第四十四話 旅行計画
大陸における三大国──サラマンドラ王国、ウォンディール帝国、セルフィス教国のちょうど境目に在る巨大な円形の湖。その中心には、三大国と比較すれば小さき島が存在している。
島の中心部には街が築かれているものの、周辺の三大国どの国の領土でもなく。
また、まるでどこか別世界に飛ばされたかのごとき異質な雰囲気を孕むその場所は、かつてこの世界に召喚された勇者達が帰ることのなき故郷を想って作った街並みである、とのこと。
しかし、特段閉鎖的な街というわけでもなく。
周辺の国からはそれぞれ二本ずつの大橋が湖を越えるように架けられており、交通手段は限られるものの出入りはさして難しくない、そんな土地で。
「──引退し前線を退いた勇者の方や、戦闘を好まない勇者の方が沢山住まう場所。けれど国では無いという事で、俗称として"勇者村"と呼ばれるようになったらしいですっ」
ここまでの説明はネムによるものだった。
「わお、ネムちん凄っ。俺より詳しいじゃん」
「幼い頃、勇者について色々調べていた時期があったので⋯⋯。けれど、そこまで大した知識でも無いですよ」
最初に"勇者村"の名を出したリキヤであるが、彼は「なんか勇者がいっぱい居る場所があるんだよねー」くらいの知識しか持っておらず。もう少し詳しい情報は無いのかと俺が悩ましく感じていたところ、対面に座っていたネムがおずおずと説明役に名乗り出た。大まかに言えば、そんな流れだ。
謙遜してみせるネムだが、勇者村とやらについて何も知らない俺からすれば十分な情報量。
「ちなみにサラマンドラ王国は勇者村の北西に位置していますね。この街からだと、馬車を借りれば三日ほどで着くでしょうか? ⋯⋯行ったことが無いので、詳しくは分からないですけど」
「三日かぁ」
実質的に週休二日制となっている俺の現状を見れば、少しシルテットに相談しなければ日程調整は厳しいか。
しかし、何だかんだで俺が休みの日もアイツの夕飯は作ってやったりしてるしなぁ。
「あれ。タツキちんって馬車の操縦、出来るん?」
ふと、リキヤがそんな事を聞いてくる。
「よく考えたら無理だわ。御者が必要になってくんのか⋯⋯」
「タツキさん、タツキさん。馬車の操縦なら出来ますよ?」
「え」
マジかよ。
パーティメンバーの優秀さに驚く。
──が、ネムが馬車を扱えるというのならば好都合。この貴重な人材を逃すことのないよう、今のうちに誘っておこう。
「⋯⋯なあネム。しばらくの旅行かなんかだと思って、勇者村まで着いてきてくんね? 食費だとか宿泊費だとかその辺諸々は俺が全部出すからよ」
「旅行、ですか」
うーん、とネムは考える仕草を見せ。
五秒ほどして、
「行くのは当然、おーけーです。でも、旅行というのならフェアにいきませんか? 旅費くらい自分で出しますよ」
「マジかよ。無理しなくて良いんだぞ? 俺、なんだかんだで雇い主から給料は貰ってるわけだし⋯⋯」
「フェ・ア・に! そうじゃなきゃ、素直に楽しめませんからっ」
彼女にしては珍しい、ムスッとした表情。
俺の都合で連れていくのだから、なんて言っても結果は変わらなさそうだ。
「分かった分かった。けど、せめて馬車を借りる金だとかは俺に払わせてくれ。御者はやって貰うことになるわけだし」
「むぅ⋯⋯仕方ないですね、それでいいです。思い出の残るような、楽しい旅行にしましょう」
┅
「──てことで、次の休日はこの家空けるから。飯は自炊してくれ」
「嫌」
「即答かよ」
夕暮れ時へ差し掛かった頃合に帰宅したところでシルテットと鉢合わせ、流れで俺が勇者村へ向かおうとしている旨を伝えたものの、その結果が即答の「嫌」。
どれだけ面倒臭がりなのだろうか。
たった二日、自分で飯を作る必要が出るだけだろ?
この前コイツの作ってくれたスープを飲んだが、普通に食える出来だったし。普段はぐうたらとしかしていないダメ女でも、作ろうと思えば自炊くらい出来るはずだ。多分。
「じゃあ、前日くらいに色々作り置きしとく。大人しく温めて食え」
「えー⋯⋯出来たての夜ご飯が良いんだけど」
「贅沢言うな。んなもん毎日食ってっと幸せ慣れしちまうぞ」
毎日美味しいご飯を食べられる、というのは誰しもが望むことではあるが。その望みが叶って当たり前の事になっていくと、感じることの出来る幸福度は徐々に徐々にと減っていく。
そんなのは寂しいからな、と。とりあえずそれっぽい理由として言葉をつらつらと並べ立ててみる。
「⋯⋯ていうか、私が送るのはダメなの?」
「あ」
その手があったか。
一度訪れたことのある場所にならばシルテットの力を借りて好きな所へとワープが出来る俺だが、これまでの行動範囲は広くない。
だからこそ最初の移動は自らの足でと思っていた。しかしよく考えてみれば、初めて俺が市場の方へと向かった時はシルテットが開いた扉を通じてだったではないか。
つまり、勇者村のある場所にシルテットが扉を繋げることが出来るのであれば、相当な時間の短縮になるだろう。
だけど、なぁ。
「悪いけど今回は普通に馬車で行くことにするわ。なにせ、楽しい楽しい旅行だからな。移動イベントをスキップしちゃあ、楽しさが半減しちまう」
「ふーん、そんなものなの。⋯⋯はぁ。しっかたないわねー、分かったわ。行ってくれば?」
言いながら、シルテットは俺の部屋へと続く扉を開けてベッドの上へとダイブ。
これはあれだ。お前の布団は無いから、返して欲しけりゃ話を切り上げて夕飯をさっさと作れ、というメッセージの込められた行動だ。もう見慣れた。
俺は一度息を吐き、
「じゃ、今晩の飯でも用意してくるわ。準備出来たら呼びに来るぞ」
「はーい」
部屋から退室してキッチンの方へと向かう。
廊下を踵で叩きながら進み、スライド式のドアを開けて目的の場所へとつけば、そこには。
「⋯⋯あー。ドラも連れてってみるか⋯⋯?」
本人からすれば暇つぶしなのか、一生懸命にシンクの拭き掃除をしているペットの姿が。
ドラは俺が来たことに気が付くや否や、その根っこ状の脚でひょこひょこと近寄ってくる。慣れてしまえば可愛いヤツだな。
「思い返せば散歩もロクにしてねぇからなぁ。たまには外でも走り回らせてやらなきゃあな」
ドラの頭に生えている葉っぱをつつきながら、そんな事を考える。
「勇者村、か。期待大ってところだな」
故郷の土を二度と踏むことの無い同郷の者が築き上げた、心の拠り所。
さて、どんな感じの街なのだろうか。楽しみだ。




