六話 迷宮
翌日の放課後——
蓮と葵は再び美咲の部屋に集まった。
「昨日、帰ってから調べたけど、十二月と一月に◯◯区で起こった交通事故の記事に、葵に関係しそうなものは見つからなかった」
「私の方もだよ。二月の記事に葵ちゃんのこと見つけられなかったよ」
蓮と美咲は申し訳なさそうに葵に話した。
「二人とも調べてくれて、ありがとう」
葵は二人を見つめながら、微笑んだ。
「もっと情報があればなぁ……」
蓮が呟いた。
「この前、水族館に行った時に寄った公園で頭に浮かんだ火事のことって、私の事故と関係してるのかな……」
葵は少し考えるように、二人の顔を見た。
「事故の時に車から火が出たのかな? ……でも、葵ちゃんに関係していそうな事故の記事は何もなかったし……やっぱり違うかな」
美咲は首を傾げた。
「……交通事故じゃなくて、本当は火事だったとか?」
蓮の言葉に、三人は顔を見合わせた。
「よし、今度は十二月〜二月の間に起こった火事の記事を探してみよう」
蓮がそう言うと、美咲と葵も頷いた。
「じゃあ、私、パソコン持ってくるね」
美咲はそう言って、部屋を出ていった。
美咲の家のノートパソコンを受け取ると、蓮は電源を入れ、美咲から聞いたパスワードを入力した。
しばらくして、デスクトップが表示されると、検索画面を開いた。
『二〇一一年十二月 東京都◯◯区 火事』
蓮の入力が終わってから、三人はパソコンの画面を覗き込んだ。
検索結果を一つずつ確認していく。
しかし、いくら探してもそれらしい記事は見つからなかった。
「あー、やっぱりだめかー」
蓮がパソコンの画面から目を離した。
葵と美咲も顔を上げ、床に座り直した。
三人とも、しばらく黙り込んでいた。
「そう言えば、水族館に行った日の夜に、また不思議な夢を見たんだよね」
葵がそう話すと、美咲は少し身を乗り出した。
「えっ、また知らないおじさんが出てきたの?」
「ううん、この前の夢に出てきた男の子の方。その子がキッチンにいて、私は後ろから『さ……何してるの?』って声をかけていたの。でもそのあと、私の声に驚いてその子は逃げてしまって」
そこまで話すと葵は蓮と美咲に視線を向けた。
「今回もその子の顔は見えなかったの?」
「……うん。はじめは後ろを向いていたし、そのあと、ササッって感じに逃げてしまったから、顔は分からないまま。……私がその子の名前を呼んでいた気がするけれど、その名前までは思い出せなくて。……でも家族みたいな気がしたんだよね」
葵はそこで言葉を止め、二人から視線を落とした。
「えっ、でも、……葵ちゃん兄弟いないよね?」
「うん。……この夢の話をお母さんにも話してみたけれど、『ゆ、夢の話でしょ? あなたに兄弟はいないわよ。ほら、夢って記憶の整理って言うじゃない。だから、テレビか何かで見た映像が出てきたんじゃない?』って言われたし」
「うーん、……誰なんだろうね。その子」
美咲が宙を見ながら呟いた。
また、しばらく三人の間に沈黙が流れた。
「あとね、その夢に続きがあって、その子がいなくなったキッチンに、薬の入った袋が置いてあったんだよね」
美咲は少し驚いたように、葵の顔を見た。
「薬?その子が飲んでいたってこと?」
「分からないけど……でも、たぶん違うと思う。薬の袋に書かれた名前が確か……『さやか』だったと思うから。『さやか』ってひらがなが見えた気がするの」
美咲は少し考えてから、葵に尋ねた。
「……さやかって女の子の名前だよね? じゃあ、夢に出てきたのって男の子じゃなくて、本当は女の子だったってこと……?」
「うーん、どうかな?……でも、はっきりとは分からないけど、男の子だっていう感じがあるから……」
葵は記憶を確かめるように、少し考え込んだ。
「さやかって名前の人に覚えはあるの?」
それまで黙っていた蓮が尋ねた。
「……ないと思う」
葵は首を横に振った。
「そっか。……夢に二回出てきた知らない子と、『さやか』と書かれた薬の袋……。葵の記憶と関係しているのか?それとも、葵のお母さんが言ってたように、どこかで見た映像が夢に出てきただけなのか……」
蓮は、美咲の部屋の壁をぼんやりと眺めながら、独り言のように呟いていた。
ふと、壁に掛かった時計が目に止まった。時計の針は十八時半を過ぎていた。
「もう、こんな時間か。そろそろ帰らないとな。……そう言えば、火事の記事、まだ十二月しか調べてなかったよな」
蓮はパソコンの画面を見つめた。
「……ごめんね。私が脱線して夢の話しちゃったから」
葵は少し俯いたあと、蓮の方を見た。
「気にしないでいいよ。葵の記憶と関係あることかもしれないし」
まだ調べていない一月と二月の火事の記事は、蓮と美咲で分担して調べることにした。蓮は一月の記事を、美咲は二月の記事をそれぞれ調べることを決めた。
——蓮の家——
蓮は夕食を食べ終わると、すぐに自分の部屋に向かった。パソコンを起動し、一月に◯◯区で起きた火事の記事を調べ始めた。
しかし、数時間調べても、それらしい記事は、やはり見つからなかった。
「はぁ……」
蓮は画面から目を離し、小さくため息をつくと、椅子の背にもたれて天井を見つめた。
「……葵の家に行ったら何か手がかりがあるかな」
蓮は机の上の携帯に手を伸ばした。
そして、葵に明日の放課後、葵の家に行ってもいいかを尋ねるメールを送った。
しばらくして葵からOKの返事が届くと、蓮は美咲にも、明日の放課後に葵の家へ一緒に行かないかとメールを送った。
すると、すぐに美咲から返信が届いた。
[葵ちゃんが大丈夫なら私はOKだよ。 それから二月に起きた火事の記事を調べたけど、やっぱり葵ちゃんに関する記事は何も見つからなかったよ。]
「二月もダメだったか……火事の方も記事は出てこないな」
蓮はそう呟いたあと、[調べてくれてありがとう]と美咲にメールを送った。
携帯を机の上に置いた蓮は、しばらく考え込んだ。
思い返していたのは、葵が今日話していた夢のことだった。
――夢に二回でてきた子。
――キッチンに置かれた薬の袋。
――そこに書かれていた『さやか』という名前。
「……さやか、か」
なぜか「さやか」という名前が蓮の頭から離れなかった。




