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第6話-I see you.

皆さん、お待たせしました! 最新話更新です!


今回は特に大事件やド派手な展開が起きるわけではないので、安心して読んでくださいね……たぶん?


まあ、とにかく!

ぜひ読んでみてください!


「お電話ありがとうございます。初めまして、お噂はかねがね伺っておりますよ、ウィットモア博士。以前から、脳や精神に関するあなたの研究や実験はいくつも拝見していましたが……まさか今では、ずいぶんと落ちぶれてしまったようで。最近はいかがお過ごしですか?」

「くだらん話はいい。さっさと本題に入れ」

ウィットモア博士――つまり、アリスの父親は、一人で仕事部屋にこもり、何者かと電話をしていた。

電話の向こうから聞こえてくるのは、どこか気楽で、それでいて軽薄さを感じさせる男の声。その話し方に、ウィットモア博士は少なからず苛立っているようだった。

「素晴らしい。では、ご依頼の内容をお聞かせ願えますか?」

「簡単な話だ。ある少年を、生け捕りにしてここまで連れてこい。そいつを研究して、娘の治療に役立てられるか確かめたい」

そう言うと、ウィットモア博士は何枚かの写真と資料を相手へ送信した。

受け取った男は、それらに軽く目を通す。

「どれどれ……高校生? 見たところ、ずいぶん普通の少年ですねぇ」

「油断するな。相手はかなりの実力を持つ超能力者かもしれん」

「へぇ……まあ、ご安心ください。私の頭脳と、私の可愛い女の子たちがいれば問題ありませんよ」

「そうか。報酬については、決して悪いようにはしない。それと――私や娘に妙な真似をしようなどとは考えるなよ。すでに特殊なチップを開発してある。お前の能力は、私たち二人には効かん」

「ご安心を。商売というものは、信用が第一ですからね」

「一応、あんたのことは少し調べさせてもらった。秘密の超能力アイドルグループのマネージャー……だったか? まあ、そのふざけた設定はどうでもいい。それより、あの娘たちは本当に自分の意思でお前のところで働いているんだろうな?」

「おやおや、私の趣味については、そこまで詮索しなくてもいいじゃありませんか。お互い、きちんと仕事さえこなせばそれでいい。そうでしょう?」

男はまるで気にした様子もなく、軽い調子で続けた。

「それより……今ちょっと調べてみたんですが、この少年、博士のお嬢さんと同じ学校の生徒みたいですねぇ。お嬢さんはご存じなんですか? お父様がこっそり、自分の同級生に手を出そうとしていることを」

「……すべて、あの子のためだ。お前は自分の仕事だけしていろ。ではな。引き続き連絡を取り合おう」

「承知しました。それでは、良いお取引を。ウィットモア博士」

通話が切れる。

マネージャーはデスクの上に投げ出していた足を下ろすと、回転椅子をくるりと後ろへ向けた。

そこには、十代後半から二十歳前後ほどに見える、アイドル風の衣装を身にまとった若い少女たちが何人も立っていた。

だが――誰一人として口を開かない。

その瞳には何の感情も浮かんでおらず、ただ虚ろに前を見つめている。待機する姿勢すらほとんど同じで、まるで同じ型から作られた人形か、複製されたロボットのようだった。

「さあ、ガールズ。今回はなかなかの大仕事ですよ。しくじらないでくださいね――準備に取りかかりましょう」

マネージャーが含みのある笑みを浮かべながらそう命じた、その瞬間。

少女たちの虚ろだった表情が一斉に切り替わった。

まるでスイッチでも入ったかのように、普通の少女らしい明るく生き生きとした笑顔を浮かべる。

「「「「「はいっ! マネージャー!」」」」」

その日の少し遅い時間。

自宅へ戻ってきたウィットモア博士は、いつものようにリビングでテレビを見ながらスマホをいじっているアリスの姿を見つけた。

少しして、二人も互いの存在に気づく。

「お、おかえり……パパ」

「ああ……」

それだけだった。

普通の親子と呼ぶには、二人の間にはどこか不自然で、気まずい空気が漂っていた。

アリスは、父親の目の下の隈も、疲れ切った顔つきも一向に良くなっていないことに気づいた。それどころか、最近は以前にも増して、何もかもどうでもよさそうな態度を取ることが増えた気がする。

一方、父親もまた、最近のアリスが二人きりになると、どこか普段とは違うことに気づいていた。何となく自分を避けているようにも感じる。

だが、ここ最近、二人ともそのことを指摘することも、わざわざ話し合おうとすることもなかった。

父親は冷蔵庫からビールを一本取り出すと、リビングへ戻り、アリスとの間に少し距離を空けてソファに腰を下ろした。

「チャンネル、変えていいか?」

「うん……いいよ」

父親はリモコンを手に取り、適当にいくつかのチャンネルを切り替えていく。

「なんだっけ、あの博物館の恐竜騒ぎ。いくらなんでも騒ぎすぎだろ。もう何日も経ってるのに、まだニュースでやってる。うんざりするな」

会話のきっかけを作ろうとしたのか、それとも単に愚痴をこぼしたかっただけなのか。

珍しく父親のほうから口を開いた。

「うん……そうだね」

その後もいくつかチャンネルを変え、ようやく再放送されていたバスケットボールの試合で手を止める。

ビールを飲みながら試合を眺め始めると、父親の表情も少しずつ緩んでいった。

二人はしばらく、何も言わずにテレビを眺めていた。

やがて父親が、不意に口を開く。

「最近……学校はどうだ……?」

「えっ……ま、まあまあかな……」

「そうか。それならいい」

父親のほうから学校のことを聞いてきたのが意外だったのか、アリスは少し驚いたような顔をした。

しばらくして、父親は他に何を話せばいいのか分からなかったのか、テレビを指差しながら尋ねた。

「お前のクラスに、バスケやってる奴はいるのか?」

「えっ……確か、男子が何人かいたと思うけど」

「一人……小野寺とかいう男子がいたよな? あいつもバスケをやってるのか?」

「や、やってるよ……結構上手いみたい……」

その名前が出た瞬間、アリスの様子が明らかに不自然になった。

ほんのわずかだが、動揺している。

「へぇ、そうか。なかなかやるじゃないか」

また少し時間が流れた。

すると父親は突然、アリスのほうへ顔を向けた。

「アリス。お前……私に何か隠してないか?」

「えっ……な、何……?」

あまりにも唐突な質問に、アリスは明らかに狼狽した。

「な、何も隠してないよ……」

父親を見つめながら、アリスの心臓が無意識のうちに速く脈打ち始める。

「そうか。ならいい。私は先にシャワーを浴びてくる」

父親は特に追及することもなく、そのまま立ち上がった。

だが――

「パ、パパは……私に何も隠してないよね……?」

今度はアリスが、少し大きな声で父親を呼び止めた。

そして、まったく同じ問いを彼に返した。

父親は無表情のまま振り返り、アリスを見る。

その瞳が思っていた以上に真剣で、まるで自分に何かを求めているかのように見えた。

短い沈黙が訪れる。

聞こえてくるのは、テレビから流れるバスケットボール中継の実況だけだった。

『……9番、ボールを受け取ってからフェイクで見事に相手をかわした! そのまま切り込んでゴールへ向かう! しかし、どうやらチームメイトやコーチの指示には耳を貸していないようです……!』

「アリス、私は……」

==========================================

「おはよ、小野寺。うわ、すっごい隈。夜更かししてゲームでもしてたの? それともオナニー?」

「んなわけねぇだろ。もうすぐテストなんだぞ。さすがに俺だって少しくらい勉強するわ」

ビリーは大きなあくびをしながら答えた。

「えっ、あんたが勉強するの?」

「俺だってしたくねぇよ。まあ、オナニーもしたけど」

いよいよ中間テストの時期が近づき、学校の授業も一気に試験範囲を消化するモードへと突入していた。

宿題、テスト、自習がほとんど毎日の恒例行事と化し、一部の部活動も試験期間に合わせて一時的に活動を休止している。

そして当然ながら、博物館事件の当事者でもあった小野寺たちは、ここ数日またもや正当な理由で学校を休んでいた。

とはいえ、その間ずっと家でダラダラしていられたわけではない。

オンライン授業を受け、宿題をこなし、復習して、試験勉強。

さらにはDSAがわざわざ専属の人間まで手配し、オンラインで勉強を教えさせるだけでなく、本当に真面目に勉強しているのか監視までさせていた。

「特訓」という言葉にまんまと釣られた三人にとって、この数日間は高校に入って以来、間違いなく最も真面目に勉強した期間だった。

この調子で続ければ――なんと、赤点回避まであと一歩くらいのところには届くかもしれない。

今日学校へ来たビリーは、ついでに部長たちのクラスへ寄り、過去問や試験対策の資料などもいくつか借りてきていた。

ちなみにその際、クラスの何人かからは「小野寺がカツアゲか喧嘩をしに来た」と勘違いされた。

一方、バスケ部の連中からは「ついに小野寺が自分から入部しに来た!」と勘違いされ、異常なまでに歓迎されたのだが。

「小野寺君! 今日はどうして包帯を巻いていないのですか!? まさか我らの盟約を裏切ったというのですか!? 許せません、私は……!」

「うるせぇぞ、三井! 前にも言っただろ! 俺が包帯巻いてたのは中二病じゃなくて、本当に怪我してたからだ!」

クラスメイトの中二病女子、三井は、今日も相変わらず包帯と眼帯を身につけていた。

さらに制服の上から、可愛らしいパーカーまで羽織っている。

以前は確か韓国風のダークカラーのロングコートを着ていたはずだが、最近はだんだん暑くなってきたため、さすがに衣替えしたらしい。

三井は嬉しそうにビリーのところへ駆け寄って話しかけてきた。

だが、いつの間にか勝手に友達――というより、中二病仲間として認定されているらしく、ビリーとしては少々困惑していた。

「なあ三井。もしお前、いじめられてんだったら正直に言っていいんだぞ。一応、助けてやるから」

「違うってば。私はただ小野寺君とお話ししたかっただけなのに……やっぱり小野寺君も、私のこと変な奴だと思ってるんだ……」

三井の声が、見る見るうちに沈んでいく。

「まあ、私だって分かってるよ……今どき、この歳にもなってこんなことやってるの、意味分かんないって……。やっと友達ができると思ったのに……もういいや……死のうかな……」

「お、おい……」

見るからに負のオーラを放ち始めた三井の様子は、田中をはじめ、周囲にいた何人かのクラスメイトの注意まで引いてしまった。

中には、小野寺が見るからに立場の弱そうな女子生徒をいじめていると思った者までいたかもしれない。

普段から「正義の味方」をやっている彼らにとっては、なかなか皮肉な光景である。

「あー、小野寺が女子いじめてるー。泣かせたー」

「ち、違ぇよ! 俺は何もしてねぇ! ていうか泣いてもねぇだろ!」

ビリーは慌てて三井のほうを向いた。

「あーもう、分かった分かった! 三井、冗談だって! テスト終わったら遊んでやるから! お前も見る目あるじゃねぇか。俺が面倒見てやるよ! これからは誰にもお前をバカにさせねぇから!」

気まずさをごまかすように笑いながら、ビリーはまるで気のいい兄貴分のように三井の手を取った。

すると――

つい先ほどまで今にも死にそうな顔をしていた三井が、詐欺師も顔負けの速さで、ぱっといつもの笑顔に戻った。

「ほんと? じゃあ約束ね!」

「……待てやコラ」

ビリーの顔が引きつる。

「友達作るだけで美人局に引っかかる時代になったのかよ……。まあいいけど、せめてテスト終わってからにしてくれ。今はマジで大事な時期なんだよ。ていうか、お前は勉強しなくていいのか?」

「ああ、私はずっと勉強のスケジュール組んでやってるから。そうしないと、最低でも学年20位以内をキープできないし」

「に……20位?」

ビリーは固まった。

「お前が? お、お前……お前だぞ!?」

目の前にいる意味不明な中二病女が、まさかそこまでの秀才だったとは。

ビリーには到底信じられなかった。

「じゃ、じゃあ……俺たちにも勉強教えてくれねぇ!? 頼む! 先生! 姉御!」

「あ、ごめん。それだけは無理。成績に関してだけは、絶対に妥協したくないから」

珍しく三井は、ビリーの頼みをあっさりと断った。

要するに――

『あんたたちみたいなバカに時間使いたくない』

ということである。

そこでビリーは、ようやくあることに気づいた。

三井の腕に巻かれている包帯。

そこにびっしりと書き込まれていたのは、謎の中二病呪文などではない。

英単語をはじめとした、試験に直結する内容だった。

よく見れば、三井の目の下には濃い隈があり、目もかなり充血している。

ここ数日、必死になって遅れを取り戻そうと勉強してきたビリーたちと比べても、まったく引けを取らないほどだった。

「お前、めちゃくちゃガチ勢じゃねぇか! 中二病はどうしたんだよ!?」

「あんなの、たまに遊びでやってる趣味に決まってるじゃん。もう2026年だよ?」

三井は何を今さら、とでも言いたげな顔をする。

「ただ私も、せっかくだから『学園七大変人』と……じゃなくて、すごい人と友達になってみたかっただけ」

ちょうどそのとき、授業開始のチャイムが鳴った。

教室にいた生徒たちも、それぞれ自分の席へと戻っていく。

「それじゃあ小野寺君、中間テストが終わったらまた遊ぼうね。必要なら、塾の教材とか参考書くらいなら貸してあげてもいいよ。うちの塾、たまにテストの予想問題が結構当たるんだから」

そう言い残し、三井も自分の席へ戻っていった。

あとには、何とも言えない顔で立ち尽くすビリーだけが残された。

(クソ……いつか絶対、あいつを俺の部屋まで連れ込んでやる……)

まあ、一応は試験に役立つ情報を提供してくれた相手である。

そんなクズ男丸出しの台詞を心の中で呟きながらも、ビリーはこっそり三井に電撃を食らわせることだけはやめて、そのまま自分の席へ戻っていった。

(おっ、いいじゃん。三井を新しいキープにでもするつもりか?)

マックスは冗談半分にそう言った。

だが、本当のところは、ビリーがどう反応するのか探っている意味合いのほうが強かった。

(さあな。せっかくこの前、部長たちと遊びに行ける貴重なチャンスがあったのに、お前らのせいで台無しになったし)

(……俺たちのこと、責めてるのか?)

(Nah、そんな暇じゃねぇよ。そろそろ俺、寝不足分を取り戻してくるわ。あとは好きにしろ)

ビリーはそれ以上何も言わなかった。

ただ適当に肩をすくめると、そのまま自分の部屋へ戻っていった。

博物館での一件以来、ビリーと二人の間には、ほんのわずかな溝が生まれているようだった。

だが、以前のビリーなら、何か気に入らないことがあればすぐ二人に食ってかかり、喧嘩になっていたはずだ。

今回は、それすらしない。

だからこそ、かえってマックスとジェットを不安にさせていた。

ここ最近、三人にとって決して楽な日々が続いていたわけではない。

学校でのこと。

世間で巻き起こるさまざまな騒動や批判。

そして何より、三人自身の間で起きている衝突やすれ違い。

いくつものプレッシャーと感情が、行き場を失ったまま少しずつ積み重なっていた。

マックスもそんなビリーの背中を見ながら、どうしようもなさそうにため息をつく。

そして少し沈んだ様子で、自分の部屋へと戻っていった。

残されたジェットには、何を言えばいいのかも、何をすればいいのかも分からなかった。

結局、ただ二人が去っていくのを黙って見送ることしかできなかった。

ジェットは頭の中にある家のリビングへ向かった。

ふと、棚の上に飾られている一枚の写真が目に入る。

彼は黙ってそこまで歩いていき、その写真を手に取った。

まだ三人が幼かった頃の、三人一緒に写った写真。

現実の世界では、三人揃って写真を撮ることなどできない。

だからこそ、それは彼らにとって特別な一枚だった。

三人がお互いの存在を知ったばかりの頃。

この「家」が形作られるよりも前から、ずっと存在している写真だった。

ジェットはしばらく、その写真を黙って見つめていた。

そして――

決して埃をかぶることもなく、

二度と同じものを撮ることもできないその写真を、

そっと元の場所へ戻した。

(……誰だって、一人の人間として生きてみたいよな)

「小野寺君?」

突然聞こえてきた声に、ジェットの意識が現実へと引き戻された。

顔を上げてみると、アリスが小さな声で彼を呼んでいる。

いつの間にか授業が始まっており、先生が今日使うプリントを配っていたらしい。

「お、おう……ありがと」

ジェットは軽く頷き、アリスからプリントを受け取った。

「それで……この前の博物館のこと、聞いたよ。大丈夫だった?」

アリスはごく普通のクラスメイトのように、先日の博物館での一件について彼を気遣った。

「まあ……少なくとも、ちゃんと生きてるよ」

「ふふっ、それならよかった。テスト勉強のほうはどう?」

「まだ頑張ってるとこ。とりあえず赤点だけは避けたいな。あ、そうだ。関係代名詞とかいうやつ、ちょっと教えてくれない? whichとかthatとかwhoとか、何がどう違うのか全然分かんなくてさ」

「ああ、もちろんいいよ。簡単に言うとね、人を指すときは基本的にwho、物ならwhich。thatはどっちにも使えるけど、前にコンマがある場合は使えなくて……」

アリスはジェットに英語の内容を説明し始めた。

いつものことながら、自分とは比べものにならないほど英語が苦手なジェット相手でも、呆れることなく、簡単な言葉を選びながら丁寧に教えてくれる。

「おお……なんとなく分かった気がする……」

(……ん? そういやアリスって……)

以前、三人はアリスが超能力者なのではないかと疑ったことがあった。

その疑念が完全に消えたわけではない。

だが最近の彼女とのやり取りは、あまりにも普通だった。

それ以来、特におかしなことが起きたわけでもない。

博物館事件の夜には、アリスのほうからインスタをフォローしてきたものの、同じクラスの生徒同士がSNSをフォローし合う程度なら、別に珍しいことでもない。

それに最近は、それどころではない面倒事が次から次へと押し寄せていた。

本当に忘れかけているのか。

それとも、無意識に考えないようにしているだけなのか。

どちらにせよ、今のジェットはそのことについて深く考える気にもなれなかった。

ちなみにその日の夜、ジェットはアリスが昔インスタに投稿していた写真をスマホの壁紙にしようと一瞬考えた。

だが、万が一誰かに見つかったら、その瞬間に社会的に死ぬ。

そう判断して、泣く泣く諦めた。

「ありがとな。やっぱアリスにとって、英語の授業なんて簡単すぎて退屈なんじゃない?」

「正直に言うと……まあ、そうかも。あはは」

「いいなぁ。俺なんて日本語の授業ですら、ほとんど何言ってるか分かってねぇのに」

そんな他愛もない会話を交わしたあと、ジェットはいつもよりほんの少しだけ真面目に授業を聞くことにした。

――とはいえ、せいぜい普段より居眠りする時間が数分減った程度なのだが。

そうして英語の授業も半分以上が過ぎた頃、先生がクラス全体に向かって告げた。

「はい、もうすぐ中間テストですね。今日がおそらく、テスト前最後のスピーキング練習になります。では今から、隣の人とペアになって練習してください。プリントにいくつか質問を書いてあるので、会話の中で実際に相手に聞いてみましょう。それじゃあ、始めてください」

先生がそう言うと、教室のあちこちから次々と英語が飛び交い始めた。

ジェットとアリスも数秒ほど顔を見合わせる。

そして二人とも黙ってプリントを手に取り、椅子を少しだけ近づけた。

「じゃあ……やる? まあ練習っていうか、ほとんど俺の練習に付き合ってもらうだけになりそうだけど。嫌じゃなければ」

「いいよ。私も課題はやらなきゃいけないし。よろしくね」

「よし……えーっと、まずは相手の職業? えっと……なんだっけ……確か……」

ジェットはプリントを見つめながら、必死に英語を思い出そうとする。

アリスは急かすこともなく、微笑みながら自然に彼が答えるのを待っていた。

しばらく考え込んだあと、ジェットはアリスの目を見た。

発音だけなら意外なほど綺麗だった。

――だが、案の定、間違えた。

「What did you do?」

「……え?」

ジェットとしては、単に“do”を“did”と言い間違えただけだった。

だが、それだけで質問の意味はまったく違うものになってしまう。

その瞬間、アリスの思考がほんの一瞬だけ止まった。

しかも、なぜか真っ直ぐジェットの目を見てしまったせいで、彼女は明らかに動揺していた。

「あ、違う。なんか間違えた気がする……What do you do……だっけ?」

「Not... nothing... I, I did nothing wrong...」

「え? ごめん、もう一回言ってくれる?」

「I, I mean... I'm a student, yeah...」

「Student……OK。じゃあ次……えっと……What food do you like?」

幸いにも、バカなジェットは彼女の異変にまったく気づかなかった。

そもそも彼の中では、「アリスが英語を間違える」という発想自体がほとんどない。

アリスも、気づかれていないことに内心ほっと胸を撫で下ろした。

「Uhh... I like chips, which is French fries in your language. I also like potato chips, though.」

「Uhhh……Whaaat?」

どうやらジェットの脳みそは、三単語を超える英文を処理できないらしい。

眉間に皺を寄せ、見るからに困り果てた顔をするジェット。

そのあまりにも分かりやすい反応がおかしくて、アリスは思わず笑いそうになり、張り詰めていた気持ちも少しだけほぐれていった。

「Well…fish and chips?」

「Ohh! Fish and chips! I know! I know!」

ようやく聞き取れる言葉が出てきて、ジェットは嬉しそうに何度も頷いた。そのまま小学生レベルの英語と身振り手振りを総動員して、なんとか会話を続けていく。

そのあまりにも馬鹿っぽいのに本人は至って真剣、というギャップがおかしくて、アリスは思わず小さく笑ってしまった。

その後も会話練習は順調に進んでいった。ほとんどの場合、アリスがジェットの間違いをいちいち訂正してやる必要はあったものの、彼女自身は特に嫌そうな様子もなかった。

ジェット側の質問が一通り終わると、今度はアリスが質問する番になった。彼女はプリントに目を落とし、そこに書かれていた一つの質問を読み上げる。

「Onodera, are you seeing someone?」

これはつまり、『今、誰かと付き合ってるの?』という意味なのだが――当然ながらジェットがそんなことを知るはずもない。

(Are you seeing someone……誰か見えてるかってことか?)

ジェットは少し考えた。

だが、今この瞬間、彼の目の前に見えている人間なんて一人しかいない。

だから彼は何も深く考えず、アリスの目をまっすぐ見つめ、微笑みながら答えた。

「I see you.」

その答えを聞いた瞬間、アリスは思わずわずかに目を見開いた。

もちろん、すぐに気づいた。

ジェットは質問の意味も、自分が今何を答えたのかも、まるで分かっていない。

「Do you have a girlfr――」

いつものように間違いを訂正してやろうとしたアリスだったが、ジェットの顔を見ているうちに、なぜか今回はその言葉を飲み込んだ。

「You see me, huh……」

アリスは少し俯き、誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟きながら、微かに笑った。

「So, what are you going to do on weekend?」

「Weekend……uhh……maybe Mario……」

そんな調子で練習は続いていき、しばらくすると授業終了のチャイムが鳴った。

なんだかんだで練習は無事に終わり、二人は揃ってほっと息をついた。

アリスが椅子を元の位置に戻そうとしたその時、椅子に座ったまま、どこかぼんやりしているようで、それでいて何かを真剣に考えているようにも見えたジェットが突然彼女を呼び止めた。

「アリス……」

「ん? どうしたの?」

「俺……」

ジェットは彼女を見つめたまま、何か言いたげに口ごもる。

(こんなこと言っていいのかな……またあいつら二人に嫌われるかもしれない……まあいいや。もう知らねえ)

ジェットは首を振ると、何かを決心したようにアリスの目をまっすぐ見つめた。

アリスも、彼が一体何を言おうとしているのか気になって仕方がない。

ほんの少しだけ、鼓動まで速くなっていたかもしれない。

「……暇だったら、一緒に遊びに行かない?」

言った。

そして、短い沈黙が訪れた。

「い、いや、ほら! テストが終わったら、みんなでどっか遊びに行ってもいいかなって思っただけで! はは……葵とか(あいつに金払って協力してもらう)田中とかも誘って……いや、田中は別にいなくてもいいか。と、とにかく! どう?」

散歩に連れて行ってもらえるのを期待している犬のような目をしながら、ジェットは平静を装いつつも、実際には緊張と照れを隠しきれない様子で尋ねた。

頭のいいアリスには、そんな彼の意図など簡単に見抜けていた。

それでも彼女は何も指摘せず、ただ小さく微笑んで頷いた。

「いいよ。じゃあ、テストが終わったらまた予定決めよっか?」

「そっか……ん? い、いいの?」

「うん? 私の日本語、ちゃんと伝わったと思ったんだけど? それとも、実は都合悪かった?」

「い、いや! 全然! いつでも、どこでも、絶対行く! っていうか……OK、じゃあまた連絡しよう。よし。あ、俺ももっと英語練習しとくからな~」

ジェットは笑いながら、何でもなかったかのように立ち上がって伸びをすると、そのまま教室を出ていった。

「Yesssssss!!!!」

「小野寺! 廊下で大声出すな!」

数秒もしないうちに、廊下からジェットの盛大な歓声と、それを叱りつける教師の声が聞こえてきた。

アリスは俯きながら、くすっと小さく笑った。

その時、ふと小野寺の机の上に置かれた宿題や、先ほど使っていたプリントが目に入った。

少し気になったアリスは、そっと首を伸ばして覗き込んでみる。

そこには先ほどの会話練習に関連した、自分自身について答える問題がいくつか書かれていた。

例えば、相手の職業を尋ねるだけではなく、自分の職業や、将来なりたいものについて答える問題。

その設問の下には、小野寺の答えが書かれていた。

「Q2: BTW, what do you want to be?」

「I want to be a superhero.」

その答えを目にした瞬間、アリスは思わず目を見開いた。

もっとも、この時代なら、ましてや小野寺の性格を考えれば、こんな答えを書くこと自体はそれほど不思議でもないのかもしれない。

しかし、その一文はアリスを強引に現実へと引き戻した。

数日前、自分が知ってしまったすべてのことが脳裏をよぎる。

ついさっきまで楽しそうにしていたアリスの表情が、一瞬にして曇った。

彼女は廊下の方へ目を向けたが、小野寺の姿はもうどこにもなかった。

続いて視線を教室へ戻す。

休み時間の騒がしい教室の中で、葵が何人かの友人たちと楽しそうに話している。

アリスはしばらく黙ったまま葵を見つめていた。

やがて俯き、誰にも聞こえないほど静かに、深く息を吐く。

その表情にはわずかな緊張が浮かび、両手をぎゅっと握り締めた。

まるで、これから何かをするために必死で勇気を振り絞っているかのように。

時間はあっという間に過ぎ、気づけば今日も放課後になっていた。

生徒たちは次々と教室を後にしていき、小野寺とアリスも他の生徒たちに軽く別れを告げて先に帰っていった。

小野寺は今日も家に急いで帰って、遅れた勉強を必死に取り戻さなければならないらしい。

葵もいつものように荷物をまとめながら、何人かのクラスメイトと一緒に帰る準備をしていた。

だが、ちょうど彼女が一人になった一瞬の隙を見計らったように、普段それほど親しいわけでもない人物が突然声をかけてきた。

「中村さん、ちょっといい?」

背後から突然聞こえてきたアリスの声に、葵は少し驚いて振り返った。

「うん、どうしたの?」

アリスは一度周囲を見回す。

それから葵との距離をさらに縮め、二人にしか聞こえないほどの小さな声で続けた。

「確か、中村さんって小野寺君とはずっと昔から一緒にいるって言ってたよね? だったら、小野寺君のこともかなり詳しいの?」

「え……まあ、一応ね……なんかムカつくけど。どうしたの?」

「小野寺君について、すごく大事なことを聞きたいの。もし知ってるなら、正直に答えてほしい」

「お、おう……まあ、私が知ってることなら」

(おい……まさか……ジェットの奴、ついに春が来るんじゃ……)

「小野寺君って……超能力者なの?」

「……え?」

葵の思考が、一瞬完全に停止した。

「な、何のこと……? 私、アリスが何言ってるのか分かんないんだけど……」

おそらく葵にとって、こんな質問を真正面からされたのは初めてだった。

完全に予想外の展開に頭が追いつかず、とっさに知らないふりをしてみたものの――頭の切れるアリスには、その動揺など一目瞭然だった。

アリスはさらに一歩近づき、今度はほとんど葵の耳元に口を寄せるようにして囁いた。

「実は……私も超能力者なのかもしれないの。だから、小野寺君のことが私にとってすごく重要になるかもしれない。お願い、正直に教えて。ほんの少しだけでもいいから……」

「え……?」

一気に押し寄せてきた情報量に、葵はしばらく反応できなかった。

しかし、アリスの表情は明らかに真剣で、最後にはわずかに頭まで下げている。

葵はしばらく黙り込んだあと、深く息を吐いた。

「……分かった。でも、場所を変えよう」

=============================================

テクノロジービル内にある秘密研究室。

宮川博士はそこでたった一人、秘密裏に研究を進めていた。

そのことは、同じ研究室の仲間たちにすら知らされていない。

宮川博士はコンピューターと巨大な実験用展示台の間を一人で慌ただしく行き来しながら、データの調整や確認、機械の修理などを繰り返していた。

展示台の上に置かれているのは、人型に近い形状をしたバイオテクノロジーアーマーだった。

これは宮川博士が以前、途中まで開発を進めていたプロジェクトの一つである。

本来の目的は、人間がこのアーマーを装着することで、さまざまな身体機能を強化することだった。

しかしテスト段階で被験者に事故が相次ぎ、未知の危険性が存在する可能性があるとして上層部から開発中止を命じられていた。

だが今回、宮川博士は久しぶりにそのプロジェクトを密かに引っ張り出し、研究を再開していた。

「強化された硬質外殻アーマー……大幅に強化された筋力、速度、反応能力……昆虫を模倣した飛行機能、擬態によるカモフラージュ、特殊化学物質、AI知能補助ヘルメット……機能は全部調整し直した。問題なし……」

宮川博士はコンピューターを眺めながら、両手を白衣のポケットに突っ込み、考え込むように何度もその場を行ったり来たりする。

「うーん……やっぱり昔と同じか。本来なら人間の身体機能を総合的に強化するためのものなのに、このバージョンは機能を盛り込みすぎた。普通の人間じゃ、身体がこんな急激な変化に耐えられない……」

博士は眉をひそめた。

「結局、これを着られるのは……超能力者みたいな奴だけってことか」

そう呟いたところで、宮川博士は突然動きを止めた。

ただ黙って、目の前に立つその巨大なアーマーを見上げる。

屈強で威圧感のある姿をしていながら、今は微動だにしない。

宮川博士はまるで自分の子供に触れるかのように、その装甲をそっと叩いた。

そして、深いため息をつく。

「……そもそも、なんで俺は急にこんなもん引っ張り出してるんだ……」

「仕事も、今までの研究も、全部失いそうだから……とうとう頭がおかしくなったのか……? 俺は一体、何を考えてるんだ……」

宮川博士は手を伸ばした。

ボタンを押し、すべてのデータを消去しようとする。

――その瞬間。

突然、電話が鳴った。

博士はボタンへ伸ばしていた手を止め、そのまま電話に出る。

「もしもし、宮川です……ん? 何だって……」

電話の向こうから告げられた内容を聞いた瞬間――

宮川博士の手から、スマートフォンが滑り落ちた。

床に叩きつけられたスマートフォンにも構わず、博士はすぐに車を呼び、目的地へと急いだ。

――市立総合病院。

宮川博士は焦った様子で病院の廊下を駆け抜け、一つの病室の前へと辿り着いた。

そこには研究室の同僚たちが何人か座っていた。

誰もが沈んだ表情で俯き、重苦しい沈黙に包まれている。

「み、みんな……何があった……?」

宮川博士は息を切らしながら、焦った様子で辺りを見回した。

「き、北野は……? 北野に何があったんだ……?」

「宮、宮川博士……」

同僚たちは博士の姿を見ると、互いに顔を見合わせた。

どう説明すればいいのか分からない――そんな様子だった。

「……数日前の博物館の事件、覚えてますよね? 停電とか、システム障害とか、ドローンとか、恐竜とか……」

「北野はあの時、たまたま家族と一緒にあの辺りにいたらしくて……それで、あの大混乱に巻き込まれたみたいなんです……」

「家族も怪我をして……北野本人は、それからずっと意識が戻ってません……」

「な……」

宮川博士は言葉を失った。

まるで頭上から雷を落とされたかのような衝撃に、両脚から力が抜けていく。

そして、徐々に何も言えなくなった。

やがて、その場にいた者たちは今回の事件について口々に批判や分析を始めた。

中には正確ではない情報も混じっていた。

だが、今の彼らにそれを冷静に判断する余裕など、もうほとんど残されていなかった。

悲しみ、後悔、怒り、ストレス――

積もり積もったさまざまな負の感情が次々と噴き出し、いつしかその場は、ほとんど誰かを吊し上げるための場と化していった。

「しかも会社の上層部、北野のことを知ってたくせに、すぐ俺たちに知らせなかったらしいぞ。クソッ……わざと隠してたのか、それとも何なんだよ」

「上も相当追い詰められてるらしい。あの黒ずくめの奴についても、もう俺たちに調べさせるつもりはないみたいだ」

「面倒事になる前に、俺たち全員切って終わらせる気なんじゃないか? ふざけんなよ。俺たちのせいじゃないのに、なんで俺たちが責任押し付けられなきゃならないんだ?」

「そういえば……あの黒ずくめ、今回の博物館の事件にもいたらしいよな……?」

誰かがそう口にした瞬間、皆の意識が一斉にその言葉へと向けられた。

「北野だけじゃない。今回の事件、何百人も怪我したんだろ? なのに誰も責任取ろうとしないって、どういうことだよ?」

「あの黒ずくめだって……俺は別に善人じゃないと思うけどな。あいつが出てくるたびにロクなことが起きないし、しかも毎回毎回、こっちの人間ばっかり被害に遭ってるじゃねえか」

「フン。もしかしたら、とっくの昔から上層部と裏で繋がってて、俺たちを追い出そうとしてたのかもな。今さら本当にそうだったって言われても、俺は驚かないけど」

「もういいよ……どうせ俺たち、ほぼ全員クビになるんだろ」

「クソッ……このクソ会社も、クソみたいな超能力者も、クソみたいな世界全部大嫌いだ」

「はぁ……俺、もう実家帰って農業でもやろうかな……」

彼らの会話は、時間が経つにつれてどんどん激しくなっていった。

ついには病院の職員から、

「病室の前で騒がないでください」

と注意されるほどだった。

その間、宮川博士はずっと力なく床に座り込んだまま、白い壁をぼんやりと見つめていた。

皆の会話も、ただ黙って聞いているだけだった。

やがて――

この空間から少しでも離れたくなったのか、宮川博士は「たばこを吸ってくる」とだけ告げ、その場を後にした。

病院の正面玄関を出た先の空きスペース。

夜も更け、風が強く吹いていた。

時折、救急車が行き交う音や、忙しなく動く医療スタッフたちの声が聞こえてくる。

宮川博士は黙ってたばこに火をつけると、何をするでもなく、その場に立ち尽くしていた。

しばらくすると、病棟の消灯時間を迎えたためか、辺りはさらに暗く、静かになっていった。

――その時だった。

見知らぬ男が、いつの間にか彼のそばへと歩み寄ってきた。

きちんとしたスーツを身にまとい、いかにも場数を踏んできた有能そうな雰囲気を漂わせている。

特にその眼差しと表情にはどこか鋭さがあり、スーツ越しでも分かる程度には身体も鍛えられているようだった。

男は宮川博士から適度な距離を保ったところで足を止める。

そして軽く会釈すると、丁寧な口調で声をかけた。

「こんばんは。宮川博士でいらっしゃいますね? 以前、博士の論文や研究をいくつか拝読したことがあります」

宮川博士は特に反応を示さず、ただ無表情のまま少しだけ顔を男の方へ向けた。

男は続けて名刺を差し出し、自己紹介をする。

「初めまして、久世と申します。弊社では主に、超能力者によって生じた被害への対応や、損害賠償に関する業務などを担当しております。こちら、私の名刺です。私は――」

「興味ない。邪魔だ。さっさと失せろ」

宮川博士は遠慮なく久世の言葉を遮り、そのまま追い払おうとした。

それどころか、吐き出したたばこの煙をわざと久世の顔へと吹きかける。

これほど無礼な真似をされれば、普通の人間なら怒り出しても何ら不思議ではない。

ましてや久世は宮川博士より若く、体格も明らかに大きいうえ、身体も鍛えているように見える。

すでに若くもなく、長年研究室にこもって運動不足の宮川博士など、その気になれば簡単に地面へ叩き伏せられるだろう。

もちろん、宮川博士だって馬鹿ではない。

ただ今の彼の顔には、生気と呼べるものがほとんど残っていなかった。

だからこそ、そんなことすらどうでもよくなっていたのかもしれない。

しかし久世は怒るどころか、不満そうな表情すら見せなかった。

むしろどこか微妙な表情を浮かべ――まるで、そんな宮川博士の態度を気に入ったかのようだった。

久世が何もしてこないのを見ると、宮川博士もそれ以上相手にする気をなくし、再び一本のたばこを取り出して口にくわえた。

火をつけようとした、その時。

少し強い夜風が吹き抜け、ライターの火を消してしまった。

「……はぁ」

宮川博士は面倒そうにため息をつく。

「どうぞ。私がおつけしましょう」

久世は懐から高級そうな防風ライターを取り出した。

そして少し腰を屈め、腕を伸ばして宮川博士のたばこに火をつける。

まるでヤクザ映画に出てくる子分のような仕草だった。

宮川博士は黙ったまま久世を見つめていたが、結局そのまま火をつけてもらった。

今度はたばこを深く吸い込み、煙を吐き出す時にはわずかに顔を横へ向ける。

先ほどのように、久世の顔へ直接煙を吹きかけることはしなかった。

そしてようやく、少しだけまともに久世の顔を見る。

久世はわずかに微笑むと、ようやく本題へ入った。

「では、単刀直入に申し上げます。ご友人の件については、心よりお悔やみ申し上げます」

「博士もご覧になったでしょう。超能力者――それどころか、いわゆるスーパーヒーローという存在について、人々が目にするのは、たいてい表面的な英雄的行為だけです」

「しかしその裏側には、今回の事件のような数え切れないほどの被害者と、目に見えるもの、見えないものを含めたさまざまな損害が存在している」

「それなのに、彼ら自身がその結果について責任を負うとは限らない……」

久世はそこで一度言葉を切った。

「……不公平だとは思いませんか?」

宮川博士は何も答えなかった。

ただ遠くを見つめたまま、しばらく黙っている。

やがて――初めて、ゆっくりと口を開いた。

「……分からない」

「正直、もう……何が正しいのかも、自分が何をすればいいのかも分からない……」

「ただ一つ分かるのは……元々数えるほどしかいなかった仲間が、また一人減ったってことだけだ……」

「今回の件の責任者として……あいつらの同僚として、友人として……」

宮川博士は俯いた。

「俺はずっと……あいつらに申し訳ないことばかりしてる気がする……」

「もし――」

久世の声が、わずかに強くなる。

「博士にも、まだできることがあるとしたら?」

久世はそう言いながら、片手に持っていたアタッシュケースを宮川博士に見せた。

それは金属製の外殻に覆われたようなアタッシュケースだった。

宮川博士も、この手のケースなら何度か見たことがある。

大抵の場合、中に入っている高価な物や壊れやすい物を保護するために使われるものだ。

宮川博士は相変わらず興味がなさそうな態度を崩さなかった。

しかし、その視線だけは無意識のうちにアタッシュケースへと向けられている。

経験豊富な久世には、それだけで十分だった。

宮川博士が無言のまま、

『中には何が入っている?』

と尋ねていることなど、簡単に見抜けた。

「これはただの道具ですよ」

久世は穏やかな口調で言った。

「博士が本当にやりたいことを成し遂げるための――一つの道具に過ぎません」

そして、少し間を置いて続ける。

「宮川博士。こうしてお会いできたのも何かの縁です。実を言いますと、私は医療関係にも多少の伝手がありましてね」

「ご友人をもっと設備の整った病室へ移し、より優秀な医師や医療チームを手配することもできるかもしれません。今より良い治療を、より優先的に受けられるようにすることも」

「……本当か?」

それまでほとんど興味を示していなかった宮川博士の表情が、初めて明らかに変わった。

驚きと、わずかな期待。

どうやら久世は、彼の最も気にしているところを正確に突いたらしい。

「もちろん、それでご友人が百パーセント回復すると保証することはできません」

久世は淡々と答える。

「ですが、私にできることなら、できる限り尽力いたします」

「……それで、お前は何が欲しい?」

宮川博士も回りくどいことはせず、単刀直入に尋ねた。

久世は小さく頷く。

その口元には、狙い通りに事が運んだことを示すかのような、微かな笑みが浮かんでいた。

そして――

久世はアタッシュケースを開いた。

中に入っていたのは、わずかに濁った桃色の液体が収められた、小さな一本の試験管だけだった。

「……?」

宮川博士は首を傾げる。

科学者である彼ですら、その物質に見覚えはなかった。

「俺に? これは……?」

宮川博士の問いに、久世は微笑みながら答えた。

「一時的超能力血清です」

「人間に――ごく短時間だけ、超能力を与えることができます」



ご覧いただきありがとうございました! いかがでしたか?


まず、確か前回の背景情報でちらっと触れていた「超能力アイドルのヴィラン集団」ですが……なんと今回、本当に登場しました。


あのマネージャーと女の子たちは一体何者なのか?

そして、彼らはこれからどうやって小野寺たちを狙ってくるのでしょうか?


そういえば三井も、元々は前回ちょこっと書いただけの脇役だったんですが、今回まさかの本格登場となりました。

書いてみたら意外と面白いキャラになった気がします。

(まあ、たぶん今後はそんなに出番ないと思いますけど。笑)


そしてジェットとアリス。

この二人については、ずっとできるだけ「緊張感のある関係」を描こうと頑張っているんですが……ちゃんと伝わっているでしょうか?


そして今回、一番意外だったのはもちろん――ヴィラン、久世のまさかのゲスト出演です。


予想できた人はいるのでしょうか?

(それとも、とっくに忘れられてる? そもそも誰も気にしてない? 泣)


もちろん、彼のことを知らなくても特に問題はありません。

今回は本当に、あくまでゲストとして登場しただけなので。


(でも、よかったら橘煉司のほうの物語ももう一度読んで、久世の初登場を体験してみてくださいね。結構おすすめです!)


というか、最初は久世なんて一回きりのキャラだと思ってたんですよ。

まさかここに来て、エキストラ感覚でもう一度引っ張り出してくるとは、自分でも思ってませんでした。笑


ともあれ――


それぞれのストーリーラインが、少しずつ交わり始めました。


これからはおそらく、今までどうにか保たれていた「平穏なバランス」という名の幻想も、少しずつ崩れていくことになるでしょう。


小野寺の三人には、一体何が起こるのか?


果たして彼らは赤点を回避できるのか?


そして――一体誰が最初に女の子を自分の部屋へ連れ込むことができるのか?


……話が逸れました。


とにかく、次回もぜひお楽しみに!


というか、仕事が先に見つかるのと、この物語を書き終えるのと、一体どっちが先なんでしょうね……はぁ。


就活に追われているNoah Novaでした。


それでは皆さん、良い一日を!


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