第五十三話 同窓
不意に訪れた静寂を、にゃあ、と間抜けな猫の鳴き声が遮った。
いや、他の客もいるから正確には完全な静寂ではないが。しかしその上で、今この場の時が止まったようにさえ俺には感じられた。
テーブルの傍に立つ、ウェイトレス姿をした少女は目を見開いて俺を見ており。一方で俺の対面に座るネムはいまいち状況を理解出来ていないようで、オロオロとしながらも傍観を決め込んでいた。
そして、俺はというと。
「⋯⋯⋯⋯うっそだろ。お前もこの世界に来てたのかよ」
件のウェイトレス。名を、八重宮ミナ。
俺の事を兄と呼ぶその黒髪の少女は、ほんの一瞬の間を置いて。
「あ。もしかしてタツキ兄も死んじゃったの?」
「え」
物凄く怖いセリフを吐いてきた。
予想外の言葉に思考がフリーズするが、よくよく思い返してみればこの世界に召喚されるのは前の世界で既に死んだ人のみであることに気が付き、
「あ、あぁ。⋯⋯多分」
と、曖昧な返事しか出てこない状況に。
きっとそれも仕方の無いことなのだろう。なにせ、俺は死んだ時の記憶がないのだ。気が付い時にはシルテットのやつに召喚されていた感じだったのだから。
そう考えてみると、リキヤも一度死んだことになるのか。
話さなかったのは機会が無かったからなのか、それとも自分が死んだ時の記憶を掘り返すのが嫌だったからなのか。どちらの可能性も有り得るな。
しかし、こうも同じタイミングでリキヤ達が死を経験するなんて事があるのだろうか。
学校の帰り道に大きな事故にでも巻き込まれたか──色々なシチュエーション自体は思いつくが、あまり想像はしたくないために思考を止める。
「えっと⋯⋯タツキさん、妹がいたんですね」
次に口を開いたのはネムだった。
俺の事を兄と称したウェイトレスに対して、その相手が妹なのかと思うのは当然の帰結。
だが、対する俺からの呼び名は苗字であり──その名は俺自身の苗字である"楸"とは違う。
となれば、相当複雑な家庭の事情によって戸籍の離れてしまった兄妹という可能性か、もしくは単に少女側が慕ってくれているだけか。今回の事例に当てはめると、答えは後者だった。
「⋯⋯わ、すっごい美人。タツキ兄の彼女さん?」
「残念ながら違う。まずネムに説明すると、このアホっぽいのが八重宮ミナ。中学の後輩⋯⋯って言っても伝わんねぇか。ま、とにかく妹じゃねぇよ。友達だ」
俺がそう言うと、ネムは「なるほど⋯⋯?」とイマイチ理解出来ていない様子で頷いた。
まだまだ語ろうと思えば語れる、が──とりあえず、俺と八重宮ミナの間にある関係値についてはまたいつか掘り下げさせてもらうとして。
「この後で良い。話せる時間ってあるか?」
「デートの最中に他の女の子誘うんだ、タツキ兄って」
「違うっつってんだろーが、アホ。運良くリキヤ以外の知り合いを見つけたんだ。聞きたいことの一つや二つあるもんだろ、お互いにさ」
「リキヤ? ⋯⋯あ、潜木さんか。タツキ兄の友達の。そう言えばあの人も巻き込まれてたっぽいね、交通事故」
「⋯⋯交通事故、ねぇ。その辺も気になるは気になるけど、とりあえず話はお前の仕事が終わってからな。後ろで上司っぽい人が見てんぞ」
「はぁーい。らさーせぇー」
さすがに他にも客がいる中で、いくら友人と言えど店員を長時間拘束するわけにもいかない、と。
随分と簡略化された「いらっしゃいませ」の言葉を耳にしながら、猫をモフモフとこねくり回すネムと一緒に、のびのびと時間を潰すのだった。
┅
俺が二つ目のサンドイッチを頬張ってから、四時間後。
「ありあしたー」
気だるげな声が聞こえると同時、からんころんと扉に付随したベルが鳴る音が耳に入り、俺はその出処へと顔を向ける。
現在地は昼間にネムと来た猫カフェのすぐ真ん前にある休憩スペース。そこがカフェから退店する人から目に着きやすい場所ということもあって、ミナも直ぐに俺の存在に気が付いた。
「やっと終わったか。お疲れさん」
「おつあり。⋯⋯あれ、タツキ兄だけ? さっき連れてきてた美人さんは?」
「ネムなら先に帰らせたぞ。勇者村に来るってのを随分楽しみにしてたみたいだし、俺らの会話に巻き込んじまって時間を無駄にさせる訳にもいかねーからな」
言いながら立ち上がり、ミナと目を合わせる。
「⋯⋯この世界だとろくに洗顔も出来ないから、あんまりジロジロ見られると困る」
「化粧するタイプでも無かっただろ、お前」
「化粧と顔洗うのは違うでしょ。タツキ兄は寝起きに顔洗わないの?」
「確かにそりゃそうか。⋯⋯つーか、服装。制服なのな」
予め言っておくが、八重宮ミナという少女はまだ中学三年生。
もはや懐かしさすら感じられるそのデザインは、俺もかつては通っていた中学校の制服に使われているものだった。
当然俺が着ていた男子用の制服とは違うものだが、それでもやはり懐かしく思ってしまうのは異世界で数ヶ月ほど過ごした影響だろうか。
「ああ、コレ? 出勤と退勤の時だけ着るようにしてるんだ」
「制服着たまんまで召喚されたのか。俺と同じだな」
「うん。学校の帰りに乗ったバスにトラックが突っ込んできた。タツキ兄の友達の潜木さんも同じバスに乗ってたみたい」
「で、気が付いたら異世界と。なんつーか⋯⋯死ななくて良かったな、お互い」
「ここに居るって事は、タツキ兄も死んだって事だもんね。何して死んだの? 息止め大会とか?」
どうやらこの後輩は、俺の事をとんだ馬鹿だと思っているようだ。
「なわけないだろ。ま、その辺諸々も説明する気はあるけど、少し待ってくれ。もうあと一人来る予定だからよ」
「もう一人? あ、もしかして⋯⋯」
ミナが言葉を繋ごうとした時、
「やほー、お待たせタツキちん! ミナちーもおひさ!」
「⋯⋯お久しぶりです。タツキ兄が召喚されていた事を伝えてくれなかった潜木さん」
「や、それに関しては本当にゴメン! ちょっとしたイタズラ心って言うか、サプライズで会わせてあげようと思ってたんだよねー、実は。でもまさか二人が普通に出会うなんて、凄い確率じゃん?」
リキヤは苦笑を浮かべ、手を顔の前で合わせながらにミナへと軽く謝る。
「まあ何でも良いです、結局会えましたし。⋯⋯じゃあタツキ兄、お話の続きね」
「へいへい」
催促され、俺は口を開く。
「まず、俺がよく分からんヤツに召喚されたのが三ヶ月くらい前で──」
リキヤとミナの二人に対し話すのは、俺がシルテットという名前の私生活ダメダメ女に召喚されてから今の今までに体験してきた出来事について。中でも印象的な出会いやら何やらを中心に掻い摘んで、意外と楽しく毎日を過ごしている旨を伝えていく。
例えば魔獣に肩口から喰われかけたことだとか、料理の技術が上がったことだとか。
話せば話すだけ、泉から水が湧き出るかのように次々と記憶が掘り返されていく。
話は五分、十分、と続いた。
正直なところ、話そうと思えば何時間でも話せてしまう。それほどには濃い体験をしてきたつもりだ。
だが、俺も俺で友人二人がどう過ごしてきたのかも気になるわけで──、
「俺の事ばっか話すってのもズルいよな。つーわけで、次はリキヤの番だ」
「え、めちゃくちゃ急なフリ。まあでもりょっかーい。俺の武勇伝、全部教えちゃうよん!」
まるで学校帰りに駄弁るかのごとく。
俺達は久方ぶりのお喋りに、ついつい興じてしまうのだった。




