戦うのはあくまで素戔嗚――そうだ。大丈夫だ。玲仁は必死で自分に言い聞かせる。


 二人はウェイターに連れられるがままに、今のところは騒ぎを起こしそうな様子はなく、憮然とした態度で歩き進んだ。


「いずれにしろ今ここではうかつに手出しはできませんね」

「はいなんとか一通りの料理を出して、なるべく客もスタッフもひととおり履けた後にこちらに誘い込めればと」


 やがて玲仁の耳に、ウェイターに絡む毒島たちの会話が飛び込んでくる。


「おい、あっちの席の方が広くねえか? こっちと交換させろよ」

「すみません、あちらは既にお客様がおりますので……」

「んだと?」

「まあまあ金山……そう彼を困らせるんじゃないよ。まずは料理を頂こうじゃないか。腹が減っては、何事も始まらんからね……」


 毒島の優しげな台詞から、玲仁はかえって不気味さを感じた。

 それから三十分、表面的には何事もなく、しばらくどの客も平和に料理を楽しむ光景が続いた。毒島も金山も、食事の最中は不審な動きをみせず、料理が運ばれるたびに満足そうに一皿一皿をたいらげているようだった。玲仁たちは、昨日の美味を思い出しつつもただただその時を待った。


 全ての料理が出そろい、二十時をまわったところで、毒島は口周りを丁寧にハンカチでふきながら、ウェイターを呼びつけた。


「いやあ、今日もおいしかったよ。ぜひオーナーの俵さんに、直接お礼を述べさせていただきたいね」


 ついに来た。まさかむこうから絡んでくるとは、またとないチャンスだ。玲仁たちの間に緊張が走る。

 ウェイターがかしこまりました、といって奥へ消えていく。


 料理の配膳もほとんど終わり、シェフたちは俵の指示により既に厨房からは退避していた。

 扉のそばでは俵が、いよいよか、と覚悟を決めつつも、足はぶるぶると震えていた。やはりいざ対決となると緊張感が高まるのだろう。


「俵さん、心配はご無用です。何かあったら玲仁様がなんとかしますから」


 天照が小さくガッツポーズをした。俵さんは勇気づけられたのか、ありがとう、と笑みを浮かべる。その陰で玲仁は小さくため息をついていたことは言うまでもない。


「では……行って参ります」


 ついに俵さんが厨房を出て、二人の前に出向く。


「今日の料理はお口に……あいましたでしょうか」

「いやあ、ここはいつ来ても素晴らしいよ。やはり素材が違うねえ……そう思わないか、金山?」

「はい、間違いないっす。違いますね、素材が」


 毒島の物言いは明らかにわざとだ。俵の反応などもとより気にしていない様子で、毒島は間髪いれず、本題へと移る。


「さてと――せっかくだから、挨拶させてほしいねえ……()()()にも。いるんだろう?」

「……」

「しらばっくれるのかい? この食品の鮮度を管理している彼だよ。なんていったけな――保食神うけもちのかみだっけ? いやあ不思議な名前だよねえ。不思議なのは名前だけじゃないか。いかんせん、腹の中に食材をためているっていうぐらいだからね。すごいよねえ! まるで……手品だ。ねえそう思わんかね金山」

「間違いないっすよ兄貴。手品ですね」

「……あまり大きな声を出さないでもらえますか? 他のお客様もいますので……」

「ああん!? 何か文句あんのかよ。それとも何か聞かれたら困ることでもあんのかあ?」


 金山が突然大きな声をあげた。俵はすっかりびくついて怯えている。


「まあまあ。そこまでにしてやれ」

「……ここはお客様がおりますので、せめて奥でお話しさせていただけないでしょうか」


 俵が厨房の方を指した。すると毒島が不敵な笑みを浮かべる。


「いいだろう」


 毒島が応じる。厨房の玲仁たちに緊張が走る。


「来る……」


 玲仁が小さく告げる。こちらの目論見通りの流れだ。


 毒島と金山が厨房へと足を踏み入れると、中はがらんとしていて、シェフたちの姿はなかった。そこに保食神うけもちのかみが一人で立っていた。

 俵が保食神うけもちのかみの横まできたところで、振り向き、金山と毒島に言い放った。


「……もう、終わりにさせてください」

「なんだって?」


 金山が苛立った声を上げると、保食神うけもちのかみもびくりと背筋を凍らせる。彼も元来脅しには弱いタイプなのだろう。だが、二人とも必死でこらえ、言葉を続ける。


「もうこれ以上渡すお金もありません。こんなことはもう、やめていただけないでしょうか」


 俵は精一杯、言葉を振り絞る。するとそれまで温厚な表情だった毒島の目つき変わった。一歩前に出ると、低い声を発した。


「もしかしてご自分の立場を良くわかってらっしゃらないんですかね……?」

「てめえの証拠がバラされらたら、この店は終わりだぜぇ!?」


 金山が再び声を荒げる。びくっ、と保食神が俵の背後で大きな体を小さく縮める。


「はい……私はこれまでウッチャンや、他のスタッフ、ひいてはこのレストランの料理を食べに来てくれる人々の楽しみを守るためにあなた達に屈してきました。しかしこのままの状態ではいずれにせよ、この店は長くは持ちません。だから今日……この関係に終止符を打たせてもらいます」

「ほう…… まさかこの俺に諦めさせようとでも?」

「その通りですよ」


 それは今まで聞いていたものとは明らかに別の、はっきりとした女性の声だった。毒島と金山は慌てて、周囲を見渡す。


「こちらです、小悪党達」


 その声と同時に部屋の奥から、使命感に燃える天照、痺れを切らした素戔嗚、そして及び腰の玲仁がこそこそと出てきた。


「誰だ……てめえら」


 金山が手前に立つ素戔嗚を睨みつける。毒島が不快さを滲ませて、俵を問いただす。


「俵さん……いけませんなあ……そういう邪な考えは……このクソが」


 ついに、毒島が本性を現した。玲仁はおそるおそる、その瞳の奥からは殺気が満ち溢れていて、とても常人の表情とは思えない。こんな大人を相手にまともに渡り合えるのだろうか。玲仁はますます不安になる。

 だがそんな玲仁の心境もつゆ知らず、素戔嗚は勝気な視線を相手に向けている。金山もバチバチとにらみ返してくる。


「喜べチビ。相手にしてやるぞ」

「……てめぇ」

「なんだチビ」

「兄貴……いいんだよな?」

「もちろんだ。思う存分やってしまえ、金山」

「わかりやした」


 金山がすっと一歩、前に出る。

 ついに戦いが始まる。玲仁は覚悟を決めるほかなかった。

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