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第二作 『残影』  作者: 如月あやめ


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8/17

八話 転換

——栄和出版社——

 

「おはようございます」

進藤は編集部に入ると、デスクに向かいながらあいさつをした。


「おはよう。進藤、新しく記事にできそうなネタは見つかったか?」

編集長の坂口が進藤の方を見た。

「すみません。ちょっと行き詰まってまして……。でも、何とか見つけます」

「了解、頼んだよ。あと、今お願いしてる原稿の方もよろしく」

坂口は軽く手を振った。

進藤は「分かりました」と返事をしてから、頭を下げた。


 パソコンの電源を入れると、進藤は少しの間、画面を見つめていた。

「はぁ……、新しい記事どうしようかな……」

小さく息を吐き、書きかけの原稿に取りかかった。


「もうお昼か」

ふと、後ろの方から誰かの声が聞こえた。

進藤も時計を見ると、いつの間にか昼休みの時間になっていた。


 昼食を簡単に済ませると、進藤は再び原稿に向かった。

しばらくして、キーボードから手を離すと、椅子の背にもたれて軽く伸びをした。

「うー、疲れた」

 デスクに置いた缶コーヒーに手を伸ばそうとした時、ふと、デスクの上に並んだ本の一冊に目が留まった。

 

『哭島』

 進藤は本を手に取るとパラパラとページをめくった。

それは、ある手記を元に進藤が書いたフィクション小説だった。

 進藤の小説『哭島』は、発売後話題となり賞を取ることができた。そして、進藤は一躍時の人となった。

 しかし受賞後、周りからの期待とは裏腹に、進藤はあの日男の部屋で見た光景が忘れられず、人の過去に踏み込むことが恐くなっていた…。


 進藤は本をデスクに戻すと、缶コーヒーを一口飲み、再び原稿を打ち始めた。

 

 ふと窓の外に目を向けると、いつの間にか夕方の光に変わっていた。

依頼されていた原稿をある程度書き上げた進藤は、ネタを探すために会社を出た。


 しばらく街中を歩き回り、本屋にも立ち寄ったあと、進藤は電車に乗った。

駅に着き改札を出ると、いつものように近くのコンビニに寄ってから家へと向かった。

 

 マンションに着くと、誰もいないエレベーターに乗り込んだ。進藤はズボンのポケットから鍵を取り出して、リングを人差し指に引っかけると、クルクルと回し始めた。

やがてエレベーターの表示が『六』になり、止まった。

 開いた扉から廊下に出ると、進藤の部屋の前に人が立っているのが見えた。


 鍵を回すのをやめて、進藤が近づいていくと、そこに立っていたのは城戸 蓮だった。

進藤は思わず笑みを浮かべた。

『哭島』を出版して間もない頃、初めてサインを求めてきた少年だ。彼は進藤と同じマンションに住んでいる。

それをきっかけに、進藤と蓮は少しずつ親しくなっていった。


「進藤先生!」

蓮は進藤に気がつくと、近づきながら嬉しそうに声をかけた。


「蓮くん、久しぶりだね。どうしたんだい?」

「実は相談したいことがあって…」

蓮は緊張気味に言った。


「相談? 分かった。……中に入って」

進藤は鍵を開け部屋に入ると、蓮をソファに案内した。

 蓮は少し遠慮するように、グレーの三人掛けのソファの端に座った。

一人暮らしの部屋には似つかわしくない大きなソファだった。しかし、ソファで眠ってしまうことのある進藤にとっては必要なサイズだ。

 

「さっき買った缶コーヒーだけど飲む?」

そう言いながら、進藤は袋から缶コーヒーを取り出し、テーブルに置いた。

そして、自分はテーブルの横の床に腰を下ろした。


「それで、相談したいことって?」

缶コーヒーを一口飲むと、蓮に話しかけた。


「……実は、同じクラスの女の子で、交通事故が原因でそれまでの記憶が思い出せない子がいるんです」

 

「同じクラスってことは高校生か……。それまでの記憶がないって、記憶喪失ってこと?」

進藤は驚いたように蓮を見た。


「はい」

蓮は頷くと、葵のことを話し始めた。

そして、自分たちでネットの記事をいろいろ調べてみたものの、何も分からなかったことを進藤に伝えた。

「それで、進藤先生の力をお借りしたいなと思って……」

 

「……悪いけど、今は仕事が立て込んでいて、ちょっと難しいかな」

人の過去に踏み込むことを躊躇(ためら)い、進藤は咄嗟にそう答えた。


「先生、そこをなんとか、お願いします」

蓮は深々と頭を下げて、お願いした。


「……先生って言うけど、俺はただのライターだよ」

進藤は少し困ったように、首の後ろを触った。

 

蓮は頭を下げたままもう一度お願いした。


 進藤はしばらく考え込んでいた。

『哭島』の取材以来、人の過去には関わらないと決めたのに。

しかし、心の奥深くでは隠された真実に強く惹きつけられる自分がいる。

 

 蓮から話を聞き、少女が遭った交通事故の裏に何か隠されている気がした。

彼女が見た夢の話や、突然頭に浮かんだ火事の映像のことも気になっていた。


「ふーっ、……分かった。でも、一つ条件がある。その記憶を失っている子のこと、過去が明らかになって記事にできそうな話なら、その時は記事にさせてほしい」


「……えっ、一度葵に聞いてみます……」

「じゃあ、OKもらえたら、その子と一緒にうちに来てよ」

蓮は少し複雑な表情をしたまま帰って行った。


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