第五十四話 後輩の事情
「──でさでさ、ほんっとキレーだったんよその女の人! いやぁ、もっと時間があればなー。俺の見積もりだと口説き落とせるまでに一週間ってトコだった」
「⋯⋯ああそう。おめでとう」
「やれ誰が可愛かっただとか、やれ誰が綺麗だったとか、そんな話ばっかりですけど。潜木さんってもしかして面食いですか? 素で引きます」
「待って待って。二人とも反応酷くない!? 俺泣きそう!」
そりゃそうだろう。なにせ、話す内容がコイツの出会ってきた女の人の事ばっかりなんだから。
それもその内容を丸々全部割愛したくなるくらいには、だ。
「リキヤはその辺にして、そろそろミナの状況を聞かせてくれ。お前って勇者村に住んでんのか?」
大げさにショックを受ける素振りを見せるリキヤを軽く流し、ミナの方へと話題を振る。
「そうだよ。⋯⋯というか、ミナってこの町から出られないんだよね。魔法だか何だかの影響でさ」
「出られない? 出たくない、とかじゃなくてか」
「うん。えっと、タツキ兄は"五統院"って分かる?」
「いや、知らねぇな」
大学院みたいな感じだろうか。
この世界には学校という場所が無いが、この勇者村という地ならあってもおかしくは無いだろうし。
まあ、中学校卒業間近の少女に通わせるような場所でもないけどな、大学院って。
──と、そう予想はしてみたものの。
「五統院っていうのはね、この町の周りにある色んな国の代表が集まった組織なんだけど⋯⋯うーん。説明、難しいなぁ。勇者村を日本に例えるとすれば国会がその五統院って組織、みたいな感じ」
「あー、なるほど。なんとなく分かった」
俺が思っていたソレとは違ったようだ。
どうやら"五統院"というのは、勇者村と呼ばれる土地を管理する組織の名称らしい。
存在意義を察するに、まずは勇者と呼ばれる強力な存在を監視するのが第一。次いで、三つの大国間における抑止力かつ端的な戦力となりうる場所を維持するという役割を持った組織なのだろうか。
そこまで考えが至った所で、ふと疑問が沸き上がる。
「五統院ってのはアレか。ニュアンス的には五人くらいリーダーが居そうな名前だけど、そう考えちまうと数が合わねぇな」
勇者村からは当然として、周辺に位置する王国・帝国・教国からの代表がその五統院とやらに所属しているとすれば、合計で四組の代表から成る組織となるだろう。その場合で考えてしまうと、名称は五統院ならぬ四統院になりそうなもの。
前提条件から間違っている可能性も少なくはないが、その五統院と呼称される組織について興味を抱いた俺は質問を重ねる。
「タツキ兄の考え方で合ってると思うよ? だってその組織、統率役が五人いるらしいし」
「ん、やっぱりそうなのか」
「ミナも詳しくは知らないんだけどね。確か引退した勇者が一人と、勇者村の周りの三つの国から一人ずつ。あと一人は⋯⋯誰だっけ。よーせーこく? の偉い人、だったかも」
「そうか、お前ってあんまり漫画とかアニメとか見ないタイプだったな。多分そりゃ妖精国だ」
ファンタジーにおけるド定番の単語が出てきた事に、俺はちょっぴりテンションが上がる。
妖精、精霊。ピクシー、フェアリー。この辺りの単語は聞いた事がある人は多そうだが、どうやら俺の後輩である八重宮ミナには興味の対象外だったらしく、全くピンと来ていない様子であった。
とはいえ俺自身、先述した四種の違いなど知らないが。ただひとつ言えるのは、妖精国というたったの漢字三文字には浪漫が詰まっているという事だ。
「ねね、タツキちんタツキちん」
「ん?」
「噂で聞いた話なんだけど、妖精国って美男美女しか居ないらしーんだよね。行ってみてぇ⋯⋯!」
「お前はそればっかだな、本当」
もしそんな所があったとして、行けば自分の顔面に自信を持てなくなるだけだと思うが。
俺としては別に構わないが、大の女好きであるリキヤにとっては致命的なデメリットだろう。自分に自信がなければ、グイグイと見ず知らずの女性にアピールをするなど出来やしないわけだし。
よくよく考えてみれば、コイツってその上で彼女居ないんだよなぁ⋯⋯。
「え、あれ。タツキちん? どしたん、急に笑顔になっちゃって」
「⋯⋯」
「無言!? 無言で微笑まれるのって意外と怖いからやめて!」
とんだ茶番だった。
「ま、そんな事はさておき。お前が勇者村から出られないってのにはその五統院とやらが関係してんのか?」
脇道に逸れてしまった話題を元に戻し、ミナを見やる。
「うん。⋯⋯ところで、この町の夜空ってタツキ兄は眺めたことある?」
「急な質問だな? まじまじと眺めた事はねぇけど、それがどうかしたのか」
妙なタイミングで投げかけられた問いに対し、俺は首を傾げながらに返答する。
この町へと俺とネムが訪れたのは昨夜のことであるが、宿屋探しで忙しかったため空なんて目も向けなかった。仮に忙しくなかったとして、夜空を眺めようと思い至っていたかは不明だが。
そんな風に前日の事を軽く思い返していると、
「この町から見える夜空って、実は全部丸ごと作り物らしいんだよね。例えるならプラネタリウム的な感じの」
「作り物? なんでまたそんな大規模なのを作ってんだ」
「勇者の力が暴走しちゃうから──だって。本当にはた迷惑な話だと思うんだよね。勝手に別の世界に連れてこられたと思えば、扱いにくいからって腫れ物扱いだもん」
呟いたミナの表情は、心底うんざりとしたものだった。
しかし、腫れ物扱いと来たか。
俺とは違い、正式に勇者として召喚されたミナやリキヤであるが、やはりその内部では扱いに差が出てしまうものらしい。
はたして原因は何なのだろう。勇者らしい能力が皆無だったのか、あるいは逆に強すぎて周囲に危害を及ぼしかねなかったりするのか。
憶測だけならば何とでも予想は出来る。だが、結局その正解は当人から聞く事でしか分からなさそうだ。
話の流れでふと空を見上げ。
「⋯⋯お、だいぶ暗くなってきてんな。俺とリキヤはまだしも、ミナは早く帰った方がいいんじゃねーか」
夕暮れの微々たる明るさも少なくなっていることに気が付き、帰宅を薦めることに。
まだまだ話し足りなくはあるが、俺ならシルテットの力を借りていつでも来れるしな。無理に急ぐ必要も無いだろう。
そう思っての発言だったのだが、
「別に気にしなくていいと思う。タツキ兄達が居るんだし、どうせ家に帰っても怒る人なんて居ないから」
「わざと触れ辛い言い方しやがって。その辺全く変わってねーな。もしもお前が夜中一人で出歩いてたら、俺とリキヤが心配すっぞ」
中学時代、初めて出会った時からコイツはこんな感じだった。
何かにつけて他人を遠ざけるような言い方をしたり、アンニュイな雰囲気を纏っている癖して皮肉たっぷりな口調で物事を言い放ったり。
「一ヶ月やそこらで性格が変わるわけないじゃん。⋯⋯てかさ、そんなに心配ならタツキ兄のとこ泊めてよ。宿とかとってあるんでしょ?」
「駄目だわアホが、下らねーこと言ってないでサッサと帰っぞ。送れるとこまでは送ってやるから」
ある程度親密な関係とはいえ、さすがに中学生と同じ部屋で寝泊まりする気は無い。
昨日の夜、宿を何部屋借りるか悩んだ後に学んだのだ。こういう類の話題が出た場合、即決で雑念を思考から切り離さなければ痛い目を見るぞ、と。
「⋯⋯ちぇ。まあいっか、予想してた返事だし」
ミナは手を腰の後ろで組むようにして立ち、本当に何も思っていないような表情で呟いた。
掴みどころのないヤツだな、と俺は生意気な後輩へと感じながら、
「勇者用の居住区があるんだっけか。俺は正式に召喚されたわけじゃねえから、そこから先は俺居ねぇし。リキヤから離れんなよ」
「え⋯⋯」
「待って待って、なんでそんな嫌そうなん? そんなに俺の事嫌い?」
嫌そうな表情をしたミナを見て、即座にリキヤが反応。見れば少しだけ泣きそうになっていた。
「嫌いというか⋯⋯身の危険を感じるというか。タツキ兄みたいな草食系の人にしか近付きたくないです。無害ですし」
俺ってそんな扱いなのかよ、と心の中でツッコミを入れる。
二つ歳下の後輩に相当なめられている事を知り、若干落ち込んだのは内緒にしておくとして。
「んじゃ、案内頼むわ。なんか見られてる気もするしな」
「そう?」
「え。俺、何も感じんけど。気のせいじゃない?」
──俺は、友人二人と帰路についた。




