十四話 残影
葵の両親に会ってから、一週間後の土曜日——
進藤は、朝から先週と同じ公園に向かった。
公園に着き、ベンチで待っていると、葵は蓮と美咲と一緒にやって来た。
「呼び出して、悪い。……お願いされていた葵さんの過去のことだけど、ご両親から話を聞いて、本当は火事だったことが分かった。だから……記憶の方は、もう無理に思い出さなくてもいいんじゃないかと思って」
進藤は、葵の表情をうかがった。
「……実は、先週みんなが帰ったあと、叔父さんと叔母さんから聞いたんです。何で火事が起こったのか」
進藤は一瞬、葵の顔を見つめた
(……葵さんは、一家心中のことを知ってしまったんだな)
「……それじゃあ、全部聞いたんだね?」
葵は進藤の問いに頷いた。
「今まで協力してくれた二人にも、ちゃんと話しておきたくて今日は一緒に来てもらったの」
葵は蓮と美咲に視線を向けたあと、一家心中のことを二人に伝えた。
「……そうだったんだ」
美咲は言葉を失った。
蓮はただ黙って聞いていた。
「でも、お母さんが起こしたことだって聞いても、私は何も思い出せなくて。本当の家族のことをちゃんと思い出したい。あの日、何があったのか知りたいんです」
葵は進藤の方を見た。
進藤はすぐには答えられなかった。
葵が過去を知りたいと望んでいるのは分かっている。
そして、葵はもう一家心中のことを知ってしまっている。
でも、進藤は、葵が過去を思い出すきっかけになるかもしれない場所へ連れて行っていいのか、迷っていた。
しばらく考えたあと、進藤は口を開いた。
「……分かった。それなら葵さんが、以前住んでいた場所にこれから一緒に行ってみるかい? ただ……つらい記憶を思い出すことになるかもしれないけれど」
「うん……私、行ってみたい。……二人も一緒に来てくれる?」
葵は不安そうに蓮と美咲に尋ねた。
蓮と美咲はお互いに顔を見たあと、静かに頷いた。
「あ、でもその前に、水沢さんたちに連絡はしておかないと」
進藤は、このまま葵を勝手に高台に連れて行くわけにはいかないと思い、水沢みどりに連絡をした。
電話で、これから葵と一緒に以前住んでいた家へ向かうことになった経緯を説明し、了承を得た。
四人は公園を出ると、駅へと向かった。
葵が以前住んでいたところは、ここから電車で六駅行ったところにあった。
電車を降り、歩き出すと葵が話し始めた。
「水族館に行く時に、不思議な夢を見たって話したでしょ。初めて見る男の人に「お父さん」と呼びかけていたって……この前、写真で見た本当のお父さんと同じ人だった」
「えっ、でもその人って、夢の中で葵ちゃんが呼びかけても無視したって言ってなかった?」
葵は静かに頷いた。
「葵ちゃんのお父さんって、もしかして少し怖い人だったのかな……?」
「……そこまでは分からない」
「だよね。ごめん変なこと言っちゃって」
それから三人は、しばらく黙って歩いた。
「この坂を登り切った高台に、一軒だけ家が建っていたんだ。……そこが、葵さんが暮らしていた家だよ」
先を歩いていた進藤が、三人の方を振り返って言った。
「はぁ、はぁ、……ここが」
坂を登り切り、焼け落ちた家を前に、葵は言葉を失った。
「この小屋……」
そう呟いたあと、葵は小屋の隣にある一本の木に近づいた。
その木に触れた瞬間、葵の脳裏に一瞬映像が蘇ってきた。
「この木が大きくなる頃には、ぼくがお姉ちゃんを助けるから」
一緒に木を植えながら、弟の朔が微笑んでいた。
「……朔」
葵の口から声が漏れた。
その名前を口にした瞬間、葵の頭に鋭い痛みが走った。
「……っ」
そして次の瞬間、また別の光景が脳裏に浮かんだ。
朔に厳しく接する父。
庭で泣きながら竹刀を握り、剣道の練習をする朔。その隣には、厳しい顔で立つ父の姿があった。
「甘やかせるな! 今、厳しさを教えなくてどうする!」
父に言い返せず、引き下がる母・さやか。
「お父さん……どうしていつも……」
葵は呟き、首を左右に振った。
しかし、記憶は止まらなかった。
さらに別の光景が葵の脳裏に浮かんできた……
『お姉ちゃん……』
朔の声が聞こえた気がした。
「い、いやーーーーー! 朔、朔、朔ーー!」
葵は弟の名前を叫びながら、泣き崩れた。
「……朔、お願い、やめて……」
「葵ちゃん!」
そばにいた美咲が葵を強く抱きしめた。
「葵……」
蓮もかけ寄り、震える葵を美咲と一緒に抱きしめた。
進藤はただ静かに、そばで見守っていた。
『……葵』
自分の名前を呼ぶ優しい男性の声が頭の中に響いた。
それはまだ優しかった頃の父の声だった。
「葵さん、何か思い出したんだね?」
しばらくして、落ち着きを取り戻した葵に進藤が声をかけた。
黙って頷いた葵の体はまだ少し小刻みに震えていた。
「さ、さくが……わたしのために全てを……」
静かに涙を流しながら首を左右に振る葵を見て、進藤はそれ以上聞くことができなかった。
「葵ちゃん」
水沢夫妻が葵の元に駆け寄ってきた。
進藤から電話をもらったあと、葵のことが心配でかけつけてくれた。




