第26話
「大丈夫じゃない」
俺はもう一度小さく呟いた
「珍しいこと言うね」
マリチは顎に手を当てながら、不思議そうな顔をしたのち
状態異常回復魔法をかけながら俺の身体をじろじろ観察している
(効果なし)
「ふだんは感情の起伏のなさそうな湊君がねえ」
日枝さんもやや意外そうにしている
「明らかに失敗をしていても、それを認めないしリアクションの薄いのがうちの兄なんです」
俺の事、そんな風に思っとったんかいうちの妹
転移されてきたのはマリチの家の庭の畑
少し顔を傾けると、そこには淡く輝く扉が見える
再び頭を戻すと、そこにあるのはソーマファンタジー世界の空
一つの太陽と、形の良い幾つかの雲
ここはファンタジー世界を愛する者たちの憧れを集めて作られたような世界だ
朦朧としていた意識も徐々にはっきりしてきた
俺はむくりと状態を起こした
「お」
いつのまにか持ってきていたコップをマリチから受け取り、俺はその中に満たされていた冷たい水をゆっくりと飲み干す
「んで、何が大丈夫じゃないのか聞かせてもらってもいい?」
草の上に座ったままの俺の横にしゃがみ込み、目線の高さを合わせる日枝薫
「まだ確証はないけど…カオスドラゴン……」
「ん。あのドラゴンがどうかしたん?」
マリチの片方の眉がぴくっと上がった
「めっちゃ強いかもしれない」
「ほー」
マリチは飲み干した俺のコップを受け取りながら笑った
「確かにヨーイチが初めてこの世界に来た時に戦ったな」
「一撃ではなかった」
「というかかなり時間かかったねえ」
そう。俺がこちらに来てからのソーファン世界は、まるで時が巻き戻ったかのようにモンスターのレベルも低く、冒険者たちやこの世界に住んでいる人たちのレベルも未熟な世界だ
だが、その一瞬前に戦ったはずのカオスドラゴンはそれなりに強敵だった
俺だから攻撃を受け続けられたし、マリチだからダメージを与え続けることができた
そしてあの戦いのあとから、俺は二つの世界で圧倒的な力を使うことができるようになったのだ
「頑張らなねえ」
マリチは別の手に持っていた謎の木の実をムシャリと齧った
……そして……これはあまりにも不確定な想像すぎるから言葉にするのも憚られてあえて言わなかったが、神獣たちの最後の一言……『混沌は異界より来て、異界へ還る』
これ、めちゃくちゃ気になってるんだよな
俺たちにとってはソーファン世界が異界なんだけど、神獣たちにとっては俺たちの『現実世界』が『異界』なのでは?
呼び出した神獣たちは基本的に魔力で形を成しているだけの『影』だ
意思の疎通をしたり何かを聞いたりはできない
基本的にこちらから精霊界に干渉することは、なにか特殊なイベントでもない限りできない
ましてや神界にアクセスするなど到底こちらからできるものではないし……
一人思考を重ねている俺をみて、まだ調子が不安定と受け取ったのだろうか
日枝薫は努めて明るい声で言った
「あ、そういえばまた扉が出てるね!世界一周ハードだったし、一回戻るよね?」
俺はその言葉で一旦思考を止めると、よっこいせと立ち上がった
「これをくぐったら現実に戻れるんだね」
曜はもうドアに手をかけようとしている
「ちょっと待った!!!」
俺はわりと大きめの声でそれを否定した
その勢いに全員が一斉にこっちを振り返る
だがその視線を振り払うように俺は一番当初の目的を推進することとした
「一番最初の目的を忘れてた」
「目的?」
曜は不思議にそうに聞き返してくる
が、その短い言葉の中に早く帰らせろというオーラがにじみ出ている
「聖獣を扱う訓練をしてからだ……」
そう
そもそもに曜をこの世界に連れてきたのは、俺と異世界の関係がバレそうになったからってのも勿論あるが、真の目的はいじめなど軽く凌駕する冒険者の力を身に付けさせるためだ
「え~」
露骨に面倒くさそうな顔をする曜
「まあまあヒカリ。せっかく契約したんだし基礎的な履行ぐらいは把握しといたほうがいいよ」
履行とは、召喚された聖獣や神獣たちのつかう様々な能力の事である
レベルは低くてもいいが、ちゃんと聖獣カーバンクルの守護が発動しないと意味がない
「あと魔法も魔導書読んだだけで実戦で使ってないのも勿体ないよ!」
ということで
日枝さんとマリチの少しのレッスンで最低限の魔法と、神獣の履行は把握できただろう
「レベル1だとサブクラスの能力を発揮できないから、最後に仕上げで」
俺たちはマリチの家の畑の外に出た
後ろは古代樹の森、前には大草原。遠くには魔法連邦の城壁と聖なる塔が小さく見えている
「ここってモンスターとか出るの?」
あまりにものどかな風景なので、日枝さんは不思議そうに言う
だがマリチはそれには答えずニヤリと笑った
そして、突如そこらへんに生えていた草を掴む
そして
ズボッ
ピョエーーーーー!!!!
突如叫びだした草の根っこの首をすかさず締める
ピョピョピョ……
あ、もう死にそう
「じゃあこのマンドラゴラを今から解き放つので、ヒカリはカーバンクルと炎魔法で倒すんだ!」
そしてそれが言い終わらないうちにマンドラを放り投げる
ピョエ~~~~~~~~!!
魔草は放り投げられたままの勢いで曜のほうに走っていく
「え、そんないきなり!?え、と…火球!!」
ヒカリの手から小さな炎が飛び出て見当違いの草を燃やす
ドドドドド…!!
そういってる間にもマンドラは走ってくる
「火球!…火球!!」
全然命中しないままにマンドラはジャンピングヘッドバットで曜に突撃した
ギィィィン!
「お」
カーバンクルが出てきて光る障壁を展開した
「ヒカリ。魔法はちゃんと狙えば基本外れないんだよ。意識で狙うのだ」
「狙う?!」
「頭の中で対象を正確に指定すれば確実に当たる」
どうも俺とマリチのいうことがピンと来てないようだ
俺は日枝さんに目配せする
「曜ちゃん!自分の一番得意なポーズでいいんだよ。何か狙うイメージない?」
「えええ…っと急に言われてもわからないけど、弓矢とかですかね!?」
「おっけーじゃあ矢を引きしぼるジェスチャーで」
曜はカーバンクルの障壁に何度もヘッドバットしてくるマンドラをドン引きしながらみつめていたが、おそるおそる弓を引くような動作をとる
「そうそう。そこでしっかり対象をみながら魔力を放つ!」
「炎を放つイメージ!ファイヤボルト!!」
右手で弓を放つと、左手から矢のような炎が飛び…
ピョゲッ
マンドラはパタッと倒れた
実はこのマンドラ。古代樹の森に住む上位種でけっこう強い
だが最初のマリチの握り潰しでほとんど死んでいる
シュワワ~~
「あ、曜ちゃんレベルあがった。おめでとう~」
日枝さんがぱちぱちと手を叩く
『調べる』と、曜のレベルは5に上がっている
まあ、これでも常人は相手にもならないだろうし、いいか
「俺が前にあげた護符持ってる?」
「これ?」
レベル上がってニヤニヤしていた曜がポケットから護符を出す
「そうそう。それがあればカーバンクルは常に出してて大丈夫だから」
「聖獣の維持にはMPがいるんだったね」
妹もファンタジー世界のことがだいぶわかってきたようでいいことだ
「あ、あと周りから武器と防具は見えないようにしてるけど、武器はしまっとく方がいいぞ…」
俺は初めて曜がスライムを殴って地面がえぐれたことを思い出しながら忠告しといた
そして俺たちは扉をくぐった
にこやかに手を振るマリチを残して
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