七話 空白
翌日の放課後——
葵の家に向かう途中、蓮と美咲は、昨日調べた火事の記事には葵に関することが何も載っていなかったと話した。
「二人ともありがとう。やっぱり情報が少ないから難しいよね。私が何か思い出せればいいんだけど……ごめんね」
葵は申し訳なさそうに二人の顔を見た。
「謝らなくていいよ。葵が悪いわけじゃないんだから」
蓮がすぐに否定した。
「そうそう。それに、まだ何も分からないって決まったわけじゃないよ。葵ちゃんの家に行けば、何か見つかるかもしれないし」
美咲が明るく励ました。
「二人とも本当にありがとう」
葵は少し目を潤ませながら二人に言った。
「あと、今日二人が家に来ることなんだけど、お母さんには一緒に宿題をするって伝えてあるの」
葵は少し気まずそうに二人に視線を向けた。
「うん、OK」
美咲が答え、蓮も頷いた。
「ただいま」
葵は玄関のドアを開けて入ると、中に声をかけた。
「お邪魔します」
蓮と美咲は靴を脱ぐと、葵に続いて家の中へと入った。
「いらっしゃい」
リビングから出てきた葵の母が、二人に声をかけた。
肩まで伸びた髪と穏やかな目元が印象的で、柔らかな笑顔を浮かべていた。
「部屋で宿題してくるね」
葵はそう言うと、蓮と美咲を二階に案内した。
「あとで飲み物持って行くわね」
階段の下から葵の母の声が聞こえてきた。
葵の部屋に入ると、三人はテーブルに教科書を出して宿題をする準備をした。
少しして、ドアをノックする音が聞こえ、葵の母が麦茶を持って部屋に入ってきた。
「美咲ちゃんと蓮くんよね? いつも仲良くしてくれてありがとうね」
そう言いながら、テーブルに麦茶を置いてくれた。
蓮と美咲がお礼を言うと、
「じゃあ、ゆっくりしていってね」
と二人に声をかけてから葵の母は部屋を出て行った。
「ふー、緊張したー」
蓮が思わず呟いた。
それを聞いた葵と美咲の笑い声が部屋に響いた。
「じゃあ、部屋の中を調べてもいいかな?」
「うん、いいよ」
葵の了承を得ると、蓮と美咲は部屋の中をしばらく見て回った。
部屋には机やベッド、本棚など、必要な家具が一通り揃っていた。
壁には時計とカレンダーがあるだけで、写真やポスターなどは飾られていなかった。
美咲は部屋を見回しながら、ふとベッドに目を向けた。
ベッドの上の布団と枕には、ピンク色のカバーがかけられていた。床に置かれたクッションも同じくピンク色だった。
「葵ちゃんって、ピンク色が好きなの?」
「……私、今は水色が好きなんだけど、記憶をなくす前はピンク色が好きだったのかも……」
葵はベッドの上に置かれたピンク色の枕を見つめた。
「そう言えば、前に水族館に行った時、水色のトップス着てたよね」
「うん……」
美咲の言葉に葵は小さく頷いた。
それから美咲は、もう一度部屋の中を見回した。
置かれた家具はどれもきれいで、まだ新しいように見えた。
「ねぇ、……この部屋ってなんか少し変じゃない?」
美咲は家具を一つずつ見比べながら言った。
「えっ、変ってどこが?」
蓮が聞き返した。
「机もベッドも他の家具も全部……新しい気がするんだけど。最近買ったのかな?」
美咲は蓮を見たあと、葵に目を向けた。
「うん、引っ越すときに、前に使っていた家具が古くなったから買い替えたってお母さんが言ってたよ」
美咲の疑問に葵が答えた。
「そうなんだ……でも本棚にある本も全部新しい感じがするんだよね」
美咲が顎に手をやりながら、本棚を見つめた。
「うーん……それは私も不思議に思ってたんだよね。パラパラめくってみても、どれも読んだ感じがしないんだよね」
葵は本棚から本を一冊取り出し、ページをめくった。
蓮は二人の会話を聞きながら、しばらく部屋の中を見回していた。
「卒業アルバムや写真とかないの?」
本棚と机の上に目を向けながら、蓮が葵に尋ねた。
「アルバムとかは……引っ越しのときに、どこかになくなっちゃったみたい」
「えっ?……そうなんだ。じゃあ、この部屋の中で、葵が見覚えのある物ってあったりする?」
蓮は続けて尋ねた。
「……うーん。あ!」
葵は何かを思い出したように、低めの本棚の上に置かれた小物入れに手を伸ばした。
「これ、火事のあった日に私がつけていた髪ゴムだと思う。入院してたベッドの横の棚に置いてあったの」
「この髪ゴムには見覚えがあるの?」
蓮は受け取った髪ゴムを見つめた。
「はっきり覚えているわけじゃないんだけれど、なんか懐かしく感じるんだよね……」
「そっか、髪ゴム以外で見覚えのある物はある?」
蓮は持っていた髪ゴムを葵に返した。
葵は、部屋を見回した。
どこを見ても、自分の部屋なのに、自分のものだと思える物はなかった。
「うーん、……ないかな」
「そうなんだ……」
蓮はそう言うと、もう一度部屋を見回した。
壁にかけられた時計が、十八時五分を指しているのが目に止まった。
「そろそろ帰らないとな」
蓮と美咲は、来た時にテーブルに置いた教科書をカバンに片付けた。
「じゃあ、また明日」
葵に手を振り、蓮と美咲は帰っていった。
——蓮の家——
蓮は自分の部屋に入ると、机に向かい、宿題に取りかかった。
しばらくして、シャーペンを置き、ノートから目を離した。
椅子の背にもたれたまま、葵のことを考えていた。
「はぁー、……それにしても葵の部屋はなんか不自然だったな。見覚えのある物が髪ゴム一つだけなんて変だよな。それに、部屋にあった本はどれも新しかったし……」
蓮は自分の部屋の本棚に視線を向けた。
立ち上がると、本棚の前で立ち止まった。
本棚には、これまで読んできた本がぎっしりと並んでいた。蓮は並んだ本を順に目で追っていった。
(……!)
一冊の本が蓮の目に止まった。
『哭島 進藤 友也』
本を手に取り表紙をめくると、一枚の名刺が挟まれていた。
「先生なら力になってくれるかも……」
そう呟くと、蓮は本を本棚にそっと戻した。




