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【完結】放置されたい私と何も知らない旦那様  作者: 鉤咲蓮
五章 これからの二人

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26.何年振りかの家族会議




 応接室の中にいたのは四人。

 まず三人掛けのソファの前では、一斉に立ち上がったのだろうヴィンケル伯爵家の面々が目と口を大きく開けていた。

 ユリウスの両親と、妹のロッテである。


 ――そっくりだわ。


 驚いた時の仕草というのは、親子だけでなく夫婦も似るものなのかもしれない。

 一瞬流れた静寂の間に、マリアンネは肘掛け椅子に座らされているプリスカを見つけた。

 頭に包帯を巻いているが意識ははっきりしているようで、ふらつきながらも立ち上がろうとする彼女を小さな手振りで止める。


 そして家族の驚きぶりを受け、さすがのユリウスも表情を変え――なかった。

 平常運転極まりない顔で一つ頷き、彼は口を開く。


「戻りました。」

「「ユリウス!!」」

「お兄様ッ!!」

 ようやく時が動き出した三人に笑いかけるでもなく、ユリウスはマリアンネをちらと振り返る。

 マリアンネは促されるまま、重ねた手に導かれるままに三人の近くへ歩いた。


 ――ユリウス様が着ているゼイルの騎士服はいいとして、私の格好に動揺されるかと思ったけれど…


「少し久し振りですね。」

「ユリウス、何年振りを《少し》とは言わないぞ。本っ当に久し振りだ。」

「これを機に筆不精を直してちょうだい!長期任務があるなんて、貴方ちっとも…!」

 どうやら嫁いできた娘の格好より、帰ってきた息子の方が問題のようである。

 まったく……と揃って首を横に振る伯爵夫妻の横で、胸を押さえたロッテはマリアンネを見つめて目を潤ませていた。


「お義姉(ねえ)様、ご無事で…!」

 油断して視線が横にずれたら、「お兄様ァ!」と叫んでその胸板に拳を突き出してしまいそうだ。

 兄を殴るつもりなど毛頭ないし、手のひらで軽く受け止めて「うん?」と聞き返してくるだろうけれど――それでも叫び、拳を突き出したい気分である。色々な感情(もの)を込めて。


 しかしお義姉様の前でそんな事はすまいと、押さえた胸骨が痛むほどに耐えている。

 ロッテはただ、トラブルに怯えて不安だった可愛い義妹なのだ。


「わたくし何が何だか、とにかく心配で…!」

「あの時はごめんなさい、ロッテさん。ろくに説明もできなくて」

「いいんです。デルクス伯爵から聞きました、どんなに大変な状況だったか……」

 ほろりと流れた涙を白いハンカチでそっと拭い、ロッテは懸命に明るく笑う。

 微笑んでくれたマリアンネは彼女の美しさを表現しきれない質素な服装ではあったが、今はそれが却って聖母のような光を――


「父上、母上。こちらマリアンネ嬢です。俺の妻になってくれるという」


 ――っお兄様!!


 なんとマイペース、なんと相変わらず、なんとこの男こそはロッテの兄、ユリウス・ヴィンケルである。

 心の中で叱りつつも懐かしさについしみじみするロッテの横で、両親がぱちくりと瞬いた。彼らは反射的にマリアンネと顔を見合わせ、自分達の息子に視線を戻す。


「うむ……知っている。」

「知っているのよ、貴方より先に。」

「…そうか、確かに?」

 こてりと首を傾げるユリウスの心境としては、どちらかと言えばシーラを連れて帰った感覚だったのだろうか――などと、マリアンネは推測した。

 なにせ彼は、自分の家族とマリアンネが揃うところを初めて見たのだ。

 ついくすくす笑って、自然と集まった視線を見返した。


「皆様、ひとまず座りましょう。話はそれからに。」


 三人は元通りソファに座り、その向かいにユリウスとマリアンネも腰を下ろした。

 まず口を開いたのはヴィンケル伯爵だ。


「ユリウス、マリアンネ嬢…まずは、無事に帰ってきてくれてありがとう。といってもこちらが聞いているのは、ユリウスの任務地がゼイルで、マリアンネ嬢が…居合わせたこと、魔物の襲撃があったことくらいだ。」

「その通りです。俺は別人に姿を変え、ゼイルにて潜入捜査をしていました。」

「そ、そんな危険な場所に何も言わずに行くなんて……!」

「やめなさい。任地を言えないのは仕方がない」

 声を震わせる夫人を伯爵は宥めたが、せめて王都を留守にする事くらいは報せてほしかった親心である。

 しかし伯爵達とて、息子の返事がないままに結婚を進めたのは悪手だった。

 ロッテが膝の上に置いた手をぎゅっと握り締める。


「お兄様はずっとゼイルにいた……ですから、ええ。お二人の結婚式について、お義姉様は当然の疑問をお持ちでしょう。」

「…そうね。結婚式に数分だけ駆け付けたユリウス様は、誰だったのかしら。」

 既に見当はついているのだろう。

 マリアンネは静かにロッテを見つめていた。一つ頷いて、ロッテは両親と共に深く頭を下げる。


「わたくしです。本当に申し訳ありませんでした」

「騙して申し訳なかった、マリアンネ嬢。ロッテに命じたのは、当主である私です。貴女もユリウスも、何も悪くない。だからこそ式を中断するのも、まして一人で歩かせる事も、したくなかった……!」

「…お三方とも、顔を上げてください。あれは、貴女の魔法だったのね?」

 ロッテは体調不良で結婚式を欠席した。

 マリアンネがそれを伯爵達から告げられたのは式の時間が迫った頃。その時にはもう、ロッテが成り代わる事は決定していたのだろう。


「はい。変身の魔法……自分の身体を別人に変える事ができます。強く記憶している相手なら、たとえその場にいなくても。」


 ――記憶している相手……だからあの時のユリウス様は、聞いていたより若かったのね。本人を見てからもそのズレが不思議だったけれど、合点がいったわ…。


「そう……話してくれてありがとう。お義父様、お義母様も、どうか気に病まないでください。あの日正直に話していたらきっと、わたくしの家族は結婚に反対したでしょう。結果論ではありますが……これでよかったのです。」

「お義姉様…」

 伯爵が「ありがとう」と改めて深く頭を下げ、妻と娘もそれに倣った。

 しかし頭を下げるべきなのは、マリアンネも同じこと。隣に座るユリウスをちらと見てみると、こちらの気持ちをわかっているのかいないのか、彼は僅かに眼差しを和らげた。

 不思議と肩の力が抜ける。「大丈夫」と言われた気がした。


「次はわたくしが説明し、謝罪させて頂く番です。」

「謝る事など!…いやしかし…うぅむ、説明は確かに……」

「あなた、今はマリアンネさんの話を聞きましょう。」

 夫人の言葉にロッテが力強く頷く。

 母が言うのが遅ければ、ロッテが「お父様、静かに!」と言っていたところだ。

 待ってくれたマリアンネが優しくも儚い微笑みを浮かべる。


「わたくしは……実は、何も病弱ではないのです。」

「うむ!?」

「お義姉様が!?」

「まさか…!」

「騙していて申し訳ありません。」

 頭を下げるマリアンネの横で、ユリウスは自分の家族が驚く様子を不思議そうに見ていた。

 彼にしてみれば、シーラことマリアンネが健康的で活発な女性である事など周知の事実なのだ。


「プリスカと主治医の先生だけは協力者でしたが、人知れず外に出て……色々な町や人を知るのが好きでした。家族は心配するので伝えずにいたところ、病で伏せっていると誤解されたのです。外出を知られたら禁止されると思い、わたくしはその誤解を解きませんでした。」

「だが、どうやってゼイルのような辺境に……」

「詳細は省きますが、わたくしは離れた地点を繋ぐ事ができます。外出の度に足を延ばし、辿り着いたのがゼイルでした。街の方々には本当によくして頂いて…このお屋敷に来てからも、夜は密かに抜け出してあちらで別人を名乗っていたのです。」

「……なんという事だ」

 呆気にとられ、伯爵が呟いた。

 夫人とロッテは何も言葉を紡げず、口元に手やハンカチをあてて驚きを隠している。


 離れた二点を繋ぐ魔法など、どんな組織も喉から手が出るほど欲しい魔法だ。

 伯爵は咄嗟に覚悟を問う目でユリウスを見た。


 ――お前は、この子を守らねばならないぞ。


 ――勿論です。


 わかっているなら、いい。

 力を抜き、伯爵は額に滲んだ汗をハンカチで拭う。ロッテは漏れ出そうな声を必死に抑えながら兄と義姉を交互に見ていた。


 ――つまり二人は、婚約の話より先に出会ってたってこと!?それにお義姉様はゼイルが怖くないどころか、窮地に自ら動いて、街のために……そんな人に出逢えていた、それってもう運命じゃない!


 今やロッテの脳内ではリンゴンと教会の鐘が鳴り響き、頬を赤く染めたマリアンネの肩をユリウスが愛おしそうに抱き寄せ、二人はきらきらと輝きに包まれ、その周囲では五人に分身したロッテが笑顔で感涙しながら花びらをまき散らしている。


 出会うべくして出会った二人。

 もしそれぞれの親の間で婚約話がなくてもきっと、二人はどうにかして結ばれていただろう。ロッテにはそう思えてならない。

 感動に打ち震えるロッテは、今なら本当に分身できるような気がしていた。戻れなくなったら怖いのでやらないけれど。


「原因については後日正式な発表があると思いますが、ゼイルは大量の魔物に襲われました。わたくしを助けるためにプリスカが倒れ、どこなら安全なのかを考えた時……思い出したのです。こちらに保管された聖具の事を。」

「彼女に聖具が魔物に有効である事を教えたのは俺だ。場所については…?」

「わたくしがお義姉様を案内しました。」

 幻想から戻ってきたロッテが胸の高さで手を挙げる。

 マリアンネは一つ頷き、続きを語り出した。


「その時にわたくしは、繋げるための条件を満たしておいたのです。まさかこんなに早く使うとは思いませんでしたが……もしもの時のために。許可なくケースを壊し、聖具を持ち出してしまい…重ねてお詫び申し上げます。」

「マリアンネ嬢、謝らなくていい。仮に届けた先が俺以外の騎士であったとしても、貴女の行動に罪はない。」

「そうだとも。ゼイルが落ちればこの国はどうなる?当家が所有する聖具が少しでもゼイルを救うために役立ったなら、それでいい。長きに亘り代々保管してきた甲斐があったというものだ。」

「…ありがとうございます。」

 じわりと目に滲んだものを堪えて、マリアンネは微笑んだ。

 あの時はただただ必死で、「もっと何かできたのでは」「別の何か良い方法があったんじゃ」「でもいつ、どうやって」と、自責に押し潰されてしまいそうだった。


 ――「罪はない」と、「それでいい」と、言って頂けた。


 別の視点では、他の誰かの視点では、また違う答えもあるのだろう。

 それでもユリウスと伯爵が肯定してくれた事は、マリアンネにとって間違いなく救いの一つとなっていた。

 もちろん、目を覚ましてマリアンネを待っていてくれた、プリスカの存在も。


「むしろ貴女による…ガラスケースの破損など可愛いもので。」

「……?他に何かあったのですか。」

「デルクス伯爵が倉庫の壁を壊してね。」

「あっ!」

 自分がやった事について考えるあまり、失念していた。

 ヒルベルト・デルクスは確かに、「壁を一部壊させてもらった」と言っていたではないか。


「あの時お義姉様は、『聖具を借りていく』と仰いましたから。わたくし達は第二倉庫を見に行ったのです。」

「聖具の部屋に続く扉は鍵もなしに開かなくなった。デルクス伯は『絶対に何か起きている』と言って……まぁ、こちらにはお止めできる力も権力もなかったという事だ。」

 第二倉庫はそもそも武器庫。

 弁償はすると言って、伯爵は手ごろな大槌でもって壁を破壊。扉の反対側に回った。


 ――それで、私が閉め切らなかった扉を見つけたのね。表からは閉まって開かなかったはずの扉が、反対側から見ると開いていて、別の場所(ゼイル)に繋がっていた。


「わたくしは何が起きているのだかわからなくて……その光景でお母様は失神するし、つい『せめて扉では』と叫びましたわ。」

「うむ、私もそう言ったんだが、『扉がおかしいからこそ、それには触れない』と仰ってね。」

「さすが長官だ。判断が迅速で的確だな」

「迅速過ぎますけれどね、人様のお屋敷を壊すという点では……。」

 マリアンネもつい困惑気味にそう言ったが、扉を破壊しなかったのは本当に素晴らしい判断だ。

 壊していたら魔法は切れ、マリアンネが再び繋がない限りは、ヒルベルトという王都側の騎士団高官が早期に駆け付ける奇跡は起こらなかっただろう。

 迅速な支援や情報共有は彼が来たからこそだ。


「しかし父上。気になっていたのですが、どうして長官が伯爵邸(ここ)にいたのですか。」

「それは…」

「わたくしがお招きしたのです、お兄様が早く戻れるようお願いしたくて。」

「なるほど」

 ユリウスは素直に頷いたが、部下の家とはいえ、彼が簡単に伯爵家の呼び出しに応じる人でない事は知っている。

 恐らく本当は招いたのではなく、彼の方から来たのだろう。


 ユリウス本人が結婚式に来られるはずはないと知っているヒルベルトが、「本人が来たらしい」と聞いた。

 その情報だけでどこまで推察できただろうか。

 今になって確認に来たか、あるいは確認などとうに終わっていて、何かの依頼に来ていたか。


「…ありがとう、ロッテ。心配をかけた」


 兄が微笑む姿が懐かしい。

 ロッテは顔がくしゃりと歪みそうなのを堪えて、小さく頷いた。


「本当にお帰りなさい、お兄様。これからは、お義姉様と幸せにね。」




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