第四十七話 ノインゼリゥの渡り鳥
時計塔の建つ中央区画から離れ、住宅街方面へと逸れながら歩くこと数十分。
ルーケンブリッグを囲う外壁の近くという辺鄙な場所に、その平屋はひっそりと在った。
「ここがディントンさんの工房なんですか?」
「そうじゃ。昔使っとった方は若ぇ衆に譲ったけぇのぉ。こんな狭い工房しか持っとらんが、ワシにとっては自慢の工房じゃて」
自慢の孫でも紹介するような口振りで、ディントンが今いる場所について話す。
聞いた感じ、この平屋は彼が現在も使用している工房であって、歳も歳と言う事でのんびりと隠居生活を送っているのだとか。
「根っからの石大工が過ごすべき老後って感じで、素敵な生活じゃないっすか」
「くかかっ、全くその通り。ワシらドワーフからすりゃあ、正真正銘理想の老後よ」
生粋の石大工であるディントンは部屋の奥へとずかずか進み、人の腕ほどのサイズの石材──おそらく何かしらの端材であろうそれを片手に、作業場らしきところへ移動した。
運んだ石材を台の上に置き、彼はノミと金槌を手に取る。
そして、
「少しばかり下がっちょれ。破片が飛び散ったら危ないけぇのお」
「あ、了解です。タツキさんもこっちの方に⋯⋯」
ネムに手招かれるがまま、俺は素早く工房の出入り口近くへ。
俺達が退避したのを確認したディントンは、深呼吸ひとつ。
「じゃ、始めるぞ。よう見とれ──」
そこから先は、早かった。
石材という硬さのある素材を扱っているとはとても思えぬスピードで、元の端材は姿を変えさせられていく。
まずはど真ん中で真っ二つにされたかと思えば、更に半分に。続けて角となっていた部分がノミで削り取られ、気がつけば手のひらに乗るような大きさの石ころサイズに。
しかも、それと全く同じ見た目の物がもう一つ並行して造形されており。
二つの石細工は段々と段々と、ディントンという名の石大工によってその姿を変えていき、
「⋯⋯⋯⋯さて、と。仕上げに目を掘って完成じゃい」
「早っ!?」
「造り慣れた形じゃて。この"鳥型"というのは、のぉ」
仕上がったのは、二つの小さな鳥型の置物だった。
例えるとすればアレだ。日本じゃ都会から帰ってきた時のお土産でよく見るようなお菓子の形っぽいやつ。
兎にも角にも最初に見た一本の端材は、そんな可愛らしい形に造り変えられていて。
「ほれ」
「うおっ⋯⋯手触りが意外と滑らかで良いな、コレ。てかなんで二つも?」
「ワシからアンタらへの贈り物、と言っちゃ聞こえが良いわいな。実を言えばその石細工、"ノインゼリゥの渡り鳥"と言う願掛けの道具なんじゃ」
「のいんぜり⋯⋯?」
聞き慣れない単語が出てきたために、ついふわふわとした呂律で聞き返してしまう。
そんな俺に対してディントンは軽く咳払いをし、
「"ノインゼリゥの渡り鳥"とは、ドワーフの一族内では有名な妖精の名前じゃて。その鳥は人の心に巣を作り幸福を呼ぶ。宿主が幸福を得るとまた次の宿主を探しに飛び立つ、そんな妖精じゃ」
再度俺が聞き取れなかった名称を口にしつつ、説明を補足。
「なるほど⋯⋯つまりこの石細工はその妖精をイメージして造ったものなんですね。ロマンチックです」
ネムは受け取ったばかりのソレをまじまじと眺め、微笑んだ。
「ロマンチック、か。確かに、幸せを運ぶ鳥ってのは面白えな」
前の世界じゃ『青い鳥』なんて童話もあるが、あれとはまた全然違うタイプのお話だ。
『青い鳥』の場合、最終的には幸せなんて身近な所にあるものだと主人公達が気付くストーリーだったが。
しかし、
「幸せを運ぶ妖精、ではなく。祈りを届ける妖精、と表現した方がいいかもしれんの」
ディントンは補足を繋げた。
「祈りを届ける、ですか」
「うむ。ワシはアンタらの幸福を祈って、その鳥を渡した。ならば次はアンタらが誰かに渡す番⋯⋯⋯⋯なにせ、ノインゼリゥの渡り鳥じゃけぇ。一箇所に留まらせておいては効果なんぞ無くなるわい」
──ただの置物として使うのならばそれも良いが、と最後に笑いながらに付け足して説明終了。
まあ、何となく分かった。
受け取るだけでなく、それを誰かに贈ることも重要ということか。なんかチェーンメールっぽいな。
とはいえ、ここは現代日本でなく異世界だ。異世界。
幸せの郵便屋さん的な妖精がいたとしても不思議じゃないし、信じてみるのもまた一興というものだろう。
「なら、有難く言われた通りに使わせてもらいます。貴重な体験でした、ディントンさん」
俺はそう言いながら外を確認。
日は完全に沈んでいる。腹も減ったし、適当な飯屋でも探して夕飯にでもするべきか。
「ネム、今からどうする? 適当な店で食ってから宿屋に帰るか、それとも持ち帰って宿屋で食べるか」
「うーん、個人的には持ち帰ってからゆっくり食べたいですけど⋯⋯」
彼女は俺の肩にかけられた鞄を見て、
「ドラちゃんはお腹が空いてないのでしょうか。ずっと鞄の中で寝てるみたいですが」
「あー、どうだろうな。街に着くまでにおやつも食べてたし、あんまり腹は減ってないんじゃねぇの?」
ルーケンブリッグに到着した時には既に眠ってしまっていた、ドラのお腹の空き具合に判断を委ねることに。
「おーい、ドラ。起きろー」
「む? アンタら、その鞄の中にペットでも飼っとるんけ」
「ですね。ずっと眠ってますけど、ドラって名前のクスリソウモドキを一匹。⋯⋯お、起きた起きた」
ぴこぴこと頭のてっぺんから生えている葉っぱが揺れ動く。目覚めの合図だった。
ドラは根っこ状の手足をもぞもぞ動かし。鞄の口から顔を覗かせて、じっと俺の方を見る。
「ん、どうしたドラ。腹は減ってない感じか」
腹を空かせている時は、寝起きだろうがなんだろうが噛み付いてくるし。
雑な判断材料だが、それが一番分かりやすいのだ。
ドラの視線は俺から離れ、次いでネムへ。そしてさらにディントンを見たのち、今度は俺とネムの手元を交互に見始める。
「これ、気になってるみたいですね」
「ディントンさんに貰った渡り鳥か」
試しにノインゼリゥの渡り鳥を持った腕を上下に動かしてみれば、確かにドラの興味はそちらにあるらしく視線も誘導される。
ネムの言った通り、それが何なのか気になっているのだろう。試しに渡してみると──、
「⋯⋯ちょっ、違う違う! それは食いもんじゃねぇぞ、ドラ! 吐き出しなさい!」
まさかまさかの、そのまま口へ。
例の土産菓子とでも勘違いしたのか。そんな訳ないが。
しっかりと閉じられた口を開こうとするが、じたばたと抵抗されてなかなか吐き出させることが出来ず。
三十秒ほどの激闘の末、
「⋯⋯あーもう、悪い事してっと飯抜きにすんぞ。良いのか?」
ドラだけでなく、どこぞの駄天使にも効果のある、ご飯抜きの刑という秘策を用いることに。
その一連の流れを隣で見ていたネムは、
「すっごい悲しそうに吐き出しましたね⋯⋯私の貰った渡り鳥、ドラちゃんにあげましょうか?」
首を傾げながらそんな提案をする。
すると、
「くかかっ、少し待っちょれ。もう一個くらい直ぐに作っちゃるけぇ」
「マジですか。時間とらせちまって申し訳ないっす」
「気にせんでええわい。時間の割には目も冴えとるしのぉ」
ディントンからの有難い提案に、俺は甘えることにする。
どうせなら明日の朝、出発する前にでも何かお礼の品を買ってくか──そう思いつつ。
俺はネム達と共に、三つ目の渡り鳥が出来上がっていくのをぼうっと眺めるのだった。




