第3話-何も起こらないよね?
皆さん、お待たせしました!
ついに新しい話を更新しました!
今回はいつもよりちょっとボリューム多めです。
さて、三人は今回、一体どんな楽しい学園生活を送ることになるのでしょうか……
……楽しい学園生活、だよね?
「よーし、それじゃあこの前の国語の小テストを返すぞ。赤点だった奴は放課後、俺のところに来るように。名前を呼ばれたら取りに来い」
授業も終わりに差しかかった頃、先生が次々と答案用紙を返していく。
答案を受け取った生徒たちは、さっそく互いの点数を見せ合いながらあちこちで話し始めていた。
「小野寺」
自分の名前を呼ばれ、ジェットは少し緊張しながら教壇へ向かった。
そして返された答案の点数を確認すると、ようやく少しだけ安堵の息を漏らす。
「ふぅ……よかった。とりあえず赤点は回避したし、まあ悪くないだろ」
(62点? 赤点よりちょっと上なだけじゃねえか)
(お前、カンニングしたんじゃね?)
「うるせえよ! 俺だってちょっと勉強すりゃ、これくらい取れるって言ってんだろ!」
教室中で自分や友人の点数についてあれこれ騒いでいる中、隣に座るアリスのもとにも答案が返ってきた。
彼女は一人静かに席に座り、答案を眺めている。
その表情はいつも通り――つまり、ほとんど何も浮かんでいない。
ジェットはそんな彼女を横目でちらちらと窺う。
何度か声をかけようとしては躊躇した末、ようやく意を決して口を開いた。
「な、なあ……テスト、どうだった……?」
アリスもジェットの方へ顔を向ける。
「ほら、アリスってイギリスから来たんだろ? だから国語で何かわかんないところがあったら、俺が教えてやれるかもしれないし……その……わかるだろ?」
ジェットは精いっぱい人のよさそうな笑みを浮かべてみせた。
「ありがとう……でも、たぶん大丈夫……」
「そ、そう……?」
ジェットは少し身を乗り出し、アリスの答案を覗き込む。
そしてそこに書かれていた点数を目にした瞬間――ジェットだけでなく、頭の中の二人まで思わず言葉を失った。
「は……88点!? すげえじゃん! って待てよ……国語って俺の母語だぞ? 俺、イギリス人に負けたのか……?」
予想外の敗北感に襲われ、ジェットは自分の答案を見つめながら眉間にしわを寄せた。
「今の作者の気持ちなんて誰が気にするんだよ! 俺はあいつのカウンセラーじゃねえぞ!」
(もうアリスに国語教えてもらえば?)
(もしかしたら、あいつもカンニングしたのかもな。ハハッ)
(アリスがそんなことするわけねえだろ! っていうか『も』ってなんだよ!? 俺はカンニングなんかしてねえって何回言わせんだ!)
「あ……そうだ。アリスって、何か部活に入る予定ある? もしまだ決めてないなら、よかったら……」
ジェットはこの機会にアリスを考古学研究部へ誘い、少しでも距離を縮めようとした。
「あ、ごめん。私、放課後科学研究講座に参加するつもりだから」
「なんだよそれ!? 考古学研究部だけでも十分変わってると思ってたのに!」
まったく予想していなかった答えで断られ、ジェットの頭には疑問符がいくつも浮かんだ。
「興味があるなら、どうぞ」
意外にも、アリスは講座の案内が書かれたチラシをジェットに差し出した。
(お? 時間的には考古学研究部と被ってないみたいだぞ?)
(でも課題もテストもあるって書いてあるぞ? お前みたいなバカには無理じゃね?)
(どうせ正規の単位には入らないんだし、とりあえず参加してみようぜ!)
(……ちょっと待て)
マックスは何か言いたそうにしていたが、結局は「いや、なんでもない」とでも言うように首を横に振った。
二人も少し引っかかったものの、その時は特に深く考えなかった。
「おやおや、これはこれは私の大好きな生徒、小野寺君じゃないか。何? 私の講座に参加したいって?」
職員室で、ジェットはどこか居心地悪そうに先生の前に立っていた。
対する先生は腕を組み、いかにも胡散臭そうな目で彼を見ている。
「お、俺だって……ちゃんと勉強しようと思って……」
「へえ。じゃあ量子力学とは何か、説明してみな?」
「えーっと……タイムトラベル? マルチバース? りょ、量子もつれ! それなら聞いたことある!」
「お前、アベンジャーズの見すぎじゃないか? くだらない嘘はいいから、正直に言え」
さすがにこんな見え透いた嘘で先生を騙せるはずもなく、ジェットは諦めたようにため息をつき、正直に白状した。
「俺……ただアリスともうちょっと仲良くなりたいだけなんだよ。だって……ほら、わかるだろ……?」
ジェットは気まずそうに頭を掻きながら、先生と目を合わせないように視線を逸らした。
「なんだ、最初からそう言えばいいじゃないか」
しかし、意外にも先生はそれほど驚いた様子を見せなかった。
「え……? 怒らないの?」
「私だって若い頃はあったんだぞ? それに、私が何年教師やってると思ってるんだ。まったく……」
先生は呆れたように首を横に振った。
「じゃ、じゃあ俺……」
「でも、正直に話したからって、それだけで参加させてもらえると思うなよ。お前のせいで、本気で勉強したい他の生徒に迷惑がかかったらどうする? それに、この講座が成績や単位に関係ないとはいえ、まずは普段の授業をちゃんとやるのが先だろ?」
「そ、それは……そうだけど……」
ジェットが気まずそうに俯くのを見て、先生も小さくため息をついた。
「……まあいい。来週の月曜日、講座で外部のテクノロジー企業へ見学に行く予定がある。その日の様子を見て、お前を参加させるかどうか決める。それでいいな?」
「おっ、マジで!? ありがとう先生! 大好き!」
「はいはい。まったく、最近の若い奴は……。私も娘に、お前みたいな男には気をつけろって言っておかないとな」
「ちなみに先生、俺とアリスってどれくらい脈あると思う?」
「そうだな……好感度を数値化できるとしたら、せいぜい30か40ってところじゃないか? 他の大半のクラスメイトと同じ、普通に何度か話したことがある程度。まだ『仲のいい友達』と呼べるほどじゃないな」
予想以上に的確なところを突かれ、ジェットは胸にグサリと何かが突き刺さったような気分になった。
「まあ……予想もしなかったことが起こる。それも科学の面白いところの一つだけどな」
「おっ? じゃあやっぱり、俺にもまだ全然チャンスあるってことじゃん!」
「慰めてやっただけだ。調子に乗るな。ほら、さっさと授業に戻れ。次は体育だろ? 早く着替えてグラウンドに行け。遅れることは体育の先生に伝えておいてやる」
「ありがとう、先生~。ところで先生の娘さんって可愛――」
「三秒以内にここから消えろ!」
「トリプルスレットは、バスケットボールのボールを持った状態で使う、最も基本的かつ重要な構えの一つだ。その名の通り、ボールを持った選手がシュート、ドライブ、パスという三つの選択肢を同時に取れる構えで、ディフェンス側からすれば次に何をしてくるのか予測しづらくなる……」
バスケットコートの脇では、体育教師が実際の動きを交えながら説明していた。
生徒たちはその周りに座って話を聞いていたが、クラスには普段からバスケをやっている者があまりいないせいか、いまいち興味を持てない様子の者も少なくなかった。
「そうだ。今日はちょうど別のクラスも練習してることだし、せっかくだから男子は5対5で練習試合でもやってみるか」
「えぇ……」
露骨に嫌そうな声を漏らす生徒が何人もいた。
それも無理はない。相手のクラスには、見るからに体格がよく、いかにもバスケが上手そうな男子が何人かいたからだ。
そして案の定、試合が始まってみれば完全なワンサイドゲームだった。
あっさりドライブで抜かれ、スクリーンを使った連携には振り回され、ゴール下では体格差のせいでリバウンドすらまともに取れない。
攻撃でも、経験でも体格でも勝る相手の守備をまるで崩せず、簡単にスティールされるわ、シュートはブロックされるわ、ただドリブルしているだけでも激しいプレッシャーをかけられる始末だった。
要するに、ただの練習試合だというのに、完全に格下狩りされているような惨状だった。
コート上の選手だけでなく、見ているクラスメイトたちまで気まずくなって目を逸らしたくなるほどで、応援する声すらほとんど上がらない。
試合に出ている生徒たちも次第に戦意を失っていき、焦りと疲労からミスを連発する。
点差は開く一方で、コートにはいつしか相手クラスの歓声ばかりが響いていた。
「悪い、遅れた。ちょっとトイレ行ってた」
そこへマックスが小走りでバスケットコートにやって来た。
「おっ、小野寺! ちょうどいいところに来たな! さっそく試合に入れ!」
体育教師に遅れたことを報告すると、怒られるどころか、逆にすぐさまコートへ送り込まれてしまった。
「えぇ……30点差で負けてるところから出るのかよ。もうほとんどガベージタイムじゃねえか……」
マックスはあまり乗り気ではないままコートに入り、適当に時間を潰せばいいか、くらいに考えていた。
笛が鳴り、試合が再開する。
マックスもひとまず適当にディフェンスする素振りを見せたが、相手はスクリーンを使ってあっさりと彼をかわし、そのままドライブから得点を決めた。
「おー、ナイスプレー」
「ディフェンス甘すぎ。そんなもん?」
軽く相手を褒めただけだったのに、返ってきたのはまさかの煽り文句。
その瞬間、マックスはぴたりと黙り込み、その場に立ち止まった。
次は小野寺たちのクラスのボール。
しかし、味方がインバウンドパスをミスし、あっさり相手にボールを奪われてしまう。
「楽勝~」
相手選手の一人がそう言いながら、そのまま一気にゴールへと向かう。
ボールを手に高く跳び上がり、リングはもう目と鼻の先。
誰もがそのまま得点が決まると思った――その瞬間。
突如、巨大な人影が彼の目の前に現れた。
跳び上がったその身体はリングに届かんばかりの高さまで舞い上がり、巨大な手のひらが落とす影が、まるで相手の頭ごと覆い尽くす。
「なっ……!?」
相手が反応する間もなく――
バァン!!
マックスの巨大な手がボールを叩き飛ばし、それは数メートル先まで勢いよく吹っ飛んでいった。
強烈なブロックを叩き込んだマックスは、そのまま凄まじい勢いでコートへ着地する。
何も言わない。
ただ、先ほどまでとは打って変わった冷ややかな目で、相手を見下すように睨みつけていた。
一瞬にして、コート全体が静まり返る。
「うわぁ……こりゃ面白くなってきたね」
コート脇で見ていた葵が楽しそうに笑った。
その近くに座っていたアリスもまた、小野寺へと視線を向ける。
そして試合再開。
ボールは再び相手チームへ。
先ほどと同じ、長身のバスケ部員がボールを持つ。
対するマックスは余裕そうな表情を浮かべながら、自ら彼の前へと進み出た。
「嘘だろ……どっから出てきたんだよ、あいつ……あんなに跳べるのか……?」
さっきのブロックがよほど効いたのか、相手は明らかに動揺していた。
それでもすぐに気を取り直すと、片手を振って味方に離れるよう合図する。
どうやら今度は一対一でやり返すつもりらしい。
ボールを構えると、そのまま一気にドライブを仕掛ける。
しかし、マックスもすぐさま足を動かし、ぴったりとついていって突破を許さない。
相手もさすがに経験のある選手だった。
ドライブが通じないと見るや、すぐに背中を向けてポストプレーに切り替える。
体格差を活かして、そのまま力ずくでゴール下まで押し込む――少なくとも、本人はそのつもりだった。
「お、押せない……? なんでだよ!? どう見たって俺より軽いだろ、こいつ……!」
相手の方が明らかに大柄だった。
それなのにマックスは、まるでそこに巨大な壁でも立っているかのように、いくら身体をぶつけられても微動だにしない。
「くそっ……だったら、そのまま撃つ!」
相手は諦めてボールを抱え込むと、振り向きざまにジャンプシュートを放った。
いくら力で押せなくても、身長とリーチではこちらに分がある。
――はずだった。
マックスも同時に跳び上がる。
そして――
バシッ!
放たれたボールを、片手でそのまま鷲掴みにした。
「なっ……」
ドライブも。
ポストプレーも。
ジャンプシュートも。
自分の攻撃がことごとく封じられ、相手は信じられないとでも言いたげに固まっていた。
マックスはそんな彼を見て、ただ小さく首を傾げる。
そして次の瞬間、そのまま一気に速攻へと転じた。
相手チームも慌てて全力で戻る。
だが、砲弾のようにコートを駆け抜けるマックスを止めることなどできない。
次々と相手を抜き去り、あっという間にゴール下へ。
マックスは力強く床を踏み込み、その巨体を一気に宙へと跳ね上げた。
その目に映っているのは、ただ一つ――リングだけ。
「うおおおおっ!!!」
相手も意地を見せ、全力で追いついて跳び上がった。
腕を目いっぱい伸ばし、空中でマックスのシュートを阻止しようとする。
だが――二人の身体がぶつかった瞬間。
「ぐっ!?」
まるで鋼鉄の塊にでも衝突したかのように、相手の身体だけが弾き飛ばされた。
そのまま尻もちをついてコートに倒れ込む。
一方のマックスは空中でほとんど体勢を崩すことなく、そのまま片手でボールをリングへ叩き込んだ。
ドンッ!!
豪快なダンクと共にリングが大きく揺れる。
マックスはそのまま片手でリングにぶら下がり、ほんの一瞬だけ身体を揺らすと、手を離してコートへ着地した。
そして倒れ込んだ相手の目の前に立ち――
ただ無言で、彼を見下ろした。
「……こんなもん?」
マックスはそう言いながら、片手を伸ばして手のひらを下へ向ける。
バスケットコートではお馴染みの、相手を見下すような挑発のジェスチャーだった。
葵を筆頭に、クラスメイトたちから一斉に歓声が上がる。
マックスはその歓声を気持ちよさそうに浴びながら、悠々と自陣へ戻っていった。
そしてそこからは、ほとんどマックスの独壇場だった。
攻守のほぼすべてを一人で担い、一気に点差を縮めていく。
完全に沈んでいたこちらのチームの勢いも、あっという間にひっくり返った。
もっとも、正直なところマックスにそれほど大したバスケの技術があるわけではない。
ひたすらブロック。
そこから速攻。
強引にゴール下へ切り込み、豪快なダンク。
またブロックして、また走って、また叩き込む。
――ただ圧倒的な身体能力だけで、相手を真正面から蹂躙しているだけだった。
しばらく一方的にやられ続けた相手チームも、さすがにこのままではまずいと判断したのか、戦術を変え始めた。
オフェンスでは素早くパスを回し続け、マックスの守備範囲を避けながら最もいいシュートチャンスを探す。
そしてマックスがボールを持てば、二、三人が少し距離を取りながら壁を作り、彼を外側に閉じ込めてゴール下へ入れさせない。
残りの選手もゾーンディフェンスを敷き、チーム全体の攻撃を最大限に封じ込める。
「どうだ! いくらお前が強くたって、所詮一人だ! 一人で五人を相手にできるわけないだろ!」
マックスは一度ボールを止めると――ふっと笑った。
「誰が一人だって言った?」
次の瞬間。
「三対五だろ」
ビリーへと切り替わり、その場で迷いなく跳び上がった。
放たれたボールは、美しい弧を描きながらリングへ向かい――
シュッ!
ネットだけを揺らして、鮮やかにゴールへ吸い込まれた。
「なっ……こいつ、外からも撃てるのか……!?」
「いや~、お前らが楽しそうにやってるから、俺もちょっとウズウズしてきちゃってさ~」
ビリーは笑いながら三本の指を立て、その手を軽く振ってみせた。
(そうそう! 俺たちにも少しくらい見せ場よこせよ! アリスだって見てるかもしれないんだぞ!)
そこからは、三人が次々と入れ替わりながら攻撃と守備を組み立てていった。
マックスは圧倒的なインサイドディフェンスと、戦車のような強引なドライブ。そしてウィンドミルやバックダンクなど、相手を巻き込みながら叩き込む豪快なダンクの数々。
ビリーは持ち前の反応速度を活かしたスティールと、正確なアウトサイドシュート。
ジェットは滑らかなドリブルチェンジで相手を翻弄しながら切り込み、スピンムーブからのダブルクラッチなど、スピードと身軽さを活かしたプレーを見せる。
時にはプレーの途中で人格を交代し、それぞれの長所を繋ぎ合わせるように連携する。
そうして三人は、一つの身体だけで次々と目を疑うようなスーパープレーを生み出していった。
「弱すぎだろ?」
「Night Night, Baby!」
「お前らバスケ部なんだろ? ちゃんと練習してんの?」
「よっしゃ! 楽勝、楽勝!」
「And one!!!!! フゥー!!!!」
もちろん、煽り文句やトラッシュトーク、派手なセレブレーションも欠かさない。
そして試合終了――。
たった一人の身体で、三人は30点差をひっくり返し、見事な逆転勝利を収めた。
今や先ほどまで歓声を上げていた相手クラスは完全に静まり返り、逆にこちらのクラスは大騒ぎだ。
三人は腕に力を入れて筋肉を見せつけるようなポーズを取り、大声で叫びながら何度も自分の胸を叩いていた。
まるで全国大会で優勝したばかりのスター選手にでもなったかのようなはしゃぎっぷりだった。
試合が終わると、相手チームの選手たちがぞろぞろとこちらへ歩いてくる。
(おい、なんだ? まさか負けたのが悔しくて喧嘩でも売りに来たんじゃねえだろうな?)
(上等だ。やるってんなら相手してやるよ)
マックスは一人で彼らと向き合う。
だが、相手選手たちが差し出してきたのは拳ではなく、握手を求める手だった。
「小野寺! 頼む、バスケ部に入ってくれ! お前がいれば今年は絶対全国まで行ける!」
「やだよ! ……まあ、ナイスゲーム!」
意外にも相手はかなりスポーツマンシップのある連中だったらしく、最後は互いに笑いながら握手を交わした。
すると、そこへさらに二人の女子が駆け寄ってきた。
「やっほ~、小野寺君~」
「Mom……じゃなくて、部長!? それに清水さんも? 二人ともさっきのクラスだったのか。あー……なんか、ごめん。お前らのクラス、ボコボコにしちゃって。ハハッ」
マックスは冗談めかして両手を広げた。
「もう~、ただの練習試合なんだから別にいいって」
「それにしても、小野寺君ってあんなにバスケ上手かったんだね」
「いやいや、それほどでも。それほどでも~」
一応は謙遜してみせるものの、顔に浮かんだニヤニヤ笑いまでは隠しきれていなかった。
それもそのはず。
今、目の前にいる部長と清水は、二人とも体育着姿なのだ。
制服とはまた違って身体のラインがわかりやすく、それでいてどこかゆったりとしたラフな雰囲気もある。
さっきまで激しく身体を動かしていた三人は、そんな二人を目の前にして、一瞬で別の意味でも目を奪われてしまった。
(なんか……エロい……)
(触りてぇ……やっぱ部長みたいなちょっとムチッとした体型、最強だろ……)
(いや、清水さんみたいなバランスいい体型も捨てがたいぞ……ケツも結構プリッとしてるし……)
(気のせいか? なんかめっちゃいい匂いするんだけど……)
「そうだ、小野寺君。次の部活、ちょうど校外で活動する予定なんだ! よかったらぜひ来てね。場所はあとでみんなに送るから!」
「了解! 二人とのデー……じゃなくて、部活! 楽しみにしてる!」
ちょうど授業も終わったところだったため、二人と軽く話したあと、部長と清水は先に戻っていった。
そして二人の姿が見えなくなると、三人は危うく垂れそうになっていたよだれを拭った。
(やっぱ……部長、結構いいよな……)
(お、お前……まさか……)
(いや、別にそういうんじゃねえけど……もし向こうから告白されたら、俺は100パーOKするかな)
(告白されるとしても俺だろ。どう見ても俺が一番カッコいいし)
(お前は性格が終わってるから無理だろ)
(ていうかさ、もし田中と佐藤さんが来なかったら、あの二人と俺たちだけってことだよな?)
(……やっぱあいつら二人、今のうちにボコって来られなくしようぜ! 次回!『巨乳部長とプリケツの親友に挟まれた俺は一体どうすればいい!? こうなったら両手に花しかない!』)
「うーん……なんで俺たち、さっきあんなに活躍したのに全然モテてる感じしないんだ?」
その後、三人も教室へ戻った。
ところが戻ってみれば、教室の様子は驚くほどいつも通りだった。
そのあまりの変わらなさに、ビリーは思わずぼやいてしまう。
さっきの活躍を見たクラスメイトたちが、突然ヒーローのように崇拝してくれるわけでもない。
女子がLINEを聞きに来るわけでもない。
タオルや飲み物を差し出してくれる子すらいない。
「……なんで俺たち、世界滅ぼさないんだろうな?」
悲しいことに、三人ともそんな現実にさほど驚いてすらいなかった。
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「小野寺君、あなたも参加することにしたんだ」
集合時間になると、ジェットはちょうどアリスと顔を合わせ、軽く言葉を交わしていた。
「まあな……先生が、とりあえず見学くらいならって。あ、バス来たぞ。行こうぜ」
「あ……先に行ってていいよ。私、ちょっとあとから行くから」
「そっか……? じゃあ先に乗ってるな」
ジェットは少し不思議に思ったものの、特に深く考えることなく先にバスへ向かった。
一人残ったアリスは鞄を開き、中を探り始める。
だが――。
「ない……ない……嘘でしょ……」
探していたものが見つからない。
その事実に気づいた途端、アリスの額に冷や汗が滲んだ。
焦りは次第に強くなり、それにつられるように呼吸も心拍も速くなっていく。
「予備の薬……なくなってる……」
「アリス、そろそろ出発するみたいだけど……大丈夫か?」
少し離れたところから、ジェットが彼女に声をかけた。
「ごめん、今行く」
アリスは何事もなかったかのように平静を装い、呼吸を整えてからゆっくりと歩き出した。
「……まあ、何も起こらないよね……」
――そしていつの間にか、放課後科学研究講座の企業見学の日がやって来た。
参加者は十数人程度とそれほど多くなかったが、先生はわざわざ小型の貸切バスを手配していた。
目的地へ向かう道中、先生は今日の予定について簡単に説明を始めた。
「今日、私たちが見学するのはNexora Technologies――ネクソラ・テクノロジーズだ。どれだけ有名な企業か、株価がどれだけ高いかなんて、今さら私から説明するまでもないだろう」
先生は車内の生徒たちを見渡しながら話を続ける。
「ネクソラ・テクノロジーズでは、バイオテクノロジーをはじめとした様々な分野の研究も行われている。もし将来ここでインターンとして働ける機会を掴めれば、間違いなくお前たちの将来にとって大きなプラスになる。とにかく、今日の機会を無駄にするなよ」
一行が企業の建物へ足を踏み入れると、まず目を奪われたのは、いかにも最先端企業といった雰囲気の内装やデザインだった。
広い施設内では大勢の社員や研究者たちが行き交い、どうやら自分たちの学校だけでなく、他校からも見学に来ている生徒たちがいるらしい。
その後、一行は案内に従いながら施設内を順番に見学していった。
アリスとジェットはもともと面識があることもあって自然と一緒に行動していたものの、アリスはかなり真剣に説明を聞いている。
そのせいでジェットは話しかけるタイミングすら掴めず、結局ただ黙って彼女の隣をついて歩くことしかできなかった。
ジェットはそっと先生の方へ視線を送る。
すると先生は、ただ小さく首を横に振った。
その顔には明らかに――
『だから言っただろ』
と書いてあった。
(はぁ~……つまんねえ。俺たちみたいなバカには難しすぎるって)
(だよな。もうこっそり抜け出して帰っちまおうぜ)
「続いて、こちらは遺伝子改変生物を扱っているエリアです。たとえば、ここには実験用に飼育しているクモが何匹かいます。通常のクモと比べて、より素早く、より攻撃的で、より強い力を持つように――」
研究員が説明しているのは、いくつもの飼育ケースが並べられた区画だった。
その中には、実験に使われている数匹のクモがいる。
大型モニターには拡大されたクモの姿が映し出されており、細部までよく観察できるようになっていた。
――だが、よく見えるようになったせいで、むしろ余計に気持ち悪い。
長く、びっしりと毛の生えた八本の脚。
こちらを睨んでいるかのような八つの目。
そして、はっきりと見える鋭い牙。
その姿を目にした三人は、揃って眉をひそめ、露骨に嫌そうな顔をした。
(うわ……キモ……。なんであの人たち、あんな興味津々で見られるんだよ……)
「なんかスパイダーマンみたいだな。ハハッ」
ジェットは冗談っぽく笑いながら、隣のアリスへ顔を向けた。
「……」
「えっと……スパイダーマン、知ってる? ほら、あの……」
「う、うん……スパイダーマンは知ってる。でも……」
「あ、ああ……ご、ごめん……。ていうか……アリス、大丈夫か? どこか具合悪い?」
ジェットは、アリスがいつも以上に張り詰めていることに気づいた。
顔色もどこか悪い。
「わ、私は……大丈夫……」
アリスは片手で頭を押さえる。
(Shit... please, not now... not now...)
「や、やっぱり一回休んだほうがいいんじゃないか? 俺が――」
「うっ……あ……!」
突如、激しい頭痛がアリスを襲った。
何度も押し寄せる痛みに、彼女も次第に苦痛を隠しきれなくなっていく。
どうやら一人でその場を離れ、人のいない場所へ向かおうとしているらしい。
しかし、その足取りは明らかにおぼつかない。
ふらふらとよろめきながら歩き、今にも人混みにぶつかって倒れそうになった、その瞬間――
「危ない!」
ジェットが咄嗟に手を伸ばし、アリスの身体を支えた。
だがその拍子に、彼の足が近くのテーブルにぶつかってしまう。
ガタンッ!
突然の物音に驚いた研究員が手元を狂わせ、ちょうど飼育ケースから取り出そうとしていた実験用のクモを、うっかり外へ出してしまった。
「あっ、すみません、すみません。大丈夫ですよ、問題ありませんから」
研究員はすぐにそう説明し、逃げたクモをケースへ戻そうとする。
「アリス、やっぱり俺が休めるところまで連れて――」
「No! No!!! Stay away from me!!!」
「えっ……?」
なぜかアリスは激しく拒絶し、ジェットを押し退けようとした。
何より、彼の顔を絶対に見ないようにしている。
それでもジェットは、今にも倒れそうな彼女を放っておくわけにもいかず、その身体を支え続けた。
「ち、違うって! 別に変なことするつもりじゃねえから! 俺、確かにちょっとスケベだけど、実際は――」
「うあっ……!」
再び襲ってきた激痛に耐えきれず、アリスは思わず目を見開いた。
そして、その視界に真っ先に飛び込んできたのは――
ジェット。
そして研究員の手にいる、あの実験用のクモだった。
ほんの一瞬。
アリスとジェットの視線が交わる。
その瞬間、ジェットは気づいた。
――アリスの瞳の色が、変わり始めている。
「……え?」
次の瞬間。
ジェットの意識が突然、ぐちゃぐちゃに掻き乱された。
思考がまとまらない。
自分がどこにいるのかすら、一瞬わからなくなる。
まるで突然電源を切られた機械のように全身から力が抜け――
そのまま床へと崩れ落ちた。
(ジェット! おい、ジェット! 起きろ! WTF!? 何が起きてんだよ!?)
(おいおいおい! なんで急に交代できねえんだ!? Shit! く、クモ!!!)
「う……な、なんだ……?」
ジェットはゆっくりと意識を取り戻し、目を開いた。
ほんの数秒しか経っていないはずだった。
――それなのに、目の前の世界は一変していた。
「……は?」
さっきまで研究員の手に乗るほどの大きさだった実験用のクモが、人間の何倍もの大きさにまで巨大化している。
巨大なクモは施設内を縦横無尽に暴れ回り、辺りは一瞬にして滅茶苦茶になっていた。
いくつもの実験機器が破壊され、研究室のあちこちで警告灯が点滅し、けたたましいアラームが鳴り響く。
さらにクモは、動いている人間を獲物とでも認識したのか、逃げ惑う人々を次々と追いかけ始めた。
「きゃああああっ!」
「逃げろ! 早く!」
学生も研究員も、突然の異常事態に悲鳴を上げながら逃げることしかできない。
ただでさえ不気味だった八つの目。
全身を覆う体毛。
異様に長い八本の脚。
それらすべてが巨大化したことで、身体のバランスまでどこか歪で不気味に見える。
にもかかわらず、その巨体からは想像もつかないほど素早く、力強い。
生理的な嫌悪感と圧迫感は、もはや先ほどとは比べものにならなかった。
「一体なんなんだよ、これ……!? っていうか俺、さっき……」
ジェットは頭を押さえた。
意識はまだぼんやりとしていて、強烈な不快感と吐き気にも似た感覚が残っている。
ふらつきながら周囲を見回すと、すぐ近くにアリスの姿を見つけた。
「アリス……?」
彼女は床に膝をつき、両手で頭を抱えていた。
あまりの恐怖と混乱で動けなくなってしまったのか、身体を震わせながら、何かをぶつぶつと呟き続けている。
「Fuck... no... no... no... It’s all my fault... We’re all gonna die because of me...」
「アリス……」
何を言っているのかまでは、ジェットにはよく聞き取れなかった。
それでも彼はふらつく身体を無理やり起こし、彼女のもとへ向かおうとする。
「くっ……!」
そして能力を使い、一気に駆け出そうとした――その瞬間。
「なっ……!?」
世界が歪んだ。
時間の感覚。
空間の感覚。
自分と周囲との距離。
身体のバランス。
そのすべてが、突然ぐちゃぐちゃに狂い始める。
「うおっ!? な、なんだこれ!?」
ジェットはまるで泥酔した人間のように、まともに自分の身体を制御できなくなった。
高速で走っているはずなのに、どこへ向かっているのか自分でもわからない。
その軌道は、まるでホラー映画のゾンビのように不規則に乱れ――
ガンッ!
「ぐっ!」
ドンッ!
「いってぇ!」
実験機器。
壁。
大型の装置。
周囲のあらゆるものに次々と激突し、ただでさえ混乱している研究室をさらに滅茶苦茶にしていく。
最後には大型の機械へ頭から突っ込み、全身に鈍い痛みが走った。
(ジェット!? お前、何やってんだ!?)
「知らねえよ……俺だってわかんねえ……。こんなの初めてだ……急に、能力がぶっ壊れたみたいに……」
(おいおいおい!!! 前! 前見ろ!!!)
「え――」
先ほどのジェットの滅茶苦茶な動きが、巨大グモの注意を引いてしまったらしい。
八本の脚を凄まじい勢いで動かしながら、こちらへ一直線に迫ってくる。
あれほど巨大な身体だというのに、その敏捷性はまるで失われていない。
巨大な口を開き、そのままジェットへ飛びかかった。
「うおおっ!?」
――その瞬間。
ようやく人格を交代できることに気づいたマックスが、すぐさま胸元のネックレスを押した。
姿が変わる。
次の瞬間には、飛びかかってきたクモの二本の前脚を、マックスが両手で真正面から受け止めていた。
「ぐっ……!」
足を踏ん張り、その巨体を力ずくで食い止める。
目の前には、こちらを見つめる八つの巨大な目。
そして今にも噛みついてきそうな鋭い毒牙。
マックスはそれらと真正面から向き合いながら、思いっきり顔をしかめた。
「くそっ……気持ち悪ぃ……。しかも、こいつ……思ったより力あるじゃねえか……」
巨大なクモの前脚を押さえ込みながら、マックスは顔をしかめる。
「そうだ。ジェットのこと、頼んだぞ」
(わかってる。おい、ジェット。大丈夫か?)
頭の中の世界では、ビリーがジェットに肩を貸しながら、彼を自分のベッドまで連れていって横たわらせていた。
現実の身体ほど酷い状態には見えないものの、それでもジェットは明らかにぐったりとしており、力なくベッドに横たわっている。
(こりゃダメだな……まだかなり調子悪そうだ。しばらく表には出られないかも……)
「ちっ……まだ逃げ切れてない奴がいるな……。ジェット抜きで全員守りながら戦うのは、ちょっと面倒だな……」
マックスは巨大グモを睨みつけた。
「……しょうがねえ。力ずくでいくぞ!」
「うおおおおおっ!!!」
雄叫びとともに力を込め――
ブチィッ!!
「――ッ!」
クモの脚の一本を、根元から力ずくで引き千切った。
傷口から大量のどす黒い緑色の体液が噴き出し、周囲へ飛び散る。
「うっわ、きったねえ!」
だが、マックスは構うことなく、引き千切ったその脚を両手で握りしめる。
そして――まるで巨大なバットでも振るうかのように。
「オラァッ!」
ブンッ!!
クモ自身の脚を、そのままクモの胴体へと叩きつけた。
さらにマックスは別の脚を両手で掴むと、その巨体を強引に持ち上げる。
「おおおおおっ!」
そのまま力任せに振り回し――
ズドォンッ!!
研究室の床へと叩きつけた。
巨大なクモの身体が床に激突し、その衝撃で周囲の実験機器まで巻き込まれて壊れていく。
クモは腹を上に向け、八本の脚をばたつかせながら仰向けに倒れた。
「今だ!」
マックスは一気に距離を詰める。
数歩で加速し、床を強く蹴り――高々と跳び上がった。
その身体はまるで一発の砲弾。
狙うは、無防備に晒された巨大グモの腹部中央。
「くらえ――!」
しかし、その瞬間。
クモの腹部後方から、突如として大量の糸が噴き出した。
「なっ!?」
ドバァッ!!
まるで大砲から撃ち出されたかのような勢いで、粘つく大量のクモの糸が真正面からマックスを直撃する。
「うおっ――!?」
空中にいたマックスは避けることもできず、そのまま幾重もの糸に包み込まれた。
「ぐっ……うおおおっ!!!」
全身に絡みつくクモの糸。
その粘着力も強度も、想像していたものとは桁違いだった。
「なんだよこれ……っ! クソッ、全然千切れねえ!」
マックスほどの怪力をもってしても、簡単には引き剥がせない。
全身に力を込めて暴れても、糸は伸び、絡みつき、さらに身体の自由を奪っていく。
「鋼線よりタチ悪いじゃねえか……!」
だが、巨大グモの注意が完全にマックスへ向いている間に、救助隊や警備員らしき人々が動き始めていた。
「今のうちです! 早く!」
「まだ中に残っている人を外へ!」
彼らは研究室に取り残されていた生徒や研究員、その他の職員たちを次々と避難させていく。
先ほどからその場で動けなくなっていたアリスたちも、どうやら無事に救助され、外へ運び出されていった。
マックスは全身に力を込め、何重にも巻きついたクモの糸を一枚ずつ強引に引き裂いていく。
「ぐっ……このっ……!」
ブチッ、ブチッ、と糸が次々に千切れていく。
だがその一方で、巨大グモも自ら吐き出した糸を伝い、凄まじい速さでマックスへと迫っていた。
「あと……ちょっと……!」
そしてようやく最後の糸を引き千切り、マックスが拘束から抜け出した――その瞬間。
巨大グモが大口を開け、真正面から飛びかかってきた。
「っ!」
マックスは反射的に片腕を突き出して防ごうとする。
ガブッ!
「ぐあっ!!!」
鋭い牙が、その腕へと食い込んだ。
だが、マックスもほぼ同時に空いているもう片方の拳を握りしめる。
「この野郎ッ!」
ドゴォッ!!
強烈なアッパーカットが、巨大グモの頭部を真下から捉えた。
そのままマックスはクモの身体を掴み、もつれ合うようにして地面へと落下する。
ズドンッ!!
「まだだ!」
ダメージを受けたクモが体勢を立て直すよりも早く、マックスはその頭部へ両拳を叩きつけた。
グシャッ!!
凄まじい威力に、両手がそのままクモの頭部へめり込む。
「ギィィィィッ!!!」
巨大グモが激しく暴れる。
しかし、マックスはめり込んだ両腕でその頭を押さえつけ、無理やりその場に固定した。
「動くんじゃ……ねえッ!」
そして――
「オラァァァッ!!!」
下から全力で膝を突き上げた。
グシャァッ!!!
巨大グモの頭部が、衝撃に耐えきれず一気に弾け飛ぶ。
体内からどす黒い緑色の液体が噴水のように噴き出し、辺り一面へと飛び散った。
当然、その真正面にいたマックスも――
「うわっ、ちょっ――!」
頭から全身まで、まともに浴びることになった。
「…………」
巨大グモはそのまま力なく地面へ倒れ込み、今度こそ完全に動かなくなった。
「うわぁ……くそ、痛ぇ……!」
戦いが終わり、マックスは先ほど噛まれた腕を押さえた。
頑丈な肉体のおかげで牙はそれほど深くまで刺さっていなかったものの、どうやら問題は傷そのものではないらしい。
「……ん?」
噛まれた腕が、徐々に痺れ始める。
やがて指先にまで力が入りづらくなり、一時的に腕全体がまともに動かせなくなってきた。
(マックス! 大丈夫か!?)
「大丈夫だ……この程度の毒で俺が死ぬわけねえ……。たぶん、一時的なもんだ……」
そう答えた――その時だった。
ピクッ。
「……あ?」
今しがた頭を吹き飛ばしたはずの巨大グモの脚が、わずかに動いた。
そして――
ムクリ。
頭部を失ったその身体が、再び起き上がった。
「WTF!? まだ死んでねえのかよ!!!」
まるでゾンビのように動き出した巨大グモ。
ただし、今度はマックスを狙っているわけではなかった。
頭を失ったせいなのか、文字通り頭のない虫のように、何の目的もなく研究室中を滅茶苦茶に走り回り始める。
ドンッ!
ガシャァン!!
巨大な身体が次々と実験機器へ衝突し、破壊していく。
その拍子に傷ついた配線から火花が散り――やがて炎が上がった。
「おいおい……マジかよ……!」
さらに腹部からは、痙攣するたびにクモの糸が無秩序に噴き出している。
その糸が周囲へ張り巡らされるにつれ、発生した炎まで次々と広がっていった。
天井から自動消火設備の水が降り注ぐものの、すでに広範囲へ伸びた糸と火を完全に抑え込むには至らない。
「くそっ……結局、死体蹴りまでしなきゃならねえのかよ……」
マックスは痺れた腕を押さえながら、暴れ続ける巨大グモを睨みつけた。
「このまま放っといたら……こいつ、マジで建物ごとぶっ壊すぞ……」
「俺に代われ。今のお前じゃまともに動けないだろ」
ビリーが身体の主導権を引き継いだ。
「さて、と……まずはこっちをどうにかするか」
ビリーは自分の身体の中へ軽く電流を巡らせ、痺れた腕や筋肉を電気刺激で無理やり動かしていく。
「……よし。多少はマシになったな」
そして改めて、頭を失ったまま暴れ回る巨大グモへと目を向ける。
両手を前へ突き出し、全身のエネルギーを集中させた。
「今度こそ……大人しくしてろ!」
次の瞬間――
バリバリバリッ!!!
両手から凄まじい紫色の雷撃が放たれ、巨大グモの身体を真正面から貫いた。
「ギィィィィィッ!!!」
頭部のない身体がその場で硬直し、激しく痙攣する。
凄まじい電流によって、先ほどまで暴れ回っていた巨体は完全にその場へ縫い止められていた。
「まだだ……!」
ビリーはさらに出力を上げる。
バチッ! バチバチッ!!
蜘蛛の身体には次第に亀裂や傷が増え始め、その隙間から紫色の光が漏れ出していく。
だが――電気が流れていたのは、蜘蛛の身体だけではなかった。
「……ん?」
研究室中に張り巡らされた大量のクモの糸。
そこへ電撃が伝わり、紫色の閃光が蜘蛛の巣を伝って次々と周囲へ広がっていく。
そして、その先には――高価そうな実験装置や精密機器がいくつも並んでいた。
バチバチッ!
「……まあ、いいか」
今はそれどころではない。
ビリーは再び巨大グモへ意識を集中させた。
「うおおおおおおっ!!!」
さらに出力を上げる。
身体中を走る雷撃はますます激しくなり、巨大グモの巨体そのものが限界を迎え始める。
そして――ある一点を超えた瞬間。
ドォォォン!!!
その身体が、内側から一気に弾け飛んだ。
肉片と体液が四方八方へ飛び散り――
ベチャッ!
ベチャベチャッ!!
壁。
床。
天井。
実験機器。
まるで研究室全体を新しい色に塗り直したかのように、クモの肉片と粘液がそこら中へこびりついた。
「…………」
ビリーも全身にその洗礼を浴びたまま、しばらく無言で立ち尽くす。
「うぇ……マジで気持ち悪ぃ……」
顔についた粘液を手で拭い、服にこびりついた汚れを嫌そうに払う。
――そこでようやく、ビリーは周囲の異変に気づいた。
「……ん?」
先ほど電流が流れ込んだ、いかにも高価そうな実験機器。
そのいくつもに、赤い警告表示が浮かび上がっている。
『WARNING』
『SYSTEM OVERLOAD』
『WARNING』
「…………」
ピッ……ピッ……ピッ……。
機械から鳴り響く警告音。
点滅するランプ。
その間隔が、少しずつ短くなっていく。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ――
「……これ、なんかヤバくね?」
その時。
パチッ――。
頭上から、小さな火花が落ちた。
ビリーがゆっくりと顔を上げる。
先ほどの戦闘で破損した天井の配管やケーブルが垂れ下がり、あちこちから火花を散らしている。
そして、そのうちの一本が――
今にも、過負荷状態の実験装置の真上へ落ちようとしていた。
「…………Oh, shit!!!!」
次の瞬間、ビリーは全力で踵を返した。
「逃げろおおおおお!!!」
直後――
ドォン!!!
背後から凄まじい爆発音と衝撃波が襲いかかる。
「うおおおおっ!?」
さらに別の装置へ引火し――
ドンッ! ドォォン!!
連鎖するように爆発が起こり、炎が一気に研究室を呑み込んでいった。
「マジかよ! マジかよ! マジかよ!!!」
もはや出口を探している余裕などない。
次々と迫ってくる爆炎から逃げながら、ビリーは目の前の壁へ両手を向けた。
「邪魔だぁぁぁっ!!!」
ドゴォン!!!
壁を力ずくでぶち抜き、巨大な穴を開ける。
そのまま一切振り返ることなく全速力で走り――
「うおおおおおおっ!!!」
勢いのまま、大きく外へと飛び出した。
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建物の外にある広場には、先ほど中から避難してきた人々が大勢集まっていた。
誰もがまだ恐怖と混乱から抜けきれておらず、中には軽傷から重傷まで、様々な怪我を負った者もいる。
そのため現場には何台もの救急車が駆けつけ、救急隊員たちが負傷者の手当てに追われていた。
さらに消防車やパトカーも次々と到着し、辺りは騒然としている。
アリス自身に目立った外傷はなかったものの、今はその場に座り、酸素マスクを口元に当てながらゆっくりと呼吸を整えていた。
それでも、顔色はまだあまりよくない。
「アリス! 大丈夫か!?」
先生が慌てた様子で駆け寄り、彼女の状態を確認する。
「わ、私は……大丈夫……」
「そうか……よかった……」
先生はひとまず安堵したように息を吐いた。
だが、すぐに周囲を見回す。
「そうだ。小野寺を見なかったか?」
「……!」
その名前を聞いた瞬間、アリスの手が止まった。
額に冷や汗を浮かべながら、ゆっくりと先生の方へ顔を上げる。
「まさか……まだ、外に出てないんですか……?」
先ほどの研究室はあまりにも混乱しており、避難する際に生徒たちは完全にバラバラになってしまっていた。
そのため先生も、先ほどからあちこちを走り回りながら、一人ずつ生徒の無事を確認していたのだ。
「どこを探しても見つからないんだ。まったく、あいつ一体どこに――」
ドォォン!!!
その時。
突然、建物の上階から巨大な爆発音が響き渡った。
「な、なんだ!?」
その場にいた全員が一斉に顔を上げる。
建物の壁の一部が吹き飛び、大きな穴が開いていた。
そして――
その穴から、一人の人影が飛び出してきた。
「……え?」
黒を基調としたサイバー風の機能的なスーツ。
一見すれば、まるでどこかのスーパーヒーローのような格好だった。
そしてその人物は、片手に掴んだクモの糸をロープ代わりにして――
建物から大きくスイングしていた。
もちろん、スパイダーマンではない。
高層階からそのまま飛び降りればさすがに危険なため、たまたま手に入れたクモの糸を使って落下速度を少しでも殺そうとしているだけだった。
ドォン! ドドォン!!
背後の穴から、さらに連続して爆発音が響く。
内部では炎と火花が激しく舞い、地上にいる人々にまで微かな振動が伝わってきた。
「うわあああああああっ!!!」
空中では、そのヒーローらしき人物が必死にクモの糸へしがみつきながら、激しく身体を揺らしていた。
どうやら本人にも、あまり余裕はないらしい。
クモの糸のおかげで落下の勢い自体はある程度抑えられていた。
しかし、建物から飛び散った火の粉が糸へ燃え移り、少しずつ繊維が傷んでいく。
ブチッ。
「……え?」
ブチブチッ!
「ちょ、待て待て待て――!」
そして地面まであと少しというところで――
ブチィッ!!
「ああああああっ!!!」
糸が完全に千切れた。
ドサッ!!
幸い、すでに大怪我をするほどの高さではなかった。
男は咄嗟に身体を捻って着地しようとしたものの、結局はかなり無様な姿勢で地面へ叩きつけられた。
「ぐあっ……! くそっ……俺の膝……」
しばらく膝を押さえて悶絶していたものの、どうやら大きな怪我はしていないらしい。
男はよろよろと身体を起こす。
すると――
「いたぞ!」
「あの人、今建物から出てきたよね!?」
現場にいた記者らしき人々が、その姿を見るなり一斉に駆け寄ってきた。
周囲にいた人々もスマートフォンを取り出し、次々と写真や動画を撮り始める。
少し離れた場所にいたアリスは、目を細めながらその人物をじっと観察していた。
「すみません! 中で一体何が起きていたんですか!?」
「あなたはスーパーヒーローなんですか!?」
「もう安全なんですか!?」
「えっ……あ、いや……俺は……その……」
突然大勢に囲まれ、質問攻めにされた男は明らかに困惑していた。
「俺……えっと……」
どう答えればいいのかわからず、視線を泳がせる。
そして――
「……あ、そうだ」
バチッ!
次の瞬間、男の身体から強烈な電磁波が放たれた。
「えっ?」
「な、何!?」
周囲のスマートフォンやカメラなどの電子機器が一斉に乱れ、画面にノイズが走る。
人々が突然の異常に気を取られた、その隙に――
「今だ!」
男は人混みを抜け出し、そのまま一目散に現場から逃げ去っていった。
「先生! 小野寺君、見つかりました!」
しばらくして、一人の生徒が慌てて先生のもとへ駆け寄ってきた。
「本当か!? どこだ?」
先生はすぐさまその生徒について走っていく。
アリスもその言葉を聞くと、心配と好奇心が入り混じったような表情を浮かべながら、ゆっくりと立ち上がった。
そして酸素マスクを手にしたまま、先生たちのあとを追う。
そこには――
救急車のそばに腰掛けている小野寺の姿があった。
一、二人の救急隊員が彼の傷を簡単に手当てしており、身体には毛布が掛けられている。
手足にはいくつか擦り傷が見えるものの、幸い大きな怪我ではなさそうだった。
「おお! こんなところにいたのか! よかった……! 大丈夫か!?」
小野寺の姿を確認した先生は、ようやく心の底から安堵したように息を吐いた。
「さっきは人が多すぎて、避難してるうちにみんなとはぐれちゃったみたいです。心配かけてすみません」
「そんなことはどうでもいい! 無事ならそれでいいんだ。身体は本当に大丈夫なんだな?」
「大丈夫ですよ。こんなのかすり傷みたいなもんです! 先生、俺は小野寺ですよ? 心配しないでください!」
「はぁ~……こんな時でも笑ってられるんだから、お前にはある意味感心するよ」
先生は呆れたようにため息をつきながらも、その表情にはまだ安堵の色が残っていた。
「まさかこんな事故が起きるとはな……。どうやら私たちもしばらくここから動けそうにない。とにかく、今はゆっくり休んでろ。私は他の生徒たちの無事も確認してくる」
「はい。ありがとうございます、先生」
先生がその場を離れると、ビリーはようやく肩の力を抜き、大きく息を吐いた。
「はぁぁぁ……」
そして周囲をさりげなく見回し、今の状況を確認する。
(それにしても……さっきのは一体なんだったんだ? なんであのクモが……)
「お、小野寺君……」
「ん?」
少し離れたところから、アリスがおそるおそる声をかけてきた。
「だ、大丈夫……?」
その表情には、心配だけではない。
どこか不安そうな、それでいて驚きを隠しきれていないような様子が滲んでいた。
「俺? 俺は……まあ、大丈夫。たぶん」
「ほ、本当に……?」
アリスは少しだけ距離を縮める。
まるで自分の目で、本当に無事なのか確かめようとしているかのようだった。
一瞬、手を伸ばしかける。
だが――結局、その手は途中で止まり、そっと引っ込められた。
「それよりアリスこそ大丈夫か? まだそれ使ってるじゃん」
ビリーは彼女が手にしている酸素マスクへ目をやった。
そして自分の腰を少し横へずらし、隣に座れるだけのスペースを空ける。
「ほら。よかったら座れよ」
「……うん」
アリスは一瞬ためらったものの、小さく頷いて彼の隣へ腰を下ろした。
ただし――
ほんの少しだけ。
意図的とも思える程度に、小野寺との間に距離を空けて。
頭の中の世界では、マックスが先ほどクモに噛まれた腕を軽く押さえていた。
一方、ジェットの方は先ほどよりいくらか回復したらしく、ベッドの上で身体を起こせる程度にはなっていた。
とはいえ、まだ片手で頭を押さえながら浅く息をしており、顔色も決してよくはない。
(大丈夫か?)
マックスが尋ねる。
(さっきよりはマシ……。超高速の新陳代謝があって助かったよ……。お前は?)
(残念ながら、スパイダーマンにはなれそうにないな)
マックスが冗談半分にそう言うと、ジェットも思わず苦笑を浮かべた。
(……で、結局あの時、何が起きたんだ?)
そう尋ねられると、ジェットの表情から笑みが消えた。
少し考え込むように黙り込み、やがて真剣な表情を浮かべる。
(俺……見たんだ)
(何を?)
(スローモーションで……ほんの一瞬だけ……)
ジェットはゆっくりと顔を上げた。
その視線の先にいるのは――現実世界で小野寺の隣に座っているアリスだった。
「アリス、お前……」
ビリーが彼女の方へ顔を向け、口を開く。
「……!」
その瞬間、アリスの身体がわずかに強張った。
明らかに動揺したような様子を見せ、何よりビリーと目を合わせようとしない。
「…………いや、なんでもない」
ビリーはそれ以上何も言わなかった。
「……そっか」
アリスはほんの少しだけ安堵したように息を吐き、そっと小野寺の方へ顔を向ける。
その時――
「……?」
彼女は、小野寺の服の裾に何かが付着していることに気づいた。
アリスは手を伸ばし、それを指先で摘まみ取る。
白い、細い繊維状の物体。
しかも、わずかに粘ついている。
「…………」
それを見た瞬間、ビリーの表情が僅かに引きつった。
(……やべ)
「これ……」
アリスは指先に摘まんだ白い糸を見つめる。
――クモの糸。
そしてゆっくりと顔を上げ、先ほどスーパーヒーローらしき人物が落下してきた場所へ視線を向けた。
それからもう一度――
目の前にいる小野寺を見る。
「小野寺君……」
「な、何……?」
「さっき……中で、何があったの?」
「俺? え、えっと……なんか気づいたらみんなと一緒に逃げてて……別に何も……うん……」
あまりにも歯切れの悪い返事。
アリスは何も言わず、ただじっと小野寺を見つめていた。
(まだ断言はできないけど……アリスって、もしかして……)
ジェットが、頭の中の二人へ呟く。
同じ頃。
アリスもまた、手の中のクモの糸を見つめながら思っていた。
(小野寺君……まさか……)
そして――
二人の疑念が、同時に一つの答えへ辿り着く。
((――超能力者……?))
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
楽しんでいただけたなら嬉しいです!
物語もようやく、少しずつ本筋に入り始めましたね。
……まさか、これがスーパーヒーローものだって忘れてた人はいませんよね?
とはいえ、学園生活の話を書いているのも、実は自分自身かなり楽しかったりします(笑)。
まあ、とにかく!
楽しい学園生活がこれで終わってしまうわけではありません!
ただ……これからは少しずつ、いろんな問題も増えていくかもしれませんね。
それから、後半を読んでくださった方ならお気づきだと思いますが、思いっきりスパイダーマンをネタにしてます。ハハッ。
そういえば皆さん、最新のスパイダーマン映画はもう観ましたか?
個人的には結構よかったと思います。気になっている方にはオススメですよ!
というわけで、今回も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
次回もぜひお楽しみに!
Noah Novaでした。
皆さん、どうか素敵な一日を!




