第五十一話 和の文化
翌日の早朝。
俺は目を覚ましてから身支度を整えたのち、別室で宿泊することとなったネムと宿屋の一階にて合流。
そのまま簡素な朝食も済ませたところで、俺は口を開いた。
「さて、と。これからどうする? 適当なとこを一緒に見て回るか、それとも別行動にでもしちまうか」
「うーん⋯⋯折角一緒に来たんですし、このまま一緒に観光してみませんか?」
「了解。行ってみたい場所とかがあるってんなら、目的地は合わせるぞ」
故郷の味を目的に勇者村へとやって来た俺ではあるが、シルテットから借り受けているワープ能力を使えばいつでも来れるのだ。であれば今はネムの意見を優先すべきだと判断。
そして俺がシルテットに貰った休暇はひとまず三日のみであり、今日は既にその三日目だ。可能なら全力で楽しみたいところだが。
と、俺が思った時のこと。
「──おや、お兄さん。新しい観光客かな? 今、この街は治安が悪くなりつつあるからね。気をつけるんだよ」
春風のように温和な雰囲気を持つ、しかし幼さの含まれた少女らしき声が耳に入る。
⋯⋯通りすがりの誰かが声をかけてきたのだろうか?
そう思い、俺は声の出処を探す。が、
「どちら様で⋯⋯⋯⋯あれ?」
おそらく声の主であろうその少女──金の刺繍が入れられた白色のローブを羽織った人物は、その小柄な背をこちらに向け宿屋の出口扉に姿を消した。
今の忠告はいったい何なのか。
そもそもの話、俺に向けられたセリフではない可能性だって大いにある。例えばそう、背後から聞こえた挨拶に思わず素で返してみれば、その相手はスマートフォンを耳に当てて通話をしているだけの知らない人だった、みたいな。
そんな俺の高校時代のエピソードを思い出し、口を噤む。
二の轍は踏むまい。またも恥をかくのは散々だ、と俺は頭を振って意識をネムとの会話に戻す。
「うし。とりあえず貴重品以外の荷物は置いて、外でも歩きながら行先は相談しようぜ」
「ですね。のんびりしていては時間も勿体ないですし、手早くお出かけの支度を済ませてきますっ」
ネムはとたとたと音をたてながら、自らの荷物が置きっぱなしとなっている部屋の方へ。
彼女の後ろに続いて俺も荷物を取りに向かう。
途中。二階へと上がる階段を上りつつ、先程耳に入ってきた忠告らしき言葉を思い返す。
──この街は治安が悪くなりつつあるからね。
⋯⋯不穏だ。
脳内で何度か反芻してみるが、すればするほどに頭がこんがらがる。
どうせ忠告するんならもっと詳細な部分まで話して欲しかったな、なんて思いつつ。
「ま、一応気には留めとくか。今んとこ治安が悪い感じはしねーし、何より心配しっぱなしじゃ折角の旅行も楽しめねぇ」
思考を掠める不安は心の片隅に仕舞い。
「戻ったら最初にドラを起こして、財布とついでに水筒も用意しておいて。ドラにも朝食を食べさせたら再度ネムと合流ってとこだな」
階段から廊下へ。廊下から借りている部屋へ。
俺は靴と床の擦れる音を響かせ、歩みを進めた。
┅
「⋯⋯おお、すっげえ再現力」
あれからしばらく勇者村の中を巡り、既に二時間。
最初こそは目的地のないただの散歩でしか無かったが、途中途中でネムが興味を持った場所に向かっていく度に、俺も俺で行ってみたい場所が一箇所出来て。
その場所をネムに伝えると、彼女は「行ってみましょう」と即答。
で、その流れのままに向かった場所が、ここ。日本における伝統的な建造物であり、この世界で言う神殿的な意味合いを持つ、神の社──つまりは神社だ。
とはいえ俺自身は伝統とか気にするようなタイプではないし、特に敬虔深い神道の信徒ってわけでもない。
それなのに何故、この場所へと訪れたかったかというと。
「むう。動き辛いですね、この着物というのは」
「でも似合ってるぜ。ネムには⋯⋯と言うかこの世界の人には分かんねーだろうけど、金髪の美少女が着る着物ってのはやっぱり映えるわ」
「びっ⋯⋯!? んんっ、あ、ありがとうございます。⋯⋯でも、やっぱり足元がすーすーとして落ち着かないですね、コレ⋯⋯」
美少女が、という言葉に照れたのだろう。ネムはほんの少し顔を赤らめ、照れを隠すように着物を試着した感想を述べていた。
うん。ここに来て正解だったな、良いのが見れた。
俺がこの場所を訪れたかった一番の理由が、着物をレンタル出来るからだった。結果は当然、大満足。
ちなみに二番目の理由であるが、そちらは大したことじゃない。ただ単純に生まれ故郷の文化を感じたかっただけだ。
「にしても意外と観光客はいねぇのな、ここって。日本じゃ外国人がたくさん観光しにくるイメージがあったから意外だぜ」
「この神社って場所は、タツキさんが居た世界の神様を祀っている場所なんですよね? でしたら仕方ないと思いますよ。自分の信仰していない、それも別世界の神様の神殿となれば、あんまり興味を示す人が居ないのも頷けます」
「ふーん、そんなもんなのかね⋯⋯」
まあ、俺自身が神社自体に興味が無い事も考えれば全然道理なのかもしれない。
そう考えると、日本の観光に来た外国人は"和"という文化に惹かれてやって来ているのだろう。そして、様々な地域がソレを売り物に経済を回している、と。
一方でこの地域が外部へと売り出しているのはまた別物。勇者村という名にある通り、"勇者の世界にあるものの再現"というレッテルが売り物なのだ。
つまり、ぶっちゃけ売る物自体は何でも良い。コマだとかオセロだとかトランプだとか、そんな物ですらこの世界に住む人々にとっては価値ある代物なのだから。
「市場に飽和しきったら、また別の品物を前の世界の知識から引っ張ってきて売る、と。だいぶ阿漕な商売してんなぁ」
商業的には大安泰。七福神の一柱である恵比寿様も真っ青な事だろう。
それに、住人には召喚された勇者が居る。武力の面においても外敵を退ける力はおそらくあるはずであって、そんな場所が大国三つのど真ん中にあるとくれば、戦争に対する抑止力にもなる。
現に俺が調べた限りの歴史では、永らく三大国間での戦争は起こっていない。世界情勢から考えても中々重要な役割を担っているだけに、滅多なことでは街の安全が揺るぐことはないはずで。
「治安が悪いだなんて状況、想像もつかねーけどな⋯⋯」
今朝のアレはやはり観光客に対するイタズラか何かか。
そう思う事にして、俺は足の向く先を神社風の建造物へ。
「ついでだし、軽くお賽銭でも投げてこよっと。ネムはどうする⋯⋯⋯⋯あれ。どうしたよ、腹でも痛ぇのか?」
「へあっ!?」
視線をネムへと向けてみれば、その場に何故かしゃがんでいるネムは素っ頓狂な声をあげる。
続けて彼女は恥ずかしそうに、
「⋯⋯えっと、ですね。帯のところが緩んじゃってて⋯⋯立ったら脱げちゃいます。端的に言って、助けてくださいっ!」
「ちょっ⋯⋯!?」
なんだよそのアクシデント。漫画の世界でしかないと思ってたわそんなの。
というか着物の着付け方法なんて知らねぇぞ、俺!?
「待て待て待て。とりあえず何とか帯だけでも締めるから、立て! ゆっくりだぞ!?」
「ぁうう⋯⋯」
動けずぷるぷると震えるしかないネムに手を貸し、何とか立たせにかかる。
幸い周囲に人はおらず、醜態を晒すことにはならなさそうなのが救いか。
⋯⋯スーツとかが普及しているにも関わらず、どうして着物がこの世界で着られていないのか理解出来た。雑なのだ、色々と。
「これ、ネムが自分で着付けしたのか?」
「は、はい。お店の人に手伝って貰いながら──ひゃぁあ!?」
「ヤバっ⋯⋯だぁあ面倒だなオイ! もうこのまま店に戻るぞ、俺がおぶってやるから!」
次回の更新、少し遅れるかもです




