第五十二話 猫
「うう、大変な目にあいました⋯⋯」
「すまん。俺が着物姿を見たいだなんて言ったばかりに悲惨な目に遭わせるところだった」
そんな彼女を背負って運んだことは、考えようによっては役得だった気がしなくもないが。
冒険者として一緒に行動している際に何度か身体が触れたりぶつかったりする事はあったけれども、さすがにあそこまで密着したのは初めてだったし。
「き、気にしないでください。出来ることならなるべく早く忘れてくれたら助かります⋯⋯あの、私の乙女心的に」
「⋯⋯⋯⋯了解」
正直全くもって忘れられる気はしないが、一応求められている答えを返してみる。
すれば、ネムはホッとしたように息を吐き。
「お昼ご飯でも食べて気を紛らわせたいところです。観光エリアの中心方面に戻って、レストランでも探してみませんか?」
と、次の目的地を提案してきた。
確かにそろそろ昼時か。言われてみれば空腹感も少なくなかった。
断る理由があるはずもなく、俺は頷く。
俺とネムの現在地は、観光エリアの中心から北方面に五キロメートルほど移動した地点。歩けば多少の時間を要する距離ではあるが、それもとある理由から問題ではなかった。
「じゃ、帰りも乗ってこうぜ。自転車によ」
そう。着物を借りる以前に勇者村内でレンタルしておいた、俺にとっては随分見慣れた二輪の乗り物──つまりは自転車、が手元にあるからだ。
最初に見付けた時にはテンションが爆上がりしたものだ。レンタル料金も見ずに即刻借りるくらいには。
借りた自転車は勇者村から出ればペダルが回らなくなるように魔法で設計してある上、レンタルした際には補助輪も丁寧に着けられていたが。前者は観光するだけなら何も問題は無いし、後者に関しても店の方で外して貰えば問題ない。
しかし、何故だか勇者村の中でコレに乗っている人はほとんど見当たらない。その大多数が徒歩だ。
原因はおそらく操縦の難しさだろう。補助輪が最初は着けられているとしても、慣れない自転車を漕いで進むよりは歩いた方が精神的にも楽だろうし。
だが、当然の事ながら俺は自転車を操縦出来る。
であれば借りるのを迷うなんてこともあるはずがなく、
「えと、後ろのところに腰かければ良いんですよね?」
「おう、こっちの世界に来てから筋力も体力もついたしな。二人乗りも余裕余裕! ⋯⋯まあ前の世界じゃ法律があるし、やったらダメなんだけど」
「ダメなんですか? ここまで来る時、すっごく慣れた感じでしたよ」
「バランスを崩して怪我するし、何より周りを巻き込んだら大変だからな。車体の耐久的にも結構危なかったはずだ。⋯⋯慣れてそうに見えたんなら、理由は察してくれ」
軽く説明しながら、俺はこの自転車を店で借りた時の会話を思い出す。
そこの店員──おそらく過去に召喚された勇者の血縁であろう中年の男が言うには、耐久面に関しては相当な自信があるらしく。例え後ろに積んだ荷物が石材であろうとも、相当な衝撃でも加えない限りは壊れないはずだ、とのこと。
もののついでに二人乗りが可能かも聞いてみたが、操縦者がバランスを取れるならば問題ナシらしい。
有識者のお墨付きならば、と。俺は躊躇うことなく、後ろにネムを乗せたのだ。
──結果。
「ははっはぁ! 下り坂はやっぱり風が気持ちいいな!」
「わ、わ、わっ⋯⋯! 馬も無しにこのスピードを出せるものなんですね、カチューシャが飛ばされてしまいそうなくらいですっ」
魔法か何かで舗装されたのであろう滑らかな道を滑走する。
御者台に乗って馬車を操る時とはまた違う心地良さが、俺達二人を包み込んでいった。
┅
二十分ほどして、とある飲食店の中。
「か──」
「か?」
「可愛いですっ! まさか猫と戯れることの出来るお店があるなんて⋯⋯革命です。私、此処に住みたいです!」
とある飲食店とは、端的に言えば猫カフェだった。
あえて端的に、と評した理由を説明するならば、この店で飼育されている動物というのが"猫型の魔獣"であるからだ。
魔獣と言っても別に危険な種ではないらしい。元々飼い猫だった種が飼い主の魔力に当てられ魔獣化し、魔獣特有の寿命の長さも相まって飼い主が居なくなってしまった猫のみを飼育しているとかなんとか。
「この店に住んでるのは多分猫だけだと思うぜ。従業員も普通に自宅住まいだろうしな。⋯⋯あ、すんません、サンドイッチもうひとつお願いします」
横を通りかかったウェイトレスに注文をしつつ、猫(型の魔獣)と戯れるネムの方を眺める。
頭の上に一匹乗せ、その華奢な両腕で胸元にも抱え込んで。とにかく楽しそうにしていて何よりだ。
一方、俺の周りには猫が居なかった。
ちなみに嫌われているから近寄られない、とかではない。決して。
理由は単純、ドラが猫を怖がるのだ。
最初はドラも猫に興味を抱くような素振りを見せていたのだが、近付いた瞬間に爪研ぎ感覚で引っかかれてから鞄に引き篭った。
⋯⋯自分と同じサイズの魔獣が引っ掻いてくるんだもんなぁ。そりゃ怖いよ。
で、その出来事以降は鞄へと猫が近付く度にドラが顔を出して威嚇。必然的に猫達は近寄らなくなったというわけだ。
「にゃー、にゃー。⋯⋯えへへ」
「んぐっ」
何だよ今の。猫の鳴き真似からのはにかみとか反則だろ。危うく飲んでいたコーヒーをこぼしてしまう所だったぞ。
目と耳の保養にはなったが、その代わりと言わんばかりに頬が熱くなる。
手元のカップを再度傾け、気恥しさをコーヒーの苦味で上書きする。
⋯⋯猫、か。
そういやこの世界の生態系ってどうなっているんだろう。あんまり地球のソレとは変わんない気もするけれど、もしかして皆大好きパラレルワールド的な感じの場所なのかね、この世界って。
「サンドイッチ、おひとつ。置いときますねー」
「あ。ありがとうございます」
ぼうっとしていると、先程注文したサンドイッチが俺の目の前に運ばれてきた。
そのままウェイトレスが空いた皿を下げてくれるかもしれないと思い、邪魔にならないようテーブルに寄ってしまっていた身を後方に反らす。
しかし。何故かそのウェイトレスは動かなかった。
持ち場に戻るでもなく、動かないのだ。その場に突っ立ったまま、微動だにしていなかった。
どうしたのだろうか、と。
俺はそのウェイトレスの方へと視線を上げ──そして、固まる。
「タツキさん、どうしましたか?」
ネムが心配げに声をかけてくる。
が、今の俺には返事をする余裕なんてなかった。
「⋯⋯⋯⋯タツキ兄?」
なにせ、そのウェイトレスは。
俺の友人である潜木リキヤ同様──この世界に召喚される以前から、互いをよく知る相手だったのだから。
┅
その頃、とある宿屋の一室にて。
「──セカンド。我々各人、配置に着くための準備は完了しました。計画を実行の際は、代理の者でお知らせを」
「あら、随分早いわねぇ? アタシ、もう少しこの街を見て回ろうと思ってたんだけれど」
「⋯⋯我々はセカンドの意見に従うのみです」
「んふふっ、そーう? それならお言葉に甘えちゃおうかしら」
"セカンド"と呼ばれたのは、いつしかタツキとネムが関わった女性のような口調をした長身の男性。
彼は口元を大きく吊り上げ、自らの前に跪く覆面の男に見向きもせずに外の景色を眺めていたのだった。




