十話 接触
葵が進藤に相談をした、その週末——
土曜日の昼過ぎ、進藤は約束の時間より少し早めに、待ち合わせをした公園に向かった。
公園に着くと、蓮と葵はベンチに座って待っていた。
「こんにちは。葵ちゃんと友達の森川 美咲です」
進藤が近づくと、葵の隣に座っていた女の子が立ち上がってあいさつをした。
「初めまして、ライターの進藤です」
進藤は軽く頭を下げた。
「あの、……実は今日、進藤先生が家に来ること、両親には話していなくて……。断られるかも」
葵は沈んだ顔で言った。
「大丈夫。断られるかもしれないけれど、一度会っておきたいんだ」
そう言うと、進藤たちは葵に案内され、家へと向かった。
「ただいま」
葵はリビングのドアを開けて入ると中に声をかけた。
「お邪魔します」
葵に続いて、蓮と美咲が中へと入った。
「あら、美咲ちゃんと蓮くん? いらっしゃい」
キッチンから葵の母の嬉しそうな声がした。
「失礼します」
次の瞬間、進藤を見た葵の母の顔が強張った。
「……どちら様でしょうか?」
さっきとは違い、少し強めの口調だった。
「栄和出版社でライターをしております、進藤と申します」
名刺を差し出しながら、進藤が言った。
「……」
「実は、葵さんから依頼を受けまして、その……交通事故のことで、お話をお聞きしたくて」
「……葵から?」
母親は葵のほうを見た。
葵は黙って頷いた。
「……どうぞ」
葵の母に促され、進藤たち三人はソファに並んで座った。
葵はその横の一人掛けの椅子に座った。
しばらく待っていると、葵の父親がリビングに入って来た。
眼鏡を掛けた、穏やかな印象の男性だった。
父親は無言のまま、進藤たちの向かいにある椅子に腰を下ろした。
葵の母はお茶をテーブルに置くと、父親の隣に座った。
「改めまして。栄和出版社でライターをしております、進藤と申します」
そう言いながら、進藤は名刺を葵の父に差し出した。
しかし、受け取ってもらえず、テーブルに置いた。
「葵さんから、自分が遭遇した交通事故のことが知りたいと依頼を受けまして。事故のことを教えてもらえませんか?」
「……」
葵の両親は黙ったままだった。
進藤は二人の様子を見ながら、言葉を続けた。
「ではまず、葵さんからは、中学三年の冬に事故に遭われたとお聞きしています。しかし、いくら調べても事故の記事が見つからないんです。葵さんが事故に遭われたのはいつですか? 」
「……」
進藤はしばらく二人の返事を待った。
しかし、葵の両親は何も答えなかった。
「では、事故に遭われた場所はどこでしょうか?」
葵の両親は進藤の問いに答えることなく、黙ったままだった。
「……本当に交通事故だったのですか?」
葵の母の顔から、さっと血の気が引いた。
「じ、事故です。交通事故です。場所はここじゃありません!だから調べても何も出てこないんです!」
葵の母が強い口調で答えた。
「では、場所はどこだったのですか?」
「そ、それは……、言いたくありません」
進藤はしばらく母親の顔を見つめた。
「……分かりました。では、火事についてはどうですか?」
「火事?」
そう言った葵の母の顔は、ひどく動揺して見えた。
「えぇ。葵さんが以前、火事のような光景が頭に浮かんできたと話していました。事故と何か関係があるのでしょうか?」
「……何も話すことはない!」
それまで黙っていた葵の父が突然立ち上がり、そのまま部屋を出て行こうとした。
「待ってください! 葵さんは、自分に記憶障害があることで、また何かを忘れてしまうんじゃないかと不安を感じています。ここにいる友達のことまで、いつか忘れてしまうんじゃないかって」
「……」
進藤は一度言葉を切り、葵の表情を見つめた。
「つらいことかもしれませんが、葵さんは自分の過去と向き合いたいと思っているんです。だから教えていただけませんか」
葵は俯いたまま、しばらく黙っていた。やがて顔を上げると、両親をまっすぐ見つめた。
「もう隠さないで。私は本当のことを知りたい。たとえつらくても、自分の過去から逃げたくない」
葵の言葉を聞いた両親は、しばらく黙ったまま葵を見つめていた。




