十六話 葛藤
翌日——
進藤は葵の家の前までくると、少し落ち着かない様子でインターホンを押した。
少しして、水沢みどりが玄関から顔を出した。
進藤は頭を下げて挨拶をしたあと、中へと入った。
みどりに案内されて、リビングのソファに腰を下ろした。
「ありがとうございます。……ところで、葵さんは?」
お茶を持って戻ってきたみどりに問いかけた。
「今、呼んできます」
そう言ってリビングから出ていった。
しばらくして、ドアが開き、みどりが入ってきた。
その後ろに葵の姿が見えた。
葵とみどりは進藤の前のソファに座った。
葵は俯いたままだった。
「……今日は突然、お邪魔してすみません。葵さん?体調はどうかな? ……大丈夫?」
葵が黙って頷くのを見て、進藤は続けた。
「昨日、高台に行った時に思い出したことを、できれば教えてほしいんだけど……話せる範囲でいいから」
葵はしばらく俯いたまま黙っていた。
そして、重い口を開くと、ゆっくり話し始めた。
「……昨日、小屋とその隣にあった木を見た時に、知っている場所な気がしたんです。木に懐かしさを感じて触った瞬間、弟の朔と一緒に植えたことを思い出したんです」
進藤は黙って頷いた。
「そのあと、父のことが出てきて、夢と同じでとても私に冷たかった。そして、朔にはとても厳しかった。可哀想なくらい……」
ここまで話したあと葵はしばらく目を閉じた。
やがて目を開けると再び話し出した。
「それから思い出したのは、疲れ切ってどこか虚な顔をした朔。火事のあったあの日、私にカレーは食べないでって言ってた。そのあと……朔は重そうな何かを抱えて家の中へ入っていったの。そして、小屋の窓から見えた、炎に包まれた家」
(彼女は火事のあった日のことを思い出していだんだ……)
「朔は私のために……」
葵の頬に涙が流れた。
隣に座っていたみどりが葵をそっと抱きしめた。
みどりの頬にも涙が流れていた。
(あぁ、やっぱり……人の過去に踏み込むべきじゃなかったのかもしれない)
「話してくれてありがとう。……葵さん、君は何も悪くないよ。だから……どうか自分を責めないでほしい」
そう伝えることが、今の進藤にできる精一杯だった。
帰り際、玄関で進藤はリュックの中から、一枚のパンフレットを取り出した。
「……これ」
みどりの前に差し出した。
「これは……?」
「遺された家族の心のケアをしている団体のパンフレットです。家族を亡くした方や、突然大きな出来事に遭った方の相談に乗っているそうです」
みどりはパンフレットを見つめたまま、すぐには手を伸ばさなかった。
「……こういうところが、あるんですね」
「もし必要になったら、使ってください」
しばらくして、みどりは両手でパンフレットを受け取った。
「……ありがとうございます」
進藤は深く頭を下げてから玄関を出た。
(今回のことを記事にすれば、彼女は好奇の目に晒されてしまうだろうな……)
月曜日——
「おはよう」
編集部に入ってきた坂口が、進藤に声をかけた。
「おはようございます」
進藤はデスクから返事をした。
「進藤、前に言ってた、記憶を失った少女の件どうなった?」
進藤の後ろを通りながら坂口が言った。
「調べてみたんですけど……記事にするには、いろいろと問題がありまして」
「問題?」
「本人や家族への影響も大きいですし、今の段階では記事にするべきじゃないと思います」
坂口はしばらく黙って進藤を見た。
「……そうか。お前がそう判断したなら、今回は見送ろう。せっかく調べたのに、残念だけどな」
坂口が少し残念そうに笑った。
「すみません。また別のネタを探します」
進藤は頭を下げると、静かに画面に視線を戻した。
夕方、進藤は出版社を出ると蓮に連絡をした。
「蓮、今いいか? ……葵さんのことだけど、日曜日に会った時は落ち着いていたよ。ご両親もそばで支えてくれているから、きっと大丈夫だと思う。あと、……今回のことは記事にはしないことにしたから。もし彼女に会うことがあったら、そう伝えてほしい」
蓮の返事を聞いてから進藤は電話を切った。




