九話 疑念
数日後——
日曜日の朝、進藤が家にいると、チャイムが鳴った。
モニターを見ると、そこには蓮と一人の少女が映っていた。
少女は蓮の隣で、少し緊張したように立っていた。
蓮が話していた少女だろう。
進藤はドアを開けると、二人を中に招き入れた。
ソファに案内された二人は、少し緊張気味に並んで座った。
進藤は冷蔵庫から三本のペットボトルを持ってきてテーブルに置いた。
「……いや、高校生が何を飲むか分からなくて、その……いろいろ買ってしまった。コップ持ってくるから好きなの飲んで」
進藤は少し恥ずかしそうに笑った。
テーブルの上には、オレンジジュースとコーラ、緑茶のペットボトルが置かれていた。
「初めまして、栄和出版社でライターをしています、進藤です」
進藤は葵に名刺を差し出し、テーブルの横の床に腰を下ろした。
「初めまして、……えっと、水沢 葵です」
葵はぎこちなく言った。
「ここに来てくれたってことは、記事の件、OKしてくれたってことでいいんだよね?」
「……あっ、はい。……蓮くんから進藤先生は信頼できる人だって聞いて……」
葵は小さな声で答えた。
「いや、だから先生じゃないよ。ただのライター」
進藤は苦笑いした。
「じゃあ、記録のために今から話してくれること録音してもいいかな?」
葵は黙って頷いた。
「それじゃあ、お願いします」
進藤はそう言うと、録音ボタンを押した。
葵は病院で目が覚めてからのことや、過去の記憶が思い出せないこと、火事のような光景が頭に浮かんだことなど、これまでに自分の身に起きたことを一通り話した。
「……話してくれて、ありがとう。じゃあ、ご家族について少し聞いてもいいかな?」
葵の話を聞き終わると、進藤が質問した。
「はい」
「今、一緒に暮らしているご家族は何人かな?」
「父と母の二人です」
葵はそう答えた。
「兄弟はいないんだね? じゃあ、お父さんとお母さんは、葵さんの記憶について、今までに何か話してくれた?」
「……ううん。事故のこととか、私の記憶については聞いても、あまり話してくれないんです」
葵はそう答えてから、少し考えるように俯いた。
「でも、二人とも優しくしてくれています。私が記憶をなくしてからも、ずっと支えてくれて……」
そう話しながら、葵は少しだけ笑った。
でも、その笑顔はどこかぎこちなかった。家族のことを話しているのに、なぜか胸の奥に小さな違和感が残った。
それが何なのか、葵にも分からなかった。
「なるほど、ありがとう。それで、交通事故と火事のこと、自分たちで調べたけど、何も見つからなかったって、蓮くんから聞いたよ。俺の方でも一度調べてみるよ」
「ありがとうございます」
葵と蓮の声が重なった。
蓮と葵が帰ったあと、進藤は手始めに自宅のパソコンで葵の事故に関する記事を探した。
しかし、いくら探しても蓮の言った通り、何も出てはこなかった。
「ふーっ、やっぱりないか……」
進藤はオレンジジュースを一口飲み、呟いた。
続けて火事についても探してみたが、結果は同じだった。
「会社のデータベースなら、ネットに出ていない記事があるかもしれないな……」
進藤は画面から目を離すと、しばらく天井を見つめた。
翌日——
進藤は出勤すると、早速パソコンで社内のデータベースを開いた。
そこには、過去の新聞記事や雑誌記事が収録されていた。
長い時間画面を見続けていたが、やはり、それらしい記事は見つからなかった。
「うーん……」
進藤は、椅子の背にもたれて大きく伸びをした。
「でも、何で何も出てこないんだ?……本当に交通事故や火事があったのか?」
「おっ、なんかいいネタあったのか?」
後ろから坂口が声をかけてきた。
「……一つ、気になることがありまして。事故で記憶を失った少女がいるんですが……どうも、その子の過去に何か隠されている気がしまして」
「ほう、記憶を失った少女ね。記事のネタとしては興味深いな。調べてみて、記事にできそうなら原稿を上げてよ」
坂口は進藤の肩をポンとたたいた。
「……はい、分かりました」
「……しかし、どうするかな」
坂口がその場を離れると、独り言を呟いた。
「今ある情報だけじゃ無理か……」
(やっぱり、葵さんのご両親に話を聞くしかないかな……)
進藤は携帯を手に取ると、蓮に電話をかけた。
「あ、蓮。……悪い、あれから色々探してみたんだけど、記事は見つけられなかったよ。それで、葵さんのご両親に会うことができないか、彼女に確認してもらえないかな?」
蓮からOKをもらうと、進藤は電話を切った。




