24.話が積もり過ぎな私達
いくらデルクス長官が私の魔法を内密にしてくれると言っても、あまり大っぴらに人や物を大移動しては察する人が出てしまう。
長官は最低限の人員と、不自然ではない程度の支援物資でゼイルを助けてくださった。
指示された仕事を終え、ようやく私が避難所に行けたのは、もう日も暮れそうな頃のこと。
ガレトへ続く街道周りは人が大勢いて、目につくのは簡易的なテントや、布を広げただけの寝床、騎士団の紋章が入った救護所だ。
魔物がいなくなったとはいえ、倒壊しそうな建物のチェックや、毒を持つ魔物の死骸除去などが終わらないと街には入れない。
「シーラちゃん!」
聞き慣れた声がして反射的に振り返ると、料理屋キーヴィットのおかみさんが、棘蜘蛛に襲われて離れ離れになったおかみさんが、そこにいた。
私の方へ必死に走ってくる。無事だったんだ。私も駆け出して、私達はひしと抱き合った。
「おかみさん…!」
「無事で良かった!あ、あのままもし、あんたが棘蜘蛛にやられてたらと思って……あたし達を助けたせいだって、もう気が気じゃなくって……!」
いつも元気で明るいおかみさんが、震えている。
扉の接続が切れる時まで私の名を呼んでくれたあの時を思い出して、じわりと滲んだ涙を瞬きで誤魔化した。
「あの後すぐ、騎士の方が助けてくれたの。心配させてごめんなさい」
「いいんだよ、生きててくれたんならそれで……!うちの人もね、医者に診てもらって。数日は安静にしないとだけど、大丈夫だって。」
「よかった……」
ゆっくり体を離して、互いの無事を確かめるように顔を見合わせる。
おかみさんが泣き笑いみたいな顔で、私の頭を撫でてくれた。
「シーラちゃん……ねぇ、あれはあんたの魔法だったんだろ?」
他の誰にも聞こえないように潜めた声でそう聞かれて、一度だけ頷く。
私がゼイルに現れてからずっと、隠していた事。くしゃりと顔を歪めたおかみさんの目から涙がこぼれた。
「ごめんね、あたし達を助けるために……ありがとうねぇ。誰にも言ったりしないから、安心おし。」
「うん……ありがとう、おかみさん。」
「命の恩人なんだ、当たり前さ。何があったって言いやしないよ。」
私の手をぎゅっと握ってくれるしわくちゃの手を、私も大切に握り返す。
何年もずっと、家族にも内緒で家を抜け出し続けたけれど……私はやっぱり、外へ出て良かった。
自分の脚で色んな街を歩けて良かった。
ゼイルに来られて、皆と知り合えて……本当に良かった。
ふと美味しそうな香りがして、顔を上げる。
どこぞの店から運んで来たのか騎士団の備品なのか、ぐつぐつと煮えたぎる大鍋が火にかけられ、横のテーブルでは分厚い肉を切っていて、荷車で運ばれてきたのは野菜や香草、ミルク、沢山の食器。
木々の隙間から出てくる人々はその手に生肉を持っている。
「あれは…?」
「奥で魔物の解体してるんだよ。みんな避難しててやる事ないからって、騎士団に振舞う料理を作ってるんだ。」
「あらまぁ……。」
逞しい事だ。
たとえ魔物に街を襲われても、騎士団が倒せたならゼイルにとっては素材の山。騎士が担う解体の仕事を減らして、代わりに救助者や街の確認に手を回してもらう。
食材や道具を持つ人は遠慮なく差し出して、料理に変える事で人々の気力になる。
「……強い街だわ、ここは。」
「あはは、こんな事は初めてだけどね。でもこちとら何十年も、生まれた時から魔物の森の横に住んでる奴らばっかりなんだ。使える素材は使っていかなきゃね、特に食材はさ。」
「ふふっ!そうね、放っておいて悪くなったら勿体ないわ。」
「そういうこと。できあがったら、あんたも食べるの手伝ってくれないとね。」
「手伝うわ、今すぐ。よそったり配るのは私にだってできるもの。」
魔物の進軍は止まり、けれどまだ、街への立入許可は出ない。
それでもゼイルの人々は自分達なりに、この状況を乗り越えようとしている。
笑い合いながら、助け合いながら。
この賑やかさこそ、騎士団が――ユリウス様が、守ってくれたもの。
私が「守りたい」と願った、ゼイルそのものだ。
それから一時間か、二時間ほど経っただろうか。
「そろそろ自分の分を食べなさい」と言われ、トレイを持たされた私は調理場から放り出された。
空はすっかり暗くなっていて、どこでこれを食べたものかと少し悩む。
ふと顔を上げた先、カンテラをぶら下げた一人の騎士が同じようにトレイを持って歩いていた。
彼が迷いなく森の中へ足を踏み入れていくのを見て、小走りに後を追う。
元は木こりの休憩所か何かだろうか、拓けた場所に木製の簡素なテーブルと長椅子があった。
空から月明かりが降り注ぎ、テーブルの隅に置かれたカンテラに照らされて、この事件の英雄だろう騎士様が一人、何か咀嚼しながらこちらを見やる。
「お疲れ様、レオンさん。」
「……君こそ、お疲れ様。シーラさん」
「隣、いいかしら?」
「もちろん。」
キーヴィットでいつも二人並んで座る席とは違って、ここは随分広くて、静かな場所だ。
賑やかな笑い声も遠くて、穏やかな涼しい風が吹いている。
「去年の火祭りでも、貴方は皆からちょっと離れたところにいたわね。」
「ああ。その時も君に見つかったな」
「ええ。まさか、将来の旦那様とは思わなかったけれど。」
横にいる人が倒したのでしょう赤魔牛のお肉は、噛み締めるとじゅわりと肉汁が溢れ出す。
味の濃いタレのお陰で絶妙に旨味を増していて、ご飯がよく進みそう。
お互いもぐもぐと口を動かしながら、それでも目が合った。
身分を偽っていたのはお互い様で、本名を名乗らなかったのもお互い様。
ごくんと飲み込んで、コップの水をすいと喉へ流す。
「…何から話しましょうか。話が積もり過ぎているわ、私達。あんなに二人で話してきたのにね。」
「とりあえず、時系列でいくか。君は結婚についてどう聞いたんだ?」
「父からは……ユリウス様は、縁談の申し込みが沢山くるのに、忙しくて話が進まないと。私が病弱だとしても、優秀な部下がいるから伯爵夫人の仕事もそう大変じゃない…とか。」
「部下。」
レオンさん――ユリウス様が繰り返した。
仕事が領地に関係する話だとすると、その部下は現メルテンス伯爵家に仕える文官の事だろうと彼は言う。
「ただ、俺は結婚の話など知らず、顔合わせも全て欠席したわけだが……そんな状況で、君はなぜ断らなかったんだ?」
「ご存じの通り、夜はこっちで働いていたもの。これだけ放っておいてくださるなら、むしろ好都合に思えたのよね。縁談がくるのに話がまとまらないなんて、何か変だとは思ったけれど。」
愛人がいるのでは、なんて邪推していた話は、わざわざしなくていいでしょう。
ユリウス様が愛人なんて作るわけがない。
「君がどうやって夜間だけゼイルへ来ていたのかは、聞いてもいいか?長官が少し触れていたが…」
「……開けた事のある扉と、今目の前にある扉を繋ぐ。それが私の固有魔法なの。」
フランセン子爵家でも、ヴィンケル伯爵家でも。
私は自分の部屋からゼイルにある家へ繋ぎ、夜な夜なキーヴィットのシーラとして働いていた。
実情を軽く説明すると、ユリウス様は感心した様子で大きく頷く。
「素晴らしい魔法だ――と同時に危険だが、君は自由に動けていたわけか。」
「ええ。……嫁いでしばらく、どうも伯爵家の方々は貴方の居場所を知らないらしいと、プリスカ…私の侍女に聞いてね。どういう事なのか不思議には思っていたけれど……ねぇ、レオンさん?」
敢えてそう呼んでみると、ユリウス様はもぐもぐ咀嚼しながらぱちりと瞬いた。
私の笑顔に滲む圧をきちんと感じ取ったのかしら。
「貴方は言ったわ、知らぬ間に結婚していたと。だから余計に、貴方だとは気付けなかった。――式にいたのは誰?」
「俺と同じく、姿を変える魔法を持つ者だな。近いうちに本人から話を聞くとは思うが…」
「私、手の甲にキスをされてしまったけど。」
にこりと微笑んでみせると、ユリウス様は少し気まずそうな、困った顔をする。
その目が思案するように空中を見やった。
「……女性だとは言っておく。」
「女性……道理でエスコートが不慣れで、あんなに申し訳なさそうにしていたのね。」
「そうなのか。」
ユリウス様がこてりと首を傾げる。
ええ、それはもう。青ざめていたもの、あの時の偽物さんは。
どうしたものかと、頬に手をあてる。
教会の礼拝室の扉から、祭壇まで。この国において、新郎新婦が歩くその一本道はかなり重要視されている。
「別人と歩かされていたなんて、私の両親にはとても言えないわね。結婚こそ至上の幸せと考えているような人達だから――…悪い人では、ないのよ。ないのだけど。」
「わかっている。俺が来ない事をよく調べず、君に事情を伝えて延期しようともしなかった伯爵家が悪い。…式については、君さえよければやり直させてほしい。」
「むぐっ……それは、でも。法的には、終わっているし………」
「俺としては終わっていないし、ウェディングドレスを着た君を見てみたい。」
そんな事、そんな真っ直ぐな目で言わないでほしい。
顔が熱くなって、視線が彷徨ってしまう。
消え入るような声でどうにか「はい」と絞り出せば、ユリウス様は嬉しそうに目を細めて笑った。
貴方は結婚式では数年分若い姿に見えたし、何より本人ではなかったし……私だって、貴方の晴れ姿を見てみたいし……。
「こほん。わ、私は私で、病弱だという誤解を否定しなかったから……こちらも、騙していたようなものだけれどね。夜な夜な出かけていたなんて、プリスカ以外は誰も知らなかったのだから。」
「俺が納得しているから、そこは大して問題にならないと思う。君がゼイルに来ていたお陰で、レオンとして先に知り合う事もできた。」
「……色々と偶然が重なって、結果的には丸く収まっているのかしら?」
「俺としては問題ないが、君は?領地の事は聞いていなかったんだろう。」
ユリウス・ヴィンケル様が、このゼイルを含むメルテンス伯爵領の新たな領主になること。
それもまた、私にとっては完全な予想外だった。
「まったくね……でも、納得したわ。王都に住む令嬢の多くにとって、ゼイルは魔物が蔓延る危険な土地だもの。どんなに貴方が魅力的でも、頷けなかったんでしょう。」
「そうらしいな。暮らしている身としては何が危険なのか不思議な話だが、今回の件で、その印象は更に強まる事だろう。」
「捕まった伯爵夫人が、わざと引き起こしたものだったのでしょう?人為的な事件だったのだから、土地が悪いわけではないけれどね……。」
温かいスープに口をつけ、こくりと飲み下す。
今日は観光客も沢山いたし、人の口に戸は建てられない。避難所に残ったのは住民がほとんどで、とっくに別の町まで逃げた人も大勢いる。事態の鎮静化も知らずに。
そうなるとやはり、ゼイルは危険だと吹聴する人も出ている事でしょう。
ことりとフォークを置いて、ユリウス様が私を見た。
「それで――ある程度の引継ぎを終えたら、俺はゼイルの領主になるわけだが。君は領主夫人になってくれるのか?」
その質問って、私がじゃがいもを頬張った瞬間じゃなきゃダメだった?




